第3話

「何でそんな事に」


「詳しくは知らないが、水樹の妹だし、いろいろと相談にも乗っていた」


「去年、岡山に行ってますしね」


「ああ、素子さんと四人で行ったろ?それから、いろいろあったみたいで……」


「水穂ちゃんって、幾つでしたっけ?」


「八つか九つ違いだって聞いてる……」


「それじゃ、二十歳位じゃないか?……っていうか、水穂ちゃんだけは、不味いだろう?」


「君、どこまで知ってんの?」


「水穂ちゃんは、人道的に不味いくらいは……」


「それを知っていれば、充分だけどね……。じゃ、なぜ家を出たのか聞いたら、もっと不味いかもな……」


松長はそう言ったものの、本当は此処を言いたかったのだと、解る様に克樹を見た。


「子供ができて、不安がる水穂ちゃんの為に、直ぐ様一緒に住んだんだ」


「バカな!」


克樹が、怒りに任せて松長の肩を掴んで指を食い込ませたから、松長はぐっと苦しげな表情を作った。


少し人混みの少ない路地裏に移動していた為、遠目で見て行く人が立ち止まって凝視しているので、松長が克樹を宥める様にその手を離れさせた。


「落ち着いてくれ」


「落ちつけと言われても……」


「本当に落ち着いてくれ。水樹が心配で君に連絡したかったが、君が忙しいからと口止めされてね。どうしようかと思ってた。たぶん寝てないし、あんまり物も口にしてない。このままだとどうかしちまう」


克樹は思い当たった様に、松長を突き放した。


「松長さんありがとう」


慌てて走り去る、克樹の後ろ姿を見送った。

たぶん大急ぎで、水樹の所に向かっているだろう。

今日は此処で結婚式に出席すると聞いていたので、克樹を見つけたくて実家に帰った後、かなり時間を此処で潰した。


三日前、高城が来て詳細を聞いた。

よもや高城がこういう裏切り行為を、水樹にするとは松長の思考にはなかったので、松長の方が動揺した。


「水樹は?水樹に言ったのか?そして出て来たのか?」


「ああ……普通だったよ」


高城はそう言うと、もう一度繰り返して


「本当に……あっさりしたもんだった。二人の十二年は何だったんだろうって、そう思う程だった……」


辛そうに呟いた。


「そうじゃないだろう?水樹が泣いて縋る訳がないだろう?それも、水樹が一番弱い所だろ?」


松長が珍しく食ってかかる。

従兄弟で本家の何でもできる高城は、松長にとって憧れであって目標だった。

異常な愛情表現をする所が玉に瑕だが、それすらも高城の魅力だと思う程に心酔していたから、今までこんな感情を持った事も無ければ、こんな言い方をした事も無い。

だが、今回は腹が立った。


「そうだね」


高城は変わる事無く、物静かに答えた。


「そうだね……なぜ僕はこんな事を、してしまったんだろうね……水樹の妹に手を出せば、逃げられなくなるのは解っている事なのに。子供を作れば水樹の手前、責任を取る事になるのも解っているのに……」


高城は何時もの様に穏やかで落ち着いていて、そしてまるで人ごとの様に言った。


「水樹の事は頼むよ」


「旬さん……本当にどうして?」


高城は少し口元を歪めた。


「そうだな……違う方法なら、水樹は逆上して見せたかなぁ?縋って泣いてくれただろうか?罵倒したろうか?」


徐ろに立ち上がると、振り向いて再び言った。


「あとを頼むよ」


あの高城が、妙に疲れていたのを思い出す。

ずっと大事にしていた人を切り捨て、自分の子供を身篭った女の所に行く男とは、ああなのだろうか?と思わせる程に、高城の覇気の無い疲れた表情が脳裏に焼き付いている。


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