44話 死に、別れて

 <ゲート>の位置は、おそらく、いや目の前の気色悪い繊維状の光源の壁を見る限り、この下―――動力室の近辺。

 元々こんな場所に下への大穴なんてなかったはずだし、竜が大分、地面を掘り進んだらしいが、少なくともこの近辺にある事は確かだろう。


 終わりは見えたな。後は、突っ込んで、<ゲート>の横に爆弾をそっと忍ばせるだけ。

 だ。まったく。


 だが、気がかりは多い。

 俺の装備―――装甲とガトリングがなくなった事もそう。

 だが、それよりも、気にかかるのは―――



 *



「……この大穴、地上まで続いてんのか。一々迷路通って外に出るのが面倒だったのかねぇ」


 どこか暢気に、扇奈は大穴を上下覗き込みながら、そんな事を呟いている。

 相模を倒し、扇奈と合流し、その後……このハンガーに、新たな竜が現れる事はなかった。

 周囲には竜の死体が多くあるが、動いている奴は一匹もいない。

 竜が全滅した、なんて考えられるわけも無い。地下にいた分は全て片付けた、なら可能性はありそうだが……楽観的な推測は避けるべきだろう。


 凪ぎ、だ。凪いだ戦場にいる。いつ、嵐が吹くとも知れない。

 俺も、穴をのぞきこむ。

 下は……妙に暗い。方々、あの繊維状の光源なのだろうが、その割りに、

 上には、曇り空がある。確かに、吹き抜けが地上まで続いてるらしい。


 とにかく、だ。


「降りるとして……竜がいない可能性は?」

「まあ、ないだろうね。……待ち構えてんじゃないのかい?」


 今、この場所ハンガーに新たな竜が現れていないのは、この下でせっせと戦力を結集して俺達を待ち構えているから、か?

 だが、それは、それだけこの先にがあるって言う証拠にもなる。


 行かない選択肢はないな。少なくとも、俺には。だが……。


 扇奈の足を見る。包帯が見える。ここの竜を片付ける時、扇奈は、最初こそ派手に動いてたが、その後は殆ど足を止めたまま戦っていた。

 おそらく、その足は………。


 と、そこで、俺は気付く。扇奈が俺を見ている。……俺の視線に気付いたんだろう。


「物事には優先順位がある。だろ、鋼也?あんたが大事にすべきなのは、まずあんただ。その次に<ゲート>の破壊。………あたしは、まだ動けるよ。見栄張らせな」


 ……隠すのを止めたらしい。

 扇奈は、俺が退けといって、素直に聞く奴じゃないだろうが……。


「足手まといだから、帰れ」

「なんだい、優しいねぇ。舐めんな。そう言われてあんたはおめおめ帰るか?」


 帰るわけがない。俺も……扇奈も。わかってはいるが………。


「……あたしにとっての優先順位は、まず<ゲート>。次があんただ。……見送るのは嫌なんだよ。あたしの事はいないと思いな。……頼む」


 真摯に、扇奈はそう言った。

 頼む、と、そう扇奈に言われたのは初めてか?いや、死ぬな死ぬなと、毎度言っているそれもある意味頼みか。

 今、こいつが口にしているのも、毎度のそれの延長線上だ。


 死ぬのはなし。そう、俺に言いながら、自分のことは棚に上げている。

 だが、それを指摘したところで、こいつが退くわけも無いだろう。説得できる気はしない。なら、せめて。


「……俺の優先順位を下げて、代わりに自分を入れろ。俺はそこまで頼りなくない」

「おう、言うねぇ、」


 どこかからかうように、扇奈は嗤う。そんな扇奈へと、俺は左手を差し出した。

 若干顔を引き攣らせながら、扇奈はその、差し出された手を見る。


「……なんだい、その手は」

「その足でここから飛び降りるのか?……おぶってやるよ、お嬢さん」

「……まったく。足なんて、怪我するもんじゃないね、」


 どこかうんざり、そんな風情で扇奈は呟き、好きにしろとでも言いたげに、諸手を挙げた。



 *



 頭上には、遠い曇り空。その先で、イワンやアイリス達も今、命を掛けているんだろう。

 周囲には光る繊維状の何か。

 そんな壁に右手を付き、落下速度を落としながら……僅かに斜面になっているそこを、俺は滑り降りていく。


「……もうちょい、格好つけてたいんだけどねぇ」


 そんな風に嘯く扇奈を、左手に抱えながら。


「……それ以上伊達に生きたらもう男だな」

「よく言った鋼也。後で殴ってやるよ」


 ただの、軽口だ。………もしかしたら、これが最後かもしれない、そんな軽口。

 だから、最後まで、下らないやり取りで良い。


 滑り降りていく―――そう、長い時間でも無いだろう。


「鋼也」


 不意に、耳元で、扇奈が俺の名前を呼んだ。


「……頼むよ、」


 続いたのはそれだけだ。何を頼むのかも言わず、ただ、それだけを。

 問い返すような時間もなく、その短い降下は終わる―――。


 ―――いや、降下が終わる前に、状況が動いた。

 扇奈が、俺の腕を離れ、俺を蹴って―――抜き打ちを放つと同時に、トカゲが引き裂かれる。

 

 赤い華を宙に咲かせ、その最中を突っ切る派手な背中は、そのまま、躊躇いなく突っ込んでいく。

 ―――トカゲの、ただ中に。


 単眼単眼単眼―――何処を向いても竜竜竜で、繊維状の光源がそこら中に陰を落とす、輝きつつも暗い洞穴の奥深く。


 一足早く着地した扇奈が、その横顔を僅かにゆがめながら、それでも淀みなく華麗に太刀を振り回し、周囲にいた何匹ものトカゲを叩き伏せる。

 俺は、更にその外縁にいるトカゲ共に20ミリを叩きつけながら、一瞬遅れて着地した。


 地面は、土だ。もう、馴染んだ基地の一角とも思えない、採掘された土の洞窟で、方々に眩しいくらいに繊維状の何かが駆け巡っていて――――。


 レーダーは真っ赤。

 一体何匹いるのか、数えたくも無いし、数える暇も無い。


 杭が飛んできた。このザコの群れに、黒い奴も混じっているらしい。

 俺へと飛来する杭を、扇奈の太刀が両断し、その間に、俺は、杭を撃って来た黒い竜に20ミリを叩き込む――。


 その間に、竜の群れが扇奈へと襲いかかっていく――。

 俺が20ミリを放ち、扇奈が太刀を翻す。地面を、壁を、あるいは天井までも、竜がそこら中を這いまわっているその最中―――。

 奥に、何か、巨大な光源が見え隠れする。アレが、<ゲート>か?あそこまで行ければ、終わりが見える。そこに辿り着くまで、間にいる竜は?……数え切れない。

 だが、ここまで来た以上――。


「行くよ、クソガキ!」


 声を上げて、扇奈は、

 いつもより動きが鈍いように見える。方々跳ねるような事もなく、ただ前に進み、邪魔をする竜だけを叩き伏せ―――。


「クソ、」


 その後を、俺も駆け出した。扇奈のサポートとして、迫る竜へと20ミリを放ちながら。

 赤い背中が突き進んでいく―――結局、いつも、俺が見るのはあいつの背中だけか。助けられてばかりだ。最初から、今に到るまで。


 命を拾われたのは何度だか―――最後まで、頼りっぱなしでは終われない。


「右は俺がやる!左はお前がやれ!」


 叫ぶと同時に、俺も前に出た。

 20ミリ、玩具バンカーランチャー――残る武装で迫る竜を撃ち殺しながら、扇奈の横に着く。


 俺の左側死角に、扇奈を。

 扇奈の右側怪我に、俺が。


 半ば背中を合わせるように、お互い任せ切りながら、見えかけた終わりへと、竜の濁流を力付くで付き抜けて行く―――。


 撃っても撃っても、竜が来る。こちらから突っ込んでいるのだから当たり前だ。

 上から降って来た竜が、尾を突き立て。横から竜が牙を剥き。あるいは、背後から正面から、牙が、杭が、刃が襲い掛かる――。


 全てに完璧に対処するのは、無理があるんだろう。装甲が削られていく。致命傷はぎりぎり避けているが――ここの竜を全滅させるのは無理だ。

 だが、力付くで通りぬけるだけなら――。



 俺は、あるいは、扇奈も、その瞬間を切り抜けるだけで手一杯だった。

 だから、見逃したのだろう。深く考える余裕がなかった。

 数の割りに、襲い掛かってくる竜が、妙に、少ない。

 ……統率が取れすぎたまま、余りにも容易に、俺も扇奈も、その竜の濁流の奥深くまで通り抜けられている、と。

 あるいは、見えている数と比べて、絡んでくる黒い竜の、とも。


 気付かないまま、俺と扇奈は、死線を越えたと思い込んだままに、その、終点へと辿り着いた――。



 *



 動力室。

 FPAのモノと同じ、ただサイズが巨大で見上げるほどな機関部位。

 基地の最奥に位置する、心臓。竜の濁流を潜り抜けた先にあったのは、それだ。

 ……でしかなかった。


 動力に、繊維状の光源が何重にもまき付き、輝きを放っているが、それは――。


「……<ゲート>じゃ、ない」


 気付き呟いたその瞬間、俺は思い切り隙をさらしていたのだろう。

 竜が迫り―――対処が遅れた俺の分まで、扇奈が派手に動いてカバーする。


 また、助けられた――そんな事を思った俺の目の前で、扇奈は顔を顰め、僅かに動きを止める。足の無理がたたっているんだろう。

 その隙を俺がカバー、しようとしたが、奇妙にも、竜が襲いかかってこない。

 レーダーを見る。

 竜は、今の数匹以降一匹も、この動力室の中に入り込んできてはいない。入り口の辺りで止まっている。


 振り返って目視で確認―――単眼の数々と目が合ったが、一匹もこちらまで襲い掛かって来はしない。


「……どうなってる?」

 呟いた俺に答えたのは、扇奈だ。


「嵌められたのかもねぇ。……袋のネズミだ」

「竜が、罠を?」

「やりかねないだろ?」


 竜の波は、まだ、襲い掛かってこない。それを確認しながら、俺は方々に視線を向ける。

 動力室は、そこに至る通路とは違い、まだ、形だけは、元の動力室のそれを保っていた。

 中央に巨大な機関部位。その操作用のコンソールがいくつか。そのすべて、あるいは壁までもすべて、繊維状の光源が覆い尽くしている。……出口は、今通ってきた一箇所しかない。


 追い詰められた?だが、わざわざそんな事をする理由は………。


 ………理由は、すぐに、向こうから現れてくれた。

 動力室の入り口辺りにたむろっている竜。その背後から、なにか、黒い影のようなモノが幾つも、前へと歩み出てくる。

 黒い、竜。

 ……何匹もの黒い竜が、この動力室の唯一の入り口にして出口を覆い隠すように現れ、その背の杭を、俺と扇奈へと向けている。

 何本も、何本も、逃げ場所がなさそうなくらいに、その杭は俺たちに向けられる。


「火力の集中運用……閉鎖空間に誘い込んで、逃げ場をなくして、制圧射撃」

「お勉強したんだろうねぇ、あの、クソトカゲ」


 上でアイリス達が戦っているのを見て、あるいは、多種族同盟連合軍の防衛ラインの戦術を見て、学習したのか?

 飛び道具の、効率的な、集中運用、を。


 今にも、杭が放たれる―――。

 どうにか、それに先んじて、俺と扇奈は動いた。

 左右に散る。


 何本もの杭の雨が動力室を横切るその寸前に、両方の壁際―――入り口の構造的にあってないようなその影へと、同時に、逆方向へと逃れる。


 ダダダダダダ――

 一斉に放たれた杭の雨は動力室を――機関部位を襲い、あるいはその背後の壁を襲い、それらに突き刺さった。

 それで機関部位が暴走でもすれば、それこそ俺も扇奈も一貫の終わりだったが………機関部位の強固な構造は、それを許しはしなかったらしい。

 

 だが、だとしても、今爆発して今死にはしなかった……ただ、それだけだ。

 この場所に死が待っている事に変わりはない。

 レーダーを見る……竜は動いていない。俺と扇奈が姿を現すのを待っているんだろう。


 足止めして、消耗狙いか。どうあれ、これは、おそらく、余計に被害を出さないで俺と扇奈を殺すために最適な戦術だろう。俺と扇奈を相手に、白兵戦ではまともにやるのは分が悪いと、いい加減学んだらしい。


 何ならその内、この閉鎖空間に雑魚が投入されるかもしれない。雑魚の対処に苦しんで射線に身を通せば、その瞬間に杭の雨が俺と扇奈を襲う。


 ………ここで終わりなのか?こんな、あっさり?だが、状況はかなり悪い。最悪に近い。

 <ゲート>の位置も、判明していない。俺は装備を失っている上、残りの弾薬の数に不安があって、扇奈は足に怪我。

 無理やり突破すれば、出来ないことはないかもしれない。だが、それをしたところで<ゲート>の位置がわからないのでは、………無駄に時間ばかり過ぎる結果になる。消耗するだけして、そうやって手こずっている間に、多種族同盟連合軍の基地が………。


 ……その結果は認められない。

 どうあっても、<ゲート>は壊す。勝って、生きて、帰る。

 活路を―――。


 周囲を見る。繊維状の光源が、濃い。壁を伝い動力を伝い……だが、繊維だ。流れがある。

 動力から生えているのか?いや、動力にもまきついているだけで、そこから生えているわけではない。


 流れを、目で追う――すると、気付いた。

 機関部位で丁度影になっている部分。入り口から見た反対の辺り。その辺りに繊維状の光源が集中して、もはや元の壁が見えないほどになっている。


「……気付いたかい?」


 扇奈が声を投げてくる―――丁度この部屋の反対側から、俺と同じ場所を見ているらしい。


「どう思う?」

 端的な俺の問いに、扇奈は肩を竦めた。

「……トカゲは、お勉強の途中だ。色々覚えようとしてる。けど、……まだ何もかもお利口、って訳でも無い」

「<ゲート>から生えてると思うか?」

「他に、こんなもん作りそうな奴、ないだろ?勝手に侵食しちまうんじゃないのかい?習性だよ、習性」

「……どっちにしろ、道はそこだけか」

「道って言うか、壁だけどねぇ」


 俺は、基地の構造を思い出してみる。

 動力室の、構造。セイフティもかねて、最下層にある。辿り着く通路は一箇所。今黒い竜が雁首をそろえているその場所だ。

 だが………予備動力があるはずだ。そう、この場所の更に奥に、予備動力室がある。


 そもそも、<ゲート>は竜が産みでるその場所だ。さっき通ってきた穴、地上まで続いてるそれは、瞬間移動無しで竜が外に出る為に作られた穴だろう。アレだけの数だ。地下に全部止めて置けるわけはないし、一々瞬間移動させるのも手間。

 だとするなら、どこかで、<ゲート>と繋がっていなければおかしい。そういう、短絡的な生き物だろ、トカゲは。


 なら――俺は20ミリを持ち上げた。考えるより行動だ。

 狙うのは、入り口と丁度反対にある、動力室の壁。元の壁が見えないほどに繊維状の光源が重なりあっているその場所へと、それを放つ。


 ほんの数発――放った弾丸が、いとも容易く、それこそ繊維を千切るように、した。その奥には、壁ではなく空間が見え隠れする。

 ………道があるらしい。この戦術を試すために、急遽塞いだのか?お粗末が過ぎるが、それだけ俺と扇奈が敵陣深くに食い込めたということかもしれない。


 もしくは、それもまた罠?

 だとしても………。


「道があったぞ」

「じゃあ、張り切っていこうか……」


 そんな風に呟いて、扇奈は足の具合を確かめだした。

 そうしながら――扇奈は、どこか言い聞かせる様に、俺を見る。


「3つ。数える。終わったら進む。良いね?」


 俺は、その言葉に頷いた。………頷くほかに選択肢はない。

 例え、どうなるかわかっていても。


「扇奈。……死ぬのはなしだ。そうだろ?」


 俺の言葉に、扇奈は僅かに笑い、……カウントを始めた。


「3、」


 優先順位の話をしていた。扇奈が言っていたそれに、俺は、頷く気はない。扇奈を捨てるような道を、とりたくて取るわけじゃない。


 けれど、この状況で優先順位が高いのは、<ゲート>の破壊だ。それが出来る装備を持っている時点で、先に進むのが俺の役目――。


 止めても聞かないだろう。

 だから、もう、信じるしかない。

 扇奈が、生き延びる事を。優先順位。<ゲート>の次に、確かに、扇奈が、扇奈自身を置いていると言う事を。


 ……俺が心配できるような、そんなか弱い女じゃないと言う事を。


「2、」


 その声と共に―――扇奈が動き出した。

 まだ動かない俺を置いて、一人、壁の傍から身を乗り出し、黒い竜の射線へと躍り出る―――。


「1、」


 怪我をした足を踏みしめ、太刀を正眼に構え―――そんな扇奈へと、杭の雨が一斉に襲い掛かった。


 逃げ場のない、制圧射撃だ。だが、再構築リロードまでは、数秒の間がある。一度撃たせてしまえば―――どちらかがおとりになれば、どちらかが比較的安全に通り抜けられる。


 爆弾を持っているのは俺―――<ゲート>の破壊が、優先順位1位。そのための役回り――。

 

 派手な羽織が裂かれていく――血が流れる。それを、俺は見ている事しかできない。

 太刀が舞う。もはや、俺の目では追えない速さで――飛来する杭の全てを叩き切ることは、扇奈であっても無理なんだろう。

 だが、即死する分は、かわしてみせる。

 身を裂かれ。

 自分の血で化粧を施しながら――。


 扇奈は、その、の雨が止むまで、ボロボロで立ち続け――その目が、肩越しに、頼むと言った時と同じ真摯さで……俺を捉えた。


「0、」

「……ッ、」


 瞬間、俺は、死の雨が止んだ最中を走り出す。

 20ミリで壁を――いや、壁の様に見えている繊維を引き裂き、その中へと身を躍らせる。


 振向く事は、しなかった。

 今、振向く必要はない。

 そう、ここは、どちらにせよ帰る道の途中だ。歩けなくなってても帰り道に拾ってやれば良い。


 ……あいつは、そう易々くたばるタマじゃない。

 必ず、生き延びるはずだ。……生き延びてくれるはずだ。


 そう、信じて。


 俺は一人。

 竜の巣の最奥へと向かった。


 

 *



 ―――一人で、辿り着いた道じゃない。味方の屍を踏み越えてきたと、俺はそう、思いたくもない。

 誰も倒れていない。そう、思い込もう。

 誰も倒れていないからこそ、今目の前に道があると。


 そこは、ただただ、眩しい道だった。四方が、もう繊維かどうかの境目も無いくらいに、光源に覆われた竜の巣窟の最奥。


 あるいは財宝でもあるのか――そんな冗談が頭の片隅を過ぎるくらいに、煌びやかで―――景色。


 そこを進んで行った末に―――目の前に、影が現れた。

 何匹か――あるいは、何匹もの、黒い竜。それが、行く先を塞いでいる。


 さっき、嵌められた時と同じ、制圧射撃だろう。先程より通路は狭く、避ける隙間はない。

 わかっていた。わかってはいたが―――だから、今更退く選択肢があるとでも思ってるのか?


「あああああああああああああああああああああ!」


 装甲がまだあれば、何も考えず突っきれば良かっただろう。だが、それはもうない。

 だから、致命傷になる分だけ、冷静に―――。


 撃つ、弾く―――20ミリが潰され、破片になり、左側の一発――死角にあった一発だけ、喰らう。


 貫通する。装甲を。胴を。痛みが体を這い回るが、―――今更それで、俺は止まらない。

 脳が無事なら良い。心臓が無事なら良い。後は、背中の爆弾プレゼントか?

 それだけ、守れば良い。

 そこ以外は、最悪、―――。

 

 野太刀を、抜く―――そのまま手近な竜を裂く。反撃で来た刃を喰らいつつ装甲を掠めさせながら反撃で切って捨てる。振り回された尾を掴んでそのまま振り回し別の奴とまとめて叩き潰す――。


 血まみれだ。ボロボロの装甲、自分のモノと竜のモノ、混じった血に塗れながら、俺は竜の死骸を踏みしめて、その、最奥へと辿り着いた。


 広い空間を、光る繊維が覆い隠している。

 中心にあるのは、見慣れないナニか、だ。

 骨格らしきモノがある、球状の巨大な物体。記憶、と言うかデータでは、予備動力があったはずの場所に、見慣れないモノが建っている。

 見慣れないものから、這い出ている。竜が、単眼の異形が。

 ………間違いなく、<ゲート>だ。


 その<ゲート>の上に、何かが載っていた。

 竜の、首だ。真っ白い竜―――いや、焦げやらなんやらで竜の生首。


 知性体スカしたトカゲの、首だ。それが動いて、その単眼が俺を見ている。

 ……あいつ、まだ生きてやがったのか。

 だが、いい加減………その顔も見飽きた。


「コワイ……」


 不意に、声が響いた。いや、声のような、鳴き声のような……そんな音が。

 音の出所は、生首だ。


「コワイコワイコワイ……」


 喋るのか、あのクソ野郎。だから、会話してわかりあいましょうとかか?

 ……そう言うのは、俺じゃない奴に言って貰いたい。俺にその気はない。そういう気分でもない。


「コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイッ!」


 スカした生首が叫ぶ―――ただそれだけなら、何の問題はない。

 問題は、あいつが、そこら中の竜全てを統括する存在で、かつそいつらを瞬間移動させられる呼び出せるって事だ。


 突如―――周囲が影に覆われる。レーダーが、真っ赤に染まる。

 竜の、大群。200匹か、それ以上。


 しかも、全部、

 黒い竜の集団が、この最奥部に突如現れた。ずいぶん、お出迎えだ。工夫も何もあったもんじゃない。


 最後は結局、数の暴力か、クソトカゲ。良いだろう、黒い奴だろうと、もう雑魚だ。

 ………ああ、雑魚って言い切ってやる。

 俺も、イカれた馬鹿だからな。


「……まとめてあの世に送ってやるよ、」

 

 その声に、合わせたかのように。

 黒い竜が、黒い死の波が、俺へとまとめて、襲い掛かってきた。

 コワイ、コワイ……口々言いながら。


 その濁流へと、俺は、躊躇なく突っ込んで行った。

 ……俺も、トカゲと同じだ。

 結局、他は知らない。正面から全部ぶっ殺してやるよ!


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」



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