第11話

「後悔したさ……あの時逃げた事をさ……。確かに俺は逃げたよ。お前の愛し方が解らなくなってさ。お前は弟の筈なのに……可愛い弟でなきゃ駄目なのに……。だから香里に逃げて、俺はお前を弟として愛してるって、そう思って安心した。……なのに高城が、あいつが俺の大事なお前を汚した……違う!〝もの〟にしたから憎らしかった。俺が逃げた事を、アイツは容易くやったから、だから今でもアイツが嫌いだ。そんな俺をに知らしめたから、アイツは嫌いだ」


「それが元来の形だ……お前は間違ってない」


水樹は話しを終わりにしようと、体を動かした。


「間違ってたろーが」


克樹は水樹の肩を、再び掴んで向き合わせた。


「お前から逃げて、俺は間違ったろーが……だろ?家庭も子供も……全てに失敗した……それは間違ってた、って事だろ?」


「…………」


「今度こそ一生一緒に暮らそう」


「解った……」


「……じゃ、ねーだろ?」


克樹がジッと見入るから、暗闇の中水樹も見入った。


「……こんだけ喋ったんだ、意味解るよな?」


「ああ、一緒に暮らそう。子供の時からの約束だ」


「ちげーだろ?子供の時とはちげーだろ?」


長年恋い焦がれた相手だ、ここは押し所だと、年を取った分理解している。

ここで詰めておかなければ、再び同じ事だ。

いや、一緒に居るだけ地獄だと思う。

あの17歳の時の失敗は、二度と繰り返さない。

あの時、判然とさせるのを怖がったが為に、苦汁を飲んだ。

もう二度とごめんだ。

この際……高城が逃げたこの際、克樹は付け込んででも判然とさせたかった。

水樹に判然とさせたかった。

これからの二人の関係を、判然とさせたかった。

克樹は水樹の肩を掴んだ手に力を入れて、そのまま顔を近づけた。

すると水樹は克樹のほっぺに、指を持っていって摘んだ。


「痛え……」


克樹はムキになって水樹を睨んだ。


「やなのか?」


「何が?」


「何がって……」


業を煮やして、克樹は水樹を抱きしめて口づけた。

最初は優しく……だが段々とそうは言っていられなくなった。

幾度夢見た唇か解らない、荒々しく強く激しく吸った。

すると水樹が、手を背中に回して返してくれる。

それが引き金となって、克樹は我を忘れて水樹に吸い付いた。

そのまま絡み合うように、布団に倒れた。

そして、どこに……解らなくなる程舐めまわした。

17歳のあの時がトラウマだから、時間を忘れてキスをした。

たぶん、ありとあらゆる所にキスをした。


「好きだよ」


「うん。僕も……」


水樹の瞳は、キラキラと輝いて魅了する。

克樹はジッと覗き込むように見入った。


「克樹……」


「うん?」


「明日……今日になっちゃったぞ……」


「うん」


「朝起きれない」


「はぁ……お前さぁ……」


「だって……」


水樹は笑っているようだ。


「こんなにキスしたの初めてだ……」


「俺だって初めてだ……だけどずっとしたかったんだから……」


「誰と?」


「お前とだよ。ずっとずっとしたかった」


「へぇ……」


水樹はそう言うなり、横を向いて直ぐに寝息を立て始めた。


「お前はや……」


克樹は、興を削がれたように水樹を見つめた。

あの時手放さなければ……ずっと後悔して来たが、果たしてそうだったらどうなっていたのだろう……。


「お前は高城にもこうしたのか……」




「おい!」


克樹は思う存分蹴飛ばされて目を開けた。


「だから起きれないって言っただろ?」


水樹は支度を整えて、克樹を覗き込んで言った


「もう出るけど、克樹はまだいいの?」


「ん……親父の所に行くだけだから……」


「そう?じゃ……」


「待てよ」


克樹は身を起こして、水樹の手を取った。


「昨日の事、覚えてるよな?」


水樹は呆れる様な顔で克樹を見た。


お前があっちこっちを付けてくれたから、忘れたくても忘れられない」


ワイシャツの襟首のボタンを外して、首や肩にかけて、赤く付いた吸い跡を見せて言った。


「マジか……」


「数多くの女にしていた癖か?……なら、やめろ」


水樹は真顔で言って


「行ってくる。今夜は外で飯し食おう」


と言い残して出て行った。


「誰にもした事ねーよ……」


克樹は分が悪くて呆然とした。

今迄関係を持った相手と、キスをした事は余りない。

相手が強引にして来ない限り、克樹はする気がなかったからだ。

ただ欲求の為にだけの相手に、そんなに入れ込むタイプではない。

商売とする相手もいれば、そうでない相手もいたが、不思議と同性はいなかった。

同性の水樹を求めているのに、それは無かった。

それはあの時、薬物をしながら同性との関係を持った事で、水樹との関係を断ち切った事への腹立ち……八つ当たりな感情だったのかもしれない。

ただ水樹の味は、やはり克樹を満足させた。

今迄の誰よりも、かつて愛してやまないと信じていた香里よりも……。

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