第8話
「お誕生日おめでとう、グレーテ!」
あれから一週間、ベスター家が暮らすお屋敷の離れには、ベスター一家の三人とリーンハルトさん、私の五人が集まり、規模は小さいもののとても温かな誕生日パーティーが開かれていた。大きなダイニングテーブルの上にはシャルロッテさんお手製のケーキや料理が並べられ、天井や空中には手作りの飾りが括りつけられている。
また、お部屋の中をふわふわと漂う優しい魔法の光がとても幻想的で、いかにも幻の王都のお誕生日会といった印象を受けた。呆気に取られて光を見つめていた私に、シャルロッテさんが「それそんなに珍しいかしら?」と言っていたくらいなのだから、この街では当たり前なのだろう。
「ほら、パパとママからはクマさんのぬいぐるみをあげよう」
シャルロッテさんの旦那さんであるラルフさんは、グレーテさんの身長と同じくらいのぬいぐるみを抱えていた。ふわふわとした見た目がとても心地よさそうだ。
「わあ! ありがとう、ぱぱ、まま!」
フリルの付いた桃色のドレスを着たグレーテさんはまさに天使そのもので、見ているだけで頬が緩んでしまう。将来はシャルロッテさん似の美しいレディになるだろう。
「僕からはこれを。グレーテは絵を描くのが好きだから、術を込めたスケッチブックと絵の具だよ」
リーンハルトさんはにこりと笑いながら、グレーテさんに華やかな包装紙に包まれたプレゼントを手渡す。グレーテさんは目を輝かせて「ありがとう、おにいしゃま!」と答えていたが、シャルロッテさんはどこか疑うような眼差しをリーンハルトさんに向けていた。
「……兄さん、変な魔術は使ってないわよね?」
「変な、とは失礼だな……。描いたものがスケッチブックの中で動く程度だよ」
さらりと言ってのけたが、そんな素晴らしい代物、子どもが喜ばないはずがない。何なら私も描いてみたいくらいだ。
「まともなもので良かったわ。私が子供のころにくれた喋る人形は不気味で仕方なかったもの……」
「酷いなあ、そんな昔の話を持ち出すなんて。あの頃はまだ魔術を習得したばかりだったから仕方ないだろう」
「でもシャルロッテは今も飾っているようですよ。俺に見せてくれましたから」
大柄なラルフさんがグレーテさんの顔ほどもある大きな手でグレーテさんの頭を撫でている。線の細いシャルロッテさんと並ぶと、ラルフさんの体の大きさは一層誇張されるようだった。
「ちょっとラルフ。いいのよ、そんなこと言わなくて!」
シャルロッテさんに小突かれながら「ごめんごめん」とラルフさんは苦笑した。そんな二人の間でグレーテさんがにこにこと笑いながらプレゼントのクマのぬいぐるみを抱えている。誰が見ても、幸せそのものの家族の姿だった。
「いいんだよ、ラルフ君。シャルロッテが素直じゃないのは今に始まった話じゃないからね。レイラにも後で見せてあげてくれよ」
「あんな不気味な人形、レイラに見せられるわけがないでしょう。倒れちゃうかもしれないわ」
大真面目にシャルロッテさんがそう言うものだから、思わずくすくすと笑ってしまった。私はそんなに弱くないというのに。どうしても、やせ細ったこの身体のせいか、この街の人たちは私に過保護になりがちだ。
「レイラおねえしゃまはなにをくれるの?」
大人たちの会話がつまらなかったのか、不意にグレーテさんが声を上げた。その子供らしい素直さと無邪気さに癒される。
「こら、グレーテ。はしたないわよ」
「えー、でも、ほしいよ!」
「大丈夫、ちゃんとご用意しておりますよ」
私はグレーテさんの目の前まで歩み寄り、小さな天使に微笑みかけた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません、グレーテさん。私からは、こちらを贈らせていただきたいと思います」
グレーテさんの目線に合わせてしゃがみこみ、薄い紙に包んだブローチをそっと手渡す。
「あけてもいーい?」
「ええ、もちろんです。気に入って頂けると嬉しいのですが……」
グレーテさんは薄い紙をぴりぴりと破ると、中から私が一週間かけて刺繍したブローチを取り出した。真ん中に鮮やかな黄色の向日葵があり、その周りに輪を描くようにアネモネやかすみ草、スズランなどの細々とした花を刺繍したのだ。なるべく見た目が華やかになるように、と色の配置にも苦労した。
「きれー! これ、どうやってつかうの?」
「それはブローチというもので、お洋服の胸元に着けるものですよ。でも、グレーテさんはまだ幼いので危ないかもしれませんから、お帽子やお人形などにつけると良いかもしれませんね」
「随分凝った刺繍ね……大変だったでしょう?」
シャルロッテさんが覗き込むようにしてブローチを見つめると、そんな労いの言葉をかけてくれる。正直、かなり頑張ったが、グレーテさんの笑顔を見ると疲れなどどこかへ吹き飛んで行ってしまった。
「私も楽しかったですから。針にだけお気をつけていただけると幸いです」
「大丈夫よ。何だか勿体ないけれど、グレーテの帽子につけさせてもらうわ」
「ええ、是非そうなさってください」
胸元に着けるのは、もう少しグレーテさんが大きくなってからでもいいだろう。帽子に着ければグレーテさんが怪我をする可能性も低くなるし、私としても安心だ。
「レイラ、あまりしゃがんでいると足が痛くなってしまうだろう。この椅子に座るといいよ」
リーンハルトさんが私に手を差し出しながら、そんな気遣いを見せてくれた。本当に、この人はいつでも私を見守っていてくれている。その手を取るたびに、安心感と共に甘いときめきが私の胸を締め付けるのだ。
「ありがとうございます、リーンハルトさん」
「あらあら、いい感じね。やったわね、兄さん」
「シャルロッテ、余計なことを言うんじゃない……」
「俺の目から見てもそう見えますよ、お義兄さん」
「ラルフもシャルロッテに似てきたな……」
どこか苦々しい顔でリーンハルトさんはベスター夫妻を見つめる。そんな横顔さえも何だか愛おしくて、私はくすくすと再び笑みを零してしまうのだった。
一通りのお食事が済んだところで、私はグレーテさんの隣に座って、リーンハルトさんに貰ったばかりのスケッチブックに一生懸命に絵を描く彼女を見守っていた。グレーテさんのお絵描きの対象は、どうやら向かい側に座ったプレゼントのクマのぬいぐるみらしい。クマのぬいぐるみはエディと名付けられ、いつの間にやら私の奥ったブローチを付けたグレーテさんの小さな帽子を被っている。
「うーん、えでぃ、むずかしいなあ。おねえしゃまかいて!」
「私は花の絵ばかり描いていましたもので、こういった可愛らしいものは描けないのですよ。それよりも、グレーテさんが描いて差し上げた方が、エディもきっと喜びますわ」
「じゃあ、えでぃ、あとにする。さっき食べたケーキかく!」
「ええ、いいですね」
シャルロッテさんの画力はなかなかだ。記憶力もいいらしく、今はもう切り分けられてしまったケーキの元の形をすらすらと描いていった。最後に4本の蝋燭を描くと、グレーテさんは満足いったように私に見せた。
「できた! ケーキだよ!」
その瞬間、「できた」というグレーテさんの声に反応して、グレーテさんが描いたケーキの蝋燭に紅い光が灯った。絵の具が光ってゆらゆらと揺れる様は、まるで本物の蝋燭を見ているかのようだ。リーンハルトさんは魔術を込めたスケッチブックだと言っていたから、きっと魔法が発動したのだろう。グレーテさんよりも私の方がずっと驚いてしまった。
「お上手ですね、グレーテさん。後でお母様やお父様にも見せて差し上げてくださいね」
リーンハルトさんとラルフさんは、誕生会の夜のために予約していたお酒を取りに街へ行っており、シャルロッテさんはキッチンで食事の後片付けをしてくださっている。この素晴らしいグレーテさんの絵を早く皆さんにもお見せしたかったが、少し待つしかなさそうだ。
「お姉しゃまは、ろーそく、何本たてるの?」
蝋燭を立てた誕生祝のケーキなんていう温かなものに出会ったのは今日が初めてなのだが、年齢のことを訊いているのだろう。私はグレーテさんに微笑みかけながら答えた。
「私は18歳ですので、次の誕生日には19本立てることになるのでしょうね」
「18しゃいなの? じゃあ、まだ生まれてからそんなにたってないんだね! グレーテといっしょ!」
4歳のグレーテさんにそんなことを言われてしまうとは。その可愛らしい無邪気さに、思わず吹き出すように笑ってしまった。大真面目に言ってのけたところがまた可愛らしい。
「ええ、そうですね。確かに、私はまだ若者と言っても良い年齢ですね」
「グレーテ、ぱぱとままのお年も言えるの! えっとね、ままが25しゃいでね、ぱぱが30しゃいなの」
面と向かって年齢を尋ねたことは無かったが、シャルロッテさんは7つも年上だったのか。グレーテさんがもう4歳になることを考えれば、少しも不思議ではないのだけれど。
そうするとリーンハルトさんは20代後半くらいかしら、と推察するもあの整いすぎた顔立ちのせいなのか、もう少し若く思えてしまう。
「それでね、それでね、りーんはるとお兄しゃまは20しゃいだよ」
自信満々に言ってのけたグレーテさんに、私は微笑みながらそっと訂正を入れる。
「リーンハルトさんはグレーテさんのお母様のお兄様なのですから、お母様より年上でなければおかしいですわ。もう一度、お母様に伺ってみてください」
グレーテさんの目から見ても、リーンハルトさんは若々しく見えるのだろうか。だが、グレーテさんは不思議そうに私を見上げて告げる。
「お兄しゃまは、20しゃいだよ? もう、なんびゃくねんも、ずーっと」
「……え?」
「ままも、ずーっとずーっと20しゃいだったけど、ぱぱにであえたから年をとれるようになったんだよ! でも、お兄しゃまはまだ『うんめいのひと』にあってないの」
不意にがしゃん、と食器の割れる音がして振り返ると、どこか青ざめた顔をしたシャルロッテさんが立ち尽くしていた。彼女の足元には割れたティーカップが散乱している。
「……グレーテ、まさか、レイラに話してしまったの?」
「うん! だって、お姉しゃまもおんなじなんでしょう?」
「違うわ、グレーテ。レイラは……レイラは知らなくていいことだったのよ」
シャルロッテさんは血相を変えてグレーテさんの肩を掴んだ。途端にグレーテさんの大きな瞳に涙が溜まる。
「ご、ごめんなしゃい……まま」
状況はつかめないが、涙目になるグレーテさんを前に私は咄嗟に笑みを浮かべた。きっと、聞かれてはまずい何かだったのだろう。大丈夫、知らない振りをするのは得意だ。
「あ、あの……シャルロッテさん、私、何も聞いていませんわ。だからどうか、グレーテさんを責めないで差し上げてください」
あれだけ得意だったはずの作り笑いが、いつの間にか引き攣るようになっている。それだけ、ここに来てからは自然な笑みを浮かべることが多くなったということだ。私に本当の笑顔をくれた人たちとの関係を崩したくない。
「……いいえ、感情的になって悪かったわ。グレーテのせいではないし……いずれ、レイラも知ることだったもの」
シャルロッテさんの瞳に、決意を固めたような強い意思が宿る。
「……全て、お話しするわ。私たち、ルウェインの呪われた血について」
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