27, 友達って……なんだろう
連れて来られたのは、おかしなことに街の中央警備塔だった。
前時代(敵との条約締結前とか?)の遺物であるというこの塔は、古めかしいうえに激戦の痕跡が残っていて、妙に雰囲気ばかりある。
「なんでここなんだよ?」
聞いてみるが、やはり返事はない。
「なんか後ろ暗いことでもあんのか?」
「うるさい。外患罪ほどの重大犯罪は地方じゃ扱えん。事実確認が済み次第州都へ送検することになる。これはただの取り置き措置だ」
「……それにしたって、所轄のすみでも借りればすむ話だろ。それもできないって、やっぱ治安部って鼻つまみもんなのか?」
警備局治安部は、警察全体のなかでも本庁にしか存在しない。しかもなにをしてるんだか実態のよく分からない部署である。
本人たちにそのつもりはないだろうが、胡散臭い。
肘鉄が左頬に入った。衝撃が頭を揺さぶる。暴力を振るった張本人は平然と言った。
「悪い、間違って腕が当たったようだが、大丈夫だったか?」
あんな見事な肘鉄を撃っておいて、なにが間違っただ、腹が立つ。でも怒ったところで相手の思うつぼだ。
「平気平気。事故じゃしょうがない。ああ、でも、アザが残らねーといいけど。アザなんかあったら事故だっつっても勘ぐられないともかぎらないし」
せめて牽制になればいいのだが。
殴られた程度でどうこうなるほどヤワな人生は送ってきていないけれども、それでもぽんぽん殴られては堪らない。
取調室の代わりとして入れられた部屋は、一階の片隅にあり狭くて小汚かった。小さな窓からも日は差し込んでいないし、黒い石壁が異常に重苦しい。
狭いところへ他人といっしょに押し込められるというのは一番苦手なシチュエーションで、それだけでもう気が滅入る。この状態でいたら十分も保たずに自白しそう。
座らされた椅子の上で、そっと息を深く吐く。とりあえず落ち着くしかない。こういうときのために法律読むのを趣味にしているのだから、まぁ大丈夫だ。
机の向こうに座った刑事がアトカスと名乗った。その向こうに調書の書記とクバルが偉そうに控える。すぐ後ろには若い刑事が立っている。暴れたらすぐ取り押さえる魂胆だろう。暴れないって。
他の刑事たちは、どうせ家宅捜索にでも行ったか交代要員として待機しているかだ。
「あー、繰り返しになるが、今回の容疑は刑法八三条の敵類誘致罪、それから八四条の通謀利敵罪だが、これらの罪名について質問は?」
さすがに正確な条項文までは思い出せないが、だいたい把握している。特にない、と首を振る。
「そう。犯罪事実の要旨は、数年来に渡って不特定多数の敵類と通謀し、金品あるいは優遇と引き替えに小鞠市冒険者の人命を危険に曝し、人類に不利益となる状況を意図的に作り出した、と。以上について容認するかね?」
でたらめもいいところだ。よくもこんな曖昧な容疑で逮捕してくれたなと思う。
「そんな事実はない」
「ふむ。では、被疑者本人がごく頻繁かつ積極的に敵類と連絡を取り、過度の接触と交流を図っていたという証言があるんだが、これについて弁解や釈明があれば聞こうか」
違う、と叫びかけるのをぎりぎり抑える。焦ったらダメだ。下手な発言が命取りになるかもしれない。
落ち着いた声でできるだけはっきりと言う。
「弁護人依頼権の告知は?」
警察は逮捕した容疑者に対してまず黙秘権と弁護士を依頼する権利があることを告げなければならないと、刑事訴訟法できまっていたはずだ。
とぼけた顔のアトカスが、面倒そうな顔をした。
「よく知ってるね。まぁ、多少前後したけれども、君は自分にとって不利益になるような自供をする必要はないし、弁護人を依頼することもできる。告知するから、覚えておくように」
「弁護人を依頼します。それから、弁護人との接見交通権が行使されない限り、一切の自供を拒否します」
アトカスがため息をついた。
「はぁ、厄介だなぁ。誰に教わったの、それ」
誰ってもちろん友達の弁護士である。
接見交通権は、弁護人と二人っきりで秘密の作戦会議をする権利だ。
でも、弁護士に会えるまでなにも言わないぞぐらい言っておかないと、なかなか会わせてもらえないかもしれない。とりあえず今は心証悪くしてでも援軍がほしい。
アトカスがクバルをふり返る。クバルは不機嫌な顔でひとつうなずいた。
「じゃあ弁護人を呼ぼう。知ってるかもしれないけど、起訴前の国選弁護人制度はないから私選弁護人ということになって自費になるからね。で、呼びたい弁護士とか、いるわけ?」
いなきゃ適当に呼ぶけど、と続ける。
「適当に呼ぶな。弁護士の知り合いぐらいいる」
「へえ、その歳で? って、それが入れ知恵のぬしか。その弁護士の名前と連絡先は?」
「シュエット・アシオーってやつを呼んでくれ」
名前をだした途端、アトカスが鼻白む。また厄介なやつを、とつぶやいた。
シュエットは古い友達で弁護士さんである。
むかし母が死んだ事件のときに助けてくれたある意味恩人であり、その後も法律本なんか読んでいて分からないとき電話すると、気軽に教えてくれる便利な人でもある。
弁護士としては有能ですごい経歴を持っている(と本人が自慢しまくっていた)人だが、ちょっと変わってもいて、刑事にしろ民事にしろ敵の関わる訴訟ばかり専門に扱っている。
「連絡先は分かる? そういえば所持品のなかに携帯電話がなかったけど。どこにあんの?」
誰も口に出しては言わないが、携帯は重要証拠物件だと警察側もにらんでいるのだろう。どさくさ紛れに聞いてくるが、もちろん答えるわけにはいかない。
「まぁ言うわけないか。でも連絡先が分からないことにはね」
そのぐらい調べればすぐ分かるはずなのに、地味に嫌がらせをしてくれる。でも大丈夫だ。
「
暗記しておけとうるさく言われたおかげだ。ちなみに自分の携帯番号は覚えてない。
クバルが面白くないといった顔で携帯から電話をかける。シュエットはすぐに出てくれたらしく口早に話し始めた。
どんな話をしているのか、そのうち「いや」とか「知るか」とか「しかし」とか、クバルが不穏な声をあげる。とうとう苦虫を噛み潰した顔で携帯をこちらへ向けた。
「…………自分で交渉しろ」
シュエットに丸め込まれたのだろうか。後ろの刑事が携帯を耳にあててくれた。
懐かしい声に名前を呼ばれ、不覚にも涙が出そうになった。というか、鼻水が出た。
「ああ、鼻水が、まずい、垂れる垂れる!」
『そういう助けを電話越しに求められてもどうしようもないのですが?』
この慇懃無礼な物言いは間違いなくシュエットだ。
『まさかそこまでティッシュを持っていって鼻をかんでやれるほど、ヒマではないですし』
「そんな助けは求めてないから!」
精一杯鼻をすする。
『正直なところ、今は大物の訴訟が入っていて大変非常に忙しく、面白味に欠ける事件ならば関わりたくもありません。電話などかけてきて、つまらない件だったら許しませんよ?』
ため息をつきながら言われた。「正義感? そんなものはありません」とか平然と言うような人だから、仕方がない。
「忙しいとこ悪かったな。まったく面白くないことに、こっちは十年来のピンチだよ!」
『そうですか。わたしは歴史認識問題発禁処分案件で大逆転を狙って面白い仕事をしているところです。というわけで、そちらが面白くないのなら切ります』
「切るなっ。って、歴史認識問題発禁処分? それってあれか、昔お前がくれたあの本だろ、発禁処分になったのって。ちょっと前に新聞で読んだ」
確かにあれは大物訴訟だ。しかも相変わらず敵絡みの事件だった。
『ああ、そういえば以前あげましたね。それに新聞を読んでいるとは感心です。精進なさい』
「新聞読んでる程度で褒められても。てか、シュエット一回負けたのな」
『失礼な。負けてません。棄却と発禁処分を受けて、わたしのとこへ回ってきたのです』
一通りの決着がついたあの訴訟をそれ以上どうやって挽回するつもりなのだろう。でも聞いてもどうせ守秘がどうのと言い出すに決まってる。
『さて、少しは落ち着きましたか? またなんで逮捕されたんです? 罪状は?』
けろっとシュエットが言う。呆気にとられていると、『二徹の影響か、少々テンションがおかしいのであしからず』と付け加えた。
なんかもっと普通の方法で落ち着けられなかったのか、とか言ってもどうせ無駄だろう。
「あ、えーと。刑法八三、八四条」
それだけで理解したらしい。おやおやと嘆息した。
『また面倒なものを引っかけましたね。それで? やったんですか?』
クバルが時計とこっちを交互ににらむ。そしらぬ顔でアトカスも耳をそばだてている。
「やってない!」
『はいはい、むきにならないで下さい。ちなみに逮捕状を発行した裁判官は分かりますか?』
「リチュエル・トリなんとか、だったと思う。ちゃんと記憶したはずなのに、思い出せん」
『分かりました。リチュエル・トリニアースですね。またあの人は不用意な許可なぞ出して。まぁ、おおよその状況は分かりました。ところで物証などは提示されましたか?』
「いや、まだないけど。ヤな感じの証言はあった」
『「まだ」ないですか。そのうちどこかから出てくる懸念でもありそうな言い方ですね。詳しくは言わなくてよいです。どうせ刑事もそこにいるのでしょう? 聞かれても厄介です』
クバルがいらいらしてそろそろ終了しろと言う。あと少し、と言い返す。
『詳細が不明なのでなんとも言えませんが、まぁ大丈夫でしょう』
シュエットが気楽な声を出す。
『罪を認める自供をして調書に押印でもしない限り起訴されませんよ』
「それをしちゃわない自信がないんだけど?」
『そればかりはここからではどうしてあげることもできません。信用のおける弁護士にすぐ行ってくれるよう頼みますから、助けてもらって下さい』
「うん、分かった」
『送検までが長くて七二時間、検事勾留が、外患罪だと延長できるので二五日間ですね。合わせてたった二八日間の辛抱ですよ』
「長いよ」
『もし公訴されてしまったら、そのときはわたしが喜んで行きます。ところで財布の中身は潤沢ですか? わたしの弁護料は法外なので』
「自分で法外とか言うな。そんなことになってたまるか」
『電話こそすれ、長いこと会っていませんからね。顔を合わせて昔話のひとつもして、そのうえ高額報酬まで得られるのなら、うん、悪くない気がしてきました』
「悪いよ。最悪だよ」
『そう思うのなら、そうならないよう努力して下さい』
最後にもう一度「大丈夫ですよ」と繰り返し、それからシュエットが通話を切った。終わったことを伝えると、クバルは画面を念入りに拭いてから携帯をしまった。
アトカスが椅子に座り直す。
「それじゃあ、敵との交流状況なんかについて、少し聞かせてもらおうか」
「だから弁護人と接見できるまでなにも話すつもりはないって言っただろ」
「今少し話しただろ?」
「あんなの、話したに入らない。秘密会議しないと」
「へえ。弁護士とこっそり話さないと、まずいことでもあるのか」
わざとなのだろうが、いちいち癇に障る言い方をしてくる。答えず無視するが、むこうだってその程度であきらめるわけがない。あれやこれやとねちねち聞いてくる。
「……嫌がらせのつもり?」
思わずこぼすと、アトカスがわざとらしく心外という顔をする。
「聴取が私の仕事だよ。それに君は接見してからと言うけど、弁護士だってそうそう即座に駆けつけられるものではないよ。それまでの時間がもったいないだろう? 私たちは真実を知りたいだけなんだ。君だってそうだろう。それならもう少し協力してもらわないと」
それからしばらく非協力的な態度をなじられる。比較的穏やかな口調なのに、聞かせ続けられると、とても疲れる。
怒鳴られたり殴られたりするほうがマシ、とは思わないが。
「ところで。その。なぜ血塗れなんだろうか? それは教えてくれてもいいだろう?」
急に話題を変えてきた。無関係そうな質問でも答えないに越したことはない。
と思って黙っていたら、アトカスが本気で不気味がっていた。
「……まさか人間の血じゃないだろうね……。怪我をしている気配はないから、君の血ということはないだろうし。……犯罪性はないんだろうね?」
これこそ正しい反応だ。血祭りとか血祭りとか血祭りとか、あっちがおかしいのだ。
「別に犯罪性はないって」
それだけ答えると、「なんで嬉しそうな顔……?」とさらに不気味がられた。
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