第18話(リディア視点)

 美しく完璧な娘がいなくなった。


 まるで、自由を求める小鳥が籠から逃げ出すかのように。





 私、リディア・アシュベリーは王国アルタイルの名家であるアシュベリー公爵家に嫁いだ元伯爵令嬢だ。この貴族社会では珍しいことに、私と旦那様は大恋愛の末に添い遂げた。大きな障害があったわけではないが、初めは公爵家と伯爵家の家格の差から、謂れのない非難を受けることもあった。


 多分、それは単純に嫉妬から来るものだったのだと思う。私の実家は伯爵位の中では高位の方であったし、公爵家に嫁いでも不思議はないくらいの由緒ある家だったのだから。だが、気にすることは無いと頭では理解していても、若い私にとって周囲の目はそれはもう重圧となって伸し掛かってきた。そしてそれは恐らく、自分でも知らないうちに、心の奥底に薄い埃のように降り積もっていたのだと思う。


 一方で、旦那様や旦那様のご両親は、それはもう親切で誠実な方々で、決して家格の低い家から来た嫁である私を虐めるようなことはなさらなかった。謂れのない非難も私と旦那様が結婚してしまえば、アシュベリー公爵家を称賛する言葉に変わった。私は、アシュベリー公爵夫人として認められたのだ。





 それから間もなくして、私たちは可愛い女の子を授かった。旦那様似の亜麻色の髪と瞳が、本当に愛らしい子だ。


 レイラと名付けられたその子は、誰の目で見ても美しく成長することは明らかだった。何より旦那様譲りの亜麻色の髪と瞳には品があって、我が子ながら尊い身の上のお姫様なのだと実感したものだ。


 だが、同時に怖くもあった。こんなにも美しく清廉で、高貴な血を受けるこの子の教育を、私は絶対に間違えるわけにはいかないのだ。母親が伯爵家の出だということで、レイラが後ろ指を指されるようなことがあってはならない。その想いは、かつて私が若い令嬢だった時代に受けた謂れもない非難と絡み合って、次第に強迫観念のようなものへ変わっていった。


 とにかく、レイラには出来る限りの教育を受けさせねばならない。しかもレイラは、家柄や年齢から考えると、第一王子に嫁ぐ可能性が高かった。つまり、未来の王妃になるかもしれない子だ。我が子とはいえ、決して手を抜くわけにはいかない。きゃっきゃと声を上げて笑うレイラを見つめながら、彼女を完璧な令嬢に育て上げるためならば、心を鬼にすることを誓った。





 レイラは、秀才と名高い旦那様に似て、とても優秀な子だった。家庭教師たちが用意した問題に難なく正解し、マナーやダンスのレッスンも文句ひとつ零さず涼しい顔でこなしてみせる。その様子を見たときには、より優秀な家庭教師を招かなければ、と焦ったほどだ。


 レイラは、可能性の塊のような子だ。より難題に直面すればするほど、確実に彼女の教養は深まっていく。細やかなマナーを一度教えれば、翌日には既に実践に移している。ダンスのどんなに難解なステップも、必ず軽やかに舞ってみせるのだから。


 優秀なレイラにとっては、こちらの要求が甘すぎるのではないかと思い、次第に親子らしい会話をする時間よりも、公爵夫人と公爵令嬢として話し合う時間の方が増えていった。レイラは文句ひとつ零さずそれを受け入れていたし、日に日に完璧になっていくレイラを見て、これで良いのだと私も安心していた。親子の会話が無いのは寂しいと言えばそうだけれども、高貴な家に生まれた以上、仕方のないことなのだと、レイラにも分かってもらわなければならない。


 だが、ある日旦那様はぽつりと呟いたのだ。もともと寡黙な人だから、滅多なことでは私のすることに口を出さない、あの旦那様が。


「……少し、レイラに厳しすぎはしないか」


 一瞬、何を仰っているのか分からなかった。私は今も、これでレイラの教育が足りているのか不安に思っているくらいなのに。


「レイラはとても優秀な子ですわ。もっともっと完璧な令嬢になれます」


「……そうだろうな」


 それ以上、旦那様は何も仰らなかった。旦那様は、基本的に子供たちの教育は私の好きなようにさせてくれていたから、しつこく食い下がるような真似はなさらない。この日を最後に、旦那様が再び同じ話題を出すことは無かった。




 


 それから間もなくして、レイラの一年後に生まれたローゼの教育が本格化した。ローゼは私に似た派手な容姿をした子だけれども、高貴なアシュベリー公爵家の血を引いていることに変わりはない。レイラの家庭教師を引き継ぐような形で、私はローゼにも完璧な教育を施そうと考えていた。


 だが、ローゼは残念ながらレイラほど優秀な成績は収めなかった。こういうことには向き不向きがあることは分かっている。だが、だからといって勉強をさせないわけにはいかない。どうにかして公爵令嬢として恥ずかしくないレベルには引き上げなければ。


 しかし、勉強が本格化するにつれて可愛いローゼの顔は曇っていった。机に向かうのがあまり好きではないのだろう。それでも、最低限の教養は身につけさせなければという思いは変わらず、毎日のように繰り返される「今日はお休みしたい」というローゼの我儘を許さないでいた。




 だが、私はある日見てしまったのだ。可愛いローゼが、綺麗な空色の瞳を潤ませて泣いている姿を。




 その日、普段は覗かないローゼの勉強姿を見に行ったのは、本当にたまたまだった。数日後に予定されていたお茶会が中止になって、急に手持ち無沙汰になったので、ローゼの様子でも見てみようと思ったのだ。


 ローゼのために用意された書斎をそっとのぞき込んでみる。集中を乱してはいけないから、決して気づかれぬように細心の注意を払って。


 小さな手で、一生懸命書き取りなんかをしているかしら。そんな穏やかな気持ちで書斎に一歩踏み込んだ時、ローゼの姿を見て愕然としてしまった



 可愛いローゼが、泣いていたのだ。


 真っ白なままの羊皮紙を前にして、小さな手で両目を擦りながら。



「……ローゼお嬢様、分からなければもう一度説明して差し上げますから……」


 困ったような家庭教師の姿とローゼの姿を見比べ、何とか状況を把握しようと試みる。だが、可愛いローゼが泣いているという衝撃があまりにも大きすぎて冷静に頭が働かない。レイラが全く泣かない子であることもあって、私は娘の涙というものに慣れていなかったのだ。

 

「……奥様?」


 こっそり覗くつもりだったのに、家庭教師に気づかれてしまった。途端にローゼが顔を上げて私を見つめる。


「っお母様……」


 ローゼは泣きじゃくりながら私のドレスにしがみ付いてきた。普段ならば、はしたない、と注意するところだけれども、泣いているローゼを前にしてはそんな気も起こらない。


「どうしたの、ローゼ……」


「先生がね、意地悪言うの……私が、お勉強できないから……」


 思わず、まだ若い家庭教師を責めるように見つめてしまった。家庭教師は顔面を青白くさせて全力で否定にかかる。


「っ奥様、私はただ、ローゼお嬢様にわからない箇所をもう一度説明して差し上げようとしただけで……」


「どうせ私は、お姉様みたいに上手くできないわ!」


 私のドレスにしがみ付きながら泣きわめく幼いローゼを見て、はっとした。


 ……私はもしかすると、とてつもない無理難題をローゼに押し付けていたのではなかろうか。優秀な姉と同じように振舞うことを、無意識の内に要求していたのではないだろうか。


 同じ年頃のご令嬢たちに比べて、レイラが飛び抜けて優秀なことは知っていた。それはレイラの血筋と私の教育の賜物であるのだから誇りに思っていたけれど、ローゼからしてみれば、あまりにも優秀な姉を持つということはかなりのプレッシャーになっていたはずだ。


 ローゼは、レイラと比べられてばかりで、どれだけ苦しかっただろう。レイラと同じ家庭教師をローゼにあてがったのも失敗だった。彼らは優秀なレイラの講義に慣れているのだ。意地悪をするつもりなど無くとも、つい、レイラの妹であるローゼに、実力以上のものを求めてしまう気持ちは分かる。


「……可哀想に、ローゼ」


 ローゼの白金の髪を撫でれば、ふと、かつて社交界で謂れの無い非難を受けていた頃の自分の姿が重なった。家格の差という、努力してもどうにもならないことで責められるあの苦しみが、ぶわりと蘇る。


 あれとはまた質が違うけれど、ローゼもまた、どう足掻いても優秀なレイラに適わないという焦りと失望に苦しんでいたのかもしれない。


 私は、きっと気づかないうちにローゼに辛い思いをさせてしまっていたのだ。さっと血の気が引いていく。


 まだ、まだ私は間に合うだろうか。この子が絶望に押しつぶされる前に、手を差し伸べられるだろうか。


「……いいのよ、ローゼはローゼのできることをすれば」


 僅かに震える指先で、ほんのりと色づいたローゼの頬を撫でる。こんなにも愛らしい子を泣かせてしまった罪は重い。


「……本当? お母様」


 空色の瞳を潤ませてこちらを見上げるその様は、天使そのものだった。母性本能がくすぐられて仕方がない。思わず、公爵夫人としてではなく、ローゼの母親としての笑みを零してた。


「ええ、本当よ」


 目を潤ませたまま再びぎゅっと抱きついてきたローゼの頭を、もう一度だけ撫でてやる。姉と比べられてばかりの可哀想なこの子を、私だけはちゃんと見ていてあげよう。そう、心に誓った瞬間だった。







 それからというもの、ローゼにはなるべく無理をさせないように教育方針を変えた。レイラが王太子妃候補と囁かれている以上、アシュベリー公爵家はローゼとその婿が継ぐ形になるだろうから、そもそもローゼの教育をレイラほど厳しくする必要はないのだ。


 もちろん、貴族令嬢として恥ずかしくないレベルの教養は必要だけれど、ローゼを泣かせてまで急速に進める必要はない。ローゼの講義は、今まで以上にゆったりとした日程で行うよう家庭教師たちに命じた。そしてローゼはローゼとして見るように――優秀なレイラの妹だからと言って無理難題を押し付けないように――きつく言い聞かせた。


 それでも尚、やはり優秀なレイラの影がつきまとうのか、ローゼが家庭教師たちに泣かされることは絶えない。あれだけレイラと比べないようにと伝えてあるのに、家庭教師たちは何をしているかと、泣きじゃくるローゼを抱きしめながら苛立ちを覚えたときもあった。


「可哀想なローゼ、大丈夫よ。今日はもうおしまいにしましょう。すぐにローゼの好きなケーキを用意するよう伝えるわね」


「お母様……ありがとう」


 ただでさえゆったりとした日程の講義が、予定通り進まないことなど日常茶飯事だった。だが、ローゼを焦らせるわけにはいかない。レイラと同じように扱えば、この愛らしい娘の心はきっと壊れてしまう。


 旦那様も、私がローゼと過ごしているときにはよく顔を出してくれた。良くも悪くも教育に関しては放任主義な旦那様も、レイラと比べられてばかりのローゼを不憫に思ったのかもしれない。旦那様がローゼに御伽噺を読み聞かせてやっているときは、初めて彼の父親らしい姿を見たものだ。

 

 教育をゆっくり進めるようになってから、ローゼは楽しそうに毎日を生きるようになった。これで良かったのだ、と微笑みながら、愛らしいローゼの頬を撫でる。結果的に、こうして親子らしい時間を作ることも出来たのも、ローゼが私に助けを求めてくれたおかげだ。


 レイラのことを忘れたわけではなかったが、彼女は私がいなくても立派にやっていける。対して、ローゼには私が必要なのだ。母親として求められることの充足感を味わわせてくれたローゼが、私には愛おしくて仕方が無かった。







 それからしばらくして、私の教育の成果が実ったのか、レイラが第一王子の婚約者に選ばれた。王子の前で完璧な礼をしてみせたレイラを見たときには、感動して涙が出そうだった。


 レイラはもう、何も心配いらないだろう。完璧な令嬢として、王家でも持てはやされるに違いない。


 当時、レイラはまだ9歳だったが、それを確信させるほどに彼女は完璧だった。レイラは、紛れもなくアシュベリー公爵家の誇りだ。


 私は、何て幸せなのかしら。優しい旦那様に恵まれ、王子の婚約者となった優秀な長女がいて、天使のように愛くるしい次女が傍にいてくれる。これ以上、望むことなんて何もないように思えた。




 だが、全てが順調だと思っていたある日、幸せいっぱいで澄み切った私の心に、一滴の黒いインクのような、もやもやとした感情が染み渡ることになる。




 それは、レイラと婚約した王太子殿下が婚約の挨拶に公爵家に訪れたときの出来事だった。


 王太子殿下と私は、公爵家の庭を散歩しながらレイラを待っていた。殿下が少し早く到着なさったため、レイラの支度がまだ整っていなかったのだ。


 当時12歳の王太子殿下は、まだ可愛らしさの残る少年だった。絶世の美女と評判の王妃様によく似ておられるから、将来は溜息の出るほど美しい青年になるのだろう。私の完璧なレイラと並び立てば、それはもう一枚の絵のように美しいに違いない。


 私たちは他愛もない会話をして、ゆっくりと歩きながらレイラを待っていた。そんな中で、ふと、殿下が庭に咲き乱れる花を見て足をお止めになる。何やら作業をしていたらしい庭師が、慌ててその場に跪いた。


 そうして殿下は、宝石のような蒼色の瞳で花々を見つめて、ぽつりと尋ねられたのだ。


「……レイラ嬢は、どんな花がお好きでしょうか」


 殿下からの質問なのだから、すぐにお答えしようと口を開く。だが、咄嗟に言葉が出て来なかった。それと同時に、さっと、血の気が引いていくような寒気を覚える。


 ……私、レイラの好きな花を知らないわ。


 遅れてどくん、と脈打った心臓を静めるように、そっと胸に手を当てる。


 そんな、そんなことってあるかしら。私はあの子の母親なのよ。


 沈黙を不思議に思ったらしい殿下が、ちらりとこちらを見上げる。まずい、何とか答えなくては。適当な花をでっちあげることも考えたが、恐れ多くも殿下からの質問に嘘を交えることは憚られる。けれども、レイラの好きな花すら知らないと言葉にするのはもっと嫌だった。


 僅かな焦りと衝撃に急かされながら、私は視線を彷徨わせる。その際に、僅かに顔を上げた庭師と目が合った。情けないとは思ったが、私は目線で合図をして庭師に助けを求めた。


「……恐れ多くも申し上げます、王太子殿下。レイラお嬢様は、アネモネの花をお好みでいらっしゃいます」


 地面に額を付けそうな勢いで敬意を示しながら、庭師は殿下の質問に答えた。殿下は庭師を一瞥して、それから端整な笑みを浮かべる。


「……アネモネか。レイラ嬢は、可憐な見た目通り、可愛らしい花がお好きなんですね」


「え、ええ……そうですの。大層気に入っておりますわ」


 私が直接質問に答えなかったことを、追及されなくて良かった。そうほっと胸を撫で下ろしたとき、殿下は再び口を開く。


「ついでにお伺いしたいのですが、レイラ嬢のお好きな宝石は何でしょう? お好みの色は? いつも飲まれる茶葉の種類は? 動物なら何を可愛いと思うのでしょうか? どんな本をお読みになられるんですか? ……そういえば、確か刺繍がご趣味とか。刺繍のモチーフ集なんかを贈ったら、レイラ嬢は喜ぶでしょうか? ああ、でも、既に出回っている物なんてレイラ嬢には相応しくないか……。それなら、珍しい刺繍糸を取り寄せて――」


 突然の質問攻めに、呆気に取られて殿下を見つめていると、殿下は私の表情に気づいたのかふと口を噤んだ。常に冷静沈着だという噂を聞いていただけに、目の前の殿下のご様子に少々戸惑ってしまった。


「……申し訳ありません。つい……」


 殿下はきまりの悪そうな顔で、ぽつりと謝罪した。私は慌てて場の雰囲気を取りなす。


「い、いえ……。殿下がそのようにレイラのことを考えてくださっていること、大変光栄でございますわ。折角ですから、レイラのことを書面に纏めてお送りいたします」


「それは嬉しいですね」


 殿下はふっと微笑んで、私を見上げた。その微笑みは愛らしい少年の面影を伴ったものであるはずなのに、妙に緊張を強いる笑みだった。


「ずっと、言わなければと思っていました」


 殿下は笑みを崩すことのないままに、蒼色の視線で私の目を射抜いた。思わず、息を飲んで殿下を見つめてしまう。


「――あなたの大切なレイラ嬢を、僕に下さってありがとうございます。一生――いや、たとえ死んでもずっと……大事にしますね」


 その言葉と共に、殿下はもう一度にこりと微笑まれた。その笑みの中に、一片の狂気を見た気がして背筋に冷や汗が伝う。どくどくと早まった脈は静まるところを知らなかった。


 私は、本当に、この美しい王子様にレイラを渡しても良いのだろうか。


 レイラが生まれたときから王家に嫁がせるために、と厳しい教育を施してきたというのに、迷いが生じたのはこれが初めてだ。それくらい、殿下の笑みと言葉は私の不安を煽った。


「……滅相もございません、王太子殿下」


 口から勝手について出た儀礼的な言葉は、自分のものとは思えないほど冷え切っている。王太子殿下とは言え、僅か12歳の少年の笑みにこれほど怯えるなんて。これが、王家の血というものなのかしら。


「――ああ、レイラ嬢の準備が出来たようですね。行きましょうか、公爵夫人」

 

 屋敷の方を見やれば、菫色の豪華なドレスを纏ったレイラがこちらの様子を窺っていた。王太子殿下は、私よりも先にレイラの元へ歩き出してしまう。私は慌てて殿下の背中を追いながら、ついさっき感じた寒気と緊張を、ただの気のせいだと思い込むことに必死だった。







 それから、私は殿下との約束通りレイラの好みをまとめた書類を作った――いえ、正確にはレイラ付きのメイドに作らせたというべきかもしれない。


 私は、レイラのことを思ったよりも知らなかった。母親なのだから、誰よりもレイラのことを分かってあげられているつもりでいたのに、私はレイラの好きな花一つ知らなかったなんて。


 レイラの好みをまとめた書類を眺めながら、妙な焦燥感を感じた。私は、もしかすると大きな過ちを犯していやしないだろうか。もう少し、母親としてレイラと過ごす時間を作るべきだったのではないだろうか。


「……お母様?」


 気付かないうちに険しい表情をしていたのだろう。傍に寄ってきたローゼが私を気遣うように見上げてくる。本当に心優しい天使のような子だ。


「……いえ、何でもないのよ、ローゼ。今日はお庭でお茶にしましょうか」


「素敵! 今日はお空がとっても綺麗ですもの!」


 晴れやかに笑うローゼの白金の髪が、陽の光を反射してきらめいている。まるで幸せの象徴のような光景だった。


 そうだ、私は間違ってなんかない。ついついローゼとの接し方に引っ張られそうになったけれど、レイラは優秀で特別な子なのだ。私と過ごす時間が少なくても、レイラはあんなにも完璧な令嬢に育ったではないか。それこそが、私の選んだ道は間違っていないという何よりの証明のように思えた。


 殿下のことは少し気になるけれど、レイラとは最低限のお付き合いしかなさっていないようだし、あの恐怖は私の勘違いだったのかもしれない。そう思い込み、私は今までの幸せな日常を繰り返すことに努めたのだった。


 大丈夫、私の人生は順風満帆だ。何一つ不満も後悔もない、社交界の華と呼ばれるに相応しい日々を送っているのだから。

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