43話 狂気に呼ばれて/凶喜の箱庭
……
俺がこの基地を後にしたのはいつだ?帝国軍第3防衛拠点の陥落を聞かされたのは、どれくらい前だ?もう数ヶ月前のことだろう。
その間、この基地で生き残り続けてる奴がいた?
……現実的じゃない。何かしらの、機器のエラー。そう考えるのが正しいはずだ。
けれど、だからと言って、……無視はできなかった。
だから………。
*
通路の途中。酷く、見慣れた………食い破られた扉。
そこがどこか、良くわかっている。
ハンガーだ。FPA、及びその他の兵器を整備、保管する、基地内部の第2ハンガー。場合によっては輸送機の整備もする、そんな広さの場所。
俺は、その中へと踏み込む。
記憶の中のその場所は、日夜問わず活気に溢れていた。整備兵が駆けずり回り、FPAに注文をつける兵士と口論したり、ひたすら議論したり、……俺みたいに偏屈な奴が、自分で整備しようとして煙たがられたり。
そんな喧騒が――――今もまだ、残っているわけも無い。
足音が大きく反響する―――広い、暗くも明るい、そんな空間。
電灯は頭上で瞬いている。壁には、繊維状の光源が濃く走っている。明るさだけで言えばかなり明るい。だが、その上でもまだ、ここが暗いような気がしてくるのは、かつての喧騒を知っているからだろう。
そこら中に躯が立っている。……そんな気がして来たのは、ただ、空の
半ばでへし折れたもの。整備途中で放置されたもの。無傷のまま、ただ突っ立っているだけのもの。虚しい“夜汰鴉”の群れが立ち並び、その周囲に血の跡が、爪痕が残っている。
そんな中を、俺は歩き―――程なく、見つけた。
“夜汰鴉”が一機、ハンガーの片隅で蹲っている。
かろうじてハンガーまで辿り着いて、そこで力尽きたのか。“夜汰鴉”だけが生きていて、中身の、死体のありかを伝えたのか。
……せめて、ドックタグを。
思ったのは、そんな事だ。そんな事を思いながら、俺はその“夜汰鴉”に歩み寄っていき………直前で、疑問が脳裏を掠める。
違う。オカシイ。その“夜汰鴉”は、戦闘の結果、かろうじてここに辿り着いたにしては、綺麗過ぎる。
………ブービートラップ?
一瞬、気付くのが遅ければ……俺の右腕は吹っ飛ばされていたかもしれない。
目の前で、
派手な音だ。トカゲにも気付かれただろうか。後ずさりながら、自身の五体が無事である事を確認しつつ、俺の頭を疑問が過ぎる。
なぜ、トラップがある?撤退間際に、トカゲに対して置いておいたモノが残っていたのか?いや、
トカゲがこんなトラップを?そんなはずは……。
疑問に沈みかける俺の視界で、また変化が起こった。
レーダーに、突然、光点が幾つも浮かぶ―――全て友軍反応。
軽くホラーだ。そこら中にある空の“夜汰鴉”。その全てが、突然、起動した―――。
俺が見捨てていったから、この基地に残った霊魂が怒った?まさか、そんな心霊現象なんて起こるわけも無い。
やっているのは、生きている奴だ。
そいつの声が、通信機から、流れてくる――。
「あ~?なんだよ、勘の良い奴だなァ………死んどけよ。つうか、なにそれ。“夜汰鴉”?ずいぶんデッドウェイト積んでんな」
耳障りな、ふざけたような口調。聞き覚えがある気もするが、思い出せない。
周囲に視線を走らせる―――この声の主は、今起動した“夜汰鴉”のどれかに乗っているのか?それとも………。
考えながら、俺は問いを投げた。
「誰だ?」
「おいおい、誰だじゃねえよ。相模さんだよ。……俺を殺しに来たんだろ?」
「……なんの話だ?」
相模?……聞き覚えのない名前だ。だが、この声は知っている気がする――。
「はあ?………ああ。俺への追っ手じゃない訳か。なんだよ、せっかく、皇帝の子飼いのやばいのが来ると思って、うきうきこそこそしてたのによ。くそ、損した気分だぜ………」
独り言の様に、声の主、相模とか言う奴は言う。
……アレは、俺を標的にしたブービートラップではなかったらしい。ならば。
「…………俺は、<ゲート>を壊しに来ただけだ。お前の事情は知らない。邪魔をするな」
「ハア?なに、良い子ちゃんな事を……。その声。………妙な兵装の“夜汰鴉”。思い出せそうだな………あ?あ~、フフ、ハハハハハハハハハハハハハ!」
突然、相模とか言う奴は笑い出す。
狂ったように―――楽しくて仕方がないと言うように。
わけがわからないが―――知っている奴の気もする。何処で――
―――その問いに答えを与えたのは、相模とか言う狂人の声だ。
「……グッナイ、英雄」
直後――俺は、勘に従って跳ねた。すぐ目の前の壁――繊維状の光源が走るそこに、銃痕が現れる。射撃された。それも、おそらく20ミリに。
着地しながら―――撃って来た方向に視線を向ける。
“夜汰鴉”がいた。ペンキをぶちまけたように、肩が白く塗られた――傷だらけの“夜汰鴉”。
革命軍。
ふざけたような言葉。
―――廃墟で。あの場所にやってきて、俺を撃った、革命軍の顔面に傷のある男。
「………あの時の、」
「思い出してくれて嬉しいぜ、英雄。じゃあ……遊ぼうぜ!」
そんな言葉と共に、肩の白い“夜汰鴉”――相模の手の
咄嗟に―――左肩を前に回避する。
衝撃が装甲を襲った。20ミリであっても、その装甲は貫通しない――いよいよイワンに頭が上がらないな。そんな事を思いながら、けれど左を向けたと言う事は、相模の姿は死角にある。
即座に、視線を戻す―――だが、相模はもう移動している。姿が見当たらない。
レーダーで……そう考えても、味方を示す識別信号が多すぎて区別が付かない。相模自身はIFFを切っているのだろう――。
熱源も同様だ。目を凝らせば探せるだろうが、咄嗟に見分けるのは難しい。
ここまで見越してホラー演出か、クソ野郎。
相模の位置を探りつつ、そこらにある“夜汰鴉”を壁にするように動きながら、俺は声を投げた。
「……遊ぶだと?悪いが、そんな暇はない。お前も、革命軍だとしても、竜は共通の敵だろう?<ゲート>を破壊するんだ。邪魔をするな。むしろ、協力しろ」
「革命軍なんてもう辞めたよ。帝国軍……も、クビだな。まあ、別に、今更どうでも良いしよ。つうか、<ゲート>を壊すとか尚更どうでも良いわ」
どうでも良い?革命軍でも帝国軍でもない?―――その事について考えている時間はなかった。
突然、背後から衝撃が襲い掛かってくる―――
「………ッ、」
爆薬、だ。俺の左後ろにあった“夜汰鴉”が、突然、爆発した。
―――ブービートラップがあった時点で、気付くべきだった。少なくとも、考慮に入れておくべきではあったのだろう。
このハンガーにある“夜汰鴉”。全てに、爆薬が仕込んである可能性がある――。
「……クソ、」
吹き飛ばされ、起き上がりながら、ダメージを確認する……5体は満足だ。装甲は、……流石に、無傷ではなさそうだ。だが、まだ守ってはくれた。背負ってるイワン特製の爆弾も、有爆していない。不幸中の幸い――。
―――そう、悠長に考える時間もないだろう。
すぐさま飛び跳ねる――俺の足元の床が弾けた。射撃。
ずいぶん、やる気らしいが………こいつには、関わるだけ損だ。無視して別の場所を探すか。
そんな俺の思考を読み取ったかのように、相模とか言う狂人は、姿を現した。
「お前もさ……結構イロイロ
理屈にもなっていないような勝手な言葉を口にしながら、肩の白い“夜汰鴉”は歩く。
ハンガーの、その最奥の壁の辺りだ。
……ついさっきまで気付かなかった。その壁に、びっしり、何かがくっ付いている。
アレは、爆薬か?何を意図して―――。
「戦争は良い。殺した数だけ英雄になれるなんて最高じゃねえか。願わくばあと30年、いやもっと前に生まれてたら、存分に
「断る。一緒にするな。俺は戦ってて楽しいと思ったことはない」
「……そうかよ。そいつは残念だ。けど、俺はもう殺る気満々でよ、だから殺る気出させてやるよ、英雄」
あくまでふざけた調子で、まるでピエロのようにフラフラしながら、相模とか言う狂人は言う。
「革命軍から、お姫様を帝国に運んでったのは俺だ。だってのに、あのお姫様は俺を嫌ってるはずだ。なんでだと思う?長い道中、大の男といたいけな少女………そう言う事だ。愉しかったぜ?いや……気持ちよかった?」
…………。
見え透いた挑発だ………安い挑発に過ぎない。俺から冷静さを奪いたいだけだろう。革命軍の奴が亡命したって話だろ。人質の要人に手を出しておいて亡命なんて成り立つか?
こいつに関わる必要はない。俺の戦争の敵はトカゲで、人間じゃない。ここで無駄に戦闘する必要は………。
「助けて鋼也、助けて鋼也……ハハハハハハハハ!………笑えるよな?」
………このクソを生かしておく理由もないな。
俺は、トリガーを引いた。放たれたのは20ミリ。
その弾丸を、相模は、首を横に振ってかわす。
相模の“夜汰鴉”――その装甲、頭部が歪んでいる様に見える。間違いなく、その仮面の奥でこのクソ野郎は嗤ってやがる――。
「ハハハハッハハハハ!良いね、単細胞!さあ、パーティだ。派手に遊ぼうぜ!」
直後―――相模の背後、壁一面に設置された爆薬が起爆する。
爆炎、轟音―――大穴が開いたハンガーの壁の向こうには、異様な眩しさが―――余りにも密集してもはや一面それに覆われたような、そんな繊維状の光源の壁があり、その壁を―――。
夥しい数の
ハンガーの奥、その地下。あるのは、動力室だった。だが、吹き抜けはなかったはず。……竜が掘ったのか?あるいは、あの繊維状の光源が?
……どうでも良い話だ。今は、ただ、
「………クソ野郎が増えたな、」
呟いた俺の耳に、相模の笑い声が響き―――。
雪崩込んでくる。竜、竜、竜………爆破して開かれた壁の向こうにいた数多の竜が、このハンガーへ向けて。
相模は竜の波に吞まれる――いや、吞まれてくれれば楽だったが、寸でのところで飛び退き、ハンガー内のどこか、物陰へと姿を眩ませた。
竜が迫る―――相模を追って、あるいは、俺の方へ。
「……邪魔だ」
呟きと共に、俺はガトリングにもちかえ、迫る竜の単眼をガトリングガンで撃ち抜いていく―――。
「かも撃ちだ、単調な作業だ。これはもう飽きた。つまんねえよ、だろ、英雄?」
相模の声―――直後、射撃が来た。
寸でのところで跳ね、その射撃を避け、空中で今の射線から割り出した相模の位置に視線を向ける―――。
だが、いない。竜が見えるだけだ。射撃後すぐに位置を変えたんだろう。即座に位置を把握しようにも、レーダーはいまだIFFで埋まっている。おまけに今は、そこにトカゲの光点まで混じった。レーダーはあてにできない。
相模に集中して対処するべきか―――そんな事を考えても、着地地点にはトカゲがわらわらと近寄ってくる。
20ミリに持ち替え、足元のトカゲを始末し――ガトリングに持ち替えて近付いてくる奴を処理―――。
「ドーン!」
相模の声に、―――先ほどの“夜汰鴉”の起爆が脳裏を過ぎり、俺は即座にその場から離れた。
だが、………爆炎は起こらない。ただ、狂人の、おかしくて仕方ないという声が響くばかり――。
「ハハハハハハハハハハ、ビビンなよ、英雄!」
………クソ野郎が。いや、落ち着け。相手はクソから生まれた落ちたような純粋なクソでも一応人間だ。対人戦だ。冷静さを失って、感情的に無茶をするべきじゃない………。
「……戦いたい戦いたい言う割に、ずいぶん卑怯だな、クソ野郎」
「勝つまでが戦いだろう?勝てる状況を作るのが戦いだ。違うか?勝つから愉しいんだ、踊らせるから愉しいんだァ!」
銃弾―――よろける様に回避。だが、僅かに掠めた。その間に尾が爪が牙が――。
大きく跳ねて立て直す。
………このタイミングは狙われるだろう。黒い竜が同じ行動をして来た。大きく跳ねている間は無防備――対人なら尚の事だ。
だが、さっき相模が撃って来た方向から、大体の位置はわかる。
身体を捻り、左を、装甲を前に―――衝撃が俺を襲う。
ひしゃげたような音がした―――余りに頼りすぎたか。装甲はそろそろ、限界だろう。次はもう貫通する――直感のようなそれは、おそらくオニの能力での
しかし、あのクソ野郎、この乱戦の状況下で、明らかに俺の位置と挙動を把握してる。射撃も挟んできてる。竜を捌きながら、だ。
ただ、卑怯なだけのクソ野郎ってわけでも無いらしい―――。
「硬ぇな、それ」
相模がわざわざここにトカゲを呼んだのは?楽しいから、だけじゃないだろう。……もう、雑魚相手にはどう間違っても死なないって位、戦闘経験があるからか?飽きるくらいに戦い続けた結果、か。
トカゲがいる方が、あの相模とか言うクソ野朗は有利なんだろう。追われてたらしいな。逃げ込んだのか?自分から、竜の巣に?竜が居る場所の方が安全って事か?………合理性のネジが跳び過ぎだ。
脈絡なく、辛うじて思考を続け―――着地しながらガトリングを空転させ、迫る竜へ向ける。
どうあれ、こうなると一層、相模を放置するのは、―――
「……ここだ、」
狂人の声と共に、俺の目の前で―――ガトリングガンの砲身が砕け散った。
射撃、だ。相模の放った20ミリ――。
「……ッ、」
………この乱戦の状況で、正確に武器破壊?
即座に、20ミリに持ち換える――後ろに歩きながら、トリガーを引く。
20ミリはまだ無事だ。目の前に迫る竜を薙ぎ払い―――思考は止めない。
一番装弾数の多いガトリングをやられたのは、痛い。相模の相手をする分ではなく、そのあとを考えると、だ。
これ以上手間取って20ミリまで破壊されるのは避けるべきだ。
だが、俺には、相模の正確な位置がわからない。レーダーは竜と友軍反応でびっしりだ。熱源探知は勿論、有視界でも相模の姿は見えない。
このトカゲだらけの乱戦でなぜ相模には俺の位置が正確にわかる?
何か、あるのか………。
ゆっくり考えていられない。無意識に
弾丸が俺を襲う――足を掠めたか。だが、支障はない。
いたぶっているのか、それともさすがに正確に狙い続けるほどのタイミングはないのか。
違う、今考えるべきは………どうやってあのクソを殺すかだ。
………上から、戦場を見下ろす。
多種族同盟連合軍基地。竜に吞まれた、いや、今も竜に吞まれているだろうその場所。
俯瞰して、見た。竜は、通常、建物を破壊していなかった。
今も同じだ。
立ち並んでいるFPA。
この場の人間は?竜の波の向かう先は?
俺か、相模。どちらかにしか向かない。逆に言えば、俺の方を向いていない竜は、相模の方を向いている。
……これで、位置把握してたのか?竜の動きで?確かに、上から見れば………。
いや、気付いてしまえばもう、レーダーの動きを目で追えばわかる。竜の波が向いている方向から、ある程度の位置を割り出せる。
わかった上で見ると、やたら、俺の方に竜が流れてきてる。そういう誘導が出来るような位置に、常時相模とかいうクソがいるんだろう。
桜に手を出したとか、そういう下らない挑発を投げてきた
位置を把握する術は見つけた。後は殺るだけ。なら――
弾丸が俺の真横を掠める――。
「どうした英雄!?ビビッたか、人殺しが怖いのか?だから女とられんだろう?助けて鋼也、助けて鋼也!ハハハハハハハハ、」
……これ以上このクソに時間取られてやる必要はない。こいつも、敵だ。トカゲと同じ。
明確に、<ゲート>を破壊する上での障害でもある。このクソの命も、俺の倫理感も、<ゲート>の存在を放置することと天秤に掛けるまでも無い。
………いつまでも俺がまともぶってられると思ってんじゃねえぞクソが。
「―――わかった。望みどおり、ぶっ殺してやるよクソ野郎!」
そんな言葉と共に、俺は大きく跳ねあがった。
「ハハハハハハハハ、愉しそうだなァ!」
やたら愉しげな声が響く――その声が何処から響くかは、レーダーの、竜の流れであらかた把握している。後は、正確な位置。
大きく跳ねた俺の背後―――あるのは、ハンガーの、繊維状の光源がはびこった壁。
幾つもの単眼が見上げるそこに、俺は一瞬だけ足をつける。
自分からわざわざ姿を晒し――この一瞬で決着をつける。
この一瞬で全てを判断する。
相模の位置―――俺を狙うタイミング。俺が行動を起こすタイミング。
「愉しいだろう!?テメエも狂ってんじゃねえか!死にたがり野郎ォ!」
声。
銃口。
単眼の群れの最中から、一つだけこちらを向いた丸い穴。
その奥で
―――瞬間、俺は動いた。
「クソ野郎がァッ!」
壁を蹴る―――同時に、左の装甲、もう次は耐えないそれを
相模の方へと跳ねながら、その直線状に装甲、盾を投げ、――相模の放った弾丸が、装甲に当たる。
貫通――と同時に俺の眼前を舞う装甲は揺れ、貫通した弾丸はあさっての方向へと流れていき―――その先には、俺を見上げる狂人の姿があった。
肩の白い、狂人の纏った、“夜汰鴉”。
その姿は、俺の手の20ミリの、
……人間を、殺すのか?
トリガーを引く。放たれた弾丸――それが相模の20ミリを砕き、その破片が地面に落ちるのとほぼ同時に、俺は相模の目の前に着地した。
「……外したのか?つくづく甘ぇな、英雄!」
壊された時点で、もう
場慣れの証拠だ。優秀な兵士だ。死に掛けなれてるから、武器を失くした瞬間にもう、次の動きをしてる。
だが、死に掛けなれてるのは俺も同じ。
迫る刃へと、相模へと、俺は工夫も何もなく肩から突っ込んでいく。
装甲は、もうない。だが、なくなったのは左肩の装甲だけで、“夜汰鴉”本来の装甲はまだ健在。狙うなら
―――そして俺の方は、迫る刃は反射で避ける。
さっき相模が俺の銃弾を避けたように、僅かに頭をずらして。
俺の顔面――その側面の装甲を刃が撫で、俺の肩が、身体が、相模にぶつかり吹き飛ばす――。
「ぐ、………」
相模の呻きを聞きながら、武器を
俺の放った杭が、相模の、肩の白い“夜汰鴉”の腹部を貫通し、壁に縫い付ける。
血が見えた。……僅かに、気分が悪い。俺の戦争の相手はトカゲだ。人間を殺したくはない。たとえ、クソ野郎でも。
……だが、俺は軍人だ。
作戦目標の障害になるなら、甘えて良いわけがない。
縫いとめられた相模は、だが、動きを止めず、その杭を引き抜こうと血まみれの杭を掴む……。
「が、……ハ、ハハ、なんだよ、まだ死んでねえぞ?……遊べるだけ遊びましょうってか?」
「……お前、前、俺に止めささなかっただろ。だから、これでチャラだ。俺も死に掛けるまでは行った。お前も、根性見せて、………頑張って生き延びて見せろよ」
そう言って、俺は相模に背を向けて、その場から大きく跳ねた。
そんな俺と変わる様に、トカゲが動けない相模へと殺到していく。
……結局、俺は、止めを刺すのが嫌だっただけか?だとしても、この狂人を殺したのは俺だ。その事実は、変わらないだろう。
トカゲの波が狂人を飲み込んでいく――その最中。
「………ハ、……やっぱ、イカレてやがるな、」
その、未だに愉しげな、狂った呟きを最後に、相模は、―――肩の白い“夜汰鴉”は竜に吞まれた。
…………。
その様をこれ以上、見物なんてする気にもならない。敵を、殺した。それだけだろう?
相模がいなくなったところで、この場所にいまだトカゲが多くいる事に違いはない。無駄な感傷を引き摺ってる場合じゃない。
そう、敵はまだまだ残ってる――。
余計な手間が掛かった。俺が受けた被害は?装甲と、ガトリング。それから時間。
だが、<ゲート>があるのだろう位置、トカゲが這い出てきているそこは見つけた。
損もあれば、得もある。
とにかく、まずは、扇奈と合流だ。相当な騒ぎがこっちであって、まだやってきていないとなれば、扇奈の方でも何かあったのかもしれない。
そんな事を考え、迫ってくる竜を20ミリで肉塊に変えつつ、この狂人が用意した舞台――ハンガーから出かけたその時、だ。
俺の真横を、派手な背中が駆け抜けて行った。
今更、ご登場らしい。挨拶代わりとばかりに戦場を駆け、手近な竜を数匹、一瞬で両断した上で、扇奈は、とぼけたような口調で言った。
「……もしかして、出遅れたか?」
「そうでもない、」
トリガーを引きながら、俺はそう答える。
……扇奈が傷を負っているようだ。足、か?服が切れて包帯が見え隠れしている。やはり、向こうは向こうで何かあったのだろう。
だが、傷を負った足を気にしたそぶりを見せず、扇奈は堂々と、トカゲに太刀を向けていた。
最初だけは派手に。その後、自分から切ってかかることはなく、殆ど足を動かさずに、迫る竜を叩き伏せ続けている。
「お前、その足は?」
「問題ねえよ、」
……それ以外は答えないだろうな。掠り傷、なのか?
……………。
俺は、それ以上尋ねることはせず、扇奈を横目に、竜へとトリガーを引き続けた。
→43話裏 扇奈/例えば…… 下/傍目には艶やかに
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890150957/episodes/1177354054892403739
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