12章 輪廻の終着へ
42話 迷子の果て/そこはもはや帰地でなく
結局、俺が選択しているのは、いつもいつも、回り道ばかりだったのかもしれない。
桜を救出した後に、すぐに帝国に向かわず、多種族同盟連合軍の基地に向かったのも。
そこで装備を奪ってすぐに出て行ったりせず、あの基地で過ごし、あの基地で戦ったのも。
桜を攫った後、すぐに別の場所へと逃げていかなかった事も。
桜がいなくなった後、ただ絶望し、ただ、居心地の良い場所で怠けていたのも。
あるいは、桜の生存を知っても、帝国に帰る前に、こうして<ゲート>の攻略なんてやっている事も。
けれど、その回り道がなければ……そもそも俺に帰る場所は、帰りたいと思う場所はなかっただろう。
回り道をしたからこそ、回り道の中にこそ、俺には安らぎがあって、帰り道があって。
だから、たとえこれも回り道だろうとも―――。
勝って、生きて、胸を張って帰る。……桜の元へ。
その為に。
*
「ああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
咆哮を上げトリガーを引き撃ち放った20ミリの先でばたばたとトカゲが倒れだが倒れたトカゲの死体を一切の容赦なく踏み越えて新たなトカゲが訪れその度に俺の放つ弾丸によってまた新たな死体となる―――。
帝国軍南部戦線第3防衛拠点―――アスファルト、懐かしい錆びた金網に囲まれたその舞台、夥しい数のトカゲの最中に、俺は突っ込んでいた。
どちらを向いても
裁ききれないと判断した段階で、跳ね、位置を変え、周囲のトカゲを釣って行く。
レーダーと一体化した認知は、おぼろげだが持続している。少なくとも周囲、レーダーの範囲内にいるトカゲの形はわかる。
黒い竜は、いない―――アレは特注なのだろう。雑魚ほど際限なく沸いては来ない。今、周囲にいるのは雑魚ばかり。
とはいえ、永遠にこれでは、1ミリも前に進めないし、<ゲート>の探索なんて夢のまた夢だ。
だが、作戦は確かにある。これは第1段階、ただの序章。
その終わりの合図は、圧倒的で暴力的な、魔女の一念だ。
ダダダダダダ―――曇り空から鋼鉄の雨が落ちる。何本もの杭が、俺の周囲のトカゲを地面に縫いとめ、突き殺し、すぐに浮き上がりまた別の竜を平らげる――。
同時に、俺は跳びあがり、下がった。後方に設営された陣地へと。
第1段階がそれだ。橋頭堡の確保―――竜の軍勢、その範囲に食い込んだ位置に、イワンと付いてきた部下――工兵が、簡易的な防衛陣地を構築する。
その陣地設営までの時間稼ぎ―――それが、俺がさっきまで竜の最中にいた理由。おとり、だ。
本来なら、俺以外の奴がやるべきだろう。だが、人手が足りない、マルチロールも仕方ない。確実にひきつけられて、確実に生き残り、速やかに退避できる都合の良いおとりは俺くらいだ。
陣地の中心に、俺は着地する。
土嚢……まではいかない。アスファルトに鋼鉄で無理やり付きたてられた、金属製のプレートがいくつか。3重にあるそれの内部に、火砲を手にしたドワーフと、銃を手にしたエルフがいる。遊撃的に動くオニ達は、動くタイミングを待っている。
その部隊、陣地の中心に、何人もの直縁と鉄のプレートで守られ、ふんぞり返っているのが、アイリスだ。
アイリスの殲滅能力を最大限に生かす―――そのためだけの、防衛陣地。
半径50メートルも無い雑な城に、杭を舞わせる魔女が居座っている。
補佐役のドワーフ数人が、着地した俺の火器の弾奏を換える――。数秒で作業は終わるだろう。その間に、俺はアイリスに声を投げた。
「……どのくらい持つ?」
「私が飽きなければ永遠にもつわ」
あくまで強気に、アイリスは言った。
「……なら、飽きる前に終わらせないとな」
そう呟いた俺から、ドワーフ達が離れていく―――同時に跳ね上がろうとした俺に、向こうでガトリングガンを構えてるイワンが声を投げてきた。
「坊主!設置手順は?」
「問題ない」
「よし、行って来い!」
「……ああ、」
そう答えて、俺はまた、跳ね上がった。
その防衛陣地の、更に後方―――竜のいない完全な安全圏まで、後退する。
枯れ木が方々にある、完全な安全圏。はぐれた竜のいないその場所に、腕を組んで突っ立っていたのは扇奈だ。
「……釣れたか?」
「ああ。後はアイリス達がどうにかするだろ」
「よし。じゃあ、鋼也。二人っきりで楽しくお散歩と行こうか?」
そんなふざけた事を言いながら、扇奈は歩みだした。
「……竜の巣の奥深くへな、」
そう呟いて、休む間もなく、俺は扇奈の後を追った。
*
作戦は、俺がやたら忙しいだけで、極めて単純だ。
戦略目的は<ゲート>の破壊。それを実行する上での戦術的な障害は、対面に存在する防衛戦力―――要するに竜と、それから、<ゲート>の正確な位置が判明していない事。
時間が必要だ。
その時間を作るための策が、さっきの簡易防衛拠点。橋頭堡。アイリスやイワン、他やつら全員が、地上で、派手に、
地上の竜を引き止める。あるいは、おそらくどこかにいるのだろう知性体の注意を、地上に引き付ける。
その間に
本来なら、多種族防衛同盟軍の総力を挙げて実施する予定だった作戦だ。現行の戦力は、おそらくその30分の1以下。更にタイムリミットも付いていて、やり直しは利かない。
かなり、……それこそ全員まとめて自殺してるような作戦だ。
ただ、元のプランにはなかったプラスの要素もある。
俺だ。基地構造に精通した人材。だからと言って<ゲート>の正確な位置までは知らないが、ありそうな場所、広い構造を持つ場所の検討くらいは付く。
扇奈が付いてきたのは、俺の護衛兼探索の人手。そして、場合によっては、俺の代わりの起爆役――。
どうあれ、火蓋は切って落とされた。もう、進むほかにない。
*
ガン―――鋼鉄がぶつかり合い、火花が散り、両断される。
場所は、いわゆる裏口だ。第3基地の地下構造に通じている、第3基地の敷地外にある入り口。枯れ林の間に隠された、有事避難用の幾つかの扉の一つ。
桜を逃がす時は使えなかった――この近辺に竜が多くいたのだ――その扉が、派手な装束の賊によって、文字通り切って開かれる。
「よいしょ、と!」
そんな掛け声と共に、扇奈はたった今叩き切った扉を、蹴って開いた。
扉の先に広がる地下構造、竜の巣となっているその洞穴は、しかし、不思議と明るい。
疎らに電灯が瞬いている。……第3基地の電力がまだ生きているのか?
そんな事を考える俺の前で、扇奈は太刀を収めながら、あきれたような口調で言った。
「……無用心だねぇ。鍵が掛かってなかったよ」
「賊が似合いすぎだ、姐さん」
「そう褒めんなよ、」
妙に楽しげにそう笑いながら、扇奈は先立って基地の中へと踏み込んでいった。
竜の姿は見えない。殆どが地上にいるのかもしれない。
とにかく、俺も、扇奈の後を続く。
基地の内部構造の殆どは、FPAを着たままでも問題なく行動できるように作られている。防衛拠点として、引きこもる時にFPAを使えるように――そんな理由で通路を大きく作ってあるのだ。
だがまあ、有事なんてそう起こらなかったから、その道の広さにたまに文句を言いたくなったりもした。
通れるようにしたせいで、雑用をさせられた。FPAはヒトと比べて力持ちだからな。
俺がとりわけ若かった事もあるだろう。整備士のおっさんやら、食堂の奴やら………。
もしかしたら、その中に、今も生きている奴もいるのかもしれない。そんな風にも思う。
基地が壊滅とはいえ、そこにいた奴が全員死んだとは限らないのだ。桜だって、俺が死んだと思い込んでいただけだ。
だから………。
………追いかけるのはいつでもできる。
まずは、この世で、生きたまま、生き残ってる奴を探してみるのも良いかもしれない。すべてが終わった、その後に。
薄暗い通路を歩んでいく。妙に昔を思い出すのは、ある程度以上に見慣れたような場所にいるからだろう。
そんな、薄暗く面白くもなんとも無い通路を見回しながら、扇奈が問いのような呟きを漏らした。
「………あんたは、ここで暮らしてたのか、」
「ああ、」
気のない返事だったからか、扇奈が肩越しに振り返り、言った。
「だからって、馬鹿なことは考えないよな?」
見透かすような事を言う扇奈に、俺は笑って答えた。
「……もう十分、馬鹿なことやってるだろ」
「確かに」
そんな事を言ったところで、扇奈が足を止めた。
見ると―――道行く先が、妙に明るくなっている。
基地の電灯、ではないだろう。何か、繊維状の光源が、通路の壁を這っているらしい。
「あんたん
「俺の後にいついた奴の趣味だ」
そんな適当な言葉を投げあいながら、俺はセンサーを確認する。
レーダーには特に何も映っていない。
基地と一体化しているのか……。何かしらのトラップか?
………考えてみたところで、わかる訳も無いし、これで足止め食っていられるほど時間に余裕も無い。
「……気味悪いよ、」
似たようなことを考えたのか、そんな呟きと共に、扇奈は短刀を投げた。
鋭く放られた短刀は、壁に這う繊維状の光源に突き刺さる。
そのまま、俺と扇奈は数秒様子を見た。………が、特に何も起こる気配はない。
「………ただの飾り、なのか?」
「趣味悪いねぇ、ホント。一応、距離開けて付いてきな、クソガキ」
扇奈はそんな事を言って、歩みだした。
あの繊維、衝撃に反応するタイプのトラップではなかった。だが、生体に反応する可能性もある。その際、爆薬をもっている俺より、扇奈が先にトラップに掛かる方が作戦の成功率が高まる。
……感情的には、俺が前を行きたいところだが、それを言っている場合でも無いだろう。
一応、何かの時に対処できるよう、トリガーを握り直し、俺は扇奈の後を歩む。
扇奈が壁から短刀を引き抜く。………特に何も変化はない。
その繊維が絡み付いて引き裂きに掛かる事もなければ、竜が駆けてくるってわけでも無い。
………何かしらの副産物で、特に意味があるモノってわけでもないのか?
通路は続いていく――進むごとに、繊維はだんだんと太くなっていくようだった。
竜とは、会敵しない。第3基地の内部には、竜がいないのか?
そんな事を考え始めた頃に、不意に、通路に終わりが来た。
目の前に扉―――非常用の通路の終わり、だろう。いよいよ、基地の内部。
その扉を前に、扇奈は特に何も言わず太刀を抜いて、止める間もなく振りぬいた。
扉に切れ目が入る。その先に見えるのは、確かに、俺の見慣れた基地、地下1階の通路の壁で……
扇奈が扉をこじ開け、そこから、扉の向こうに顔を覗かせ、様子を覗う。
「……トカゲはいない。やたら眩しいね、なんだいこれ。……まあ、良いさ。で、鋼也。<ゲート>はどっちだ?右か?左か?」
「それを探しに来たんだろ?……<ゲート>はかなりサイズがあるんだったな。基地の面積が拡張されてないとすると、ありえるのは、
「片っ端から行くか?」
「他にないだろ。……だが、トカゲがいないなら、わざわざ固まって動く必要はないな。……この通路は環状だ」
「要するに?」
「左右どっちに進んでも行き着く先は同じだ」
「………分かれて探索?」
「反対側で会おう」
俺の提案に扇奈は僅か思案顔で………やがて頷いた。
「……安全策ばっかとってられる場合じゃないしね。怖くなったら大声で呼びなよ?」
「ああ。駆けつけてやるよ」
からかいにからかいを返す――そんな俺の胸を笑みと共に軽く小突いて、扇奈はひらひら手を振りながら、さっさと歩み始めた。
その派手な背中を眺めた末に、俺は、扇奈とは逆の方向へと歩みだす。
通路に足音が反響する。妙に、静かだ。地下だからか、地上の
作戦が嵌ったのかもしれない。知性体は、攻めたことはあっても攻められたことは無かったはずだ。防衛に関しては戦術の蓄積がない。
地上でおとりになってくれている奴らのおかげ、だろう。出来ればこのまま何事もなく、さっさと<ゲート>を見つけて終わりにしたいところだ。
歩いていく。
見慣れた通路だ。見慣れた
死体が見えなかったのは、幸か不幸か。食堂は荒らされていて、壁には爪痕や固まった血が………。
見過ぎないようにしながら、俺は先を進んでいく。
壁に、跡がある。繊維状の光源のほかに、爪や牙の後が。
………人気の多いところまで竜は入り込んで、荒らしたのだろう。人気がない所は、綺麗なままだった。
……俺がいなくなった戦場。
……俺が出て行ったその場所の惨劇。
その、名残を眺めながら、それでも俺は前に進み続け…………。
ふと、俺は足を止めた。
竜が現れたって訳じゃない。
<ゲート>を見つけたってわけでもない。
ただ、反応があったのだ。
視界の片隅。レーダーマップ。この基地の構造がリンクしているその地図内に、光源があった。
………生き残りが、いるのか……?
そんなはずはない。そう、思いながら………。
どこか、亡霊に呼ばれでもするような、そんな気分で―――。
→42話裏 扇奈/例えば…… 上/鏡の貌は醜く
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890150957/episodes/1177354054892339507
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