第9話

二人は見つめ合う……。

長い年月を互いが思い巡らせて、ジッと見つめ合った。

すると水樹は克樹のおデコを、親指で人差し指を弾いて叩いた。


「痛ぇだろ!」


「なに真顔になってんだか」


「お、お互い様だろーが」


「えっ?そうか?」


水樹はカラカラ笑いながら、勝手に決めた自室に入って行った。

克樹は一息吐くと、冷蔵庫に唯一あるビールを取り出して来て、再び床に腰を下ろした。

長年当たり前の様になった習慣だ。

子供の頃から水樹は可愛かった。

母と話す祖母の会話で、水樹の境遇は子供でも理解した。

だから大好きな祖母が、今まで克樹のみに与えてくれた愛情が、水樹に行っても気にならなかった。

どころか、自分も祖母同様に水樹が可愛かった。

一人っ子だった自分にとって、女の子の様に可愛い水樹は、護らなければならない対象だった。だから、仲間内ですら呆れられる程に大事にした。

突然できた弟、それも大事にすべき可愛い存在。

ずっと側に居るのが当たり前の、お気に入りの玩具。

克樹を魅了し、とにかく気に留めずにはいられない……これが兄弟愛だと思い込んで育った。

克樹の中では、水樹は必ず護る対象でなくてはいけなくて、自分が優位な立場でなくてはならなかった。 それが兄克樹と弟水樹の克樹が描く図式で、ずっとそうやって暮らしていけるものだと信じていた。

だが高城の存在は、克樹の守るべきあり方を脅かし、そしていとも簡単にその立場を取られてしまった。

それを認めた時始めて、兄としての自分が崩れ落ちて、高城に対する嫉妬を覚えた。

高城に対する嫉妬心がそのまま、水樹に対する愛情の本来の姿だと知るのに、そう時間はかからなかった。

水樹は克樹が生まれて初めて愛情を注いだ、唯一の人間だ。

たぶんそれを母親は母性愛と呼ばれ、父親は父性愛と呼ばれ、兄弟は兄弟愛と呼ばれ、他に初恋だとか恋愛だとか、名を変化させながら、結局のところ唯一無二、無くてはならない愛情というものだと知った。

それを知るまで、自分は何年かかり、そして何人の女性と関係を持ったのだろうと、呆れてしまう程にどうしても踏み込めない場所だった。

だが、何も知らない子供の自分が、素直に欲した感情なのだと今更ながら思う。

水樹を傍らに置いて暮らす……。ただそれだけの事。

水樹にとって無くてはならない存在……。ただそれだけ……。

それが克樹の欲する存在であり、自分にとっての水樹の存在であるのだ。


克樹がシャワーを浴びてくると、水樹の姿がない。

布団は敷いてあるのに……。

克樹はさっき水樹が入って行った部屋を覗きに行った。


「そうだ!お前ベット買ったの?」


「うん。昨日来てさ。遅くまでかかって組み立てた」


「はぁ?」


「もうちょっとの所で、面倒になっちゃってさ……」


「……で、あの状態か?」


「そうそう」


水樹は頷いて仕上がったベットを、満足そうに見つめた。


「克樹のは土曜日に買いに行こう」


「解った」


克樹はそう言うと、ベットの上に敷かれている布団を、持ち上げて部屋を出る。


「何すんだよ!」


水樹が布団に手をやって言った。


「向こうで一緒に寝んだよ」


「はぁ?ベットがあんのに?せっかくあんのに?」


「普通ベットの上に布団は敷かねぇべ?」


「おばあちゃんがそうしてたから、僕の中じゃ当たり前なんだよ」


水樹は自分でも解っている事を、指摘されて赤面して言った。


「ずっとこうしたかったんだよ……だけど、違うらしい事はなんとなく……」


「高城の所で学習したか?」


克樹は吐きすてる様に言った。


「ま……まあ……」


「ふん。お決まりだからな、俺が買うまでここで一緒に寝よう」


「何もここじゃなくても……一応客間はあるし、部屋だって幾つもある……」


「俺はここがいいの」


克樹はわざと顔を近づけて、意地悪気に言った。


「最近克樹、よくそれするよね」


「???」


「マジで意地悪そうに言うよね」


克樹は微かに笑って、自分の布団の隣に布団を投げ捨てた。


「もう!勝手に持って来て投げ捨てんなよ」


文句を垂れながらも布団を几帳面に敷いて、掛け布団を抱えて来ていた。


「!!!」


「電気消して寝る派か?」


水樹が照明を消したので、克樹が言った。


「うん。岡山に行った時だってそうだったろ?」


「あー。あれは、あの時の事だから気にしなかった……」


「???克樹もそうだったよね?」


「昔はな……大人になると変わるんだよ」


「逆なら解るけど……」


水樹は克樹の今までを知らないから、だからそう言うんだ。


克樹は水樹に訴えたかったが、さすがにそれは言えない。


「じゃ……付けて寝るか?」


「いや、いい。お前が居るから……」


「えっ?まさか一人が怖くて……か?」


水樹は吹き出すように言った。


「……わけねぇだろ?」


「いやいや、暗闇が怖いくらい、女性を泣かせたって事か?」


暗闇の中で水樹が嘲笑う様に続けた。


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