第23話

ずっとー。

女との関係では、これを一番気を使ってきた。決して子供ができないように……。

香里の時以外に失敗はした事がなかった。

水樹への気持ちを確信した時から、愛せない女との間の子供に関する揉め事だけは、しないと肝に命じてきた。

なぜなら自分の性格上、決して相手の泣き言に、流される事は無いと承知している。

仮令身に覚えがあり、その子が自分の子供だと確証があったとしても、きっと自分は産む事を許さないだろう。

そういう身勝手な自分を、知っているからそれを恐れていた。

そんな自分が、あんた女に流されて失敗したとは思えない。

ずっと失敗せずに来たというのに……。

あんな何一つ水樹に似たところが無く、惹きつけるものすら無い女に流され、我を忘れて女の中に入ったのか?全てを忘れる程、解らなくなる程に女の中に快楽を得たのか?一心不乱に女中をかき混ぜ、絶対する筈のない女の中に吐き出したのか?

この俺が……?あの女の中に……?

克樹は信じられずに動揺した。



「水樹……」


克樹はベッドに入ると、水樹にしがみついた。


「どうしたの?ここのところ変だよ」


「うん。具合が悪い」


「そう言えばずっと顔色悪いし、なんだか上の空だよね?」


「具合が悪い……」


「寒気とかすんの?野村さんの夕飯も殆ど残したよね?明日病院に行った方がいいよ」


「水樹お願いだから、どこにも行かないで……ずっとこうしていたい」


水樹は抱きしめながら、困惑の色を隠せない。


「明日病院に行こう?ねぇ……大丈夫?救急車呼ぶ?ねぇ……」


水樹の声音が心地よく眠りを誘う。

昨日から余り寝ていないから、水樹の腕の中だと安心して微睡み始めた。


「克樹……」


「大丈夫……水樹……このまま……」




あれから早苗とは会っていない。

金を請求しないという事は、子供を始末しないという事か……。

子供を産んで乗り込んで来る、そういう事か……。

克樹は始末をすると言って来ない早苗に、苛立ちを覚え始めた。

野島を呼びつけて事情を話し、始末をつけさせるように言った。


「克樹さん?」


事情は事情だが、こんなに苛立つ克樹を見たのは、初めての野島は驚愕した。


「俺の知り合いに医者がいる。高校の時からの知り合いだから、手続きは無しに始末をしてくれる」


「いやぁ……俺は……」


「子供好きなのは知っている。だがお前だって、みことちゃん以外の、女の子供は欲しくないだろう?それも一回切りの相手だ。正体なく酔ってて、過ちを犯した結果だ」


「……確かに軽い子だから、何人も失敗してるの知ってますけど、無理矢理始末させるのは……」


「だが責任を取るつもりは無い……解るよな?」


「そりゃ結婚なんて有り得ないけど……」


「認知しろ?愛情の無い相手だそれも無い。そんな女が、何処かで俺の子を産んでいると思うと我慢がいかない。いずれ何かの目的があるのかもしれないが、絶対に言う事を聞くつもりは無い。お前からこれを伝えて、とにかく始末する気持ちになる様に、説得して欲しい。それでも納得しなかったら、俺が直に腕尽くで連れて行って始末させる……」


「克樹さん?」


野島は遮る様に、慌てて立ち上がった。


「とにかく金は言い成りに出す」


野島は克樹の、意思の硬さを確認して黙って頷いた。

こんな克樹は見た事が無い。

今までいろいろと女性問題を起こしてきたが、いつも飄々としていて相手に恨まれる事の無かった人だし、金で片を付けようなどという事をする人では無かったのに、初めて見る克樹の残忍さに、野島は少し恐怖を覚えた。


早苗はここのところ店を休んでいるし、産婦人科に通っているのも確かで、子供ができた事は嘘ではないようだ。

話しを聞けばどうやら時期も一致する。

克樹が焦れるのも仕方の無い事で、早く始末しないとできなくてなってしまう。

野島は再三克樹の意思の硬さと、どんなに頑張っても、受け入れてもらう事が無い事を伝えたが、早苗の気持ちも変わらないものだった。

早くしないと始末ができなくなるー。

克樹は絶対許さないだろうし、産まれてきたところで早苗と子供に幸福は無い。

野島は困り果てて、時間だけが経っていく。

とうとう克樹は焦れて自分で早苗の所に出向こうと、部屋を出たところで香里に捕まった。


「なんだ?何の様だ?」


「こんな入り口じゃなく、あなたのお部屋で話したいわ」


険しい表情を一層硬くして、克樹は香里を見た。


「なにを急いで、お出かけするところだったの?」


部屋に入ってソファに腰掛けると、香里は克樹を見て言った。


「何でもいいだろう?」


「変な女に、引っかかたっそうじゃないの?」


「はぁ?」


「高城さんから聞いたのよ。碌でもない女を、相手にしたものだわ」


「そんなの知るかよ」


「女は一人じゃ子供はできないの。因みに教えておくけど……」


ぐっと克樹は言葉が出ない。


「酔ってたんだ……」


辛うじて言葉を絞り出した。


「えっ?何かしら?聞こえなかったんですけど……」


意地悪く聞き返す。


「酔ってたんだ。それも殆ど記憶に無い程……」


「あら?そう?」


香里は鼻で笑うかのようにして、深く腰を落とした。




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