第12話

「水樹は元気か?」


父に久々に会ったら、開口一番に聞かれた。


「ああ元気」


「あれは両親と縁が薄いからな……高城君が今迄一緒に居てくれたから……まぁ、ありがたかったが、高城君の婚期が遅れて心配もしてた」


父はそう言うと社長室のソファーに、克樹と対座する格好を作った。


「俺は、男だし一人でも大丈夫だと言うんだが、お母さんが一人にだけはしたくないと……」


父は母が水樹にした仕打ちを、後悔して生きて来た事を知っているから、その先を黙った。


「大丈夫。暫くは俺と住むから……。親父達と、一緒に住むよかいいだろ?」


両親の気持ちを考えると複雑だ。

会社がどんどん大きくなればなるほど、水樹に対する負い目が大きくなる。

何不自由なく、良い暮らしと教育を受けたとしても、ばあちゃんが愛した孫を、他人に任せた事は拭えない事実だ。

ばあちゃんの意思を隠して、高城に託した……捨てたのと同様だと、母は思っているし、克樹も思っている。

なのに水樹の紡いだ縁が、会社を大きくして行く。

それは余りに皮肉過ぎて、天から与えられた悪意の様に思える。

そう……水樹にした事を決して忘れるな……と言われている様な……。


「まっ、お前が帰って来る気に、なったのは有り難い」


「思いの外に、大きくなり過ぎましたからね」


「幸か不幸か……って所だ」


「やっぱそう思うか?」


「当たり前だ。一番お前らに金がかかる時に潰れかけて、それは俺の力量不足だ。それを水樹を切り捨てて凌いで、そしてその縁で、高城君や奥田さんの所に助けてもらった。だけでなく、仕事が軌道に乗って会社は大きくなった……皮肉過ぎて嫌味なぐらいだ。だから、お母さんはあの子に弱い……。あの子を二度と一人にさせる事は忍びないんだろう……」


「解ってる。昔みたく上手くやって行くよ」


「ああ、頼む」


「土日には帰るから……」


「ああ……お前が居ない時には、よく水樹が来てくれていて、お母さんも楽しみにしてた……待ってるよ」


父の表情は深刻で複雑だ。

克樹の、今にも天に昇る程の喜びとは違う。

過去を思い水樹に、悔恨の気持ちしかない両親の思いとは裏腹に、克樹は昨日の今日で気持ちが高揚している。

水樹の温もりと唇と肌の味が、克樹を高揚させていく。


余りに大きくなった会社を、見て回るだけでも時間がかかった。

地方に行き過ぎていて、こんなに大きくなっているのも知らなかった。

じきに自社ビルを、奥田か平林の土地を買って、建てる話しが出ている程だ。


夕飯は会社の近くにある、イタリア料理の店を予約した。

かなり高級で美味いと言う話しだが、今迄の克樹には無縁だったから、食べに来た事もない。


「ここって香里ちゃんから聞いた?」


「はぁ?なんで香里から?」


「だって、香里ちゃんよく来るからさ」


水樹がフォークとナイフを、上手に使いながら言った。


「なんでお前が知ってんの?」


「奥田君に聞くから」


「だから、なんで奥田から聞くわけ?……飲みに行くからか?」


「うん……」


「今度は俺も一緒な。平林が飲もうってよ」


克樹が不機嫌に言う。


「最近、奥田君の話しも不機嫌になるよね?」


「…………」


「高城さん以外で……」


「アイツは犬と住む豪邸をだな……」


「解った」


水樹は体良く笑みを作って言った。

その笑みが可愛い。

今迄とは違う意味で、可愛く克樹を誘う。

グラスワイン一杯で、顔が赤らんで妖艶で克樹の目を釘付けにするが、そのまま水樹はタクシーの中で寝てしまった。

昨日……否今日か……。

余り寝ていないから、ワインを飲んだら眠くなってしまったのだろう。

克樹だって同様なのに、自分だけが寝れぬ程に高揚しているなんて、なんだか恨めしくも感じるが、高城の結婚問題で寝ていなかったのだから、仕方ないと思う反面、そこまで思いつめていたかと思うと腹が立つ。

水樹はタクシーを降りて、エレベーターに乗っても眠そうだ。


「克樹が側に居ると、安心して眠くなる……」


「高城の事で悩むなよ」


「悩んでないよ……」


水樹はそう言うが、その表情は違うと言っている。

克樹はエレベーターを降りると、水樹の手を取って急く様に歩いた。

ドアを開けて中に入ると、克樹は水樹の顔を覗き込んだ。


「眠れないくらい悩んでた癖に」


「悩んでないって……。一人になって淋しかったって言ったろ?」


「馬鹿な……」


「馬鹿でも、淋しいもんは淋しいんだよ。一人に慣れっこの、克樹とは違うんだよ」


「高城が居ないのが、淋しいんだろ?」


「ちげぇーつーの」


水樹は克樹の足を、思いっきり蹴った。


「痛えだろーが」


「ざまーみろ」


「水樹!てめー」


水樹は慌てて中に入ると、自分部屋に逃げ込んだ。


「出て来いよ、蹴った事は水に流してやる」


暫くして着替えを済ませた水樹が、布団の敷いてある部屋にやって来た。


「シャワー浴びて来いよ」


濡れた髪をバスタオルで拭きながら言うと、水樹は微かに笑って部屋を出た。

克樹は仰向けになって天井を眺めた。

照明をジッと見つめていると、睡魔が襲って来た。


「克樹」


「あー?」


「寝るの?」


「あー」


水樹と何かを会話した……そう思いながら目がくっ付いた。


「……………」


気が付いた時には、部屋の中は再び暗闇だった。

水樹が躰をくっ付けて寝ている。

昔、二人でおばあちゃんの家に居た時の様に……。

克樹は微かに笑って、水樹の躰の下に腕を入れて抱き寄せて眠った。




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