8『ないしょの理由』
「ほっ、ほぉあぁぁぁぁぁぁッ!?」
俺のそんな叫びによって、アヤメは肩を跳ねさせ、一体なにごとかと俺の視線の先を辿ると、そこにはやはりナオがいたので、アヤメも
「きゃぁぁぁぁッ!?」
と、可愛らしい悲鳴でナオを見ていた。
そのリアクションに満足したのか、ナオはニヤニヤしながら部室に入ってきて、先程までアヤメが座っていた席にドカッと腰を置き、足を机の上に放り投げる。お前スカート穿いてんだからそんなことしたらパンツ見えちゃうぞ。
「はーっ。まさか、やっちゃんと星峰さんが、そのようなご関係だったとはねーっ。しかも、部員以外立ち入り禁止の部室に連れ込んで、よろしくやってるとはよぉー」
「「ヤッてねえ(ません)!!」」
俺とアヤメの声がシンクロする。
二人とも、キスシーンを見られかけているので、バツが悪いので、少し顔を赤くしている。
つーか、部員以外立ち入り禁止なんて聞いたことねえよ。二人しかいない部だからって、勝手なルール作りやがって。
「っていうか、お前なんでここ来てんだ!? 教室いただろ!」
俺と飯を食う時でも、そうではない時も、基本的に教室にいる人間だろうに。なんで、今日に限って部室にいるんだ……?
「なんでって、デッキ組みたかったんだよ。ここにゃあたしらのダブリカードが保管してあるし、サブデッキ作れて腕試しもできるだろ。今日は勉強よりも遊びの気分だったし。んで、構築してたらトイレ行きたくなって、帰ってきたら不純異性交友よ」
ナオが遊びよりも勉強、って気分になることないと思うけど……。
しかしなるほど。だからナオのメインデッキがここにあったのか。
「えーっ。つうか、いつからお二人はそういう、キスをする仲になったのよ。彼女できたときは、報告してもらえると思ってたんだけどぉー」
「いや、報告しようかは迷ってたんだけど。もうちょっと落ち着いてからにしようと思って」
「なーにが落ち着いてからだよ。やっちゃんの生活のどこに落ち着いてない時があるんだか。言うのめんどくさかったんか? だとしたら泣くぞ。あたしは滅多に泣かないが、泣いたらなかなか泣き止まないぞ」
「俺もちょっとその言葉で泣きそうなんだが?」
人の生活を変化がないみたいに言いやがって!
これでも人生楽しんでんだよ!!
「え、えと、亀井くん。その、まだ、私と八鶴くんは、そういうあれじゃなくて」
俺が隠そうと言っていたのをなんとか守ろうとしてくれているのか、それとも単純にキスシーンを見られそうになった恥ずかしさなのか、慌てたように回らない口で必死に言葉を紡ごうとしていた。
うーん、可愛い。
「星峰さぁん。隠さなくていいってのよぉ。友達の彼女なら、あたしの彼女でもあるんだから」
「その理屈は違うぞ! お前の彼女ではねえよ!」
冗談、冗談。
と、ヘラヘラ笑っているナオ。こいつは本当に何を考えてるんだか読めねえな…。実はアヤメのこと好きだった、とかないよね?
嫌だぞ。友達と女の子取り合うのは。女の子っぽい見た目をしているとはいえ、やはり顔面偏差値のいいやつと色恋沙汰で争いたくないからな。
「そ、そうですよ! 私は八鶴くんの彼女です!」
そんなアヤメの言葉は、ナオではなく俺に響いていた。
まるでボディブローを食らったかのように体を折りたたみ、にやけそうになる顔を必死に隠す。
なんてこった…こんなに言われて嬉しい言葉なのか? 俺の彼女、って言葉は。
「えっ、や、八鶴くん、どうしました?」
「いや……ちょっと、幸せを噛み締めていて…」
「あー、はいはい。ごちそうさまです。いや、つーか、マジでなんで星峰さんと八鶴?」
ナオは元々座っていたのだろう、デッキが置かれていた場所に腰をおろし、デッキを広げて入れていたカードを確認している。
……デッキの編成を見直してるな? 話に興味があるのかないのか、どっちなんだ。
そう思いはするのだが、しかしあまり興味を持ってほしい話でもないので、俺とアヤメも座り、適当に付き合う成り行きを話すことにした。
で、そこから五分ほどして話し終えると…
「ふーん。そらまた、なんとも面白い話で」
と、やはりさして興味なさそうな口調だった。
別にいいんだけど、もっと興味を持たないかい? 付き合うきっかけ話すのって、結構恥ずかしいのよ?
「けどさぁ。付き合うの隠すのはなんでよ。いいじゃん、言いたいやつには言わせとけば。あたしにゃそこがよくわかんねえんだけど」
眠そうだったが、奥に真剣さを感じさせる目でナオはそう言った。
どうやらその意見にはアヤメも賛成らしく、俺をジッと見ている。
「いや、だって。カキツバタさん、あの調子じゃん。今彼女いるっていうのは、さすがにタイミングがきついって」
転校したてで、追いかけてきた人にはもう彼氏がいました、はさすがになぁ……
「でも話聞くかぎりじゃあ、その前から決めてたんだろ。星峰さんと付き合えたんなら、上位カーストに行くのも夢じゃないんじゃない?」
「あのね。そんなこと望んでねえの、俺は。そもそも、学校で浮いてる俺と付き合ってるっていうのを知られて、星峰さんの評判まで落ちるのがいやなんだって」
「私は気にしませんけど……」
俺はする。
間違ったことをしたわけじゃないが、それでも悪評が出回ることもある。まあ、髪染るところから始めてもいいような気がするのだが。
ここまで来て髪染めたら、なんだか間違いを認めるみたいで嫌なのだ。
「はぁ……」
ナオは、何かを言いかけたものの、結局飲み込んで、代わりにため息を吐いた。
「やっちゃんの他人を心配する病も重症だね。……ま、秘密にしたいんだったら、黙っててやるよ」
「ほんとか?」
俺は思わず、笑顔をナオに向けた。しかし、そこでナオは、制服のポケットからスマホを取り出し、その画面を俺に見せる。
「……金剛乙女-星降りの聖騎士-?」
ナオのスマホには、最近出たスターツのパック《シャイニング・アルケミスト》の最上級レアであり、かつナオのメインデッキのエースアタッカーカードが表示されていた。
「黙っててやる代わりに、これよこせ。手に入ったらでいいから」
「……わかったよ。わかりました!」
交換条件かよ…!
ちゃっかりしてんなあ、もう。
「交渉成立! いやあ、悪いねえ。でも、あたしが悪いんじゃないのよ。弱み持ってるあんたが悪いんだから」
「お前それ一回文章に起こせ」
なんてひどい言い分だよ。
その言い分が通るんなら、脅迫は全部被害者が悪くなっちゃうぞ。
「まあ、やっちゃんの言い分だ。あたしはそっちを優先するけど、星峰さんは?」
「私、ですか?」
「そうそう。秘密にしたいの?」
「……本音を言えば、言いふらしたいです」
言いふらしたいって、怖い言い方だな。
「でも、八鶴くんには八鶴くんの考え方があるんだし……私は、八鶴くんが言いたくなるまで、待つつもりです」
そんなアヤメの、健気な言葉に、俺はなんだか心臓がちくりと傷んだ。
アヤメのためを思っての秘密なのだが、アヤメはあんまり、よく思っていないらしい。
「そうだねえ……ま、あたしも正直、言うのは早いに越したことはないと思うが。結局、あたしの意見よりも二人の意見だからね。口出しなんて野暮なことはしないつもりだよ」
ナオはそう言って、再びデッキに目を戻した。
こういう、必要以上には干渉してこないのが、ナオのいいところだ。
そして、そう言いつつも、しっかりとアドバイスをしてくれる。
俺は秘密にしたい。でも、アヤメは言いたい。
そこの違いをどうにかしないといけないと、ナオは言いたいのだろう。
わかっていても、今は放っておくしかないのだが……
いずれアヤメかカキツバタ! 七沢楓 @7se_kaede
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