第50話

「お姉ちゃん、次はこのご本を読んで!」

「あー、ずるい。いま文字を教えてもらってるところなのに!」

「お姉ちゃん、見て見て。お花を摘んできたの!」


 真っ青に晴れ渡った空の下、私は修道院の中庭で街の子どもたちに囲まれていた。どの子もどこか薄汚れた服を身に纏っており、裕福な家庭で育っているとは思えない。その割にこんなにも心を開いて接してくれることに、ここに来た初日は驚いたものだ。それくらい、ここの修道女たちは温かい心で子供たちに接してきたということなのだろう。


 駆け寄ってくる子どもたちの後ろにそびえたつ大きな修道院を見上げながら、ふと、そんなことを思った。


 修道院に入って、既に5日が経とうとしている。時が経つのは早いものだ。初めは着慣れなかった白い修道服とベールにも、だいぶ馴染んできた気がする。


「ふふ、順番に見て差し上げますから、少し待っていてくださいね。そちらの本は、後で皆さんの前で読むことにしましょう」


「やったー! じゃあ、まずはこれ見て!」

「お姉ちゃん、花冠うまくできないよー」


 芝生に座りながら、我先にと駆け寄ってくる子どもたちの一人一人に対応する。忙しいが、とても安らかな時間だった。どの子も皆個性があって、話しているとこちらまで楽しくなってきてしまう。


「ちょっとみんな! あんまりレイラに纏わりついちゃ駄目でしょ! レイラは一人しかいないんだからね」


 修道院の方から、掃除を終えたらしい仲間の修道女が庭に出てきた。彼女は私と同年代のヘレナさんという修道女だ。正確にはヘレナさんの方が私よりも一つと年上で、年齢が近いこともあってとても親切にしてもらっている。


 ヘレナさんはベールの中の灰白色の髪を手で纏めながら、子どもたちの方へ歩み寄る。


「あー! ヘレナ姉ちゃん、遅いよ!」


「あたしも色々仕事があるの! ほら、その花冠貸しなよ。手伝ってあげるからさ」


「ありがとう、ヘレナお姉ちゃん!」


 色とりどりの花を手に一杯に抱えた少女が、ヘレナさんの方へ駆け寄っていく。元気いっぱいなその姿に、こちらまで気分が明るくなるようだ。


「レイラも困ったらすぐ呼びなよ、遠慮なんかいらないんだからさ」


「はい、ありがとうございます。ヘレナさん」


 手際よく花冠を編み始めるヘレナさんに微笑みかけ、私は文字を教えてほしいとせがむ男の子に向き合った。


 陽光に満ちたこの場所で過ごしていると、殿下と話し合う日が近づいていることをつい忘れそうになる。そのくらい、ここは私が幽閉されていた月光の差し込むあの塔とは違っていた。






 5日前、公爵家を出た私は、リーンハルトさんにこの修道院まで送り届けてもらった。月も沈み、朝焼けが空を染める予兆に満ちた時刻だった。


 リーンハルトさんは私を修道院のバルコニーに転移させてくれていた。ここなら人目につきにくい。安心してリーンハルトさんと話が出来る。


 転移魔法が集結するなり、リーンハルトさんは銀色の小箱から指輪を取り出すと、両手で包み込むようにして握りしめた。やがて指の間から金や銀の光が漏れだす。その幻想的な光景に見惚れていると、リーンハルトさんが私のペンダントを外し、指輪を元あった石とともに通してくれた。


「ペンダントにかけた魔法だけでレイラの居場所を辿るのは、少し時間がかかるんだ。でも、この指輪を身に着けていれば、レイラの居場所がすぐに僕にわかるようになっているから……何だか束縛しているみたいで嫌だけど、この一週間は絶対に外さないでほしい」


 私が傷ついたら分かるというペンダントの石の魔法の他に、私の居場所を伝える指輪も追加されたとなれば、かなり安心だ。万が一の事態が起こっても、リーンハルトさんに気づいてもらえる。


「リーンハルトさんからの束縛なら嬉しいくらいです。約束通り、どんなときも外しませんわ」


「そんなこと言ってると、後でどうなっても知らないよ?」


 リーンハルトさんは私の頬に手を当てて、どこか悪戯っぽく微笑んだ。その温かい手に頬をすり寄せるようにして、そっと目を閉じる。


「ふふ……リーンハルトさんは、私を傷つけるような方ではないと承知しておりますもの。怖いことなんてありませんわ」


 折角リーンハルトさんと再会したばかりなのに、また一週間離れると思うと寂しさが込み上げてきた。だが、次に紡がれたリーンハルトさんの言葉にその感傷も打ち砕かれる。


「……毎晩、夜の零時にここに来るよ。レイラに何かあったら大変だからね」


「それは……私はとても嬉しいのですが、リーンハルトさんのご負担になりませんか?」


 ただでさえ、私の我儘でこの一週間ここにいさせてもらうことにしたのに、リーンハルトさんにそこまでしていただくのは忍びない。だが、彼は何でもないことのように笑ってみせた。


「転移魔法を使えばいいだけだからね。レイラに会えないことの方が負担だよ」


「……すぐにそんな甘い言葉を囁かれると困ってしまいます」


 ほんのりと、頬に熱が帯びるのを感じた。毎回赤面させられる私の身にもなってほしい。僅かに早くなった脈を誤魔化すように、思わずリーンハルトさんから視線を逸らす。


「じゃあ、慣れてほしいな。このくらい受け流してもらえないと、この先身が持たないと思うよ」


 リーンハルトさんは天然でこういうことを言っているのか、それとも私が困っているのを見て楽しんでいるのか、実のところ私はまだ見定められていない。私にその余裕が無いと言うべきなのかもしれないが。


 もっとも、基本的には穏やかなリーンハルトさんだが、彼が優しさだけで出来ているわけではないことはとっくに気付いている。それを踏まえると、何となく後者の線が濃厚な気がしていて、思わず曖昧な笑みを浮かべてしまった。


「……善処いたします」


 リーンハルトさんはどこか満足げに笑うと、ペンダントを私の首に再びかけてくれた。指輪の分だけ、僅かに重さが増している。


「一週間後、レイラが王太子と話をするときは、部屋の外で控えていてもいいかな。……相手は、君を愛しているのに首を絞めた男だ。どうしても、不安でならないんだよ。話を盗み聞くような真似はしないから」


「ええ、もちろんです」


 リーンハルトさんの考えは当然だ。殿下は恐らく私を殺す気など無かっただろうけれど、私を痛めつけることには躊躇が無い。私の身を何より案じてくれるリーンハルトさんのことだから、本当は私と殿下が二人きりで話すことには反対なのだろう。それでも、私が殿下の心と向き合いたいと言ったから、出来る限りのことをしようとしてくれているのだ。


 正直、私だって怖い。殿下と向き合えば、首を絞められたときの苦しみやこの2週間の息苦しさが蘇って怯えてしまう瞬間もあるだろう。


 でも、殿下が私に好意を抱いてくださっているというのなら、彼はきっと私の言葉に耳を傾けてくださる。9年間のすれ違いに、終止符を打つことが出来るはずなのだ。この2週間に見せた残虐性よりも、婚約者だったときに見せていた冷静さこそが、殿下の本質なのだと信じていたかった。


 大丈夫、きっと殿下と向き合えるわ。結果的には実らずに終わった恋だとしても、お互いに想いあっていた時期があったのだから。


 私はそっとリーンハルトさんの手に触れて、殿下と向き合う機会を用意してくれたことに改めてお礼を述べた。 


「ありがとうございます、リーンハルトさん。ここまでのことをしてくださって……」


 リーンハルトさんは口には出さないが、私を一週間この修道院に留め置くことを相当恐れているはずだ。無理もない。これは、かつてアメリア姫を亡くした状況とあまりにも似すぎている。こんな状況を作り出してしまったきっかけは私なだけに、申し訳ない気持ちは常につきまとっていた。


 だからこそ、少しでも心配性な彼を安心させて差し上げたい。その一心で、私は自分の気持ちを言葉にした。


「すべてに決着がついたその暁には……絶対にリーンハルトさんから離れませんわ」


 リーンハルトさんの紫紺の瞳をまっすぐに見上げてそう告げると、彼はふっと視線を逸らしてしまう。一瞬で、耳の端が僅かに赤く染まっていた。


「……さっきは散々僕に文句を言っていたけど、レイラも大概じゃないか。急にそういうこと言うのは反則だよ」

 

「ふふ、失礼ながら、このくらい慣れていただかないと、この先身が持たないかもしれませんわ」


「……善処するよ」


 似たようなやり取りを繰り返しているというのに、先ほどとはまた違う楽しさがあった。私とリーンハルトさんは、恋愛という面においては似た者同士なのかもしれない。 






 そんなやり取りを経て、私は無事修道院へ入ることが出来たのだが、修道女たちはどこかよそよそしかった。品の良い老齢の院長が私を皆さんに紹介してくださったときから、それは感じていた。


 院長は私のことを、「レイラ」とだけ紹介してくださったけれど、修道女たちの中にどうやら私が元王太子妃候補だったことに気づいた人がいたようで、初日の夜には私に無闇に近づこうとする人はいなくなっていた。修道院の中では身分など関係なくなるはずなのだが、元王太子妃候補という肩書はあまりにも影響が大きかったようだ。


 ……アメリア姫は、さぞ苦労したことでしょうね。


 一人で質素なスープをいただきながら、ぼんやりとアメリア姫のことを思った。一国の王女がやってきたとなれば、修道院はそれはもう大騒ぎだっただろう。


 もともと一人でいることには慣れているので、このままあまり関わらずに一週間を過ごそうと一人決意する。仕事や礼拝はきちんとこなして、何とかやり過ごすのだ。そう心に決めたとき、私の隣にスープ皿を持った灰白色の髪の女性が座った。


「一緒にいい?」


「え、ええ……」


 僅かに他の修道女たちの視線を感じたが、隣に座った女性はまるで気にしていないようだった。どぎまぎしながら、さも当然のように私の隣で食事を始める女性を見つめてしまう。


「レイラ、だっけ? 私はヘレナ。ここにきて3年になるかな。よろしくね!」


 私の隣に座ったその女性は私の視線に気づいたのか、端的な自己紹介をしてくれた。私は座ったまま頭を下げて、改めて名乗る。


「ご親切にありがとうございます。改めまして、レイラと申します。至らない点ばかりかと思いますが、どうぞよろしく――」


「ああ、いい、いい。堅っ苦しいのは抜きにしようよ」

 

 ヘレナさんは、にかっと笑いながらテーブルの真ん中に置かれていたパンを籠ごと引き寄せると、そのうちの一つを私に差し出した。反射的に受け取れば、更に一つ、また一つと私に押し付けてくる。


「そんな細い体じゃ、子どもたちの相手するときとか大変だよ? ちゃんと食べなきゃ」


「あ……ありがとうございます。でも、こんなにたくさんは食べられませんわ」


「無理にでも食べておきなって。ほら、スープのおかわりは?」


 ヘレナさんは甲斐甲斐しく私に接してくれた。一人で一週間を過ごすことを覚悟していた私には、まさに救世主だ。


「……ありがとうございます。こんなに親切にしていただいて」


「いいのいいの。あたし、あんたくらいの子を見てるとほっておけないんだよね。妹たちを思い出しちゃって」


 ヘレナさんはスープ皿を持って一気に飲み干すと、再びにかっと清々しく笑ってみせた。見たところヘレナさんと私は同年代に思えるのだが、どうやら彼女は私をかなり年下として見ているらしい。


 どちらかと言えば、今までは「大人びている」と言われることが多かっただけに、まずまずの衝撃を受けた。いかに自分の世界が狭かったかを思い知る。


「あ、ほら、果物はいる? 剥いてあげよっか?」


 ヘレナさんは籠に盛られていた果物の中から赤い林檎を手に取って、私の答えを聞く前に剥き始める。ここまで食い気味に接してくる人は初めてだったので、何とも新鮮な気持ちを覚えたが、一緒にいて楽しそうな人だ。一週間という短い期間だが、友人のような存在になれるかもしれない。そう思い、私はそっとヘレナさんに微笑みかけたのだった。






 それ以来、ヘレナさんは私にあれこれと指導してくださっている。掃除の仕方から礼拝の注意点まで、まるで私の教育係のように親切に教えてくださった。もしかすると院長などに私の世話を頼まれているのかもしれないが、予想外の巡り会いに感謝しながら、私は必死に修道女としての仕事をこなしていた。長い間ここにいられないことは分かりきっていたので、せめてこの一週間は修道院のために何でもこなそうという心づもりだった。


「ほら、そこをくぐらせて……こことここと結べば……」


 ヘレナさんは幼い少女に花冠の編み方を教えているようだった。生憎私にそう言った遊びの知識はないため、こういう部分ではヘレナさんに頼るほかない。手遊びや街で流行っている歌も知らなかったので、子どもたちにとっては私は退屈な遊び相手だろう。


「できた!」


 花冠を一生懸命編んでいた少女が華やいだ声を上げて立ち上がる。ヘレナさんは少女の頭を撫でて、満面の笑みを浮かべていた。


「よかったね、上手上手」


 妹さんがいると仰っていたから、きっと子供が好きなのだろう。いいお姉様なのだろうな、と想像して思わず頬を緩めた。


「これ、お姉ちゃんにあげる!」


 不意に花冠を手にした少女が私の目の前に駆け寄ってきて、出来上がったばかりの花冠を差し出してきた。


「私がいただいてもよろしいのですか?」


「うん! つけてあげる!」


 少女にせがまれて、私はそっとベールを外し軽く頭を垂れた。ふわりと甘い香りが漂ったかと思うと、花冠が頭に乗せられる。


「ありがとうございます」


 少女に微笑みかければ、とたんに女の子たちが周りに集まってきた。皆、目を輝かせて私を見上げてくる。


「きれー!」

「お姫様みたい!」


 思えば、子どもたちの前でベールを外してみせたのはこれが初めてだった。貴族社会では地味とされがちな亜麻色の髪だけれど、子どもたちにとっては珍しいのかもしれない。


「ねえねえ! お姫様と騎士のお話やってー!」

「そうだ、ヘレナが騎士やってよ!」


 いつの間にか男の子たちも集まってきて、私とヘレナさんに物語をせがみ出した。いや、正確に言えばちょっとした小芝居を見せてほしいと強請っているのだ。


「仕方ないなあ、礼拝の時間までだよ?」


 ヘレナさんは溜息交じりにそう告げると、子どもたちからわっと歓声が上がる。その期待に満ちた眼差しを見ていると、断るという選択肢が無くなってしまう。私は引きつった笑みを浮かべて、はしゃぐ子供たちを見つめたのだった。






「いやあ、レイラの大根役者っぷりはいっそ愉快なくらいね」


「……お恥ずかしい限りですわ」


 夕刻の礼拝を終えて、礼拝堂を掃除し終えた私とヘレナさんは、中庭に臨む連絡通路を歩いていた。中庭を見ていると数時間前にあの場で披露してしまった痴態が思い起こされて何とも言えない気分になる。


「まあ、子どもたちは喜んでいたからいいんじゃないかな。あたしも面白かったし」


「……それならいいのですが」


 私は演技の才能はまるでないらしい。感情を隠すだとか、「完璧」に振舞うだとかは得意だったが、物語の人物を演じるのは不得手なようだ。やはりお芝居は観るに限る。


 ローゼは、もしかするとこういうことも得意だったかもしれないわね。


 ぼんやりと、数日前に決別した妹のことを思い出して、私はふっと夕焼けを見上げた。遠目には王城が見える。ローゼは今も恐らく、あの場所で歌を歌っているのだろう。


 今でこそ情報が手に入りある種の落ち着きを見せている私だったが、修道院に入った初日には、懸念することばかりで気が気ではなかった。ローゼや公爵家のこと、モニカのこと、気にかかることがたくさんあり、昼間はどこか落ち着かないまま時間を過ごしていたのだが、約束通り日付の変わるころに現れたリーンハルトさんがあらゆる情報を教えてくれた。


 まず何より安心したのは、モニカは今も元気にあの塔で過ごしているらしいと聞いたときだった。罰を受けたような形跡はなく、今は他の使用人たちの仕事の手伝いをしているという。本当に、心の底からほっとした。


 それからリーンハルトさんは公爵家やローゼの様子についても教えてくれた。だが、その知らせはどうにも予想外なもので、正直に言ってとても驚いたものだ。


 そう、リーンハルトさんが教えてくれたその知らせは、ローゼにも公爵家にも何も異変は無い、というものだった。修道院に入った初日はまだ事が動いていないだけかと思っていたのだが、何日経ってもそれは変わらなかった。


 今日で私が殿下の許から去って5日が経とうというのに、アシュベリー公爵家に処分が下ったという噂はやはり聞かなかった。王国で数えるほどしか存在しない公爵家の醜聞は瞬く間に広がるだろうと予想されるので、まだ処分が言い渡されていないと考えるほうが自然だろう。


 正直、私がいなくなった翌日にでも公爵家に処分が下されてもおかしくないと覚悟していただけに、今もどこか拍子抜けした気分だった。殿下が、処分を待ってくださっているのだろうか。


 殿下のことを思い出すと、どこかひりひりと焼けつくような感情が湧き起こる。殿下との約束の夜まで、あと2日だ。この5日間、改めて自分の心を整理して、殿下にお伝えすべき気持ちを考えていた。出来るだけ正直に、私の気持ちを打ち明けよう。私はもう、殿下のものになることは出来ないのだ、ときちんとお伝えしなくては。


 もっとも、いざあの執着が宿った瞳を前にして、言葉が出てくるかは怪しかった。でも、どれだけ怖くても向き合おうと決めたのだ。このまま殿下の気持ちから逃げるわけにはいかない。


「ちょっと、やだ、本気で気にしてないよね?」


「え?」


 突然ヘレナさんに話しかけられ、はっと我に返った。ヘレナさんがどこか心配そうに私の顔を覗き込んでいる。


「なんか暗い顔してたからさ……あたし、言い過ぎた?」


「い、いいえ! 演技のことは気にしておりませんわ。私には向いていないということが分かっただけでも大収穫です」


「諦めるのは早いって。レイラはまだ小さいから色々技術が未熟ってだけだろうし、その気があるなら勉強してみても楽しいかもよ?」


 ヘレナさんは一体私を何歳だと思っているのだろう。何となく誤解を解けないまま5日も過ごしてしまったが、この辺りで打ち明けておいた方がお互いのためのような気がしていた。


「あの……ヘレナさん、非常に申し訳にくいのですが……」


「うん、何?」


「私の年齢はヘレナさんの一つ年下ですから、それほど幼くはないのですよ」


「……え、18歳ってこと?」


「……ええ」


 ヘレナさんは信じられないものを見るような目で私を見つめていた。18歳と言ってもこの2年間は眠っていたから、私の感覚としては16歳のようなものなのだけれど、そんな誤解を与えるほどに立ち居振る舞いが幼かっただろうかと反省する。もっとも、狭い貴族社会で、生きるための苦労を知らずに育ったのだから、ヘレナさんから見れば未熟に見えて当たり前なのだが、この沈黙は微妙に気まずかった。


「……あー、あれだ、貴族のお嬢様って、若く見えるよね!」


 ヘレナさんに苦しい言い訳をさせてしまった事が、却って申し訳なかった。彼女は苦笑交じりに続ける。


「うんうん、若く見えるっていいことだよ! 自信持ってレイラ!」


 盛大に誤魔化されたような気がするが、あまりのヘレナさんの前向きさに思わず私もふっと笑ってしまった。思いがけず、愉快な友人が出来たものだ。短い付き合いであることが惜しまれるほど、彼女と過ごす時間は充実していたのだった。

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