26, 市長の本気、後輩の実力
目の前にはいかついおっさん。
急に逮捕とか言われた。
「はあ?」
変な声が出た。後輩たちまで「なー!?」と素っ頓狂な声を上げる。
そのせいでまわりの冒険者たちまで「なんだなんだ」と集まってくる。ちょっとした騒ぎだ。
「あん? どうしたよ?」
「なにかあったの?」
「なんの騒ぎ?」
「え、逮捕??」
突然の出来事にちょっと脳みそが付いてこない。
ざわざわとする周囲はまるっきり無視し、男はさっさと逮捕令状をしまって腕を捕ろうと伸ばしてくる。とっさにはらった。
「ちょ、ちょい待ち! たんまたんま」
「無駄な抵抗は止せ」
別の刑事に反対から腕を捕られた。こっちはまだ若くて屈強で、無駄に強く掴まれ痛い。
「でなくて! もう一度令状を見せろ。あんな突然ぱっと見せられて、とっさに確認できるか。ちゃんと確認できなきゃ逮捕なんかされないからな」
状況を把握するための時間が少しでもほしかった。精一杯の強気でにらむ。
クバルとかいう刑事は嫌そうな顔をした。でもこうしている間にも、騒ぎはどんどん広場に広がっていっている。押し問答をするよりさっさと見せてしょっ引くほうが早いと判断したのだろう。
面倒くさそうに再度令状を広げた。
顔を寄せて今度はきっちり字を目で追う。被疑者氏名は間違いなく自分。罪名は別紙記載のとおりとか書かれている。令状の許可を出した裁判官氏名はリチュエル・トリニアース。小さく三回唱えて忘れないよう記憶に刻んでおく。
「確認したな? 連行する、大人しくしろ」
「いちおう言うけど冤罪だよ! で、罪状なんて言ってたっけ?」
「言い分は後で聞く。というか、罪名知らずになにが冤罪だ」
腕を後ろにひねり上げられる。めちゃくちゃ痛い。過剰制圧だ。でも言ったところで無駄だろうし、下手な抵抗をして公務執行妨害とかつけられると厄介である。
「なんの罪かも分からず連行されたくないっての」
詰めかけた野次馬が「そうだそうだ」「なにしたってんだ」「ふざけんな」などと一緒になって声をあげてくれる。なかには「逃げろ!」と無責任なことを言うやつまでいる。
外野の騒ぎはひどくなる一方で、大半の刑事がそちらの抑えにまわらざるを得ない。
「仕方がない。もう一度だけ言う。刑法八三条の敵類誘致と八四条通謀利敵の疑いだ」
刑法八三条、八四条。敵類誘致と通謀利敵といえば外患罪の一種、要は敵に味方し人類を裏切ったという容疑だ。
理解したと同時にどうしようもないほどの怒りがこみ上げてくる。たとえ濡れ衣でもその罪名がかけられるというのは、冒険者としての働きも努力もすべて否定されたに等しい。
これ以上の侮辱もない。
けれども怒りにまかせて行動したってロクなことにならない。それは身をもって知っている。怒りを堪えようとしているうちに後ろ手で手錠をかけられる。
なにがどうしてこういうことになったのだろうか。心当たりもなければ犯罪がでっち上げられる意味も分からない。
小鞠市のからくりに関していえば、金で市の安全を買っているといってもそれは結果としてそうなっているというだけで、契約や取引があるわけではない。犯罪としての立証は不可能だし、もしそれで立件するとしても刑法ではなく国家秩序法とか公務員法の違反になるはずだ。
はっと気づき、身をよじってステージをふり返る。急に抵抗された(と思った)若い刑事が拘束の力を強める。
でもその程度、冒険者にはなんでもない。
急な騒ぎのせいで放置状態のステージ上、してやったり顔の市長はすぐに見つかった。視線がかち合う。
こんなに楽しいことはないという顔で市長はふいと視線をそらした。
まさか市長の差し金か。あの市長に人を消すような手管はないと高をくくっていたが、どうやら司法か警察か、妙なところに妙な知り合いでも持っていたらしい。
怒りとか通り越し、背筋に悪寒が走る。
もしこれが人を陥れようとする策略だとすれば、どこからどんな証拠が捏造されてくるか分からない。携帯に記憶してある敵の情報だとか通信記録だとか、そんななんでもないものも悪意を持って扱われれば通謀の証拠になる。
八四条はともかく、八三条の定めるところの刑罰は死刑のみ。しゃれにならない。
お洒落勇者が、なにやら決死の表情で高いステージから飛び降りるのが見えた。微妙に着地に失敗して、バランスを崩してこける。なにしてるんだか。
後ろの刑事にぐいと引っ張られ、こけたお洒落勇者がどうしたか見えなくなった。残念。
「さっさと連行しろ」
クバルがイライラと声を荒げる。部下らしい若い刑事が、「でも」と困惑気味に言う。
「どうやって?」
まわりを取り囲んで騒ぎ立てる人の壁は、厚くなるばかりだ。近づけさせまいと体を張って抑える刑事たちも、クバルに助けを求める視線を送り続けている。
こんな群衆の面前で逮捕なんかしようとするからだ。なにを好きこのんでと思ったが、すぐに納得がいった。市長が目の前で電撃逮捕を見たかっただけだろう。
「なんとかしてだ! 一般市民ぐらい蹴ちら……かきわけろ」
上司に無茶を言われ、腕を掴む手に力が入る。痛い。こっちに当たらないでほしい。
それに人垣の多くは武器携行中の冒険者だ。下手に刺激すると武器を抜く馬鹿がいないともかぎらない。そんなことになったら、負傷者と逮捕者が増産されてしまう。
「はい、ちょっと失礼~。はい、よっこいしょっと。よし、こっちはおっけーい」
しかもこの騒然とした場へ堂々と不審者が入ってきた。不審者DJスズキがマイク片手に突然陽気にしゃべり始める。
「はいはい、こちら現場のDJスズキでーす。今まさに逮捕の現場へ潜入成功しましたよ」
全然潜入になっていない。当然見咎めたクバルが「なんだ貴様は!!」と声をあげる。
「あー、ラジオ放送局FMコマリの現場レポーター、DJスズキともーします。そちらは逮捕の責任者さんとお見受けしますが、状況説明とコメントをどうぞ!」
勇敢にもクバルにマイクをつきつける。クバルは怒りに顔を赤くした。
「ラジオだと!? 放送を今すぐやめろ! 誰が許可した!」
「許可と言われても、ねぇ。ここ公衆の場だし、ラジオ放送してるとこへそっちが入ってきたんだしー。だいたいこんな楽しいイベント、もとい勇者候補が敵に通じてたなんて事実ならとんだスキャンダル、居合わせたマスコミとしては報道するのが義務でしょ」
スズキがにんまりと笑う。が、目が笑っていない。これは怒っているときのスズキだ。
「なにが義務だ、誰かつまみ出せ」
そんなことを言っても、手が空いてるのはクバルだけだ。クバルがスズキを追い出そうとするが、元冒険者の六十うん歳は意外と身軽に逃げる。
「おい、スズキ、マイクこっち」
しびれを切らしてスズキに声をかける。勝手なことを、と刑事らが殺気立ち、締め上げてくるがそれは無視。
クバルが止める間もなく、スズキが喜び勇んで駆けよってきた。
「おおっと、これは容疑者のTさんがコメントする模様! 手錠をかけられた感想は?」
「お前なぁ。あんまり馬鹿やってると、公務執行妨害でいっしょにパクられるぞ」
いちおう忠告したが、スズキは「へーきへーき」と意に介さない。マイクを向けてくる。
「とりあえず、そこ、道を空けろ。いいからもうさっさと通せよ」
なんで自分で自分の連行を手助けするような真似をしなければならないのだろう。でもこれ以上騒ぎになっても困るし、なによりこんな状態で晒され続けて耐えられそうにない。
人垣の最前列にいた、冒険者のクレマインとワイスが顔を見合わせる。それからこっちへ「ほんとにいいの?」と目で問うてくる。
「いいよ、大丈夫だから!」
とがる声をできるだけ抑えて答える。クレマインとワイスはしょうがないといった様でぞんざいに間を空けてくれた。
先頭が空けば、敢えて立ち塞がろうというやつもない。うしろもなんとなく空く。できた細い道をどうだとクバルに示す。
「少しは俺に感謝しろよ」
「とっとと連行しろ!」
「身体検査と武装解除はどうします?」
「そんなもの、車に乗せるときでいい。とにかく早くここから離れろ」
騒ぎも多少は収まり、刑事たちの手も空き始めていたから、みな油断していたのだろう。
「だめですよっ」
飛び出してきたアイスが、勢いよく飛びついてきた。バランスを崩すが、なんとか踏みとどまり受け止める。
なにしてんだバカ、と怒鳴りつけそうになるのをかろうじて飲みこむ。
「なんだ貴様! こら、離れんかっ」
クバルが慌ててアイスを掴み、引き離そうとする。しかしアイスは間髪いれず人のポケットに手を突っこみ、勢いよくなにかを引き出した。
掲げられた車のカギが、きらりと光る。
「これ、この人のじゃなくて、ガーウェイさんの車のキーだから! だから、逮捕で持ってかれちゃうと、ガーウェイさんがすっごく困るんです!」
アイスが真面目な顔で声を張り上げる。とっさに意味が分からなかったのだろう、クバルが眼前に突きつけられたカギを凝視して「は?」と間抜けな声を出した。
「あ、そう、それは俺のキーだ」
なんかお洒落勇者がしゃしゃり出てきた。思わず「足、大丈夫か?」と聞くと、お洒落勇者は驚いた顔でちょっとキョドった。
まさか見られていたとは思わなかったらしい。
「いや、足はともかく。それは確かに俺の車のキーで、彼に預けていただけだ。だから押収されては困る。返却を要求する」
お洒落勇者が居丈高に言う。クバルはアイスから受け取ったカギをお洒落勇者に渡した。
「あー。いちおう車の所有者確認だけさせてもらう。おい、お前」
捜査員の一人にあごをしゃくる。お洒落勇者が「いいですよ」と応じた。
目的を遂げたアイスがさっさと離れ、人畜無害な顔でクバルに頭を下げる。
「ごめんなさい。でも急にカギのこと思い出して、取り返さないと面倒なことになると思って」
クバルはなにか言いかけたが、面倒になったのかぞんざいに手を振る。
「ああ、もういい。危ないことはするな。ほらさっさと戻れ」
にこりと笑ったアイスが一瞥もせず輪の外へ出て行く。なんかもう呆然と見送るしかない。
クバルもちょっと疲れたのか、おざなりな感じに「連れてけ」と指示を出す。今度こそ邪魔するものもなく、引っ立てられる。
引きずられながら最後に後輩たちをちょっとふり返ると、誰一人こっちを見ていなかった。
あらぬ顔でそっぽを向いたアイスが、するりとそで口から携帯をジューンの手に落とす。ジューンはそれをなにくわぬ顔でクレオに手渡す。クレオはそしらぬ顔でポケットへ滑り込ませた。
こうしてやばいデータのいっぱい入った俺の携帯は行方不明になった。クレオならきれいにデータ消去をするだろうから、見つかったときには無害な携帯になっているだろう。
それにしても、カギに注意を引きつけておいて反対で携帯をスリ取るなんて詐欺師まがいの業、アイスはどこで覚えたのだろう。今度会ったら問い詰める必要がありそうだ。
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