第13話

「おい!」


克樹は水樹に、蹴りを入れられて目が覚めた。


「今日から会社だろ?」


「ああ……一緒に出るか?車で行くから送って行こうか?」


「じゃ、いい。渋滞とか嫌いなんだ」


克樹は水樹を仰ぎ見る。必然的に水樹は見下す。


「まだ時間あるか?」


「ああ……ちょっとなら……」


言い終わらぬ内に、克樹に引き寄せられて対座した。

そのまま克樹の顔が近いて、水樹の唇を捕えた。

水樹は抗う事も驚く様子もなく、ただ自然と受け入れた。

二人の唇が音を立てて吸い合う。

まるで当たり前の様に吸い合ったが、克樹が舌を入れようとすると水樹は身を引いた。


「…………」


「お前すまなくなるだろう?今日は遅れられない案件があるから……」


水樹は顔を上気させて言うから、克樹は思わず見惚れた。


「とにかく行くわ……」


そう言うと慌てて出て行った。

あの恥じらいのある仕草が、たまらなく愛しく唆られる。

あんな顔を見れるなんて……。

そう思うだけで躰が熱くなる。


「まじヤバい……」


克樹は思わず、布団を抱きしめて横になった。

何時に出ればいいのか……そんな事、どうでもいい様に思えてくる。



「マンションの評判が良くてね」


父の公輔は克樹を見るなり言った。


「はぁ……」


公輔は知らないが、克樹は本当のところを知っているから喜べない。


「お前の評判が上がるのは、うちとしたら願ってもない事だが……」


「その内奥田の豪邸話しが来て、一躍時の人となりかねない」


「えっ?そうなのか?」


「その内……」


「奥田さん建て替えるのか?」


「潤司です」


「潤司君?別になるのか?結婚か?」


「まさか。あいつが結婚するか俺がするか……ってくらい有り得ない」


「どうして?二人共いい男だぞ」


「俺達同じくらい我儘……って事」


「はっ……。お前の我儘は仕方ない……子供の頃に大事にし過ぎた。多少苦労したから少しはマシになったろうが……亡くなったおばあさんに、お母さんがよく言われていた。克樹は我儘だから、多少の苦労はさせても釣りがくるってさ」


「はっ。ばあちゃんの言いそうな事だ」


「そんなおばあさんだって、ナツさんの事は反省してた。だからお前の心配したんだろうな?」


「生きてたら、離婚の時に何言われたか……」


「お前は小さい時のナツさんに、似てるとよく言ってたよ」


「叔母さんに?」


「好きになったら良し悪し考えずに夢中になって、我が強いからどうしても引かないって……。香里ちゃんと結婚した時に、その意味を納得した。お前は決めたら周りが見えなくなる。釣り合いとか年とか……」


公輔はその先を言うのをやめて


「そうか潤司君のか……」


と言った。


「ああ、いずれあそこには、長男夫婦が同居するらしい」


「そうか……じゃその時は、うちで改装を手掛けさせてもらおうか……」


「そうなるだろ?奥田の事だからな」


公輔は苦笑いを浮かべて克樹を見た。


克樹は会社に居ても、ずっと考えている。

今夜は何を食いに行くか……。

アルコールは口にしたら不味い。

まさか自分が寝てしまうとは思わなかった。

水樹を思うと高揚して躰が火照るというのに、なぜ寝れたりするのだと、我が身ながら情けない。

そんな反省会を、会社でしている自分が情けなくもあるが、水樹の事となるとそんな事はどうでもいいと思える。


スマホが鳴った。水樹からだと気持ちが高鳴った。


……遅くなるから飯し食ってく……


高鳴った思いが虚しく萎んだ。


「あいつ……」


四六時中考えている自分が馬鹿に見えてくるが、考えてしまうのだから仕方ない。

水樹は本当に遅かった。

幾度か、迎えに行こうか?と連絡を入れるが返信がない。

何にもない部屋で、時間を潰すのはシンドい。

この間まで平気だったのに、今は時間を潰して待つ作業がもどかしい。


……明日はテレビを買いに行こう……それから……


イライラが、殺風景な部屋の所為の様に思えて、あれもこれもと買う物が増えて行く。

布団を敷いて不貞腐れていると、午前様ギリギリに水樹が帰って来た。


「おかえり」


不貞寝一歩手前の克樹が言った。


「起きてた?……って言っても、明日休みだしなぁ……」


水樹はそう言うと自室に行って、そのまま浴室に向かった。

シャワーを浴びてくると、冷蔵庫からビールを取り出して一気に飲んだ。

布団に転がって不貞腐れている克樹に、残りのある缶を手渡した。


「お前忙しくないの?」


「今の所な……」


「ふーん?社長見習いってところか?」


「来週からは忙しくなるよ」


「ふーん?」


水樹はそう言うと床に腰を下ろして、バスタオルで濡れた髪を拭いた。


「子供の親権で揉めてて……なんつーか……いろいろ痛いよ」


「子供にとったら親は対で親だ。片方づつっていう形の親は、なかなか受け入れられんだろうなぁ……ほら、水鈴は物心付いた時には、香里だけだったからな……たぶん俺でも、宗方さんでも変わらなかったと思う。子供にとって、血の繋がりなんて関係ないだろ?愛情があるか、可愛がってくれるか、大事にしてくれるか……好きか楽しいか……。大人になって、血の繋がりにこだわる」


「うーん?そうかもな……」



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