29, 今日もいつもと変わらぬ日が沈む



 ノントスプケニリィーチが、悲鳴をあげて身をひるがえした。


「ぎゃーっ、鬼だーっ、殺されるーっ」

「えっ! あ、おいッ!!」


 咄嗟のことに制止する間もなく、ノントスプケニリィーチが逃げ出す。

 それにつられたのかなんなのか、辺りの敵がみな半恐慌状態で走り出す。


「鬼はパくられてたんじゃねーのかよぉおおおお」

「ちょ、いや、こら、おい、なんで逃げる! 人の顔見て逃げるって、どういう料簡だ、おい!! こら、落とし前つけろっ、逃げんなー!!!」


 反射的にポケットへ手をやるが、あいにく武器になりそうな物がなにもない。


「勇者、これを使え!」


 誰かが声をあげ、ほどよい大きさのなにかを投げて寄こす。


「おうらッ」


 考えるより先にキャッチして全力投擲。投げやすい重さのそれ、もしや携帯ではと思うと同時に見事にノントスプケニリィーチの逃げる後頭部へカツーンと当たった。


 が、一撃程度でどうにかなる相手ではない。


「これも使ってくれ!」


 別の親切な誰かがご親切に携帯を放ってきた。仕方なくもう一発投げつける。

 それを皮切りにこれもこれもと居合わせた親切な市民の皆さんが、自発的に携帯を供出してくださる。


「いや、もうこっちにケータイをトスすんな! いらねーよ、ケータイ」


 それでもトスされた携帯を放り出すわけにもいかず、できる限り全力投擲する。

 ひとつとして過たず、ノントスプケニリィーチにヒットした。さしものノントスプケニリィーチも、後頭部を押さえて失速する。


 好機到来。

 すぐさま走っていって、低くなった後頭部を狙って跳び蹴りをかます。

 物理法則に則って、ノントスプケニリィーチが前のめりにこける。いっしょに倒れながら、首関節を逆方向へひねる。


 ぐあと声をあげ、ノントスプケニリィーチが沈黙した。


 とりあえず首魁は倒した。近辺の敵はすでに雪崩を打って逃げ出している。

 襲撃の中心がなくなれば、敵の勢いは次第に弱まる。他の敵もじきに引き上げるか、冒険者たちに各個撃破されるだろう。

 追撃と残党狩りで、襲撃は終息だ。


 どこからともなく拍手が起こる。みながばんばんと背中を叩きに来る。


 でもなぜだろう、釈然としない。なにかとんでもない失敗をしでかしたような。


 近くに来ていたお洒落勇者をふり返る。

 そっと目を逸らされた。チャラベストが、なんか憐れみの目を向けてくる。


「……なに、俺、なにした……? なんか、今のやばかった?」

「いや、いいんじゃないか。人としては間違ってたかもしれないが、冒険者としてはおおむね間違ってなかった、と思うし」


 人としては間違っていたらしい。なぜ。だって携帯をトスしてきたのは周りの人たちだし。あの場合はああするしかない、よな。


「先輩! ほんとに先輩っすか!!」


 人をかきわけ、後輩パーティーのレインフィールドまでやって来た。

 比較的近くで仕事をしていたらしい。無傷とはいかないが、比較的元気そうでほっとする。


「出て来られたんすか?」

「急な襲撃で、先輩がいないんで焦りました」

「でも、戦ってた敵が途中で逃げちゃったんですよー」

「あとちょっとでポイントだったのに」

「あれ、先輩さんがしたんですか?」


 くちぐちになんか言ってくる。でも一人足りないな、と思ったら、レッタはすでにノントスプケニリィーチに張りついて観察を開始していた。


「いや、俺はあんまりなにもしてない、んだけど」


 適当にはぐらかしておいたほうがいいような気がする。


 まだ騒然とした空気は残っているが、なんとなく片付けが始まる。折衝地帯の街は逞しいから、そのうちまたすぐに日常に戻る。


 ビュフェルが首から下げた携帯から緊急ラジオ放送が流れている。いまだ緊迫感を持ったそれが、微妙に空気とそぐわない。


『現在の被害状況はいまだ不明です。FMコマリは情報を広く収集しています。サイトの投稿フォームやSNSから皆様の状況をお知らせ下さい』


 珍しく真面目な声でDJスズキがしゃべっている。でもそのうち、終息に向かう状況がラジオにも伝わるだろう。


『――ただいま連絡が入りました。さきほど葵北町近辺で、襲撃の首謀と目される敵の撃破に成功したそうです。敵も全体的に撤退を始めており、襲撃は終息に向かいそうです。しかしまだ危険な状況から脱していない地域もあります。油断しないで下さい』


 空を見れば、ずいぶん日が傾いている。今は何時なのだろう。


『判明している詳細と被害状況をお知らせします。有玉町方面から侵攻した敵勢力は、破壊と強奪を繰り返しながら拡散、しかし葵北町で襲撃の首謀が撃破され、敵勢力は瓦解しました。その際の、ぶっ』


 急にスズキが噴きだした。

 気が緩んでぼうっとしていた人々がみな、ビュフェルのラジオに注目する。


『え、これまじで? あ、そう。読んじゃっていいの? まぁいいか』


 なんか、嫌な予感する……。


『えー。敵中心勢力が葵北町において襲撃行為にいそしむところへ、つまり例のね、いるはずのないお騒がせなあの人が、なぜか半ギレで現れ、それを見ただけで恐れをなした敵及び首謀者が勝手に崩壊、逃亡しようとしました。で! マジギレしたテ、例の人が例のごとくケータイをぶん投げ首謀を撃墜。襲撃は無事止められたそうです』


 途中からスズキがげらげらと笑い出す。というか、またスズキがやってくれた。


『あー、もう。なんでこの人は。顔見て敵が逃げ出すとか、相変わらず顔パス健在! しかも武器ケータイ! なんなんだろうね、ほんと。もう街の外にずっと立ってたらいいよ。そうしたらきっと襲撃なんか起きないからさ』


「先輩、またやったんですか?」

「違うっ! 微妙に事実と違うから! な、そうだよな」

「え、いや、どうだろう。それほど間違った情報でもない、と思うが」

「つーか、『また』なのか、あんた」

「やっぱり。最初手こずったわりに、急に敵がひいたから、なにか妙だと思ったんですよ」

「さすが先輩さんですね」


 スズキのせいで、またしばらくからかわれる羽目になりそうだった。


 今日は本当に最悪だ。ろくなことが起きない。鬱憤は晴れるどころか、むしろ溜まった。

 くるり、ときびすを返す。


「あれ、先輩、どこ行くんすか?」

「帰る。牢に」

「え、なんでですかー?」

「だって釈放されたわけじゃねーし。お前らも残党狩りとか救助とか片付けとか、さっさと行けよ。仕事はいっぱいあるだろ」


 なにもかもが不本意だ。



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