第7話

「今日帰るだろ?」


「夕方の便でな」


どうせ二次会に行くつもりだったから、夕方の飛行機のチケットを購入してある。


「なんだ、だったらファミレスにも行けるな」


「お前なぁ……」


「克樹とここに住んだら、ファミレスばっかになりそうだ」


「ずっと住むと思えば、他にも探すだろー普通」


「またまた……」


水樹はそう言って指差して上機嫌だ。


「ほら……」


克樹は身支度を整えて部屋を出る時に、水樹にカードを渡した。


「ゴールドカード……凄えじゃん?」


「高城はブラックだろう?」


「さあ?」


水樹は全く興味が無い様子で言った。


「まっいいや。これでここの家具揃えといて」


「はぁ?」


「だから二人住める様にさ」


「お前がやれば?」


「苦手なの知ってんだろ?」


「芸術の才能ないもんなぁ……」


水樹はカードを受け取って言った。


「ああ……全くねぇよ。悪いか?」


「建築士だよな?」


「それとは関係ねぇの」


「いやいや、その才能必要でしょう?家建てるのに?」


「俺の所はいらねぇの」


「だから奥田君に試されるんだよ」


「あ……」


克樹は柴犬のしばちゃんと住む奥田の豪邸を建てるのに、試された事を思い出した。

その関係で北海道の仕事をする羽目になって、こっちに帰って来る為の後片付けに夕方行かねばならないのだ。


「あの野郎……」


「奥田君も平林君も、克樹の芸術的センスが最悪なの知ってるからねぇ」


「か、香里のヤツ……」


「じゃ、これで朝も昼も食おう」


「けっ、好きにしろ」


「それで、克樹が帰って来たら、一緒に買いに行こ?」


「えっ?」


「二人で行こう。お前のセンスの無い所は、ちゃんと僕がフォローしてやるから」


「まっ、それでもいいが……」


「そうしよう」


水樹は可愛く笑って克樹を喜ばせる。

あの頃の様に……。

戻れなくても、やり直せるだろうか?

あの夢にまで見る17歳の黄昏時……。

取り戻せるだろうか?

あの空を朱色に染めていた夕陽が見える窓……。




北海道に行ってからの、三日間は忙しかった。

手が空いた時に連絡を入れても、水樹が忙しいのか出ないし、返信もよこさない。

本当に高城のマンションを出て、こっちに来ているだろうか?

戻っていたとしても、帰ったら引きずってでも連れて来るつもりがあるから、そんなにヤキモキとせずに過ごした。

三日後東京に着くと、まるで待っていたかの様に、平林から連絡が入った。


「お疲れ様」


「お疲れ様じゃねーよ」


「いやぁ、克樹の評判は聞いていたが、これ程とはさぁ……」


「どうせしばちゃんの為の家を作る……ってヤツだろ?」


「えっ?なんで知ってる?水樹か?あいつ意外とお喋り……」


「普通言うだろ?あんだけ齷齪あくせく働いてる従兄弟見たら、可哀想になるだろ?」


「なんでだ?豪邸を建てられるんだぞ!豪邸……」


「犬と住む為のな……」


「違うだろう?奥田潤司の住む家だ、お・く・だ」


「そう力を入れんでも知ってる。凄く短い間だが、義兄弟の時もあった。言ってる。の豪邸だ」


「あー解った。いろいろ手間をかけてすまなかった。以前義兄弟だった事もある、義兄の依頼だ……。全く人に面倒な事をさせるのが、気にならん義兄だ」


平林は分が悪いと悟り慌てて言った。


「暫くはゆっくりしてくれ。こっちに居るんだろう?」


「ああ……。暫くは行けと言われても、どこにも行かん」


「……解った。そうした仕事を見繕う」


「ああ……奥田の豪邸を建てる迄は動かないと、奥田にも伝えて」


「解った解った。今度水樹を交えて四人で飲もう」


「ああ……」


克樹は、平林が電話を切るのを待って切ったが、可笑しくて仕方ない。

平林は学生の頃から、あの変わり過ぎている奥田と仲が良かった。

幼い頃からの仲らしいが、あの奥田が唯一話しを聞く相手、それが平林だ。

パッと見、平林が奥田の使いっぱ的な存在に見えて、言いなりの様に見えるのだが、奥田を一番理解し奥田の為に動いてやれる、凡人との架け橋の様な役割を担っている、奥田にとって一番大事な存在だ。

平林は懐っこく分け隔てのない性格で、かけ離れた世界で育った人間にしては常識人だ。

両親の育て方云々より、持って生まれた性格的な物が、平林家の中でも一番凡人に近いのだろう。

つまり克樹や水樹とも近い感覚の持ち主だ。


「奥田と飲む?水樹も言ってたが……あいつと飲んで楽しいか?」


克樹は首を傾げて、タクシー乗り場からタクシーに乗った。


「あ、親父?今着いた。うん、明日そっちに行くわ……水樹?ああ、俺ん所に居るはず……あー、越すって言ってた?解った。うん、母さんに心配しない様に言って。大丈夫だらから……一緒に住むよ、一人にしない……土曜日に連れて帰るから……」


母美奈子が高城の結婚を聞いて、水樹を心配している。

養父といってもまだ若かった高城だ、結婚して家庭を持つのは当たり前だった。

だが高城は水樹を一人前にする迄身を固めず、婚期を逃してしまった形になっている。

美奈子は何も知らないから、有り難いと共に申し訳ないという思いが強い。

大人の事情で手放した事を、美奈子は今だに後悔している。

生活が安定して、落ち着いたからこそ後悔している。

高城の縁で繋がった奥田や平林との関係が、父の会社を救い今があるから、だから両親は水樹に負い目を持ち続けている。

水樹によって得た縁が、克樹達を救ってくれた。

それ故に婚期が遅れた養父が、水樹の妹と結婚して幸せになる事はめでたいが、もはや独立していて当たり前の年頃だが、生い立ちが生い立ちだから、水樹が一人で生活する事は哀れでならない。

美奈子は一度捨てた形となった自分の所で、一緒に住もうと言ったが、水樹の口から克樹と住む事を聞いて胸を撫で下ろしているらしい。

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