第18話

「旬さん」


若く可愛らしい水穂が呼びに来て、高城は何時もの落ち着いた様子で立ち上がって、身重の若妻を労わる様に家の中に入って行った。

それと入れ違いに水樹がやって来て、克樹の真向かいの椅子に座った。


「話しは済んだのか?」


「うん。克樹少し顔色が悪いよ。また高城さんとやり合ったの?」


「いや……もう決してやり合わないよ。あの人は身内なんだから」


克樹は精一杯笑むと、水樹の手を取った。

高城の異常な愛情の持ち方は、松長から聞いてはいたが、目の当たりにして圧倒された。

水樹への思いは引けを取らないが、執着心には負けを認める。

たぶん自分には、あんな選択はできないだろう。

今更ながら高城の愛情の深さというか、執着の強さに脱帽しかない。


……あんな愛があるのか……


克樹は完全なる敗北を認めた。




水樹はもどかし気に、克樹にキスをする。

いくら誘ってもいくら煽っても、克樹は誘いに乗らず焦らせるばかりだ。


「克樹……お願い……」


水樹がしがみついて懇願する。


「水樹気持ちいい?」


水樹はふるふると首を横に振る。


「克樹お願いだから……」


初めて見る水樹の甘える表情に、克樹は滾った物を水樹の求める部分に押し当て、静かにゆっくりと沈んでいく。

水樹は初めて、善がり声を上げて克樹にしがみついた。

克樹はその状況に興奮を増して、激しく水樹を揺さぶった。

すると水樹は堅い下肢を持ち上げて、克樹の腰を締め付けた。

瞬時渋面を作った克樹は、それにも増して激しく水樹を突き上げて、二人で高まりの果てを極めた。

水樹が克樹の肩に歯を当てたのは、この極みの最中だったのか前だったのか……。

静かに緩やかに下っているのだと意識した時に、克樹は初めて肩の痛みを覚えた。

水樹の呼吸が静かに落ち着いていく。

汗ばんだ額の乱れ髪をいじると、水樹は瞳を開けて克樹を見つめて微笑んだ。


「キスして」


ティシュに丸め込まれた情事の跡を一瞥して、水樹は克樹に珍しくおねだりをする。

克樹は丸めたティッシュをゴミ箱に投げ捨てると、水樹を抱き寄せてキスを繰り返した。


「今日の水樹はおねだりが多いね」


ご満悦の克樹は、水樹の細腰を弄りながら言う。


「水樹は高城が好きだった?」


「好きだったよ。愛し合うって、こういう事だと教えられた……だけど成長して行くと、何かが違うって思い始めた。克樹が香里ちゃんを好きだと言うのとか、小見が緑ちゃんを好きだと言うのとは、ちょっと違うって思ってしまった……思ってしまったら……」


「思ってしまったら……?」


「高城さんと、上手くいかなくなった」


克樹が首筋に唇を付けると、水樹は避ける様に克樹を見つめた。


「高城さんが好きなのに、上手く答えられなくなって……とても苦しかった」


水樹は克樹の手に、唇を付けて言った。


「いつから?」


「いつからだろう?神戸の克樹の所に、行き始めてから徐々に……おじいさんの所に行ってからは……」


「………?」


水樹は口をつぐみ


「高城は触れなくなった?」


克樹が言うと、水樹は吃驚して克樹を見た。


「水樹が初めてみたいにしてたからさ……」


克樹は水樹の臀部に手をやった。


「最近はしてなかったって思ったよ。高城と俺とどっちがいいの?」


「馬鹿な事聞くなよ、そんなの反則だろ?」


「だけど知りたい……お前はどっちに感じるのか……お前の魂が俺だけのものか、お前の全てが俺の物か……」


「アホか?僕は高城さんを愛してた。だから僕は全てを受け入れた……」


「愛情には二通りある。肉親愛と恋愛だ。お前が躰の全てを開花させられた高城より、俺の方が感じるんだったら、高城への愛は恋愛じゃない。俺とお前の間に、存在していたと思っていた愛情だ……お前は愛情を知らないから、だから高城に教え込まれれば素直に信じるさ。俺達のは肉親愛だってさ。そうだろう?その逆だって有りだ」


克樹は水樹の下肢に、再び指を這わせる。

水樹はそれから逃れようとするが、それは克樹に許されず


「なあ?どっち?」


そんなの答えなくても解っている。

今みたいに耳元で囁くだけで、水樹の荒くなる息づかいが答えを出している。

大人になった二人には、うに解りきった事だ。

だけど確かな証しが欲しいのが、愛し合う者達の性だ。

克樹は確かな証しが欲しい。誰よりもなによりも水樹が、自分一人に心酔しているという証しが……。

水樹は潤んだ瞳を克樹に向けて、細い腕を克樹の首に妖艶に回した。

そして少し顔を傾げた。


「克樹、愛してるよ」


「…………」


「克樹が気がすむまで、全てをあげる」


克樹は涙が出そうになった。



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