第19話

水穂の結婚式は、可愛いドレスが披露できるように、できるだけ早く行う事となった。

披露宴は奥田家所有のホテルを都合つけ、平林の縁故で教会を抑える事ができた。

恐るべきは上流階級の力である。

バージンロードを水穂と歩いて、高城に渡すのが水樹というのが、なんとも不思議な感じだが、年の離れた薄幸の兄妹には感慨深いものがあった。

可愛らしい新婦より綺麗な兄は目に涙を溜めて、新郎の高城に渡す時は、克樹すら涙を拭う程だった。

克樹の両親も親族として呼ばれ、岡山の葵さんも出席をしてくれた。

水穂と親類縁者だけでは、高城家と余りにも釣り合いが取れなかったのだ。

克樹の藤木家と水樹の関係者で、どうにか釣り合いを取れるくらいであった。

考えてみれば、高城を通して想像もつかない権力者達と、知り合う事ができた。

そしてこれからは水穂が、その一員として暮らして行く様になる。

そんな状況で岡山の葵の存在が、水穂の立場を不動のものとした。

藤沢家は、上流階級の人々の中では名を馳せた名家だったから、高城の家に入る嫁としては、血筋家柄的に引けは取らないものとなったのだ。


「なかなか、いい結婚式だったな」


「うん」


水樹は感慨深げに言った。


「新婚旅行は?」


「水穂の体調を考えて、先延ばしにしたらしい」


「それはそうだな……」


自分の時を思い出して言った。


「高城さんも忙しいし、落ち着いたら、ヨーロッパにでも行くんじゃないか?」


「ヨーロッパ?」


「高城さんが好きなんだよ」


「ふーん」


克樹はそう言うと、水樹を覗き見た。


「なに?」


「高城と行った事あるだろう?あいつどう考えても、失礼なヤツだよな」


嫌味満載にき下ろす。


「普通、好きなヤツとの思い出の場所は、行かねーべ?」


「…………」


「俺だって、香里と行った場所は避けるけどね」


「へぇ?僕は行ってみたいね。克樹と香里ちゃんが行った所」


「馬鹿言え。お前は俺達がどんなだったか、知っているから言うんだよ」


「そうかなぁ?」


「だけど高城は、お前との思い出をグズグズと……」


「馬鹿じゃねーの?」


「はぁ?」


「高城さんは、そんな人じゃないよ」


「お前はすぐこうだな。高城の事となると……」


「それは克樹のほうだろ?」


「はぁ?あいつはお前の妹の旦那だぞ」


「だから言ってるんだろ?」


克樹は以前の様に、高城を毛嫌いしている訳ではない。

無論水樹が認めた以上、今は自分を思っている事も承知だ。

だが、高城のあの異常な愛を目の当たりにして、未練を捨てきれないのも知っているから、水樹が庇うと腹が立つ。


「妹の旦那だから……だから、マジで水穂だけを思って欲しいから、だから言うんだろ?僕の大事な妹だ。ただ一人の妹だから、だから余計な事は考えないで……」


水樹は、真剣な表情を作って言った。

高城の本性を、知っているのかもしれない。知っていなくても、長年の付き合いで、自分に対する執着は感じているのかもしれない。


「全く……兄妹してあんなロリコンの、どこがいいのか……」


克樹はわざと言った。


「上手い事言うね」


水樹は、救われた様に笑って言った。


「あの人は確かにロリコンだ……」


水樹が絶対見立てたであろう、バームクーヘンを取り出して見つめた。


「これお前だろ?」


「結婚式の引き出物には、バームクーヘンでしょ?これ珍しくてバナナ味なんだよ」


わざわざ有名店に、依頼したのだと自慢する。


「大金持ちばかりの披露宴の引き出物が、バナナ味のバームクーヘンは無いだろう?」


「そんなの関係ない。二人には、沢山の年輪を重ねてもらいたい」


「嫌味なヤツ」


ふふん……と水樹は笑う。


「そうだ、バームクーヘン食わせあおうぜ」


「馬鹿じゃね?」


水樹はそう言いながらも、克樹の口に欠けらを入れた。

確かにバナナの味が口の中に広がって、甘ったるいが美味かった。

克樹も水樹の口の中に入れようとして、口を開けて待つ水樹を見て気持ちを変えた。

片手にバームクーヘンの欠けらを持ったまま、唇に唇をつけて舌を入れた。

水樹は、約束が違うとばかりに突き放す。


「なっ、甘ったるいバナナ味したろ?」


「ばっかじゃね?」


水樹はプンプン怒って自分で頬張った。


「明日は葵さんを、東京見物に連れて行くだろ?」


「あーうん」


「神楽坂の料亭に予約入れておいたから」


えっ?と水樹の表情が明るくなった。

機嫌が直ったと、しめしめと水樹の隣に腰を落とす。


「久しぶりに三人で飯食おう」


「うん」


水樹は、再びバームクーヘンを頬張って頷いた。

こういう時の水樹は、子供頃の様に可愛い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る