19, ほんと市長ムリ



「普段はどんな仕事を受けてるんだ?」

「どんなって、まぁいたって普通の……?」


 聞き返してしまった。お洒落勇者が疑る目でジーと見てくる。


「いたって普通? 具体的には?」

「普通は、普通だよ。ほら、なんか、よくある感じの」

「へえ。ちなみに一番最近終えた仕事の依頼の内容は?」


 一番最近終えた仕事の依頼の内容……?


「……いちおう市を経由して押しつけられ……受けた、某企業の仕事だった、かな」

「なぜ視線をそらして答える。しかも『かな』って。なんだ、『かな』って」

「少し前の話だから。よく覚えてない」

「ならば次に入っている仕事は?」

「今のとこ予定はない」


 宿屋の親父を通して来る依頼もそんなに多くないし、ギルド課鬼女の押しつけてくる変な仕事も半分ぐらいは受けずに逃げる。

 唯一ボスの仕事は拒否できないが、稀だし今はない。


「予定が、ない? 仕事もせず、普段はなにをしてるんだ? というか、どうやって冒険者として食べてるんだ」

「む。ちゃんとノルマはクリアしてるぞ」

「どうやって――って、依頼を受けずにクリアしてるなら、森を徘徊して敵を狩ってるんだな」

「徘徊言うな!」


 DJスズキと同じ言いぐさにカチンときた。まだ残っていたシーフードピラフのエビを拾って食べ尽くしてやる。


 はぁ、とお洒落勇者は大きくため息をついた。


「なぜそれだけの実力がありながら、そうなんだろうな、君は」

「『そう』ってなんだよ? どうだってんだよ?」


 めぼしいエビがなくなったところで、スポーツマンがエビのフリッターを回してくれた。エビ好きだと思われたらしい。まぁ、好きだけど。


「自由気儘というか、自分勝手というか。仕事も責任も果たさないで、勇者候補としての自覚はあるのか? だから勇者の品格に欠けるとか、言われてしまうんだ」

「自分の責任ぐらい果たしてるっての。てか、なんだ、品格て! 言われたことねーよ」


 お洒落勇者が一瞬しまったという顔をした。失言だったらしい。お洒落勇者がそう思ったのか、誰か他の人間がそう言うのを聞いたのか。

 たぶん口ぶりからすると、後者だ。


「あー、悪い。今のは、忘れてくれ」

「そんな都合よく覚えたり忘れたりできるか。いーよ、どうせ市長あたりが言ったんだろ?」


 図星だったらしく、気まずそうな顔で「いや」とか「うん」とか言っている。


 それにしても、人のいないところで悪口吹きこむとか、なんてやつだ。


「まったく。自分に品格がないのを棚に上げて。でもいーよ、あのおっさんになに言われたところで痛痒ないし」

「……おっさんて。本当に仲が悪いな」

「やだな、俺と市長の関係なんて、仲が悪い未満だよ」


 お洒落勇者がまたため息をついた。


「個人の問題だし、とやかく言うつもりはないが」

「じゃあ言うな」

「せめてもう少し気を遣ってやれよ。その実力なら、赤字だってもう少しマシにできるだろ。あの市長なんか、それだけで喜んで機嫌良くなってしまうんだから」


 市長に対してお洒落勇者も意外と酷いことを言っているような気がする。

 市長はお洒落勇者たちがダンジョンを一つ攻略したというので喜び、会食への招待とかしてきているのに。


 大喜びで上機嫌になった市長の姿を、ちょっと想像してみる。


「ムリ! なんかもう市長は存在から気にくわない!!」


 思わず叫ぶと、なぜかお洒落勇者がものすごい衝撃を受けた顔になった。


「つまりそれは! 市長を嫌ってるのと同じレベルで! 俺のことも嫌ってるってことか!?」

「は? なに言ってんの、お前?」

「それはこっちのセリフだ! さっき俺になにを言ったか思い出せ!!」

「俺が? なんか言ったっけ? 全然覚えてないんだけど?」

「…………都合よく覚えたり忘れたりできる脳みそだな!」


 かなり本気でご立腹のようだった。昔の自分はなにを言ってしまったんだろう。


「ま、それはそれとして」

「君が流すな! 俺は納得してない!!」

「みみっちいやつだな」

「お前が言うな」


 とうとう二人称が「お前」になった。


「分かった。よく分かんないけど、たぶん俺が悪かった。市長とお前どっちが嫌いかなら……、……、どっちでもいいけど、ともかく、お前とは仲悪い以上の関係だってのは確かだ」


 限りなく正直な謝罪で誠意を示す。お洒落勇者は複雑な表情で見返してくる。


 右手のグーで顔面パンチされた。


「許す」

「殴る前に許せよ」


 でこを狙っての、かなり手加減された一撃だったからいいが。それなりに衝撃はきた。


「さて、そろそろ片付けて帰ろう」


 心なしかすっきりした顔で、お洒落勇者が食べ残しとゴミとを分け始める。


「ん? じゃれあいは終わったのか?」


 途中からは亜麻色くんとの雑談に興じていたスポーツマンが、爽やかな笑顔で聞いてきた。やつにはこの程度の言い合い、じゃれあいに見えるらしい。


「うん? じゃれあいで気に食わないなら、痴話喧嘩にするか?」


 いや、実は内心怒っていそうだ。怒らせた場合、お洒落勇者よりもはるかに恐そうだった。


「すいません」

「ごめん」


 お洒落勇者とほぼ同時に謝ってしまった。


「まぁ、言いたいことを言い合える相手というのも、ある意味貴重かもしれないが。それでも、あまり外で子供の口喧嘩みたいなマネをするな。お前らは目立ってるんだから」


 完全に諭す口調で言い、それとなく周りを示す。

 その先には、遠巻きにこちらを窺う市民の皆さんの姿があった。テーブルを囲むOL風のお姉さんたちが、こちらをちらちら見ながら談笑していたり、屋台のおっちゃんが団扇でこっちを示しながら客と話してたり、学生らしき女の子たちが照れた顔で押し合いしてたり。


 かろうじてまだ声をかけてはこないが、あまり長居をするとまた騒ぎになりそうな予感。

 そそくさと片付け、微妙な早足で席を立つ。


 係のおっちゃんにゴミと食器を返却し、全員無言で迅速に離脱した。


「もー。なんでラジオだったのに、こんな顔がばれちゃってるわけ?」


 路地へ無事に逃げ込むと、亜麻色くんがふくれっ面で言う。


「……たぶん、俺の顔が割れてるからだ。いっしょにいると、自動的にばれるんだと思う」


 いまだに見ず知らずのおばちゃんから道ばたで「ケータイの人」と笑われることがある。


 亜麻色くんは、無言で三歩離れた。


「なに、大丈夫。どうせいつもは仕事に出てるんだ。顔を知られていても、関係ない」


 飄々と言い、スポーツマンは先に立って歩いて行く。その背中は、今日も似合ってないオレンジチェックのシャツだが、ちょっと頼もしげだ。


「ああ、そういえば、あんた。さっき気になったんだけど」


 めずらしくチャラベストが話を振ってくる。


「ラジオ局で言ってたって誰? あんた、市長は『市長』って呼んでっから、市長じゃねーよな?」

「………………」

「なんで無言なんだよ」

「いやぁ、最近の市長の話題登場率の高さにめまいがした」

「どんだけ市長嫌いだよ、あんた」

「だから、嫌いっていうか、存在が」

「もうその市長の話はいい」


 なぜか強い口調でお洒落勇者が割りこんできた。


「で、ボスだ。えらくビビってたけど、ボスと呼ぶからにゃ上司だろ? ギルド課長か?」

「いや、違う。ボスと言っても、俺の上司じゃなくて、街の支配者のことだから」

「へえ。市長と支配者はべつってことか。ま、こっちじゃよくあることだろーが。ちなみに、ここのボスって誰だよ?」

「………………」

「だからなんで無言!」

「いやぁ、あんまりボスボス言ったり聞いたりして、神経が参りかけた」

「どんだけボス恐いんだよ、あんた!?」

「実際会ってみなきゃ分かんないだろうけど。ボスの初対面での俺への第一声が『冒険者に人権があると思うな』だったんだぞ。しかもそれが口だけじゃなくてマジな人だから、『ボスに逆らえば消される』ってのが小鞠市冒険者の暗黙ルールだからな」


 一般市民ならともかく、冒険者は敵に殺害されたとなれば、とりたてて捜査もなく戸籍が削除されてしまう。

 ボスならその程度の事実、でっち上げるまでもなく処理できてしまう。

 そうして戸籍を失いどこぞへ売られていった冒険者の話がまことしとやかに囁かれている。


 それが事実かはともかく、ボスならやるという衆目一致のリアルホラー。


「それは、為政者として、大丈夫なのか?」


 どん引きしているチャラベストに代わってお洒落勇者が聞いてくる。


「うーん、冒険者の扱いは荒いけど、政治手腕はなかなかなんじゃないか? 実際市は安定してるし、財政も健全だみたいなこと前に言ってたし」


 政治のことは分からないから善し悪しの判断なんかできない。みんながそれなりに生活できてるから、いいんじゃなかろうか。


「で、誰?」


 やっぱりそこが気になるらしい。チャラベストが再度聞いてくる。


「市長の秘書室長。お前ら会った?」


 モンスターを停めたパーキングに着いた。解錠し、不足金をお洒落勇者がカードで支払う。


「秘書か。女のヤツになら会った」

「それは市長美人秘書のほうだな。ボスはおっさん」


 どうやらボスには直接会っていないらしい。市長美人秘書は、実はボスの片腕である。ボスの仕事の補佐とか市長の見張りとかしている。


 その後ボスとの連絡は取れていないし、ボスがお洒落勇者のことをどう考えているのか、その真意は測りがたい。


 運転席に乗り込もうとしたら、どこかから安っぽいラーメン屋台のラッパ音が鳴り響いた。ラーメンはもうさっき十分食べた。


「……見なくていいのか? お前の携帯だろ?」


 スポーツマンに指摘されて思い出す。そういえば自分のメール着信音だった。


「ケータイ変えてまだ一週間くらいで、どうも慣れないんだよな」


 言い訳しながら携帯を取りだす。スポーツマンには呆れた様子で「お前以外の人間は、お前の携帯の着信音を覚えたけどな」と返された。


 ティエラからのメールだった。午前中に送ったメールの返信だ。


 内容は、ザイン課長を舐めすぎだという半分お叱りメールだった。まぁ確かに。そして最後に自分にも気になることがある、と書いてあった。


 え、なにが気になったのか書いてくれないと、そこがすごく気になる。


 すぐに聞きたいが、メールを打つとまた時間がかかる。宿に戻ってから電話をするか。でも忘れそう。


「なにか急用か?」


 止まったまま携帯をにらんでいると、お洒落勇者が聞いてきた。


「いや、別に。ちょっと一本電話かけたいかなって、思っただけだ」


 あとで電話すればいいやと思い直し、携帯を仕舞う。お洒落勇者が首をかしげた。


「それなら運転は俺がするから、かければいい」

「まじで? 道順、大丈夫か?」

「宿屋へ戻るだけだろう? それならカーナビで十分だ」

「は、カーナビ!? あんのか!?」


 こちらの驚きをよそに、お洒落勇者は当たり前だろうという顔でうなずく。


「防犯対策でパネルの中に隠れてるんだ。こっちの地図もインストールしたし」

「……カーナビあったなら、なんでわざわざ俺に道案内させた……?」

「君が自分から案内してくれると言ったんじゃないか」


 だってカーナビなんて付いてると思わなかったから。


「ったく。二度としない。じゃ、運転頼む。俺、荷台で電話すっから」


 キーをお洒落勇者に渡し、荷台のほうへまわる。


「荷台でいいのか?」

「運転席ならともかく、すし詰めになんの、ヤだし。電話するし」


 よじ登るようにして上がると、今日はコンテナはなかった。ごろんと適当に横になる。硬くて砂利っぽくて、背中が痛い。しかも足を完全にはのばせない。

 エンジンがかかると、耳元が目茶苦茶うるさかった。


 見上げた空は、ところどころ雲が切れて、青い空が垣間見えている。太陽は薄い雲に覆われているが、日差しは十分に届いているし、風もなくぽかぽかと暖かい。いい陽気だ。


 ――は、睡魔に攫われかけた。


 寝転がったまま、ごそごそと携帯を取りだす。ティエラの番号を呼び出して、コールした。

 二回三回とコール音が続く。これは出ないかなーと思い始めたとき、唐突につながった。


「あ、ティエラ? 今って電話へーき? もしかして仕事中? なら切る」

『いえ、切らなくていい。さっき仕事から戻ってきたところ。そちらの音がうるさいのだけど、どこにいるの?』


 モンスターのエンジン音が携帯に入ってしまっているらしい。お洒落勇者たちに付きあってラジオ局へ行った帰りだと伝える。ティエラがフッと鼻で笑った。


『そう。ぶつぶつと言うわりに仲がいい』

「仲良くねーよ! ほんとに。今日もえらい目に遭ったし」


 ラジオ局での騒ぎ、出待ちの騒ぎ、屋台街での騒ぎ、と愚痴気味に話す。黙って聞いていたティエラは、むこうでふぅと息をついたようだった。


『嫉妬?』

「ちげーよ。たぶん。いや、ないでもないけど。でもティエラだって悔しくない? 俺らだってずーっとがんばってんのに、あいつらがダンジョン一個潰したぐらいであんな大喜びされて。なんか俺らがいつもなんもしてないみたいじゃん」

『ダンジョン一つは「ぐらい」ではないと思う。ただ、話のとおりの騒ぎなら、それは確かに少し異常かも』

「少しじゃねーよ。お洒落勇者もびっくりだよ」


 車はこっちを折れてあっちを折れてと道をちょこちょこと進んでいく。きっとカーナビがルート計算に難儀しているのだろう。人間でも迷うし。


 なにか考えるような沈黙を置いてから、ティエラはいつもの淡々とした口調で切りだした。


『覚えている? 前の襲撃からそろそろ半年が経つということを』


 それはもちろん。忘れられるわけがない。



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