postlude

おまけ話

勇者はコーヒーブレイクで夢を見る

 ヒートアイランド現象のせいだろう。今年も残暑は長く尾を引いている。

 戻ったパーティーのオフィスは冷房が効いていた。ガーウェイ・エグザグラムは息を吐きながらネクタイを緩めた。

「お。おかえり。話、なんだった?」

 声をかけてきたのは、ヴィルトカッツェのメンバーの一人であるルーデリックだった。留守番なのだろうが、ソファに寝そべり涼しそうな顔でチョコミントのアイスを食べている。うらやましい限りだ。

「ただいま。少し、面倒な話だった」

「あれま」

「また皆にも迷惑をかけるかもしれないが」

 資料の入った封筒をルーデリックに渡す。ついでに引き換えでアイスを奪い取った。向かいのソファに体を投げ出し、アイスを口へ運ぶ。冷たくておいしい。熱せられていた体がクールダウンする。

「……冷凍庫にあるのに。いいけど」

 起きたルーデリックが、ガサガサと紙束を取り出す。

「ふうん、救援、ね。まぁ、エグザグラムのお父上直々のご依頼じゃあ、断りようはないわ」

「ほんと申し訳けない。どうせどこかのお偉いさん経由の話で、恩を売っておきたいとかその程度の理由なんだ」

「はは、だろうな。けど、そんな俺らに申し訳けがるなよ。お前も俺らも、十分すぎるほどエグザグラムの名前は利用させてもらってんだし、これだって報酬はきっちり払ってくれる仕事、なんだろ。ただ働きさせられるならアレだけど、仕事貰えんのはむしろありがたい」

「普通の仕事ならともかく、裏にあの人たちの利益やら利権やらが絡んでるのが嫌なんだ」

「はいはい。俺はお前のそういう潔癖なとこ好きだけど。仕事は仕事だろ」

「好きとか言うな、気持ち悪い。それに、もう他の仕事が入ってるんだから、急に言われたって困るんだ」

 ガーウェイがそう言うと、ルーデリックは壁のカレンダーに目をやり「まじだー」と声を上げた。

「んー。でもまぁ、新人も育ってきたし、メンバー考えて調整すれば、なんとかなる話だし、」

 困るほどじゃないだろ、と言い、手早く資料を繰った。

「北明市の仕事は俺が代わりに行けばいい。イーリスたちには仕事を早めに切り上げて戻ってもらって。したらデルが戻るだろ、あいつは知らない街の救援こういうの向きだから連れてけよ」

 デル、ことデルディーアは、ヴィルトカッツェ内一の探索屋サーチャーであり、ガーウェイもルーデリックもその能力の高さを信頼している。

「それは確かに、デルいれば助かるが。戻ってすぐ行くとなると嫌がるだろう、あいつ」

「だろうな。でもお前に頼まれたら嫌とは言えないヤツだから。大丈夫だろ」

「その言い方には、語弊があると思う」

「事実だろ。スケジュールは調整してやるから、嫌な仕事なんてさっさと終わらせて、向こうでちょっとのんびりして来いよ。……ふうん、小鞠市ね。聞いたことないな。温泉でもないか?」

「俺もあまり知らない。さっき地図で見た限りでは、とりあえず温泉マークはなかったが」

「そりゃ残念。ま、人口からして、平凡な中規模地方都市いなかな感じか。産業に観光入ってないし、どっちにしろデルが遊ぶようなとこはなさそうだ。むしろすぐに帰って来たがるか?」

「ああ、うん、目に浮かぶ」

「救援理由は赤字からの回復、か。ええと、戦況データは……、これか。うん、紛うことなき赤字だな」

 ガーウェイが見られるよう、ルーデリックがページを向けてくる。過去一年分の彼我のポイントが表で並んでいる。一瞥だけで分かるほど、数字は大きく傾いていた。

「……ひどいな」

「ああ、でもまぁ、保護地帯から離れた地方なんて、どこもこんなもんだけどな。この感じだと、戦闘メインの仕事になるか……ダンジョン陥落おとせれば手っ取り早いな」

 ルーデリックの言うとおりだった。敵の拠点となっているダンジョンを攻略すれば、イコール敵の攻勢を削ぐことになる。簡単なことではないが、ダンジョン一つ閉鎖するだけで、戦況が大きく変わることも少なくない。

「でも、それで赤字が回復したとしても、一時的な効果しかないからなぁ」

「依頼は“救援”なんだから、一時的な回復でも十分だろ」

「それはそうなんだが。でも、それでいいんだろうか」

「ガーウェイは相変わらずクソ真面目だな。俺はお前のそういうとこ好きだけど」

「だから、さらっと好きとか言うな、気色悪い」

「はいはい。恒久的な赤字回復とか、正直不可能だろうから。できることと言えば、せいぜい滞在中に現地の冒険者の連携を組織して失点を減らすぐらいだろ」

「“水岩レポート”だな」

「ああ、うん、そう。水岩市の連携みたいなやつ。というか、よく覚えてるな、よくさらっと出てくるな」

「試験で出た」

「だったっけ? ま、アレが理想だけど、実際はこれだけ赤字出してる小鞠市冒険者の状況次第、にはなるだろうな」

 ルーデリックがさらにパラパラと資料をめくる。チョコミントを食べ終えたガーウェイは口が渇いて立ち上がった。ルーデリックにも聞くと「ホット」と返えしてよこす。これだからずっとクーラーの効いた部屋にいたやつは、と思いつつ、二人分のコーヒーを容れた。

 アイス食べて冷えたとこにアイスコーヒーはやっぱりいらない。

 戻ると、ルーデリックが思いのほか難しい顔で資料を睨んでいる。

「どうかしたのか?」

 マグを前に置くと、ルーデリックは眉間にしわを寄せた顔を上げた。

「いや、別にどうしたというわけじゃないんだけど」

 首をひねりながら言葉を続ける。

「赤字がひどい割には、年間損害額や死傷率はさほど悪くない、というかかなり低くて。こういうのって、大抵比例してるもんだろ。ちょっと違和感あるなぁと思って」

 戦況を測る上で問題になるのはポイントの赤字だけではない。街や個人の財産への損害、冒険者と市民の死傷率、経済状況など全体ひっくるめての戦況悪化だ。

「まぁ確かに。でも損害や死亡が少ないってのはいいことだ」

「うん、いいことだ。数字で見る限りじゃ、冒険者の数も平均レベルも悪くない。むしろいいぐらいだ。でも、それなら、」

「それなら?」

「赤字になる……被奪ポイントが悪くなるのは、どうしてだ?」

 沈黙が流れる。それからしばし黙ってコーヒーを飲みながら考えてみたが、これといった解は得られなかった。

 ルーデリックが「ま、いいや」と明るい声を出す。

「考えて分からないことは、とりあえず置いとこう。なにか深刻な問題があるとも思えないし」

「……そうだな。デルに詳しくデータ分析してもらえれば、またなにか分かるかもしれない」

「あとは実際に行ってみないことには、分からないこともあるだろ」

「ああ、気をつけて見てみる」

 ひとくちに冒険者と言っても、その実体は街によってかなり異なる。戦況も市民も雰囲気も然りだ。セオリーは大事だが、セオリー通りにいくことなんて、ほぼない。

「ところで、ガーウェイ」

 改まった口調で名前を呼ばれた。それは珍しいことで、内心驚いて顔を上げる。

「これ、読めばすぐに分かることだから先に言っとくけど。この街、勇者いるわ」

 面倒くさい。反射的にそう思ってしまったのが顔に出たのだろう。ルーデリックから気遣うような、たしなめるような視線が飛んでくる。

「勇者、というか勇者候補だけど」

「……どこのやつか、分かるか?」

 あまたいる冒険者のうちよりその実績の秀でるもののみに与えられる称号“勇者”。などという規定はとうに形骸化し、どこかのお偉いさんたちの都合や引きで選ばれることがほとんどで、つまりは彼らの既得権益を守るために使われるのが関の山である。

 バックのお偉いさんや出身による派閥だとか力関係だとか上下関係だとか、とにかくあちらこちらに相当気をまわさなければ大変な軋轢を生むこと必至で、想像しただけで煩わしい。――願わくは、せめて対立派閥の勇者候補でなからんことを。

「さすがに詳しくは分からんけど、……ひょっとするとひょっとしなくても、“叩き上げプロパー”じゃないか、こいつ」

叩き上げホンモノ!? 珍しいな」

 僅かではあるが、やはり上の押し引きやらとは関係なく、どうしても勇者にするしかない実績やら事情やらから勇者になるものもいる。叩き上げとは、そんな本物勇者を偽物勇者が揶揄して言う言葉だ。本当は使わない方がいいのだろうが、でも便利だから使う。

「候補だからな。勇者はほんと珍しいけど、候補ならちょいちょいいるだろ」

「ああ、でも珍しい。……叩き上げは叩き上げで、なんか経歴とか自負とか縄張り意識とか強くて、扱いづらいんだよな」

 やはり長年冒険者として実績を上げている者が多く、相性的に水と油なのだ。

「たぶん向こうもまったく同じこと思ってる。大して実力もない若造のくせに引きだけで勇者になったボンボンは、顔もプライドも傷つけないように気使わないといけなくてメンドクセー、みたいな」

「……分かってる、そんなことは。どうせ俺は若輩だよ」

「悪かった、いじけるなよ。ところで、この勇者候補、年下だから」

「は!? 年下?」

「うん、年下。だからひとまず、お前の方が若輩ってことは、ない」

「いや、それ、叩き上げの勇者より珍しいって! 自分で言うのもなんだけど、俺だって異例の若さで勇者候補って言われたんだぞ。え、さらに年下って、ありえない」

「でもそう書いてあんだもん」

「ちょ、そこんとこ詳しく!」

「さすがにそんな詳しいこと書いてない。レベルとかはさすがに高いけど、特に勲章はないし。あとパーティーは、」

 唐突にルーデリックが言葉を切る。なにを思ったのかめくって裏を見る。さらに持ち上げ光に透かす。黙ったまま資料をテーブルへ戻し、腕を組んでうーんと呻った。

「ボッチだな!」

「どゆこと!?」

「だって、パーティーのとこ、“ハイフン”になってっから。ハイフンて名前のパーティーか、でなきゃもうこれはパーティー組んでない単独行動者ソロしかないだろ」

「…………」

 だろ、と言われても、絶句して答えられなかった。

 一人て……勇者、パーティー組めなかったんだろうか……え、なにかの間違いじゃなくて……? だって年下なのに、二十年三十年続けてきた実績が認められたとかじゃないだろうし、ただただ純粋に実力だろうに。しかも一人ソロ。一人っきりの実力。本物ガチだ。

「……真性の勇者だな」

 一体どんなやつだろうか。若くして実力で認められたソロの勇者は。

「……ガーウェイ。あんま、妙な期待するなよ。裏切られて、しょんぼりしてるとこ見んのキツいから」

「あ、ああ。うん、大丈夫、分かってる」

 ガーウェイは、あきれ顔で心配する親友に、はにかんだ笑みで頷いて見せた。


 別に期待するわけではない。でも、やはり少し気になってしまう。

 本物の勇者。

 それはガーウェイの夢、なんて大仰なものではないけれど。

 始まり。

 家にも育ちにも人より恵まれ、安全なところで安定した将来が約束されていた少年が、周りの反対を押し切って冒険者になった理由。

 この国のこの時代に生まれた以上、傍観者でなく当事者として、持てる力を一人でも多くを助けることに使いたい。なんていう面接用の志望動機タテマエではないし、まして父を説得するのに使った出世展望ウソはったりなんかじゃない。

 家族にも先生にも親友にも仲間にも一番大事な許嫁ひとにも、誰にも一度も話したことはなかったが。

 ほんと言うと、アニメだった。

 小さい頃テレビでやっていて、夢中で見ていたアニメ。主人公ではなくて出番は少なかったが、勇者のキャラがいた。出しゃばらず、影からそっと主人公らを助ける、でも実はめちゃくちゃ強いという格好良さに心底憧れて、少年は冒険者を目指すことにした。

 もちろん、あのアニメの勇者みたいな勇者が現実にいないことはすぐに理解したし、自分があんな勇者になれると夢見たわけではないけれど。

 それでも、あの本物の勇者が紛うことなき、きっかけだから。

 もし、この世界に本物の勇者がいるのなら、なにがなんでも会ってみたい。歳が近いのなら、ともすれば良い友人にさえなれるかもしれない。

 どんな出会いになるだろう。どんな風に出会うのが良いだろう。第一印象は大事だから。最高の舞台で最高の登場を。そして勇者に意識させてやろう。


 そんなわけで――



***



「で?」

 ルーデリックが久しぶりの顔をかしげて聞いてくる。場所は帰ってきたヴィルトカッツェのオフィスである。

「でまぁ、市長に派手に紹介してもらったわけだけど。……勇者、ずっと下向いて携帯いじってた!」

 完全に無視だった。一度も顔を上げようとしなかった。ずっと睨んでたらそれに気づいたティエラがちょんちょんしてくれて、それでやっとこっちを見た。「あれ、なんか知らない人いる」ってすっとぼけた顔をした。アウト・オブ・眼中だった。

「イラッとしたのは分かるけどさ、その後なーんであんな上からいっちゃうかな」

 と続けたのは、チームとして同行したリュウだ。

「う。そういうつもりはなかったんだが」

「しかも、必要以上に突っかかってくから、ほんとヒヤヒヤしたぞ」

 渋い顔でソトアも続く。

「うぁ、でも」

「そのくせひょいひょい近づいてって『宿屋紹介してくれ』って、どんな神経してんだか、正気を疑ったっつーの」

 デルまでもがダメ出しをしてきた。

「それは、だって……」

 こらえきれずにルーデリックが吹き出す。

「それで定員の車に乗り込めって、空気耐えられないよな……」

「そうそう、おれ、荷台に逃げたし」

「オレは寝たふりしたわ」

「………………」

 話せば話すほどルーデリックは笑い転げ、ガーウェイは渋い顔になっていく。

「てか、こんな前振りでそんな笑ってんじゃ、この先の話聞いたら笑い死ぬぜ、お前」

「うん、死ぬよー。なんか、すっげーもん」

「ああ、ここからもっと面白くなるぞ」

「え、まじで? それは聞くのが楽しみだな。でもまぁまずは」

 ルーデリックがニヤニヤとガーウェイに問いかける。

「それで。ガーウェイ、勇者はどうだったよ?」

 この一ヶ月ちょっとの出来事を思い出し、ガーウェイは渋面を解いた。

「……想像してたのとは違ったけど、まぁ期待以上だったよ」



おまけ:勇者はコーヒーブレイクで夢を見る 了

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