21, 分かるけど分からないし、分かってるから分からせたい



「実際に来て見ても、原因だと思える問題はなかった。市全体に活気は満ちているし、冒険者の士気も高いし、敵も強すぎることもない。多少、冒険者の気が緩んでいるというか、暢気だと思えるところがないでもなかったが、でもそれだけなら、冒険者の死傷率がもっと上がっているはずだ。だから他に原因があるとすれば、赤字に無頓着な小鞠市冒険者、特にポイントリーダーだった君の意識だ」


「……は、なんか、すいません」


「小鞠市の状況からすれば、君は責任ある立場にも関わらず切迫する赤字を放置していた、場合によっては推進していたと言われても仕方ないんだぞ。どれだけ赤字になろうが君の懐は痛まないんだろうが、襲撃報酬で出される金も魔法のお金じゃない。無尽蔵にどこからともなく沸きはしない。支払っている人がいるんだ。それこそ血を吐くようにして。知らないだろ、見たことないだろ。ほとんどの支出は保護地帯の税で賄われてるんだ。少ない所得の大半を源泉徴収される、そんな生活がどれだけ苦渋に満ちてるか、想像できるか!?」


 大財閥の御曹司、いいとこ育ちのお坊ちゃんのくせに、決してなにも見ずに育ったわけではないらしい。でも、こっちだっていろいろ見てきた。


「そりゃ見たことはねーけど。少しは知ってるし、忘れてるわけじゃない。大変だってのも分かる。けど、だったらじゃあ、こっちはどうなるんだよ。襲撃のたびに好き勝手奪われて、壊されて。いくら命まではとられないったって、生活の糧失ってどう生きろって言うんだよ。今日の仕事が、植えたばかりの畑が、明日にはめちゃくちゃになってるかもしれないんだぞ。でも逃げるとこも安全なとこもない。街から街だって簡単に行き来できない。輸送だっていつ途切れるか、分からない。そんな恐怖とか諦めとか、敵に会えば蹂躙されるしかない屈辱とか、お前こそほんとに理解してるのかよっ!?」


 叩きつけた言葉に、お洒落勇者の顔が歪む。


「分かってる! 確かに、俺は、こっちで生まれていないし、育ったわけでもない。こちらへ来ても暮らすわけではないから、その苦労を経験したことがあるなんて、思ってはない。それでも、いろいろな街へ行った。それこそ、根こそぎ奪われて社会生活すら崩壊した街や、孤立無援で絶望と飢餓しかない村や襲撃で冒険者の半分以上が死傷したところとか。それは酷かった。だからここへ来て、小鞠市は本当によい街だと思う。もちろんだからといって苦労がないとは思わないが。でもだからといって赤字が、過大な赤字が許されるわけじゃない。それとこれとは別問題だ」


「別じゃない。そこをお前は分かってないんだよ。敵は誰かが養わなきゃいけないんだ。どういうカタチで支払ってるかの違いってだけだ」


「だったら、なおさら。数字の偏りは負担の偏りじゃな――」


「先輩さん、ガーウェイさん」


 むきになって言い合うところへ、冷静な第三者の声が割りこんだ。

 二人で飛び上がるほど驚き、慌ててふり返る。ちょうど来たところらしいアイスが、庭の半ばに立っていた。


「うおっ、アイス! びくって心臓から口出るかと思った。いつの間に?」

「ケンカですか?」

「ちっげーよ」

「別に喧嘩ではないよ」


 決まり悪くて急いで否定する。お洒落勇者も笑顔を取り繕った。


 アイスは信じなかったのか、キャリーバッグをゴトゴト引きずりながら寄ってきた。呆れた顔で、お洒落勇者とこちらとを交互に見やる。


「それにしては、ずいぶん大きな声でやりあってましたけど」


 アイスの雰囲気がいつもと違う。どこか冷ややかな空気を纏っている。

 付き合いの短いお洒落勇者でも気づいたのか、押し黙った。


「……お前どこから聞いてた?」

「聞いてたわけじゃないです。ついさっき来たら、先輩さんのところへガーウェイさんが出てきて、と思ったらケンカ、いえ、大きな声で話し始めただけです」

「最初からかよ」


 勇者候補が二人揃ってアイスに気づかなかったというのだから、間抜けな話だ。


「なんて言うかさ、アイス。今のは、その、売り言葉に買い言葉みたいな」

「先輩さん、ガーウェイさん。一つ言わせてもらいます」

「あ、はい」


 言い訳をびしっと遮られ、背筋が伸びる。状況を把握していないお洒落勇者も、「は」と居ずまいを正す。

 それを見たアイスが、ちょっと考える顔をした。


「先に言っておいたほうがいいですよね。ぼく、出身は保護地帯なんです。でも向こうって、ガーウェイさんの言う重税とか、あと物価高とかで生活が苦しくて、産んだはいいけど育てられなくって捨てられる子供、多いんですよね。そういう子供は、みんな折衝地帯の施設に送られるんで、それでぼくもこっちの育ちなんですけど」


 隣でお洒落勇者が息をのむのが分かった。それを見て、アイスが続ける。


「それ自体はいいんです。だからつまり、ぼくはガーウェイさんの言うことも分かるし先輩さんの言うことも分かるってことです。だから一つ、言わせてもらいます」


 そこで一度アイスが息を継ぐ。さっきからガーウェイガーウェイ連呼しているが、そうか、それがお洒落勇者の名前か、よく覚えてたなアイス、と感心する。


「お二人の言ってることはそれぞれ間違ってないとは思います。でも、結局はどちらも自分の知ってる、目の前のものを守ろうとしてるってだけじゃないですか。そんな理由で、敵でもない相手とケンカするなんて、カッコ悪いですよ」


 カッコ悪いの一言が、ぐさりと心に突き刺さる。


「う、格好悪い先輩で、すいません……」

「……目の前のもの守ってるだけ……違うと言いたいが、微妙に言えない……」


 お洒落勇者も心臓を押さえている。ぐさっときたのだろう。


 アイスがふうと息をついた。


「それでも、お二人が守りたいと思っているものって、すごいと思うんです。さすが勇者候補だなって。ぼくらのパーティーが守るものなんて、せいぜい自分の命とか卵とかですから。だから、自分の守りたいものがあるからって、他のもの守ってる人押しのけるとかするのは、せっかくの『すごい』が台無しです」

「うん、ごめん。でもお前らの卵5パック無傷ってのも十分すごいと思う」

「5パックもなにに使ったんだ、それは。……そんなことより。確かにアイス君の言うとおりだ。申し訳なかった。赤字に対する見解の相違はあるけれど、それは生まれ育った環境の違いに起因するものだし、そのうえでお互い最大限の理解と譲歩はすでにしてる。だから後は自分にできることをしようと思う」

「……分かった。俺も赤字をもうちょっと気にする。赤字減らすのが一番の目的にはしねーけど、でも気にすることにする」


 あまり赤字を放置しておくと、今回みたいにお洒落勇者が来るわけで、それを未然に防ぐと思えば身も入るというものだ。


「ありがとう。アイス君も」


 なぜか礼を言ったお洒落勇者は、これまたなぜか照れた様子で「先に戻ってる」とだけ言うと、そそくさと行ってしまった。相変わらずよく分からないヤツだ。


「先輩さんは入らないんですか?」

「え、ああ、行く。行くけど」


 そもそもここで自分がなにをしていたのか、よく分からない。


 首を傾げつつも、砂利で荷物を転がすのに苦戦するアイスを追う。


「てか、ほんと悪かったな、アイス。格好悪いとこ見せたうえに、お洒落勇者にしなくてもいい話までさせて」

「いえ、大丈夫です。ぼくこそでしゃばったこと言ってごめんなさい」


 いつも通りアイスはいい子だ。


「今日は泊まりなのか?」

「はい。今晩みんなで合宿して、明日の朝から監視拠点で防衛業務当番です」

「そっか。そういえば言ってたな。気をつけろよ」


 アイスたちのパーティーは、仕事の前日にたいてい宿での合宿をする。そうすれば遅刻者が出ないという寸法だ。


 入り口をくぐると、中は中でなんだか盛り上がっていた。

 お洒落勇者のパーティーメンバーが昼の残りを振る舞っているらしい。彼らを中心に、最近よく宿へ顔を見せるようになったパーティーとか遊びに来ているらしい連中とかが、楽しげに話している。


 アイスの仲間もその輪の中に発見、アイスに教えてやる。

 アイスがちらりとこちらを見るので「早く行け」と追い払うと、後ろ髪引かれる顔でジュンのほうへ行った。


 いつもの自分の席を確認。ちゃんと空いている。しかも周りは比較的静かだ。

 誰かに声をかけられる前にとそっと移動する。でもみんな話に夢中らしく、気づかれる心配はなかった。


 カウンターには親父の姿もない。好都合とばかりに、頬杖ついて頭の中を整理する。


 まず小鞠市の今までのバランスが急激に崩れそうだと分かり。

 次いでその余波で市長に街の秘密がばれそうだと判明。

 しかもそこへお洒落勇者のダンジョン攻略が重なると大規模襲撃を誘発するとかいう恐れが露呈。

 お洒落勇者に攻略辞めろと談判したら、なぜか赤字の話で喧嘩になり。

 アイスに冷静な説教をされ、その場を収めて和解が成立。


 つまり。疲れたわりになにも解決していないのでは。むしろ、お洒落勇者に「赤字を気にする」などと言ってしまったせいで、面倒ごとが増えている。


 果てしない徒労感を抱きつつ、ない知恵を振り絞る。とりあえずコトの元凶であるらしい市長が消えればいいんじゃなかろうか。なんか事故とか、更迭とかで。


 とはいえ市長に直接手出しできるはずもなく、ひたすら願うぐらいしか思いつかない。

 しかも、どうせ市長の側も同じようなことを願っているに違いない。あの市長ごときに人を消せるだけの能があるわけないから心配ないが。


 市長が消せない以上、次善の策はたぶんお洒落勇者を消すことである。

 そういえばザイン課長も似たようなことを言っていたわけで、なぜかまたも自分が消される危機……?


「あれ。先輩、帰ってたんですかー? 気づきませんでした、声ぐらいかけて下さいよ」


 明るい声が響く。タオルハンカチで手を拭くリピスが、顔をのぞきこんできた。


「……ああ、リピス。ただいま」

「……先輩? なんか、疲れてます?」

「え、べつに」

「そうですか?」


 リピスがかわいく首をかしげる。


「っていうか、先輩。勇者ご一行様が来てから、なんか孤立度上がってません?」

「そうか? そんなことねーと思うけど。むしろ単独行動禁止されて仕事でティエラが一緒だから、一人度下がってっけど」

「んー、そういうことじゃないんですけど。まぁいいです。それよりやっぱり元気ないですよね? なんかいつもと違いますよ」

「んなことねーって。まぁちょっと、自分という存在について考えてはいたけど」

「じゅ、重症ですね……」


 リピスは、困惑顔なんだか心配顔なんだかよく分からない変な顔でしばし考え、今度は急に芝居がかった唸り声を上げる。


「う~ん。大事なものだけど、先輩元気ないし。どうせあげるならがいいし」


 作っていた悩み顔をぱっと一転、いたずらっぽい笑みに変えた。


「先輩、とっておきですよ?」


 リピスの百面相を見てるだけでかなり面白いのだが。

 これで「初キッスをあなたに」みたいな展開になればともかく、それだけは絶対ないと言いきれる程度にはリピスのことを知っている。


 あまり期待せず「なんだよ?」と雑に返したが、リピスはますます笑みを深めた。


「今度の笠月市のデゼジャールとヴィラーレの巡業試合、中止になったの知ってます?」

「野球? 笠月市が戦況不安で中止になるかもってのは聞いたけど。やっぱ中止になったのか。どうせチケットもないし行けるわけもない試合だから関係ねーけど。でもせっかく数少ない折衝地帯巡業がなくなるって、なんか悔しーなー」


 逆にテンション下がるような話なのに、リピスはなおもにやにやと笑う。


「大丈夫です、先輩。なんと! 代わりの巡業地が小鞠市に決まったんですよ!」

「え? ええ!? えーっ、マジで? 初耳だぞ!」

「そりゃそうですよー、まだ公表前ですもん。でも確かな情報です」


 リピスがきっぱり断言した。

 体を電流みたいななにかが駆け巡り、問題やら悩みやらという有象無象がどうでもよい感じに吹っ飛んでいく。


 小鞠市にプロ野球が来る。しかもヴィラーレが。対戦相手がデゼジャールというのが微妙だが、それもスター選手が生で見られると思えば好材料。どうせオフシーズンで勝敗など関係ないのが折衝地帯巡業だし。そうとなれば絶対チケットが欲しい。でもたいていチケットの入手は困難だ。プロスポーツ生観戦の稀な機会だから普段野球に興味がなくてもお祭り的な意味でチケットを買う人間が多いからだ。となるとダフ屋なんかも暗躍するだろう。なんとかして確実に手に入れる方法はないものか。あるいは警備要員とかに滑り込むとか。

 ……というような思考が瞬時に流れる。


 こんなに脳みそがフル回転したのは久しぶりかもしれない。


「で、先輩。こっからが本題なんですけど。聞いてます?」

「ん? うん、聞いてる聞いてる。で、それっていつ? 発売は?」

「大丈夫です、先輩。これ、これ見てください」


 上機嫌リピスがポケットから封筒を取りだし、さらにがさごそと中から引っぱり出す。

 チケットなんかがよく入っている横長のそれを開き、眼前にバンと突きつけてきた。上質でお上品な厚紙に印字された金文字を目で追うのと同時にリピスが声に出す。


「特別開催in小鞠市ドーム、デゼジャール×ヴィラーレ戦、特等・ロイヤルボックスチケット二枚組、ですよ」


 すでに驚きと衝撃の許容量を越え、リアクションも出ない。


「……なんだよ、これ。いや、なにかは分かるけど。どうしたんだよ、これ……?」

「へへ、わたしデゼジャールにはちょっとコネがあるんです。詳しくはナイショですけど。で、二枚あるんで、場合によっては一枚先輩にあげてもいいですよ? 先輩ですもんねー。このチケットで一緒にデゼジャールの応援しましょー」

「なにその悪魔の誘い! でものりそう!」

「あはは、冗談ですよ。先輩がどっち応援したって、勝つのはデゼジャールですから」


 すっごい笑顔でさらりと腹立つこと言われた。まぁ、事実だから反論できないけど。


「交換条件はお買い物に一回付きあってくれるでどうですか?」

「は? 買い物? 別にいいけど、どこへなにを? またなんで? あ、おごらないぞ」

「そんな期待、先輩にはしませんよー。そろそろ帯刀ベルトを新調したいんで、その買い物に付きあってほしいだけです」

「あ、あー」


 リピスの武器は珍しい刀だ。


 装甲の厚い敵に対して切断を本分とする刀はあまり有効武器ではない。よほどの技量があるか運用するかしなければならない。それができれば強い武器でもあるのだが、そんな苦労をする前に鉄パイプでぶん殴ったほうが手っ取り早く強い。

 そのうえ価格が高いとか手入れにも手間と費用がかかるとか専用装備が必要とか重いから他武器との運用に難があるとかの問題が山積していては、人気がなくても仕方がない。


 武器携行令を守って提げているリピスの刀は、もともと冒険者だった祖父さんの形見なのだという。

 刀を使いこなすリピスを格好いいと思うと同時に、どうしてそんな武器を祖父さんがチョイスして使っていたのか不思議でしょうがない。


 そんな刀の専用装備の一つ、帯刀ベルト。需要の少ないそれを扱う店は少なく、かつリピスに合うサイズで使い勝手や品質も良く手頃な、せめて適正な値段のものを買うためには途方もない根気と根性が求められる。とはいえ。


「特等席のチケットと比べりゃ安い。その買い物きっちり付きあう」


 交渉成立の証に手を打ち合う。


「よかったー。一人で探しに行くのはちょっと大変かなーって思ってたんですよね。助かります。それと、チケットのことは秘密にしといて下さいよ」

「分かってるって」


 ご機嫌で席へと戻っていくリピスを見送る。試合は先だが、もう今からわくわくが止まらない。意味もなく叫び出したい気分だ。こんな良いこと、人生初めてかもしれない。


 その一方、やたら鋭くなった思考が冷静に状況を分析する。

 もし街の戦況が悪化したら小鞠市遠征だって中止になる危険性がある。今の街の戦況からすればよほどのことがない限り大丈夫だろうが、それでもちょっとの状況悪化でスター選手なんかは来なくなってしまう。

 それでは楽しみが減る! 絶対ダメだ。


 ならば襲撃ぐらい気合いで防いでやる。


 とにかく警戒を強め、襲撃につながりそうな芽はすべて摘む。ポイント奪取よりも敵の行動不能を狙い、恐怖を振りまいて街から遠ざける。

 今ならティエラの助けも借りられる。それ以外のときは単独行動もやぶさかでない。他の冒険者とかギルドにも敵出現の情報提供を頼んでおけば、より磐石だ。


 勇者の本気を見ろ。


「なんだ、にやにやして。気持ち悪いな……」


 カウンターへ出てきた宿屋の親父に見るなり失礼なことを言われた。



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