第20話
岡山の葵さんとはしばしば連絡を取り合って、水穂もおじいさんに会う事ができた。
水穂には素子さんの方の祖父母がいたが、父親を知らずに育った水穂にとって、父方の親戚は水樹同様に深い意味があった。
素子さんもおじいさんと会ったが、やはり家督については父茂樹の意思を尊重して、葵さんに継いでもらう事となった。
父茂樹の意思……それは決して水穂を、自分の子として認め様としなかった事だ。
茂樹の意思は、どんな形であれ自分の子は、水樹ただ一人だという形を貫いた事だ。
だが皮肉な事に、水穂は父を知る親戚が一目見て解る程に、父によく似ている。
父があれ程拒絶して認めなかった水穂が、父にそっくりなのは皮肉な事だと思う。
そう思うが自然の摂理とは、凄いものだと思わざるえない。
不幸にも若死にした大樹も、世間に背を向けて死に急いだ父も、同じ顔を持つ血筋が残ったという事は、二人が生きていたという証しを、知らしめているように感じる。
そうやって生き物は、次世代に繋げて行くのかもしれない。
「伯父さんも本当に、元気を取り戻してのぉ。退院してあの家に居るんよぉ。もう直ぐここまでは無理じゃろうが、出歩けそうなんよ」
葵は神楽坂の有名料亭で、江戸前料理を堪能しながら、相変わらずおっとりと言った。
「それじゃ、曾孫の顔を見せに行かないと」
「うん。楽しみにしとるよぉ」
水穂と高城が挨拶に行ったそうだが、高城はそれ以前に水樹の養父として、葵とおじいさんとは会っている。
そんな高城が水穂と結婚するなど吃驚する事だが、田舎の方では年の差婚など、大して驚く事では無いと、葵はおっとりとした口調で言った。
「水穂ちゃんは父親に縁が無いから、そのくらい離れた方がいいと思うよ。大事にしてもらえるもん」
葵が言うと、そういうものかと安心してしまう。
「そうそう僕も君達に影響されてのぉ、少し仕事を広げよう思うんよ。そしたら、頻繁に上京する事になると思うんよ」
「えっ?仕事ですか?」
「うん。結婚式に見えとった奥田さんとか平林さんとか、克樹君に紹介してもらったんよぉ」
「そうなの?」
水樹は克樹に、視線を移して聞いた。
「ああ……藤沢の土地を利用させてもらえたらと、両家とも大乗り気」
「そうなんじゃがのぉ、多少の山を水樹と水穂に残したいと、伯父さんは思っておるんよ」
「そんなの……」
「これは伯父さんの気持ちじゃけん。それにどう見たって、価値の上がる山じゃないんよ。ただ山で採れる山の幸は嬉しいと思うんよ。だから、秋には泊まりながら収穫に来て欲しいんよ」
「そうですね」
水樹はそう言って、箸を進めながら笑った。
「明日は10時の新幹線でしたよね?」
「うん。僕は飛行機が苦手なんよ」
「あー僕もです。じゃ9時にロビーに来てますから」
「やっ……見送りはいらんのよ」
「でも、したいから」
葵は笑って頷いた。
水樹が身内に誠意を見せるのは、家族への恋慕がさせる事だと知っているから、きっと誰でも無碍に断る事はできない。
「今度山菜を採りに行こうね」
水樹は東京駅の新幹線乗り場で、葵を見送った後に言った。
「なんだ。昨日は神妙な顔してたから、迷惑なのかと思ったよ」
「……なんか嬉しい。お父さんが僕と水穂に、残してくれたみたいでさ」
なる程。
水樹は本当に意地らしい。
克樹は子供の頃の様に、水樹の手を取って握りしめた。
「……でも葵さんに、奥田君や平林君を紹介していたなんてね」
「奥田と平林とは懇意だと、高城の親類には見せておいた方がいい。お前も承知だろうが、あそこの親類は鼻持ちならないからな。お前は養子だからまだいいが、水穂ちゃんは嫁だ。言いたい事言われたり、陰口叩かれたりしかねないのに、下に見られて虐められでもしたら困る」
「高城さんが守ってくれるよ」
「ああ……守ってくれるだろうが、あいつと奥田は自分目線だからな……反対に水穂ちゃんの立場が辛い事になりかねん。だが、奥田と平林が一目置く藤沢の孫娘だと思えば、ああいった所の奴らは、上の者には
「そんな心配してくれたんだ?」
「俺も一時期ちょっとだが、ああいう親戚を持ってたからな」
「あっ……」
水樹は複雑な表情を作って笑った。
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