20, 小鞠市の秘密



『不思議なものだけれど、人ってあまり襲撃がなくても不安になるから』


 淡々とティエラの声は続く。


 平穏が続けば続くほど、それをぶち壊しにする襲撃に対して恐怖感が増す。

 冒険者にとって今は半年の壁目前の正念場だが、一般市民にとっても襲撃リスクの高まる嫌な時期なのだ。


『そこへお洒落勇者たちが来て、簡単にダンジョンを攻略したでしょう。彼らがいればもしかすると襲撃も、と期待する気持ちの表れではないかと思う』

「なんだよ、それって、俺らは頼りなく思われてるってことじゃん!」

『事実そうでしょう? 私たちはいまだに一度も半年の壁を越えられてはいない』


 それを言われると痛い。でも市冒険者だってすごい努力している。


「……お洒落勇者だったら半年の壁だって崩せるってか」

『それは無理でしょう。ただ目新しいものだから、現状打破を過剰に期待しているだけ』

「現状打破、か。分からんでもないけど、やっぱ釈然としない」


 流れていく街並みが馴染みのものになった。宿屋まであとちょっとだ。


『なんにしろ、お洒落勇者の人気なんてひとときのお祭りみたいなものでしょう。君は気にしなくていいと思う。いくら顔でも負けているからと言って』


 最後のはまったくの余分だ。しかも「顔でも」って、「も」ってなに。


 車が宿屋の庭に入った。ティエラにいちおう礼を言って電話を切る、寸前でやっとそもそもの用件を聞いていないことを思い出す。


「ちょ、切るの待て。メールだよ、メール。最後の、あの気になることって、なに?」

『ああ、その話。ただの愚痴電話かと思った。……気にし過ぎかとも思うのだけれど……』

「なんだよ、歯切れ悪いな。らしくない」


 お洒落勇者たちが車を降りたので、こちらも荷台から飛び降りる。まだ電話中であることを見て取ったお洒落勇者たちは、なにも言わずに先に宿屋へ入っていった。

 それを見送り、庭先の段に座って電話を続ける。


『そう言われても。そう言う君は、気になることはないの?』

「あー。気になるっつーか、お洒落勇者のせいでもやもやしっぱなし。もー分かんねー」

『うん。らしくていいと思う』

「……どういう意味だよ。どんなと思ってんだ、俺のこと」

『聞きたい?』

「ごめん、いらない。そんなことより、気になることのほう言えよ」

『そう、残念。気になるというのは、市長のこと』

「あー……」


 興味が一気に薄れていく。よくよく今日は市長づいている。


『あのデータを見たら、市長に街のを気づかれてしまうのではない?』

「からくりて、なんだよ」

『ん、からくりという言葉の使い方、間違えてた? つまり、私たちがどうやって街を襲撃から守っているか、ということ』

「あー。まー。からくりで間違ってない、でもないけど。でも、誤解を招く表現するな」

『あら。ならば君は、やましいところは一切ないと?』


 力業だけで敵の襲撃を防ぐのは難しい。というか、不可能だ。


 街の外にはいくつかの防衛拠点があって、街に近づく敵がいないかを交代で監視している。それでも事前に察知できる襲撃は半分ぐらいで、その半分も敵の数が多ければとうてい防ぎきれるものではない。


 それが人間と敵の力差で、早い話、敵が襲撃しようと思った時点で人間の負けだ。


 そしたらボスが、それなら街を襲おうという気を起こさせなければいいとか言いだした。


 敵が街を襲撃しようとするのがどんなときか考えろ、と言う。

 たぶんそれは、敵がたくさんの金やポイントを欲しているときだ。だから、敵の必要が満たされれば、やつらもわざわざ街まで襲撃に出てこようとは思わなくなる。


 相変わらず冒険者を人と思わないおっさんだった。


 が、そのおっさんは逆らうことを許さない恐いボスで、ボスがやれと言った以上やるしかなく、ほとんど不可能に近いそれを達成するべく地味で地道な努力を積み重ねた。


 経験を積んでいてうまく負けられる冒険者に森へ出すとか。未熟な若手冒険者には防衛拠点の仕事を多く回して街の外の仕事に慣れさせるとか。少しでも冒険者の安全を確保するための定期巡回をするとか。敵に冒険者でも殺してはまずいという意識を植え付けるとか。それでも手をすべらせる敵には重ねて言い含めるとか。いつも負けっぱなしで人間が舐められても困るので、たまにびびらせるとか。敵が街を襲撃したときには思いっきり抵抗して邪魔し尽くしてやるとか。


 そんな気の遠くなるような紆余曲折を経て、今現在の小鞠市がある。

 ポイントは赤字でも街への襲撃は少なく、冒険者の死傷も最小限におさえている。


 それは、言いかえれば、金やポイントで街の安全を買っているわけで、外聞が悪い。というか、国に知れたら不祥事ものである。


「なくもない。てか、市長にばれるのは非常にまずい、よな……?」


 中央が首長を出向させてくるのは、地方監視の意味があるからだ。


『でしょうね。少なくともボスとギルド課長、それからポイントリーダーだった君は厳罰処分を覚悟するべきだと思う』

「……そのメンツで処分受けんのは嫌すぎる。てか、ボスが責任とるとは思えない。どうせ課長と俺に全部押しつけて、切り捨てて、終わりにする……」

『いくらなんでも、そこまで人でなしではないでしょう、ボスも』


 ティエラは甘い。ボスは発案時点からしっかり明言を避けていた。

 あの人、万が一のとき関知しないための予防線がばっちりだ。


「そう願っとく。にしても、気づくか? 市長」

『あれでも教養人なのだから、赤字があっさりひっくり返れば不審ぐらい抱くでしょう。そうでなくても、お洒落勇者がいる。彼らには遅かれ早かれ気づかれる』

「……ああー。黙ってて、はくれないよなー。頼んで、もダメか。下手すればやぶ蛇」


 つくづく厄介な男だ、お洒落勇者。


『逆にお洒落勇者がこのまま大活躍してくれたならば、黒字転換は彼らのおかげとでも誤魔化せるけれど。君としては面白くないでしょうね』

「別に。その程度で腐るほどちっちゃくねー……ってちょっと待った。今思ったんだけど。お洒落勇者の作戦、冒険者の被奪点抑えてダンジョン攻略してっていうのは、敵さんの勢力を弱めようってことだよな?」

『そうでしょうね。拠点を失えば敵の数は減少するというのが通説だから』

「……一歩間違えると、敵の襲撃を招くだけにならね?」


 ティエラが黙り込む。しばらく経ってから、『ああ』と息を漏らした。


『可能性はあるかも。今までとはまったく逆の状況になるし、そのうえ住み処まで奪えば、そうとう追い詰めることになるから』

「だよなー。黙って泣き逃げするわけないよなー。どうもヤな予感すると思ったら」

『君、襲撃が嫌いだものね。でも、だからといってお洒落勇者にダンジョン攻略をするな、とは言えないでしょう』


 言えるわけがない。お洒落勇者がダンジョン一つ攻略しただけであれだけの騒ぎ。そこに水を差すようなことを言ったら、街中を敵にまわす。


 街の秘密を守りつつ、襲撃を避ける。そのためには。


「え。お洒落勇者にそこそこの活躍させて、かつ敵を圧迫しすぎないようじんわり赤字を改善しろ…ってことか?」

『まぁ、それがベスト、でしょう』

「どうやって?」

『さあ?』


 どうにかしようと思ってどうにかできることではない。


『ベストではないけれど、ともかく襲撃を前提に全力で備える。それがベターの策』

「……」

『襲撃は仕方のないこと。むしろ起こって当然のこと。被害を最小限に抑えることへ全力を傾けるという選択も、恥ずべきものではないはず』

「……」

『……どうしても襲撃が許せないというのなら、もう「がんばる」しかないでしょう』

「……あー……」


 電話のむこうでティエラがはぁと息をつく。ため息をつかせてしまった。


「あー、ありがとティエラ。こーしてても電話代ムダだし、とりあえず切る」


 襲撃をできる限り避けたいというのはワガママみたいなもので、あまりティエラを付きあわせるのも悪い。


『そう、分かった。最後に一つだけ、忠告』

「ん、なに?」

『電話代が無駄だとか言うから、君はモテないのだと思う』

「…………まじ?」


 電話を切り、座ったままひざを抱え込んだ。



***



「こんなところで寝ていたら、風邪をひくんじゃないか?」


 ゆさゆさと揺さぶられながら掛けられた声に、おやと思う。


「……ああ……?」


 ぼんやりとする視界にお洒落勇者の顔がアップで映る。その顔がわずかに引きつった。


「……んだよ、寝てにぇーよ」


 むにゃーんとヨダレがアゴからたれて、お洒落勇者の表情の理由が分かる。


 お洒落勇者が耐え難きを耐える顔で真っ白なハンカチを差し出してくるので、受け取り容赦なく存分に拭き取る。そのまま黙って突き返し、どんな反応するかなと見ていると、曇り顔のまま、それでもなにも言わずに使用済みハンカチを仕舞った。


 基本的にいいやつ、なのだろう。


「……で? なんか用?」

「なかなか戻ってこないから、なにかあったのかと思って見に来ただけなんだが。まさか寝てるとは思わなかった」


 だから寝てない、などと言ってもヨダレを見られてるから意味がない。


「別に。ちょっと考えこんで、うっかりうとうとしただけだ」


 立ち上がると、丸まっていた背中がぽきぽきと音をたてた。


「考えこんだ? どうかしたのか? なにかあったのか?」

「たいしたことじゃねーよ。今日の晩飯なんにしよ、程度」


 なぜかお洒落勇者がじっと顔を見てくる。


「なんだよ」

「やはりなにか、あったんじゃないか? 夕飯悩んでる程度の顔には見えない」


 言われなくとも自分が仏頂面になっていると自覚している。その主原因はお洒落勇者だ。


「……悩みがあったとして、どーして俺がお前に相談しなきゃいけないんだよ」

「……ああ、まぁ、それは確かに。どうせ仲が悪い以上の関係だし」

「? 仲が悪い以上て、意味分からんぞ? なに言ってんだよ?」


 お洒落勇者のローキックが脛にヒットした。めちゃくちゃ痛い。声もなくうずくまる。


「――――!? な、にすんだよ、突然。っつー」

「悪い。あまり頭にきたんで、考える前に蹴ってた」


 まったく悪びれた様子もなく、お洒落勇者がしれっと言う。


「それで? 本当のところ、なにがあったんだ?」


 軽い口調とはうらはらに、真摯な瞳をこちらへまっすぐ向けて聞いてくる。

 だからお洒落勇者は興味本位や野次馬根性でいるのではなく、純粋な気遣いと善意100%で首を突っこんできているのだとは思う。


 本当に根はいいやつで、だからこその大迷惑。こいつがもっと嫌味なやつとか高慢ちきとか意地悪いとかだったら、遠慮なく気に食わない帰れと放言してやれるのに。


「……………………はぁ」

「ほ、本格的にため息ついたな。ほんとどうしたんだ?」


 足下の石ころをアリがよじ登っていく。視線を上げて立つと、お洒落勇者と目が合った。


 こいつなら信用してもいいんじゃないかなんて、錯覚に陥りそうになる。


「お前らさ、ダンジョンの攻略、止めね?」


 気づいたときには言った後で、陥りそうになるというか、一瞬完全に嵌っていた。


 お洒落勇者が驚き目を瞠る。


「……なぜ?」


 いろいろ言いたそうな顔で、それでもすべて呑み込み、努めて冷静に理由を問うてくる。


 しまった、とは思うものの、なんかすでに遅い。


「あー、だから、なんつーか。……お前らの目的って、赤字の改善だろ。んでもって、それってみんなが被奪点抑えれば、実際のとこ、かなりなんとかなっちゃうんだろ。だったら拠点攻略なんてリスク高いばっかで無理にやる必要、ないだろ」


 できるだけ言葉を選んで言ってみると、お洒落勇者は考えこむ顔になった。


「危ないばかりだから止めろ、ってことか? 確かに危険なのは認めるが、意味はあるし必要ないとは思わない。って、同じ話を最初のときにした気がするんだが」

「そう、だっけ? ……ああ、金か命かとかのときか……。いやだから、問題はダンジョン制圧がそんな赤点返上に効果あるか、ってことだよ」


 お洒落勇者は眉根を寄せて、ちょこっと首を傾げる。


「あるだろ。そもそも被奪点の抑制は意図したところですぐにできるものじゃない。できるのだったらもとより赤字にはならないだろうし。だから効果は長期的、少なくとも年単位で出ると考えるべきだ。一方で市長の依頼は迅速な赤字の改善だ。ダンジョン攻略は敵の減少とポイントの奪還という意味で速効性があると思うが?」


 普通はそうだろう。

 でもその赤字が意図的に作り出されたもので、被奪点の抑制が案外すぐできてしまうから、違うのである。

 でもその事情は話したらまずい。でもでも。でもばっかりだ。


「でもずっとは効かないだろ? ダンジョン中の敵を全滅させるんならともかく。すぐ戻ってくるし、拠点なんて新しくいくらでもできるし」

「確かに根本的な解決にはならないな。そういう意味では一過性でもある。だからこそ被奪点の抑制という抜本的な作戦と並行させるんだ」


 言葉が小難しい。なんだかこいつと話していると、頭が痛くなる。


「うー。えーと。まぁじゃあ効果はあるとして。でも危ないことは危ないわけだろ。被害出してまでするとか、そんなに赤字はダメか?」


 お金で解決できる問題なら、少しぐらいお金の力を借りたっていいはずだ。そう思う。

 が、お洒落勇者はそう思わないらしい。厳しい表情で「赤字はダメだ」と言いきった。


「もちろん、敵と人との現状は差損修好に過ぎない以上、絶対に黒字化することはできないと言っても過言ではない。あの有名な『最悪のサービス業理論』だな。だからある程度の赤字は許容されるが、それにも限度がある。小鞠市の負債額はすでに攻防摩擦になりかねないレベルだぞ」

「???」

「とはいえ、赤点に起因する襲撃報酬だけを取り上げて問題にしてもあまり意味はないんだが。敵関連の支出というなら特交金や補償金・補填費はたまた見舞金まで、すべてを総合評価しない限り純損益の実態はつかめないだろうし。まぁ今回に限っては、支出形態の偏りが問題と言えば問題なんだろうけど」


 相変わらず恐い顔でなにか言っている。その恐い顔で急にこっちを見た。


「ただ一番の問題は、そういう小鞠市冒険者の、君の意識だと思う」

「ふえ!? 俺?」

「あまり言いたくはないが」

「だったら言わなくていーよ」

「数字で見れば、小鞠市の冒険者ギルドは健全だ。冒険者の数も不足はしていないし、勇者候補もいるし、敵の異常増加もみとめられない。防衛も組織的で襲撃率と死傷率は低くて、むしろ優良だ。本来ならまったく問題ない、応援など必要としない街だろうに。それだけの好条件下で標準の上回る赤字、しかもその大半が冒険者の失点に起因するというのは、はっきり言っておかしいだろ。普通なら、そんなことになるはず、ないんだ」


 どきりと心臓が跳ねる。



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