それでも日常は踊り続ける

30, capricious as usual,



 やたらピカピカしたくす玉が、ぱーんと割れる。


 落ちきった垂れ幕には墨跡鮮やかに「祝・釈放」とか書いてある。よく見たらくす玉は、先日の除幕式の時のやつの使い回しだった。

 誰かがもらってきたのだろう。誰が?


「先輩、おめでとうございます」

「うん、まぁ、ありがと。なんか、みなにも心配と迷惑かけて、悪かったな」


 いつもの宿屋にいつものメンツで、釈放記念を口実にした飲み会である。

 当然のようにお洒落勇者たちもいる。そしてついでになぜかティエラ。


 先だっての逮捕騒動は、襲撃の後に少し尋問されたものの、なぜか送検されずうやむやのうちに釈放されて終わった。

 ほんとなんだったのか、さっぱり分からない。


 頼れる弁護士さんシュエットの憶測によると、もともとが陰謀くさい逮捕であることだし、どこかから横やりが入ったのではないか、ということだ。いい加減にしてほしい。


 でもそれだけでもないだろう。

 まずあの襲撃で、捜査員が相当の打撃を被った、というのがある。

 ティエラが中央警備塔の刑事たちを全員病院送りにしてしまったのだ。


 別にティエラが暴行を働いたのではなく、敵にのされて気絶していた刑事たちをそっくり病院へ輸送し、病院側も万全の体制で受け入れ大量の精密検査を実施、万が一を懸念して全員強制入院の上、一晩じっくり経過観察をするという手厚い看護をしちゃったのである。


 ついでに携帯の捜索に出ていた刑事たちも半分ほどが襲撃に巻きこまれ、少なからず負傷した。

 普段が首都住まいの彼らは一様に敵慣れしておらず、しばらくはうなされるだろう。


 そして襲撃の後、世論という名の風当たりが一気に強まったのも、きっと無関係ではない。

 曰く「顔を見ただけで敵が悲鳴をあげて逃げ出すようなやつが、どうがんばっても敵と通謀できるわけがない。どっちかというと、敵を脅迫してなんかしてるんじゃないの?」とか。


 大きなお世話だ。


「大丈夫ですよ、先輩。私たち、そんな心配してませんでしたから」


 リピスが明るく言い放つ。そこは心配してたことにしてほしい。


「ほんとですよ。折角危険を冒して携帯のデータ読めなくしたのに」


 クレオが顔をしかめる。

 携帯は、遺失物として警察署に届けられているのを刑事たちが見つけてきた。しかしそのときにはクレオの手によってデータが消去され、メモリーカードも差し替えられ、そのうえ中で基盤が真っ二つにされていた。

 手の込んだ破壊っぷりだ。


 やっと着信音に慣れてきたところだったのに、携帯さんはお亡くなりになった。


「そう。それで、これがぼくたちから先輩さんへのお祝いです」


 アイスが紙袋を差し出す。中身が携帯だというのは先に聞かされていたので知っている。


「おー、ありがと。開けるぞ」


 メタリックブルーのスマホが出てきた。

 先にクレオがデータを入れ直してくれてある。なんだか前のよりも軽いし、メニュー画面もシンプルでいい。


「うん、なかなかいいな、これ」

「良かったー。けっこうみんなで悩んだんですー」

「最終的にクレオがそれなら先輩でも使いこなせるって言ったんで、それにしたんすよ」


 なんかちょっと引っかかる言い方だ。もしかしてこれはあれか、お年寄り向け携帯。


「それは投げないで下さいよ」

「分かってるって。大事にする」

「あー、おれも見たかったなー、携帯投げ」


 亜麻色くんがさも残念そうに言い、スポーツマンが同調する。


「ああ、話を聞くだけでは、どうも想像がつかない、というか」

「あーもう、その話はいいだろ。想像とか、しなくていいから」

「うん、あれは、目でも見ても信じられない光景だった」

「マジだよ。ケータイぶんぶん投げるわ、全部当たるわ。おかしーだろ」


 お洒落勇者とチャラベストが、複雑な顔で勝手なコメントを吐く。


「だいたい顔を見ただけで敵が逃げ出すって……。いつもああなのか?」


 後半はティエラに向けた質問らしい。酒を飲んでいたティエラは、水を向けられて小首をかしげた。


「まぁ、おおむね。でも大丈夫。奇襲にすれば、逃げる間を与えずにすむから」

「なにがおおむねだよ! あんなこと、そうそうないって。あの時はなんかたまたまノントスプケニリィーチが精神病んでたとかだって、絶対」


 ティエラに「はいはい」といなされる。


「一体なにをどうしたら、敵から恐怖の大王みたいな扱いを受けるようになるんだ……? いや、別に知りたくないから、教えてくれなくて全然かまわないが」

「最近先輩って、敵から『鬼』とか『第三類』って呼ばれてませんか?」

「ぶっちゃけ人類に含まれてないっすよ、先輩」

「やべぇだろ、ソレ」


 勝手な話でみんな盛り上がる。もう好きに言えよと投げやりな気持ちになる。


「おい、お前になんか封筒届いたぞ」


 裏口から入ってきた宿屋の親父から一通の封筒を渡される。

 市役所はギルド課の名入りの封筒だが、そんなものが届くのは珍しい。なんかまた変な報せじゃないだろうな。


 適当に口を破る。中は紙一枚きりのようだ。

 引っぱり出すと、明朝体で「辞令」と書かれた紙だった。

 書かれた氏名は間違いなく自分。本分はひどく簡潔にあっさり一行「国の定めるところに従い勇者に任ず」だけだった。


「はい?」


 分けがわからず、間抜けな声がもれる。なぜ今、このタイミングで、勇者?


「どうした?」


 宿屋の親父が辞令を覗きこむ。そしてやはり「は?」と困惑顔になった。


「……逮捕の次は勇者って、なんだこれ」


 二人で相当変な顔をしていたのだろう。

 みながどうしたどうしたと紙を見に来る。そして見て、驚き戸惑う。


 とりあえず辞令を封筒にしまい、カウンターの隅っこにそっと置く。


「……俺はなにも見てない、俺はなにも見てない」

「いや、ダメだろ。とりあえず、誰か、事情を知ってそうな人に連絡してみろって」


 お洒落勇者につっこまれた。仕方なく、辞令をもう一回引っぱり出す。辞令には国王、首相、小鞠市市長(!)、小鞠市ギルド課長の署名が連ねられている。

 とりあえず、ザイン課長?


 プレゼントされたばかりの携帯を使って、ザインの携帯を呼び出す。


 たっぷり七コール待たされ、「もしもーし」と脳天気な声が響く。

 名乗るのもそこそこに辞令の件を問いただす。


『あー、それね。ちょっと待ってて』


 なぜか待たされ、電話の相手が変わった。

 声を聞いた途端に脊髄反射で起立、直立する。


「ボス!!」

『大声を出すな、うるさい』


 なんでザインの携帯にボスが出る!?


『辞令は受理したな? つまりお前は今日付で勇者に任命された。喜んできりきり働け』

「や、でも、なんで? 勇者? しかも今?」

『なんでもなにも、公正取引委員会が勧告を出したからだ』

「公正取引委員会? 勧告?」


 今ここで言う公正取引委員会とは、敵と人間との間に設けられた折衝機関のあれだろう。

 ますます分けがわからない。


『つまり。今までの勇者候補というクラスでは取引上不公正が発生するから、勇者にクラスを上げて、お前から奪取できるポイントを増やせ、と』

「……………………」


 そんな理由。あるのか。


 いまいち納得がいかないうちに、ボスがさっさと切ろうとする。


「あ、ちょっと。俺、聞きたいことがいろいろあるんだけど」

『だからタメ口きくなと言ってんだろうが!』

「すいません。えっと、」


 いろいろありすぎて、なにを聞いたらいいか分からない。


「今回のこと、ボスはどういうつもりだったん、ですか?」

『あ? 今回のこと? それはあれか、他の勇者候補の招聘とか、お前の逮捕とかか?』


 確信する。ボスは、きっちり全部把握したうえで静観していた。


「そう! 市長の暴走を許してただろ? 俺、ひどい目に遭った、んですけど」

『ああ? なにか文句あるのか? おかげで市長の弱みも握れたし、ずいぶん仕事が楽になった。終わりよければすべて良し、だろ』

「よかったのはあんただけだ、俺は全然よくない!」

『最後にはちゃんと助けてやっただろうが』


 どうやら横やりを入れたのは、この人らしい。


『そのうえ勇者にまでなれて、なんの不満がある?』

「いや、それにしたって、ひどいって!」

『これもいい勉強だと思うんだな。さすがにお前も少しは思い知っただろ。これに懲りたら、二度とシュヴェーレンを茶に誘うな』

「は」


 てっきり、市長を粗略にするなとか仕事の仕方に気をつけろとか、そういうお説教が来るものと思ったのだが。


「まさか。まさか、ボス。今回ずっと黙認して事態をこじらせたのって、俺が美人秘書をお茶に誘ったのが気に食わなかったから……?」

『そうだが? 分かったら以後気をつけろ』


 ブチッと乱暴に通話が切れる。


「…………」


 この半月あまり、本当に苦労したのだ。

 颯爽と現れたムダにカッコいいお洒落勇者に脅かされ、うるさく言われ、ときにぶつかり不愉快な思いをした。

 街を守るため奔走もしたし、挙げ句に濡れ衣で逮捕されて拘束されるし殴られるし、散々だ。


 そのきっかけが、市長美人秘書をお茶に誘ったことだとはまったく思わなかった。

 というか、茶に誘ったこと自体忘れかけてたのに。


 まったく、不条理なことだらけだ。


「で? どうだった?」


 まわりが小うるさく聞いてくる。


「いまいち理由が納得いかなかったけど、とりあえず勇者に任命されたのは確かだった」


 おおーと感嘆のどよめきが上がる。

 とりあえず、任命理由は隠しておこう。絶対。


「すごいじゃないですかー!? おめでとうございます」

「本当にすごいな。俺からもお祝いを言うよ」

「あっと、それなら釈放祝いなんてしてる場合じゃないっすね」

「あらためて勇者祝いにしないと」

「もっかいくす玉わる?」

「とうとううちも勇者の宿か」

「また給料が上がるんでしょう?」

「景気よくおごってよ」

「ジュースもう一杯飲んでもいいですか?」

「てか、お前らはなんでもいいから飲んで騒ぎたいだけだろ!」



 すっかりいつも通りのただの飲み会である。


 まぁ、冒険者なんて仕事をするやつらは、このぐらいのほうがいいのだろう。

 なにか起きても大抵のことは、日常の範疇。




 というわけで。なんかよく分かんないが、勇者になった。





   “にちじょーかぷりっちょ” 終わりよければすべてよし

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