第14話 私を除いて話を進めないで……



 なぜこんなことになっているのだろうか?


 そう言いたくなる気持ちで一杯だ。



「今回の訪問理由は公的には、前回におけるシンシア嬢への非礼を詫びるという形になっている」


「は、はぁ……」


「だが、それは表向きの理由に過ぎない、本題はこれらについてだ」



 何しろ我が家のサロンにて第二王子殿下と一緒にお茶をしつつ、何故か私が今までに描き上げていた駆逐艦や巡洋艦などの図面がテーブルの上に広げられていた。



「あ、あの……」


「ごめんな、お前は隠したかったのかもしれないが、シンシアを守る為にもアルベルト達に話さないわけにはいかなかったんだ」



 私が前の戦艦に続いて描き上げた図面は前世でブルックリン級軽巡洋艦と呼ばれる艦と、吹雪型駆逐艦と呼ばれるそれらをこの世界における技術で設計した物で、この世界では煙路の設計や煙突関係の配置がいらないので結構な違いがある。

 ちなみに今は阿賀野型と呼ばれる日本海軍の軽巡洋艦をモデルにした艦の図面を引いているけど、これは描き始めているからか今の現場には存在していなかった。


 ただ、駆逐艦に関してもやはり戦艦みたいなちぐはぐとした状況が存在していて、前世では日露戦争時における日本海軍の雷型駆逐艦と呼ばれる型の駆逐艦と同じ艦体デザインの上に、魚雷発射管は多連装式の旋回型が採用されているし艦橋も同様に露天式ではなく密閉式が採用されていたので、駆逐艦は艦型を大型化させて前世の陽炎型や夕雲型のような駆逐艦を参考に設計をした艦艇の図面を暇つぶしに描いていた。




「特に巡洋艦と駆逐艦の図面は興味深い、我々が考えている新世代艦隊構想のものより大型化するが、理想的と言って良い艦艇だ」


「え、えっと……」


「だからこそだ、我々に協力してほしい、シンシア嬢…… それにこれは君の身の安全の為でもある」


「は、はい……」



 私が引いた駆逐艦と巡洋艦の図面を見たアルベルト殿下の目は細められて、威圧感と共に私を見据えてくる。

 そんな迫力を持たせた視線を向けられた私は、ビクリッ、と体を震わせてしまう。何しろ前世から今になっても感じたことのない視線の類だから仕方のないことだと思ってもらいたいけど、横にいるレオン兄さまが安心させるように肩を抱いてくるのが兄妹への愛情を感じさせてくれて安心が出来る状況が出来上がっていた。



 肩を抱いているレオン兄さまの手がギュッと力がこもり、頷くようにと言う意思を込めた目で見てくることから、自分がやらかした事はそれだけの影響を与えてしまったのだという事を理解させられてしまう。



「よろしい」



 私の返事を聞いたアルベルト殿下は満足そうに頷いていて、レオン兄さまも安心したように肩を抱く力を緩めてくれた。



「それじゃあシンシア嬢に聞きたいんだけど」


「は、はい」


「この駆逐艦の魚雷発射管の後ろにある箱型の構造物は何だい?」


「これですか……」



 にこやかではあるけど、拒否は許さないという視線と共に駆逐艦全体の三面図を開いて艦を上から見下ろした図面にある一つの構造物を指さして質問してくる。

 この駆逐艦も前世での吹雪型駆逐艦や朝潮型駆逐艦に代表される日本海軍の艦隊型駆逐艦と呼ばれる艦をベースにしたもので、中心線上に主砲と魚雷発射管を搭載しているのが特徴的と言える。

 これを3連装にまとめて2つ搭載していてそれらの後ろには箱状の細長い構造物があること、それにアルベルト殿下は疑問を抱いた様子だった。



「私なりに考えた魚雷の次発装填機となるのですが……」


「次発装填機? つまり戦闘中に撃った魚雷の再装填が可能になるっていうのかい?」


「はい、この箱状の構造物の中に魚雷が入っていまして、発射を終えた発射管内に魚雷を装填して再度雷撃を行うための機構です」


「…… なるほど撃ち終えて空になった発射管の後ろから魚雷を押し込むわけだ」



 主砲である12.7㎝単装砲は3基で、それは1基が前部に装備されて残りは後部に背負式に配置しているが、その間に2基の3連装魚雷発射管とそれぞれに次発装填装置もある。

 海軍の技術研究を専門とされているアルベルト殿下としては、今までに見たことがなかったのか視線は険しく図面を見ていて、私に問いかけてくる声は幼女を相手にしているためか柔らかい物なのだが表情は一切笑っていないし柔らかいものではなかった。


 本当は連装砲塔にまとめたかったのだが、それをすると1600トン程度の艦体だと重量過大になってしまうので単装としているけれど、それでも現状の駆逐艦と比較しても大幅な増強となるのは確実だ。



「基準排水量は1750トンに満載時排水量が1990トンか……」


「現状の駆逐艦が千トン程度の排水量ですので、かなり大型になると思いますが……」


「いや、これからの事を考えると元から大型で設計する方が発展性を望めるからな、我々でも議論が分かれていた所なんだ」


「そうなのですか」



 駆逐艦と巡洋艦の図面を食い入るように見つめる殿下は、やはりというべきか今までの巡洋艦や駆逐艦とは設計の思想が違うと言えるものであるためか、興味深そうでいて研究者そのものと言う様子なのは当然だ。

 だけど、やはりというべきか海軍の研究所でも新世代艦隊への研究は行われていたので、駆逐艦レベルも大型化するべきかそうでないかの議論が日夜活発に行われていたことを彼の表情が示していた。


 本当に美人と言える人は男女共に何をしても絵になるなぁ、そんなことをぼんやりと考えていたら巡洋艦の図面も一通り見終わったようで、一つため息を吐いて目をぐしぐしと揉むとジェシカが淹れた紅茶をお飲みになってから私たちを見つめてくる。



「この歳でこれほどの艦艇を設計できるとは、シンシア嬢には才能があるようだ」


「えっと、ありがとうございます……?」


「だから「ダメだ」何も言っていないだろう…… レオン」


「シンシアはまだ幼い、このことが分かっているのか?」



 私を真摯といえる表情で見つめてきた上に、何かを言おうとした殿下はレオン兄さまによって遮られるが、複雑と言うか予想していた反応が返ってきたと言わんばかりに殿下はフッと表情をニヒルに歪めていた。

 恐らく殿下は私を王都の海軍研究所に連れていきたいのだろう、彼の瞳がギラギラと輝いているし言っていることは予想できたけれど、本当に勧誘されるとか予想が出来ないことだったし私が返事を返す前にレオン兄さまと殿下がやり取りを始めたので驚くしかない。



「だがシンシア嬢の才能は埋もれさせるのは惜しい、そこはお前だってわかるだろう?」


「分かっているさ、だが、今ではないと言っている」


「…… それはこの家の総意と言って良いのか?」


「少なくとも私と父上はそう考えている。シンシアが成人するまでは、な」



 チラっと周囲を見渡せばいつの間にかレディンの姿も室内にあって、更にはジェシカとジャクリーンもレディンと同じく目が笑っていない怖い表情を向けているから、殿下の言っていることに反対の意思を持っているのだろう。

 …… ミリオタだった前世の事を生かして好きに色んな軍艦の図面を書けるという楽しみを抱いただけなのに、なんでこんなことに、そう思っていた。




 その後のアルベルト殿下はというと、我が家に2日間ほど滞在していたがお父様とも何かを話し合っていたご様子であったので、私を勧誘するという話なのか、それとも別の話題なのかは分からない。

 だけど初日に私へと接触してきたとき以外は特に話すこともなく日常は過ぎて行って、彼は王都へと帰って行ったのだが本当に厄介と言うか妙なことになったと思うのは当然だった。

 何しろ今の娯楽が少ない世界においての一番の楽しみと言える事なのに、これからは制限されそうなのだからたまらないが、これから図面を書く場合は駆逐艦とかじゃなくて前世の強襲揚陸艦とかの物を描いていった方が良いのか、それとも別の艦艇を描けばいいのかという迷いも生じていたが、それもそれで妙な騒ぎを起こしそう。



 そんなことを考えながら大発動艇とかLCMとか呼ばれていた上陸用舟艇の図面を引きつつ、それを搭載した多用途駆逐艦と言える艦艇の図面をパパっと描いていたけれど、これが更なる騒動を引き起こすなど今の私は予想だにしていなかった。

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