第10話
「本当はさ、ちょっと凹んでたんだよね……」
水樹の言葉に、一瞬にして顔が強張ったのが解った。
瞬時に反応する自分が哀れだが、明らさまに露骨な表情を浮かべていられる、この暗闇が有り難い。
もはや押さえ込む作業は、疲れてしまった。
「やっぱり寂しかったのか?」
声が上擦り嫉妬心が噴き出しているのが解る。
「うん……。やっぱり駄目だね。大人になっても一人は淋しい。克樹だって一人暮らしなのにな……。なんだかとても淋しくてさ……あの頃を思い出して涙が出た。おばあちゃんの所に行ってからは、ずっとそんな気持ちも忘れてた癖に、高城さんが出て行って一人になったら、淋しくて淋しくてさ……。本当に今まで幸せに暮らしてたんだな……って……」
「わかった」
「えっ?」
「解ったからもう言うな」
「はぁ?なんか怒ってね?」
「だから、俺は高城が嫌いなんだよ。そいつをお前が恋しいがると、マジでムカつく」
「なにも恋しいがってなんかいねぇだろ?」
「淋しいとか言うな。高城が結婚するから淋しい、と言っている様にしか聞こえねぇ」
「はぁ?高城さんが結婚する事は、めでたい事だろう?まして僕の為にかなり婚期が遅れた……。それが妹の水穂なら、尚更嬉しいよ」
「そんな平気な顔して嘘をつくな」
「なに?それ?」
「高城がお前にとって、無くてはならない存在だって知ってる」
「………?」
「高城から聞いた」
水樹の様子が変わっていくのが解る。
暗闇の中でも様子が変わるのが解った。克樹が言葉にした事を、後悔する程に狼狽えているのが解った。
「なに……それ?高城さんが克樹に何言った?」
「お前と高城の関係……」
「マジで反則だろ……」
水樹は呟く様に言った。そして
「いつ?何時から知ってた?」
と聞いた。
「俺の結婚式の日に言われた」
「は……何それ」
「俺だって解んねぇよ。式の前に急に、カミングアウトってヤツ?ずっと虫の好かねぇ奴だったが、大嫌いになった……」
「だから、僕を避けたんだ?」
「はっ?」
「克樹結婚したのに地方へ行ってばかりだったし、そんな話し聞いて、厭にならない訳無いもんな……僕の事避けてただろ?」
「避けてたって……お前だけじゃねぇだろ?香里だって……」
克樹は水樹が、 鼻を啜るのを聞いて慌てた。
「泣く事はないだろ?」
「泣いてねぇよ」
「いや。マジ泣いてるね」
克樹は水樹の肩を掴んで、間近に顔を近づけて見入った。
暗闇の中の水樹のひとみがキラキラ光っているから、きっと泣いているに決まっている。
「泣いてんじゃん?」
「泣いてない……って」
「嘘こけ」
克樹はペロッと水樹の頬を舐めてみせた。
一瞬水樹が吃驚して逃げようとするのを、肩を掴む手に力を入れて、身動きを取れない様にして、反対側も舐めた。
「やっぱ、しょっぱいじゃん?」
「きも……」
水樹が顔を背けて言う。それが無性に腹が立つ。
「キモくねぇよ」
「キモいから避けたんだろ?」
「キモいとかそんなんじゃないだろうが」
「…………」
「お前があいつに好き勝手されるのが、マジ許せねぇだろうが……あんな事やこんな事やそんな事、させてた方がムカつくんだよ」
「意味わかんねぇ」
「俺だって解んねぇよ。お前がそんなだと聞いたら全部が吹っ飛んで、結婚なんかどうでもよくなった。お前が高城に触られているだけでおかしくなって、気が付いたら香里を酷く扱ってた。このままだと香里と子供がヤバイと思って仕事に専念した。お前と高城の居ない所で、無我夢中で働いて香里に裏切られた」
「なにそれ?」
「何がなんだかなんて、俺の方が知りたいね。どうして高城との事が許せないのか、俺をおかしくするのかずっと考えてた。この数年間ずっとだ。なんで俺はお前を手放したくないのか……許せないのか、逢いたいのか、触れたいのか……」
「意味不だよ克樹」
「意味不だけど……自分でも解らなくて、いろんな女と関係を持った。自分だけでも知りたくて……」
水樹は克樹に頬を指で触られて、慌てて逸らそうとしたが、それは許されなかった。
「ああ……そんな事は大人になりゃ、直ぐに解る事だった」
水樹は克樹の指を手で払う。
「俺はお前と、一緒に暮らしたかっただけだ」
「は……?自分で別になった癖に」
「あの頃にはもう、お前は高城の物だった癖に……」
水樹はぐっと言葉を飲み込んだのが解った。暗闇に目が慣れてきたのだろう。
「なんとなく感じたんだ。お前が大人になったって…… 勿論あの時にそう思った訳じゃない。大人になって思ったのさ。だから俺は怖かった。俺はお前に惹かれてく……って。だから、親に逃げ香里に逃げた。お前から逃げた……だって、お前は高城と暮らすって、もう決めてただろ?」
「僕は言ったよね?三年待とうって……三年待てば一生克樹と一緒に居られる……そう思ってた。三年経てば僕らは独立できた。貧しくても働いて一緒に居られるって……」
「………」
「だけど僕は本当に子供だった。克樹が結婚して子供を持って、家庭を作って行くって……考えてなかったからさ……本当に香里ちゃんと一緒になって、初めて気がついた。僕らは一生一緒には居られないんだって……」
「お前どんな顔して言ってんの?」
「何時もの顔だよ」
「そんな事何時もの顔で言うなよ」
克樹は遣る瀬無さそうに言った。
水樹が動揺するくらいに。
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