第4話

ピンポーンピンポーンピンポーンと、克樹はドアホンのチャイムを押し続ける。

気持ちが急いて、どうやってここへ来たのか覚えていない。

だけど、ピンポンを押している事も、五月蝿い程に鳴らしている事も理解している。


「克樹?どうした?二次会は?」


ドアを開けながら水樹は言い、少し顔が見えた瞬間、克樹が力任せに開けた。


「どうしたんだ?」


「そりゃ、こっちの台詞だろうが」


大きな音を立てて開けたドアを、今度は中に入った途端に、思いっきり音を立てて閉めた。


「近所迷惑だろうが」


吃驚した様に水樹が言った。


「高城が水穂ちゃんの所に、出て行ったって?」


「うん。子供ができたんだ」


「そっか……」


何時もの様に静かに語る、水樹を見つめる。


「誰に聞いた?まだ誰にも言ってないのに」


「ああ……偶然松長さんに会って聞いたんだ。実家の帰りだって言ってた」


「ああ……。お父さんから、親戚に話しが回ったのか?水穂の事は高城でも、大騒ぎみたいだから……」


「そっか……そうかもな」


克樹は水樹に合わせるように、感情を押さえ込んだ。


「お茶でも飲む?」


「え?……いや……お前何やってた?」


水樹が着替えもせずにいるので聞いた。


「引き出物のバームクーヘン、食おうと思って……それより二次会は?」


「ああ……吃驚したから……」


手際よく包み紙を外すと、四角い箱が現れた。


「やっぱバームクーヘンだった」


嬉しそうに笑うと、箱を開けてビニール袋を開け、輪になっている一部を欠いて克樹に渡した。


「なんで、バームクーヘンなんだろうな?」


「年輪を上手く重ねる様に、ってんじゃね」


「ふーん?やっぱり?」


自分が持つバームクーヘンを、水樹は飽く事無く見つめる。

何を考えているのか不安になって、克樹はバームクーヘンを取り上げた。


「何すんだよ?」


「高城居ないんじゃ、此処に居る事ないだろう?」


「…………?」


「俺ん所に行くぞ」


「克樹だって居ないじゃん?」


「一旦行くが直ぐ戻る。平林の野郎……。あいつら何を考えてんのか……とにかく、ヤツの仕事だ適当に終わらせた」


「適当……って、仕事だろう?」


「ああ、仕事だ。奥田の豪邸の為に、好き勝手にマンション建てさせて頂ける様なだ」


克樹は水樹をジッと見て言い捨てた。


「とにかく、高城は居ないんだから……」


「一人だって暮らせる」


「暮らせるだろうが、何も此処に居る事はねーだろ?それに養父が結婚して出て行ったんだ、今度は従兄弟と住んだっておかしかないだろうが?」


真顔で言うと、水樹の腕を取って立ち上がらせた。


「ほら行くぞ」


「はぁ?」


「はぁ?じゃねーよ」


バームクーヘンの箱を、抱えたまま水樹を促した。


「克樹の所は何も無いから、今夜は此処に泊まれば?」


「ぜってー厭!」


ムキになって顔を近づけ、意地悪く言う。

それが子供じみていて可笑しくて、水樹は吹き出した。


「解った……着替えるからちょっと待ってて」


「一人で暮らすには広すぎるだろう?」


「うーん、そうかも」


「此処には絶対住むな」


聞こえないのか返事が無い。


「あっ……小見?水樹の具合が悪そうだから、このまま居るわ……今日は木本をベロベロに酔わせて帰すなよ……はは……引き出物はもらっておいて……いらない?バームクーヘンだから食っといて」


克樹は笑顔を作ったまま、着替えを済ませて来た水樹を認めて電話を切った。


「小見だ。黙って来たからな」


「何だって?」


「どうせ付いて行ったって思ってたってさ……高城に任せて直ぐ来いって言われたよ」


「ふーん」


「幾つか着替え持ってけよ」


「…………」


「お前、絶対此処出ろ」


水樹は黙って数枚のスーツとシャツと下着を、スーツケースに入れた。

かなりの意固地屋だが、水樹は従順だ。克樹の我儘は大体通してくれる。

それが自分だけだといいのに……と克樹は思う。


「とにかく戻るなよ」


克樹はスーツケースを転がしながら、マンションの中だと言う事を忘れて、大声で言うから


「解った」


と、水樹は小声で答える事しかできない。

それを承知でワザとするのか、幾度も念を押す。


「だから、解ったってば」


エレベーターに乗ると、水樹は言い返して睨みつけた。


「マンションの中なんだよ、静かにしろよ」


「俺が居なくなったら、戻ってくんなよ」


「戻らないって」


「信じらんねー」


「勝手にしろ」


水樹は不機嫌に、止めたタクシーにさっさと乗り込んだ。

運転手が慌てて後ろのトランクを開けて、降りて来て荷物を入れるのを手伝った。


「喧嘩ですか?」


「あ?……まあ」


克樹がはにかんで返事をすると


「直ぐに謝った方が無難ですよ」


と、笑いかけて言った。


「え?」


「あれだけ美人さんの彼女じゃ、心配も多いでしょうけど……」


「ああ……」


克樹は痴話喧嘩に見えるのかと赤面した。

運転手は話し好きの中年男だった。

水樹を彼女だと思い込んで世間話しをしてきたものだから、さっきまでの雰囲気は吹っ飛んでしまった。

水樹はノリノリで、とりとめのない話しをしていて、克樹が呆れる程だ。

一体どこで、こんな調子の良さを、身につけたのだろう。


「まぁ、彼氏の心配を汲んで、言う事を聞いてあげなさいよ」


「うーん、ちょっと心配性っていうか……」


「ヤキモチだって妬きますよ。こんなに美人じゃ……許してやらなきゃ」


「そう?そうなの?」


水樹はワザと克樹を覗き込んで聞いた。


「まあ……そうだよ」


「ほら……」


運転手に合わせて克樹が答えると、運転手は得意顔でバックミラーを見て笑った。

克樹はそれで、余計に顔が熱くなっていく。


「ほら……彼氏も認めた事だし、約束してくださいよ」


「えっ?なにを?」


水樹は上機嫌で調子に乗っている。


「許してやる……って」


「うーん……」


ワザと可愛い表情を作った。

全くどこで覚えた仕草なのかと、克樹はドキドキして見る。


運転手は克樹のマンションに、横付けしてドアを開けた。

金を払うと、運転手は後ろのトランクを開けて外に出て、克樹がスーツケースを取り出すのを手伝った。


「素直そうな可愛い彼女ですね」


「ありがとう。助かった」


「それは良かった」


人の良さそうな運転手は、頭を下げて車に乗った。

そして水樹にも頭を下げて、車を走らせた。


「面白い人だったね」


「調子こきすぎ」


「ちょっとね」


水樹は意識もせずに可愛く笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る