第6話

克樹がシャワーを浴びて来ると、水樹はもはや布団を敷いて眠っていた。

本当にここ数日は眠っていなかったのだろう、寝息を立てて熟睡している。

布団の端に横向きに、海老の様に丸くなって眠っているが、ゆっくりとした寝息が、眠りの深さを語っている。

水樹は眠りが深い。その代わり寝入るまでに時間がかかる。

体育会系の克樹は、秒速で眠るのだが、意外な事にちょっとした事で目覚める方だが、水樹は子供の頃から不安を抱いていた所為だろうか?なかなか寝付けないのだが、寝入ってしまうととても深く、そして目覚めるのが早かった。

生活が落ち着き安心感を得ると、多少の改善は見られるものの、今だに名残りが見えるのは悲しくもある。

克樹は一枚しかない布団に入ると、上掛けを横にして掛けている為、足が出る格好になったが、寒い時期ではないので気にならない。

仰向けに横になると天井を見つめ、水樹の寝息に耳をやる。

規則正しく繰り返されるその寝息に、誘われる様に水樹の方へ目をやると、布団から落ちそうになっているのに気がついた。

細い身体は子供の頃と一緒だ。

おばあちゃんが心配して気をつけていたから、身長は人並みに伸びたが、どうしても太れない体質は不憫としか言いようがない。

克樹は海老の様に丸まった水樹の躰の下に、腕を滑り込ませてグッと抱き寄せた。


「…………」


抱き寄せた克樹は、水樹を後方から抱く格好になった。


「やっぱ子供の頃とは違うわ……」


苦笑して、腕を引き抜こうとして思い返した。


水樹の躰の下敷きになった方の手を、水樹の胸元に持っていって抱きしめると、シャンプーの香りがして、細い胸元は微かに動いて寝息と同じリズムで動いている。

うなじに口づけると、水樹の味がした。

指を動かし這わせると直ぐそこにウェストがあって、子供の頃と同様にくびれていて細すぎる程だ。

克樹は反対の自由になる手を、静かにその腰に這わせ、パジャマの裾を少しずつ持ち上げていった。

激しく高鳴る鼓動が、水樹を起こしはしないかと、早鐘の様になった。

頸に付けた唇を動かすと、首筋の血管の静かな流れを感じて、激しく恋慕が増した。

直に触れた水樹の肌が温かくて、涙が出そうだ。

手の平から伝わる水樹の肌の感触で、じんわりと汗が滲むのを感じて我ながら呆れた。

興奮で息が荒くなり喉が渇いた。

こんな事はかつて、一度も感じた事が無かった。

香里と初めての時ですら、こんなに気持ちが高鳴りはしなかった。

首筋の血管に口づけると流れが解って、ずっとそのまま動きを楽しんだ。

舌を当てると、余計にその感覚が大きくなって興奮を誘い、狂おしい程に陶酔させていく。

克樹は舌からの脈打つ感覚に酔いしれながら、パジャマの裾から浸入させた手の平を、水樹の素肌をなぞりながら上へと這わせていく。


今まで幾度もこうしたい衝動に駆られたが、水樹の信頼を失う恐怖と、高城への遠慮が理性を保たせた。

高城への恨みは山ほどあるが、反対に今の自分があるのも、高城のお陰だという事は重々承知している。

食って行くのに困らないどころか、好きな事で過分過ぎる生活を送れているのは、高城の力があったからだという事は認めているから、水樹から裏切る事は無いにしろ、克樹からも間違いを犯す事だけは憚られた。

だから仕事を口実に、地方を選んで転々として来たが、ここ 二年程の水樹との交流は、もはや理性の抑制の限界を迎えていた。

東京に帰る決心をした時点で、自分が何をしたいのか何に向かっているのかを、覚悟を決めている事だった。

だから水穂との事は衝撃を受けたが、心の奥底でほくそ笑んでいる自分が居る事を知っている。

知っているからこそ、それを隠す為に高城に対し怒って見せている。

そういう自分を知っていて、とても浅ましいと思いながらも、こうして眠っている水樹の頸に口づけ舌を這わせている。

それとも、水樹の眠りが深いという事を、知っているが為にやっている自分が情けない。


朝……。

水樹は早く目が覚める。

結局パジャマの下に指を這わせ、頸に口づけたままじっと夜を明かした。

窓の外が白みかけた頃克樹は寝入ったのか?

躰半分が床に落ちた状態で目が覚めた。


「克樹起きろよ」


水樹が声をかける。


……どんな状態で目が覚めたんだろうか?……


克樹はそればかりを、気に留めながら身を起こした。


「モーニング」


「朝っぱらもう食う事か?……って、まだやってねーよ」


「何にしようか考えてたら、寝ちゃったよ」


「よく寝てたよ」


「うーん。昔から克樹が側で寝てくれると、よく眠れたからなぁ。久々によく寝た」


「そっかぁ……」


「この狭い布団によく寝れたよね?」


「気持ち悪いくらい、くっ付いて寝たよ」


克樹は言い訳がましく言う。

だが水樹はそれには答えずに、モーニングが気になるらしい。


「ファミレスのモーニングはまだだから、コンビニで何か買って来るか?」


「克樹が居ない内に、有名珈琲チェーン店が進出して来たんだ」


「なんだって?……って、なんでお前が知ってんの?」


「そんなのリサーチリサーチ。克樹が帰って来たら行こうと思って……」


「俺の帰り待ってたの?」


「当たり前だろ?お前が帰って来て、本当に嬉しいよ」


水樹はそう言うと、ゆっくりと首筋に手をやった。

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