第64話
「ものすごい歓声ね……。式が始まる前でこれだもの、きっと式の最中はもっと賑やかになるわよ」
儀式の間の前まで私とリーンハルトさんを導いてくださったシャルロッテさんは、軽く私たちの後ろを振り返り苦笑するように呟いた。彼女の視線を辿るように半身振り返ってみれば、教会の周りに集まって下さった参列客の皆さんの姿が見える。どうやら私が振り返ったことに気が付いたらしく、一際大きな歓声が上がった。それに応えるようにそっと手を振り返す。
「レイラは大人気だね」
「皆さん、歓迎してくださっているようで安心いたしました」
ガブリエラさんを始め、魔術師団の皆さんの熱烈な祝福の言葉を思い出す。最早、歓迎なんて言葉では飽き足らず、崇め奉る勢いだった。
「レイラを歓迎しない人なんていないよ。むしろ僕には勿体ないとか言われている頃じゃないかな……」
「あら、流石は兄さん、ご明察」
シャルロッテさんがからかうようにリーンハルトさんに視線を送った。なんだかんだ言って仲の良いいつも通りの兄妹の姿に、思わず微笑んでしまった。
そんな私たちの様子を、まるで母親のような目線で見守っているジェシカに軽く向き直る。リーンハルトさんの付き添いはシャルロッテさんが、私の付き添いはジェシカが、という体でここまで来てもらったのだ。
「ジェシカ、ありがとう。心配しないで、皆さんとお喋りでもして待っていてね」
私とリーンハルトさんがジェシカに結婚挨拶をしてからというもの、ジェシカには何度かこの幻の王都に足を運んでもらっていた。そのときにシャルロッテさんやガブリエラさんと顔見知りになっているから、気まずくはないはずだ。
「はい、お嬢様。皆さまと一緒にお待ちしておりますね。きっと大丈夫ですから、あまり緊張なさらないでくださいませ」
「ええ、ありがとう、ジェシカ」
少しだけリーンハルトさんから手を離して、シンプルな深い青色のドレスを纏ったジェシカをそっと抱きしめる。お互い、こうして触れ合うことにも、大分慣れてきた気がする。
「本当に、おめでとうございます、レイラお嬢様」
もう何度繰り返したか分からないその言葉を、ジェシカはもう一度口にした。改めて儀式の間の前で言われると何だか重みを増すようだ。
「ええ……私、幸せになるわね」
少しだけジェシカを抱きしめる腕に力を込めて、決意を口にした。そうしてどちらからともなく体を離せば、その様子を見守っていたシャルロッテさんがからかうようにリーンハルトさんを見上げる。
「私も抱きしめてあげましょうか? 兄さん?」
「馬鹿なこと言っていないで、ジェシカさんをみんなのところに連れて行ってくれ……」
リーンハルトさんは軽く溜息をついて、あっさりとシャルロッテさんの申し出を断ってしまった。シャルロッテさんもこの展開を見越していたのか、ふっと笑ってリーンハルトさんに背を向ける。
「はいはい、私にお任せあれ」
その瞬間、一度だけリーンハルトさんの手がシャルロッテさんの頭を撫でた。
「……ありがとう」
ぽつりと呟かれたその感謝は、きっとジェシカを案内することだけに限ったものではないのだろう。そう思わせるくらいに、深みを帯びた声だった。
シャルロッテさんもそれを悟ったのか、一瞬紫紺の瞳を見開いたがすぐに顔を逸らしてしまう。だが、耳の端が赤く染まっているのは隠しきれていなくて、照れ方がリーンハルトさんとあまりによく似ているものだから、失礼とは思いながらも思わずふっと笑ってしまった。流石は兄妹、といったところだろうか。
「どういたしまして! 儀式、頑張ってよね!」
照れ隠しなのか少しだけ声を大きくしてシャルロッテさんはそう答えると、「行きましょう」とジェシカの手を引いて皆さんの方へ歩いて行ってしまった。
「さて、入ろうか、儀式の間に」
「ええ」
シャルロッテさんのお陰で、儀式の直前まで気を張らずに済んだ。あとでお礼を言わなければ、そう思いながら私はリーンハルトさんに導かれるようにして、儀式の間へ足を踏み入れたのだった。
「何て素敵なの……」
ほう、と溜息をつきながら、私は氷のように磨きあげられた床の上に立ち尽くし、冬を思わせる澄んだ空気感の中、目の前の幻想的な光景に目を奪われていた。
儀式の間に入った途端目に入ってきたのは、まるでガラスで作られたかのような透明で繊細な一本の樹だった。風もないのに時折揺れては、ガラスの葉がぶつかりあって涼し気な音を響かせている。よく見れば葉の一枚一枚に独自の色があるようで、樹の周りにはステンドグラスのように色とりどりの光が散っていた。
リーンハルトさんといい、この樹といい、今日は朝から綺麗なものばかり見ている。流石は幻の王都ね、と改めて神秘的なこの街への好意を深めながら、私はリーンハルトさんと共にその樹の傍へ近寄った。
「この木の下に、僕らを呪った魔物の心臓が埋められているんだ。……いや、正確にはその魔物の心臓から発芽した芽が育って、こうして樹になったというべきかな」
「魔物の、心臓が……」
儀式の手順は聞いていたけれど、詳しい事情までは知らなかった。リーンハルトさんはそっと樹の幹に手を当てて、小さく笑う。
「そう、だからこの樹は呪いの元凶であり、同時に呪いを解く鍵でもあるんだ」
こんなにも綺麗なのにね、とリーンハルトさんは樹を見上げて、どこか皮肉気に笑った。
こんなにも美しいものが、呪いの元凶なのか。リーンハルトさんの言葉を繰り返すように心の中で呟きながら、私も樹を見上げた。様々な色の淡い光が目に飛び込んでくる。
「では、この樹が枯れてしまえば、皆さんの呪いは解かれるのでしょうか……?」
「本当に枯れることがあるのなら、もしかするとそれは正しいのかもしれない。……この樹が呪いの元凶ならば、切るなり燃やすなりしてしまえばいい、と当然僕らの先祖も考えた。でも、どれだけ強力な魔法を使っても、この樹を枯らすことは出来なかったんだ」
リーンハルトさんは大きく手を伸ばして、きらきらと煌めくガラスの葉に触れた。かなり強めに揺らしているのに、その細い枝は一向に折れる気配を見せない。
「この葉の一枚一枚が、僕ら一人ひとりの呪いなんだ。これも、それも、この幻の王都の誰かの呪いなんだよ。子どもが生まれれば、新芽が育っていく。……この辺りとか、グレーテの葉だったりするかもしれないね」
リーンハルトさんは、ガラスの葉の中に隠れた、芽と葉の間のような形をした一枚にそっと触れた。確かに、他の葉の大きさを考えれば、ようやく5歳になろうかというグレーテさんの葉はこのくらいかもしれない。
「可愛らしいですわね。何色になるのか楽しみです」
リーンハルトさんの傍に寄って、その小さな芽の成長に思いを馳せる。どれも美しい葉ばかりだから、きっとこの芽もそれは麗しい色を帯びるのだろう。
「……リーンハルトさんの葉は、どれでしょうか?」
「さあ、僕もまだ知らないんだ。自分にかけられている呪いがどんな色なのか。僕らはみんな、儀式の最中に初めて知るんだ」
リーンハルトさんが樹の幹に向かい合ったのを見て、私もすっと姿勢を正す。儀式が始まる予感がして、少しだけ脈が早まった。
「僕の呪いを解いてくれる? レイラ」
リーンハルトさんはそっと私の手を取って、指先に口付けた。彼の紫紺の瞳を見ていれば、自然と緊張は薄れて行く。
「もちろん、私に解かせてくださいませ。あなたと共に、同じ時間を歩むために」
「……ありがとう、レイラ」
リーンハルトさんはもう一度、大切なものに口付けるように私の指先に顔を寄せると、そっと私の手を離して外套から飾り鞘に入ったナイフを取り出した。
「それじゃあ、始めようか」
「はい」
リーンハルトさんが自らの指先にナイフの切っ先を沈めて行く様を見つめながら、改めて儀式の手順を思い返す。
儀式は、実に簡単な手順で行われる。シャルロッテさんから説明を受けたときには、却って驚いてしまったほどだ。
まず、新郎新婦それぞれの血で、樹の幹に二人の本名を書きつける。しばらくすると血は幹に吸収されて行き、血文字が消えると同時に一枚の葉が落ちてくるそうだ。それが、リーンハルトさんの言うルウェインの一族各々が持つ呪いの葉のことなのだろう。その葉を「運命の人」が口に含み、軽く噛み砕いてから、相手に口移しで飲ませる。たったこれだけで、呪いは解けるらしい。
この一連の流れをこなす際に何よりも大切なことは、相手への愛情を強く心に想うことらしい。ある種の宗教的な心構えのようなものかと思ってその説明を聞いていたが、心が通い合っていない二人では呪いの葉を落とすことが出来なかった前例があると知ったときには驚きを隠せなかった。仮初の恋人同士では、この呪いは解けないようになっているらしい。
もっとも、私とリーンハルトさんにとっては無用な心配だ。その部分はあまり気に負っていなかったが、緊張の源は他にあるのだ。
そう、私をもっとも躊躇わせたのは、最後の「口移し」という工程だ。
ルウェインの一族は、このガラスのような葉を取り込むことで呪いから解放されるが、噛み砕くことは出来ないらしい。ルウェインの魔力が、葉を壊すことを妨害するというのだ。だから「運命の人」が噛み砕いて口移しで飲ませることになったというのは理に適っていると思うが、恥ずかしさはこの上ない。
リーンハルトさんと正式に婚約をして半年以上、それはもちろん口付けくらい数えきれないほどしている。多少深い口付けも何度かした。でも、「口移し」は話が別だ。
幸せで溶けかけていた私だが、この儀式であまりの恥ずかしさに溶けて消えてしまうかもしれない。一度はそう本気で思ったほどに、戸惑いを覚えたのだ。
「はい、レイラ。……本当に少しだけでいいからね。あまり深く傷つけてはいけないよ」
リーンハルトさんは心配そうに私を見つめながら、ナイフを私の右手に握らせた。そのまま私の左手の人差し指を白いハンカチで軽く包み込んで、安定させてくれる。ドレスに血が散らないように気を遣ってくれているのかもしれない。
「ご心配ありがとうございます。気を付けますね」
リーンハルトさんに支えられた人差し指の腹に、軽くナイフの刃を沈める。名前を書く程度だから、リーンハルトさんのおっしゃる通りあまり深い傷である必要はない。ぷくりと赤が浮き出し、ぽたぽたと指の腹を伝って爪の方へ流れ出したのを確認して、私たちは樹の幹に向き合った。
リーンハルトさんが書きつけた名前の下に、私もすぐさま名前を書きつける。リーンハルトさんを愛している、その気持ちで心を満たしながら、アシュベリーの姓を名乗る最後の瞬間を過ごした。
名前を書き終わるなり、リーンハルトさんは私の左手を取り、傷口にそっと口付けてくれた。本当に過保護なくらいに優しい人だ。一瞬の魔法で、小さな傷はすぐに塞がっていた。
「ありがとうございます、リーンハルトさん」
その間にも、樹の幹に描きつけられた血文字はゆっくりと薄れて行く。やがて、完全に吸収されて見えなくなったとき、頭上で金とも銀ともとれる光が煌めいた。
一、二歩下がってその様子を見守れば、すぐにはらりと一枚の葉が落ちてきた。ガラスのような見た目に反して、ゆったりと余裕を持って落ちてくるそれをそっと両手で受け止める。手の中の葉は、全体的に紫紺に染まっていて、所々金や銀を帯びていた。リーンハルトさんが私に贈ってくれた指輪の星空の石とよく似た色だ。
「綺麗ですね……。まるで宝石のようです」
「レイラにそう言ってもらえると、何だか嬉しいな。……でも、大丈夫? これを噛んだりして口の中切ったりしない?」
リーンハルトさんは不安を拭いきれぬ様子で私と小さな呪いの葉を見比べていた。確かにガラスのような見た目だが、噛み砕く際に痛みを伴うのなら、シャルロッテさんが警告してくれたはずだ。
「ふふ、きっと大丈夫です。リーンハルトさんの呪いを解くためなら私、なんだってできてしまいそうですわ」
それだけ告げて、そっと葉を口に含んだ。途端に蜂蜜のような甘い味が広がり、思わず頬を緩める。歯を立ててみれば、いつかガブリエラさんにいただいた氷を噛み砕くときの要領で簡単に砕けた。小さな飴を噛んでいる感覚にも近い。
しかも噛むごとに爽やかな甘さや濃厚な甘さ、様々な濃度の甘味が広がって思わずこのまま飲み込みたくなるほどの美味しさだった。頬を緩めたまま、ある程度噛み進め、心配そうに見守るリーンハルトさんに向き直る。
普段ならばこのまま口付けるところだが、今回は口移ししなければならないのでリーンハルトさんに膝をついてもらった。いつもとは真逆の高低差に、余計に脈が早まってしまう。
駄目だ、躊躇えば躊躇うほど緊張するだけだ。思い切ってしまった方がいい。
そう考え、リーンハルトさんの頬に手を当て、間を置かずに口付けた。間近に迫った紫紺の瞳が僅かに見開かれ、羞恥のあまり目を閉じてしまう。
甘さが、熱と共に奪われていく。初めこそ葉の欠片を大人しく受け止めていたリーンハルトさんだが、甘味を奪いつくすように深くなっていく口付けに、息も心臓ももう耐えられなかった。
「っ……」
多少涙目になってリーンハルトさんを見つめれば、彼は軽く唇を舐めてゆったりと微笑んで見せた。一般的には唇を舐めるなんて品が無いと思われるものだろうけれど、リーンハルトさんがすると色気が増すばかりで、その蠱惑的な微笑みを直視してしまった私はもう立っていられなかった。
思わず崩れ落ちそうになった私の腰を、リーンハルトさんが引き寄せる。かつてないほど盛大に暴れている心臓の拍動が、直に伝わってしまっているかと思うと頭の中が溶けそうだった。
「ありがとう、レイラ。呪いを解いてくれて。……そんなに真っ赤になって、可愛いなあ」
「い、今だけは甘い言葉はお控えくださいませ! 心臓が持ちません……」
儀式の間に漂う冷ややかな冬のような空気に、今となっては救われていた。温度が低くなければ、完全にのぼせていただろう。これは、「運命の人」を救済するための温度なのだろうかと思うと妙に納得がいく。
「普段なら少し意地悪したくなるところだけど……じゃあ、今は我慢しようかな。これから結婚式だっていうのに、本当に倒れてしまったら困るからね」
「お気遣い、感謝いたします……」
リーンハルトさんに支えられるようにして、何とか呼吸を落ち着かせる。式の前に、ベールとお化粧を少し直してもらう必要がありそうだ。リーンハルトさんはいつものように私を抱きしめたまま私の髪を指で梳こうとしていたが、今日は髪を結いあげているためそれは叶わなかった。どこか残念そうなリーンハルトさんの表情を見て、思わずくすくすと笑ってしまう。
「ふふ、式が終わったらすぐにほどきますね」
「すっかり習慣になってるとはね……自分でも気づかなかったよ」
リーンハルトさんもまた苦笑を零しながら、軽く私の頬を撫でた。少しずついつもの調子に戻るリーンハルトさんに安心する。
「幸せな癖だなあ……本当に」
リーンハルトさんは慈しむように私を見ながら、しみじみとそんなことを呟いた。そう思ってもらえているのなら、私も間違いなく幸せだ。そっとリーンハルトさんの肩に寄りかかって、小さく頷いて見せる。
そのまま数分間の休憩を経て、私の心臓はようやく落ち着きをみせた。リーンハルトさんにもそれが伝わったのか、穏やかな微笑みを浮かべる。
「さて、そろそろみんなの元へ戻ろうか。きっと煩いくらいに賑やかな結婚式になるよ」
「ええ、とても楽しみです。……結婚式での口付けは、可愛らしいものにしてくださいね?」
「……努力するよ」
微妙に不安を抱かせる間を取って、リーンハルトさんはふっと微笑んでみせた。どことなく悪戯っぽく見えるその表情も愛おしくて、結局私は何も言い返せないのだ。
リーンハルトさんはゆっくりと立ち上がると、ごく自然な仕草で私に手を差し出した。その姿に、今となってはあまりに懐かしい光景が蘇り頬を緩めてしまった。
「……どうかした?」
リーンハルトさんは、なかなか手を取ろうとしない私を見てそう尋ねてきた。私は微笑みを浮かべたまま小さく首を横に振る。
「いえ、つい、リーンハルトさんと出会った日のことを思い出してしまって」
リーンハルトさんは僅かに驚いたような顔をしていたが、この体勢で納得がいったのか私と同じように微笑みを浮かべた。
「ああ……そうだね。あの日もレイラにこうして手を差し伸べたっけ」
「ええ、今もはっきりと覚えています」
懐かしさついでに、少しだけ興じてみようかしら。そう考え、私は手を差し伸べるリーンハルトさんを見上げて呟いた。
「……『こんな姿になっても、私は気高く見えますか?』」
それは、あの日と同じ台詞の繰り返しだ。リーンハルトさんは一瞬だけ面食らったような顔をしていたが、すぐに察したのか余裕たっぷりに微笑んでくださった。
「それはもう、他の誰よりも気高く美しいよ。……ここはあまりにも寒い。こちらにおいで」
偶然にも儀式の間はあの雨の日を彷彿とさせるひやりとした温度で、その台詞もさほどおかしく聞こえなかった。私はリーンハルトさんの手を取り、あの日とは少しだけ異なる台詞を口にする。
「ふふ、たとえあなたが死神でも、喜んでついていきますわ」
彼の手に引かれるようにして立ち上がり、その紫紺の瞳をまっすぐに見据えた。あの日には見ることができなかった、美しい、夕暮れの空の色だ。
「地獄でも、この世界の果てでも、どこだって……あなたと一緒なら、そこに私の幸福がありますもの」
リーンハルトさんの手がそっと私の頬を撫でる。その心地よさに軽く目を瞑れば、自然と二人の唇は重なっていた。
「愛してる」
僅かに唇を離し、吐息の合間にリーンハルトさんは囁いた。それに応えるように、私は心からの笑みを彼に向ける。
「ええ、私もあなたを愛しています。リーンハルトさん」
睫毛を伏せる、唇が重なる、その甘さにいつまでも酔いしれる。式の直前であることも忘れて、リーンハルトさんへの愛しさに溺れそうになってしまった。
「……歯止めが効かなくなりそうだから、そろそろ式場へ向かおうか」
二人の間に漂う熱を誤魔化すようにして、リーンハルトさんは改めて私の手を取った。私もまた、彼の手をぎゅっと握りしめながら、こくりと頷く。
「そ、そうですわね、あまり皆さんをお待たせするのは悪いですもの」
儀式の間の扉が、リーンハルトさんの手によって開かれていく。途端に差し込む初夏の光と、溢れんばかりの歓声に胸が踊った。
今日は、一生忘れられない美しい一日になるのだろう。参列者の方々からの祝福を一身に受けながら、そんな温かな予感に私は心を震わせた。
「参りましょう、リーンハルトさん」
「そうだね、早く可愛いレイラをみんなに見せびらかしてやらないと」
そんな甘い言葉を囁かれ、いつものようにふっと笑みを零しながら、息を合わせて儀式の間から一歩足を踏み出した。
私の拙い逃避行は、ここで終わり。
これから私は、誰より愛しいこの人と、前へ、前へ進んでいくのだ。
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