18, らーめんらーめんれーめんらーめん!



 熱烈な人垣を這這ほうほうの体でなんとか振り切った。


「……俺のラーメン……」


 もう一刻の猶予もない。

 両手一杯におみやげを持ったお洒落勇者が申し訳なさそうに謝ってくれるが、そんなヒマがあったら一足でも早くサクサク歩いてほしい。


「それにしても、あんなにたくさんの人が知っているだなんて、あのラジオはすごいなぁ」


 異様にものの載ってしまったトレイをひっくり返さないよう目を配りながら、お洒落勇者が心底感心したらしい声で言う。

 ラジオ「ハルバードで一振り」の意外な影響力は体験済み(携帯とか携帯とか携帯とかで)なので、まったく同意だ。


 ただ、お洒落勇者たちの場合、どうも昨日から電撃的にうわさが広まっていたようだが。


「そんないろいろ貰って、それでもお前は気持ちの壁とか、感じるのかよ?」


 さきの会話を思い出し、お洒落勇者に聞いてみる。


「……いや、そうだな、感じない。こんなに歓迎されたのは、初めてだ。ダンジョンひとつ攻略したからって、こんなに応援された街はない」


 お洒落勇者の声が嬉しげで、それはいいが歩速が落ちている。

 席まであと少しなんだから足緩めるなよという意味でにらんでやると、なぜか真摯な瞳で見つめ返してきた。


「いい街、だよな。たいがいの街じゃ、少しぐらい頑張ったって、『保護地帯の人間が』って言われるんだ。『どうせ保護地帯の人間』『保護地帯のヤツには分からない』『普段は安全なところにいるくせに遊び気分で来る』『休日冒険者』とか」

「遊び気分でダンジョン攻略とか、どんだけだよお前」

「……俺が言ったんじゃなくて、そう言われるという話なんだが」

「ああ、悪い、今脳みその9割がラーメンで占められてるもんで。それ言ったやつ、冒険者の仕事ナメてるな。誰が遊びで命懸けるか」


 そいつは毎月どれだけの冒険者が命落としてると思ってるんだろうか。

 腹立たしく思っていると、お洒落勇者が顔を綻ばせて笑った。こっちは怒っているというのに、どうもお洒落勇者はいちいち反応がおかしい。

 まったくなにを考えているのか、分からない。


「たいてい言うのは冒険者だけどな。どれほど応援を求めているところでも、来たのが『保護地帯』の『若い』『勇者候補』だと分かると、冒険者は眉をひそめる」

「そういうもんか? 分かるような、分からないような」

「小鞠市でも冒険者は歓迎してないだろう、君を含め」


 多少自嘲気味にお洒落勇者が言う。その顔はなんとなく意地悪くも見える。


「まぁ、歓迎はしてないな。でも、他のヤツらはどうだか知らないけど、別に俺はお前が保護地帯の人間だから嫌ってるんじゃない」

「へえ。だったら、なぜ?」


 失礼にも人の言葉を信じていないらしい。お洒落勇者は理由を聞き返してくる。


「なんでって、ただお前の存在がなんか気にくわないだけだ」

「ひどっ! その発言が一番ショックだ」

「ああ、悪い。今脳みその9割がラーメンで占められてるもんで。俺もうここで歩きながら食っていい?」

「だめだって。もうそこに席見えてるだろう」


 こちらに気づいたスポーツマンが丼を受け取るべく席を立ってきた。そしてお洒落勇者のさまを見て驚く。


「なんだ、この量! どれだけ買い込んできたんだ! 全部食べるのか!?」

「いや、これは違うんだ」


 おみやげの荷を少し分けながら、お洒落勇者が一騒ぎのことを話す。それをしり目にこちらはさっさと席に着き、箸を割る。


「あんたら遅かったな、どこほっつき歩いてた?」

「おさきー」


 すでに戻っていたチャラベストと亜麻色くんが、メシほおばりながら出迎えてくれた。

 どうやら二人とも意中のものを見つけてきたらしい。しかもそれだけでなく、なんだかいろいろ並べている。北京ダックに焼き鳥、チャーシュー、包むための葉ものと薄皮、ついでたこ焼き、目玉焼きそば、LLサイズの紙コップ。


「……お前らもよくそれだけ買ってきたな……」


 念願のラーメンをすする。いつも通りのおいしさで、ほっとする。


「なんでもあるんじゃない、ここ。すっごいよねー」

「ハハハ、まさかホントにシシカバブが喰えるとはな」


 そんな適当な気持ちでいちゃもんみたいな要求突きつけてきていたわけか。


 お洒落勇者とスポーツマンもやって来て、おみやげをテーブルに広げだす。その光景にチャラベストと亜麻色くんも目を丸くする。


「おおはしゃぎで大量購入か、おい!」

「どしたの、これ? サプライズ?」

「ああ、いやこれは」


 またお洒落勇者が事の顛末を話して聞かせる。それを聞き流しながらラーメンをすすり、やたら豊富なおかずをつまむ。それにしても、テーブルの上がすごい。


 お洒落勇者たちの顔はまだ割れていないからこの程度の騒ぎですんだが、もし今後顔を知られるようになったら、どんなことになるか分からない。

 なぜお洒落勇者たちがそんな人気を集めているのか不思議だ。やっぱり顔がいいから?


「うーん、まったくありがたい」


 しみじみと言いながら、スポーツマンがエビフライを食べている。井の中屋のエビフライは美味しい。

 ちょっと狙ってたのに。自分がもらったものでもなし、仕方ない。


「なんかのワナじゃねーだろーな」


 チャラベストが口では疑い深そうなことを言いつつ、ぱくぱくと口へ運ぶ。


「こんな食べきれなくない?」

「そうだな。持って帰ろう」


 チヂミを食べ終え、亜麻色くんはタイ焼きへ手をのばす。その勢いで食べれば、そんなに余らないだろう。

 一方、お洒落勇者はのんびり優雅に箸で寿司を食べている。


「そういえば。もう一つ驚いたんだが、屋台でカードが使えたんだ」


 さも凄いことのようにお洒落勇者が報告し、スポーツマンたちが「え!?」と驚く。


「カード使えるって、どんな屋台なんだ、それは」

「どんなもなにも、普通の屋台で、しかも買ったところはどこも」

「えー。おれ行ったとこは、どっこもカードのマーク、なかったよ」

「いや、こっちも。特に表示してなかったけど、聞くとみんな使えるって言うんだ」

「よく聞いたな。普通、屋台でカード使おうとか、思わねーだろ」


 なにを言っているんだろう、こいつらは、と思う。


「カードは使えて当然だろ。表示があるのは、むしろ使えない場合だ」


 半信半疑の顔で視線をむけてくる。どうやらここにもカルチャーギャップがあるようだった。


「現金なんか持ち歩いてて敵に遭遇したら、巻きあげられるのがオチだろ。多少は持ってないと敵がキレるから、捨て金は持つとして。給料なんか、銀行から出さないほうが絶対いいし」

「それは分かる。こっちは子供でもカードを持ってるカード社会、だよな。それぐらいは知ってるんだ。それでも、屋台にまでカードが普及しているというのには、違和感がある」

「そりゃ屋台の側だって、現金で支払われたとして、襲撃かなんかのいざってときに金を抱えて逃げるのは大変だから。カード決済のほうが安全で楽だろ?」

「なるほど。そう言われればそうだな。あと一つ気になるのは、それほどカードが普及しているのに、意外と冒険者はカードを使っていない印象があるんだ。君もちょくちょく現金で出してただろ? それはなぜだ?」


 また妙なことを聞いてくる。どう説明したものか、困る。


「たぶん、いくつか理由があるんだけど。一番大きいのは、一般人より冒険者のほうが捨て金の総額が大きいからだと思う。銀行から多めに出すから、それを使っちゃうんだよな」

「ほー。ちなみにこっちの冒険者の捨て金って、いくらぐらい持つものなんだろうか?」

「さあ? 俺は持ったことないから。知らない」


 さらに言えば、お洒落勇者たちがどのぐらいの捨て金を携帯しているのか、むしろ知りたい。


「……そうか。他の理由は?」


 げその唐揚げを口に入れたとこなのに、お洒落勇者がせっついてくる。


「んーと。銀行とかカード会社とか信用してないやつは、それほどカードは使わないみたいで、それが特に冒険者に多い」


 げそが美味しそうに見えたのか、お洒落勇者も箸をのばしてくる。


「へえ。銀行に守ってもらうより、自分で守ったほうが確実ってことか」

「それもあるし、大手の銀行が襲撃されて大損害を出したっていう事件がいつかどっかであって。そのときは特措例で州が預金補償に乗り出したんだけど、襲撃は冒険者にも責任があるからって、冒険者の預金だけ補償率が低くされたらしいんだ」

「そんなことがあったのか? 知らなかった」


 お洒落勇者が顔をしかめる。


「ちょっと古い話だから。たぶんもう十年以上経つんじゃないか?」


 げそ食べてたら、水が欲しくなってきた。亜麻色くんに紙コップの中身を尋ねると、コーラとか返ってきた。げそとコーラは、ない。


「ということは、君も銀行を信用していないクチ、なのか?」

「俺? うーん、いや、俺は信用してなくないな。積み立て預金が趣味だし、キャッシュカードにクレジット機能つけて使ってるし。だいたい、街への襲撃を防いでれば銀行だって安全だろ。たんす貯金なんかしてて空き巣に入られるほうがよっぽど危ない」


 お洒落勇者が不可解そうに首をひねる。


「ということは、君が現金を使う理由は他にあるってことか?」

「俺の理由? そんなの、敵から巻きあげる金が、全部現金だからにきまってるだろ」


 敵からの現金収入はいちいち預金せず、普段の飲み食いに使っている。たまってきたら預金だ。


「……そうか。つまり、敵が市民から巻きあげた金を、君が敵から巻きあげてるんだな……」


 人のことを頂点に君臨するラスボスかなんかみたいに言ってくれる。


「失敬な。別に俺だけじゃねーよ。他の冒険者だってやってる、つか、お前らだってダンジョン行って、1円もとらずに帰ってきたわけじゃないだろ」

「それはまぁ、敵からの金品奪回も冒険者業務だからな。でもそれが主要目的でもなし、敵を打ち倒したからって所持金を巻きあげたりは……」


 お洒落勇者が言葉を切る。なにかを思い出すように口へ手をやる。


「そういえば、DMが降伏するやいなや勝手に自分から財布を差し出してきたんだが、あれはなんだったんだろう……?」

「ああー、あったあった。びっくりしちゃったよー」

「……あれは、なんだかカツアゲでもしているような気分だったな」

「そんなことされても、きしょいっつーの」


 四人がくちぐちにそう言う。敵が自分から財布を出してくれたなら、手間が省けたと素直に喜べばいいのに、変なやつらだ。


「そのDMって、ギスフィウィキャだろ?」

「ギス……? いや、名前は知らないが……というか、なんで君は知ってるんだ」

「クニィジニュイのDMはギスフィウィキャだ。やつとは外で行き会ったことがある」

「そうなのか? DMクラスの敵がダンジョンから出歩いているのに行き会うだなんてなぁ。珍しいというか、ついてないというか」


 正確に言うと行き会ったのではなく、理由あって誘きだしたのだが。それは別のはなし。


「そのとき、ギスフィウィキャがあんま強情なもんで、負けた以上はサイフという名の誠意見せろやって、ちょっときつく言っちゃったから、トラウマになってたのかもな」

「サイフという名の誠意って、君はチンピラか! トラウマになるほど何をした」

「別になにもしてねーよ。おおよそは言葉と心を尽くして」


 言葉が通じても意志は通じないのが敵だ。やつらになにか教え込むのは本当に苦労する。


「あの怯えよう。なにもしてないとは思えないが。……それにしても。改めて考えると、君は一人であのDMと戦って勝ったってことだよな?」

「そりゃ、俺は基本一人でしか行動しないから、そうだけど……」


 また口うるさいことを言われる予感に、身構えながら応じる。


「………………普段はどんな仕事をしてるんだ?」


 不審なほどの間を空け、妙なことを聞いてくる。なぜこの流れでその質問が出た?




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