第17話

「水樹の声は甘いだろう?」


翌日高城は、ウッドデッキで飲み物を口にして言った。

中では水樹と水穂兄妹が、楽しげに話しをしている


「戸建てとはな……。この辺でこれだけの戸建てを買えるって……さすが大手企業相手の事務所様だな」


克樹は高城の言葉を無視して、棘のある言い方を目一杯してみせる。


「子供には庭があった方がいいって、水樹が譲らなくてね」


克樹の表情が一瞬にして、険しく変わった。


「女性には金がかかる……それが水樹の妹なら尚更だ」


「あんたが選んだ事だ」


高城は薄っすらと笑みを浮かべた。


「水穂には幾らでも、財産を注ぎ込んでも足りない。だけどその分、疑いようもない愛情を注いでくれる」


「水樹だってそうだったろう?」


「さあ?どうだろう?」


「水樹は何も知らない年から、全てをあんたに捧げてきた」


「それはどうだろう?確かに躰は、僕の物だったかもしれないが?」


「何にも……本当に何にも知らないあいつを、あんたは好き勝手にしてきた」


「……躰はね……」


「躰、躰って……」


「そうだろ?君が気にするのはだろう?あんなに純で何も知らない様な顔をして、水樹は怖いくらいに淫らで妖艶だ。君は水樹をああしたのは、私だと思っている……」


克樹はとても年には見えない、相変わらず好男子の高城を睨み付ける。

水樹を拐っていった時と全然変わらない、憎らしい程に格好のいい男、何をさせても最上級のエリート。


「まさか」


高城は嘲笑うかの様に言った。


「まだなのか?君達……?」


一瞬そう言って視線を逸らした。


「まさかね……」


「水樹を散々好き放題にしておきながら……」


「確かに……。水樹をあそこまで仕込んだのは私だ。たぶん最高傑作だ、そうだろう?」


克樹の顔が段々強張るのが解る。


「水樹は君が散々遊んだ、女性達より良いだろう?」


「なにを……」


「やっぱり……」


高城は克樹を直視する。


「水樹を毎日、可愛いがっているんだね?」


それは辛そうに、表情を変えて言った。


「水樹が抵抗無くできるのは、私が云々じゃない。確かに何も知らない水樹に、私は好き勝手ができた……だが、あの子は何一つ抵抗無く受け入れた。大人になる自分を恐れ、両親の様になる自分を恐れて、私が溺れる程に従順で艶めかしく誘った。何も知らない筈のあの可愛いあの子が、自分の将来の恐怖に怯え、私に縋り付く事を覚え、妄りに誘う事を覚えた。あの子は一人にならない術として、思いを寄せる相手を虜にして溺れさせる……決して離れられなくする、忘れられなくする……私が言う必要はないか……今君はを実感している。あれの全てが欲しくなる……全てだ全て……」


「水樹は今もあんたを思ってる……」


克樹は力無く吐露した。


「どうして、そういう事になるのかな?」


高城は呆れる様に言った。


「それは……」


「水樹は本当に甘い声を出すだろう?以前は恥ずかしがって、なかなか出せなかった……その為押し殺す様な声も、堪らないだろう?」


「水樹はずっとあんたを、体内に受け入れてた。何も知らないうぶな水樹を、あんたは好き勝手に汚し続けたんだ。何の術も知らない水樹をいい事に、水樹の事も考えずにずっと……」


「水樹が私の所に来たのは、高校生になる前だったよね?」


「ああ……俺と水樹は同じ高校を受ける筈だった」


「あの頃の水樹は、大人になる事を酷く恐れていた。大人になる準備をする自分の躰を、忌まわしく感じ呪っていた。準備をする体内の忌わしい物を、抹殺して欲しいとしがみついてきた。汚れを知らぬ純粋な水樹に、これが愛だと教え込んだ。まるで擦り込みをする様に、これが恋愛だと教え込んだ……だから、恐れる事は無いと……私達の愛は不毛だ。何一つ心配せずに愛し合えば、忌わしい物は死に絶えるんだとね。だから水樹にわざと強いた。彼が忌み嫌う物の残骸を見せる為に……安心して私を愛せる様に……」


「そうさ。一途な水樹はそう信じてる。今も……」


高城は、ほくそ笑んで克樹を見続ける。


「誰が誰を……?君はなぜ私が君に本当の事を言ったのか、まだ解っていないようだね?水樹に恋愛相手は私だと教えた、君への愛情は従兄弟ゆえの愛情、肉親愛だと教えた……。そんな事は大人になれば、違うって容易に解る事だ。現に二人は一つになっただろう?いずれ水樹と君は一つになるって解っていた。その時期を少しでも遅らせる事だけしか、私にはできない事もだ。案の定大人になるに連れ、水樹は君を求めた。無意識の内に水樹は、君の元に行きたがった」


「俺に告げたのは、なぜなんだ?」


「君は今、水樹は未だに私に思いを残してると思い、嫉妬に苦しんでいるんだろう?」


「…………」


「私もずっとそうだった。あの可愛い水樹を毎晩自由にできたとしても、一度たりと心を抱いた事は無い。いつもあの子の心の中には君が居た。あんなに可愛いく甘えても、私を求めても……。どんなに苦しくて辛くても、溺れていく躰と心は、虜となって離れる事を許してくれなかった。私がもがき苦しんでいるのに、君は自ら水樹を封印し、可愛い彼女に逃れようとした。決して逃れる事などできはしないのに、君は上手く逃れようとした。いずれ求め合う魂ならば、何も知ろうともせずに、能天気に目先の快楽に逃れ様とする君に、いずれ来る物だったら、直ぐに気付かせて、私と同じ苦しみを味合わせたかった。君はかなり嫉妬に苦しんだ様だね?」


「その為に、俺は離婚したんだぜ?」


「それは、ただ早まっただけの事だろう?もし君にその気が無ければ、君は苦しむ事も無く、別れる事も無かっただろう?そうであれば、私も安心していられた。仮令水樹が君を求めても、君は水樹を受け入れる事は無いんだから……。君の苦しみは私の苦しみと等しいものだった。躰の快楽は心の痛みと化していったからね」


「だから、妹なのか?」


「いや……いずれ水樹を、君に返さねばと思っていた。ただ水樹と縁を切る事は、私には断腸の思いだ。どうしても思い切れなかった。そんな頃、大人になった水穂が、私に好意を寄せている事に気がついた。あの兄妹はファザコンだ。特に父親に認めてもらう事のなかった水穂は、年上の男に愛情を求めてる」


「それにつけ込んだのか?水樹の時の様に?」


「いや……できるだけ避けた。君が水樹にした様に……だが私はもはや、水樹無しでは生きて行けない。自分に言い聞かせ、他に思いを寄せる水樹を、決して抱きしめないと誓っても、どうしても水樹の何かに惹かれてしまう。気がついた時には、もうどうにもならなくなっていた。水樹の妹、水樹が最も拘りを持つ同じ血を持つ者。一緒になれば、君と同様に水樹の縁者と成り得て、仮令手放したとしても一生側に居る事を許される……」


克樹は血の気が失せる感覚を覚え、軽く震えがくるのを感じた。


「水樹の全てを手に入れる事は難しいよ」





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