第24話

「あの夜、あなたベロベロに酔ってたみたいね……珍しいわねー、あなたがそこまで酔うなんて」


克樹は返答のしようもない。

まさか水樹への思いが募り過ぎて、酔い潰れたなんて、口が裂けても言えやしない。


「……で、一緒に飲んでた野島って人もかなり酔ってたから、早苗って女がベロベロ状態のあなたを、自分の部屋に上手く連れ込んだわけ……」


「何で知ってんだ?」


「そんなの調べさせれば、簡単な事でしょう?女の男遍歴もね……」


香里はそう言うと、書類を克樹に見せた。


「なんだ?」


「誓約書」


「………?」


「もう絶対にあなたに、纏わりつかないっていう……」


「どう言う事だ?」


「どうもこうも、あなたとは関係無い女だもの」


「………?」


「……だから、何も無かったのよ。あの晩あなたは、あの女とセックスしてないの」


「あの女が言ったのか?」


「まあ、私が誘導したところはあるけど……あなたはあの女に誘われて、乳房に噛み付いたらしいけど、そのまま静かに寝てしまったって、認めたわよ」


「よく認めたな」


「当たり前でしょ?」


香里は高々と笑った。


「元妻じゃないと、解らない事があるのよ」


唖然とする克樹に香里は微笑んで、克樹の鼻を人差し指で押さえた。


「たぶんよっぽど深い仲にならないと、解らない事よ」


香里は少し焦らしたが


「あなたベロベロに酔うと、全く駄目になるのよ」


「はぁ?」


「あっちの方が全然駄目なの。例えば女が今回みたくその気にさせても、全然立たないの……」


「…………」


「だから酔って間違いを起こす事だけは、無いって安心してたわ。それが酔って子供ができたなんて、あり得るわけ無いもの」


「早苗は認めたのか?」


「最初はいろいろ言い逃れしてたけど、あなたと関係した相手一人一人に確認するって脅したら、最後には本当の事言ったわ。結局誰の子か解らないみたいね。あなたと偶然会ったから、あなたの子供ならいいのに……って思ったみたいよ。あなたがこんなに意固地な性格だとは、想像がつかなかったんでしょ?人当たりはいいから」


「あり得ないのに、押し付けるつもりだったのか?」


「幸せになりたかったんでしょ?……幸せになんか、してくれない相手なのにね」


「…………」


「もうこれに懲りて、大人しくしてちょうだい。あなたの子供は、水鈴のきょうだいになるって事を、頭に入れておいてちょうだい。この奥田香里の娘の水鈴のきょうだいの母親になる相手は、恥ずかしく無い相手を選んでよ。私程じゃ無くても、血筋も品格も恥じない女にしてちょうだい」


克樹はグーの音も出ないまま、項垂れた。


「香里ありがとう」


「あなたの為じゃないの。水鈴の為よ。水鈴に恥じない相手を、見つけてちょうだい」



克樹はホッと溜め息を吐いて、夕暮れに染まった窓硝子を見つめた。

野島を呼んで、できる限りの金を早苗に約束した。


「元妻さん、かなりキツイ方らしいっすね」


野島は、疲れ果てた克樹を見て言った。


「会ったのか?」


「早苗から連絡ありまして、かなりキツイ事言われたそうです……。奥田家のご令嬢じゃ仕方ないけど、自分と遣り合おうなんざ、百万年早いって一瞥されたみたいで、さすが女は怖いって言ってました。腹の子をDNA鑑定させるって……。嘘だと見破ってたって……。あれも可愛そうな女でね……。金をもらったら店を辞めて、真面目に生きて行くそうです」


「子供は?」


「本当に馬鹿な奴だから、誰の子か解らないんじゃ産んでもね……。それに男は皆んな自分じゃないって言ってるみたいで、金を出す男も一人もいないそうです。マジで誰の子か解らないんじゃ、どうしようもない」


「そうか……」


克樹は野島に送られて家に着いた。

水樹は知っているだろうか?どうして高城に知れたのだろう……。

遅くなって帰宅したが、水樹は寝ずに待っていた。


「ご飯は?」


「ああ……」


味も解らずに箸を進める。


「野村さんを、水穂の所に行ってもらってもいい?」


「あっ?そりゃあいいけど……」


「赤ちゃんが産まれたら……だけど。素子さんも来てくれるそうだけど、赤ちゃんが居たら大変でしょ?野村さんはいいって……」


「ああ……そうだな。うん……」


克樹はまともに水樹を見れずに、薄っすらと笑みを浮かべた。




「克樹なんか隠してるだろう?」


「高城に聞いたのか?」


「やっぱりな……」


水樹は、布団の端を持ち上げながら言った。


「高城から聞いたんじゃないの?」


「お前の口から言えよ」


克樹は仕方なく改心して、早苗の事を話した。


「馬鹿じゃねーの?」


「これが知れたらお前の事だ。子供の為に責任取らされかねないだろ?それよりお前が、俺から離れて行くのが怖かった」


「なにそれ?」


「お前は相手が誰であろうと、子供の事を一番に考えるだろ?俺に対する嫉妬なんか、隠してんだか無いんだか……」


「何それ?」


水樹は克樹の首に両手を巻き付けて、力いっぱい締め上げた。

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