帰結としての破綻、あるいはただの自業自得

22, ティエラとの仕事



 むせかえるような緑と土の匂い。ついでに血の臭いが異質につきまとう。湿度が高いせいで汗が乾かず気持ち悪い。べったりと服に染み、足を伝う血はもっと気持ち悪い。


 ずっと走りっぱなしで、さすがに息も上がってきた。

 森の中だから足場も悪いし、すぐ方向を見失いかける。悠長に地図を覗く余裕はなく、定期的につけられた目印だけが頼りだ。


 ときおり後ろをふり返る。ばっちり追いかけてくる敵との間に、まだなんとか距離がある。

 それだけ見たら全力で逃げる。今はもう全力を振り絞っても駆け足とあまり変わらない。


 あともう少し走り抜けば。そう思うと急に横腹の痛みが戻ってきた。


 こんなときにと痛みに気をとられ、前方への注意がおろそかになったのだろう。人影に気づいたときには、その中へ突っこんでいた。


「――ッ!」「うわ!」「おう!」「わお!」「げえ!」


 なぜかこの広い森でよりによって出会ったのはヴィルトカッツェの一行で、なんとか激突は回避したものの、足がもつれてすっ転ぶ。枯れ葉や泥が舞った。


「なんだ、急に。危ないな――って、どうしたんだ、その血!」


 驚いた顔のお洒落勇者が、なんかまくしたててくる。他のメンバーまで声を上げる。


「ひでぇザマだな」「なにがあった? 大丈夫か?」「怪我? 診る?」


 急に止まった反動で声も出ない。とにかく手をぱたぱた振って応える。


「とにかく息を整えろ。それにしても、本当にどうしたんだ? よく見ればそんな軽装で、ロクな武器も持たず一人で、なんで血だらけで森を走ってる?」


 怪我を確認しようとのばしてくる手を振り払い、深く息をつく。ちょっと落ち着いた。


「いや、大丈夫。怪我とか、してねーから。で、悪い、俺、急いでっから。お前らも、さっさとここ、離れとけ」


 立ち上がってはみたが膝ががくがくする。でもここは予定のポイントではないし、お洒落勇者たちがいたら邪魔だ。


「大丈夫って、それは無茶だ。なんだか知らないが、少し休んで――」

「敵だ!!」


 チャラベストが警告を発する。それと同時に大きな影が三つ躍り出た。


 追いかけてきていた敵、それもそこらのザコとは確実に格が違う。一回りは大きい体躯と凶悪さを持ち、獲物が足を止めたと分かった途端、身を潜めて近づいてくる。そんな敵が三杯。

 即座に強敵と見て取ったヴィルトカッツェが、さすがの反応速度で身構える。


「下がってろ!」


 武器も持たず息が切れていては戦力外だと判断されたらしい。お洒落勇者がこちらを見もせずに命令してくる。


 見るだけで吐き気を催す妙なフォルムの敵が、それ自体が凶器としか思えない腕……腕っぽいなにかを振るう。それがまた想像を超えた速さで、予想外の関節の動きで気持ち悪い。


 それが三方向から来るなんて悪夢としかいいようがない。普通これだけ位階の高い敵は連むことがあまりない。だからこんな戦闘は、ヴィルトカッツェでも想定外だろう。


 防御の要のスポーツマンがかろうじて前で攻撃を受け流す。まともに受けたら吹っ飛びそうだ。チャラベストはすでに後方へ退いており、お洒落勇者と亜麻色くんがスポーツマンの受けきれない攻撃をなんとかはじく。そこに反撃の余裕などなく、少しずつ押されている。


 なにより、敵はただ手(っぽいなにか)を振り回しているだけ、遊び半分もいいところだ。敵は顔面あたりの筋をいやらしく弛め、向こうの言葉で人間をバカにする発言を吐く。イラッと来たのでなにか言い返してやろうかと思ったが、ティエラに今日は敵と話すなと言われているので、しょうがなく口を閉じた。


 ヴィルトカッツェは、なんとか防いでいるようで、蹂躙されているに等しい。


 こんなことを続けていても先はない。リーダーの決断が必要だ。的確にそう結論したお洒落勇者が厳しい顔で指示を出そうとする。


 が、一足先に合図が来た。


『伏せッ!』


 手近だった亜麻色くんを突き飛ばし、反動のままスポーツマンへ体当たりで一緒に倒れる。お洒落勇者だけ残ってしまったが、まぁ大丈夫だろう。


 ズダダダッズダダダッズダダダッと耳をつんざく爆音が立て続けに轟く。


 激しい衝撃を受け、敵が絶叫をあげる。脳から内蔵から揺さぶるようなそれを伏せて耐えていると、間もなく三杯が順に倒れ伏した。


 敵がそのまま動かなくなったのを確認。息を吐きながら身を起こす。耳がキンキンする。


「おー、大丈夫か? てか、聞こえてる?」


 突き飛ばし押し倒す形になった二人の安否を確認する。

 そうとう驚いたらしいが、「なんとか」という返事がきた。


 後ろのチャラベストも、プチ混乱気味ではあるらしいものの、無事そうなので安心する。


 問題は一人突っ立ていたお洒落勇者だが、見た感じとりあえず吹き飛んではいないようだ。


「……大丈夫だったか?」


 おそるおそる声をかける。ふり返ったお洒落勇者は、男前はどこにいったという残念顔で口元をわななかせた。


「ってか、今のッ! 横! まさか!」

「あー、無事なら良かった」


 お洒落勇者はすぐ横を計9発の弾丸がすり抜け、かつ真正面から敵の絶叫を喰らったわりに元気そうだった。さすが勇者候補、頑丈だ。


 呆然状態ぐらい放っておいてもすぐ直るだろう。敵に近づき、ちゃんと行動不能になっているか再度の確認をする。三杯とも息はあるが、しっかり意識は落ちていた。


「お待たせ」


 涼やかな声とともに、功労者、というか下手人であるところのティエラが合流してくる。

 その手に凶器となったアサルトライフルを持っている。それを見たヴィルトカッツェの全員が、やっぱりと顔を引きつらせた。


「お疲れ。ナイスショット」


 携帯を引っぱり出し、スピーカー通話とGPSを切断終了、読み取り機アプリを起動する。

 つまり今回の作戦は、一方が囮となって敵をポイントまで誘導し、もう一方が待ち伏せて狙撃するというものだ。


 ティエラがほぉと大きく息をついた。


「ひやひやさせないで」

「悪い。でも不可抗力だって。ティエラなら来てくれるって思ったし」

「狙撃ポイントの変更はとても大変なのだから。射線が通ったから良かったけれど、下手をしたら失敗していたと理解してる?」


 一番近くの敵の荷を漁り、IDタグを引っぱり出す。読み取ってから隣の敵を漁っていたティエラへスマホをにパスした。


「分かってる。無事達成できたのは、ティエラのおかげだよ」


 もともとこの作戦は、襲撃の核になりそうな強敵の三杯を標的にしたものだ。

 位階の高い敵が群れ、そのまわりに無数のザコ敵が集まると、大きな襲撃に繋がることがある。


「それだけではなく。狙撃準備が整うまで、ヴィルトカッツェが敵の足止めをしていてくれたのがとても大きい。君じゃあ足止めは無理だったでしょう」

「む。そりゃ一対三はちょっと分が悪いけど。でもあのぐらいの時間稼ぎなら、たぶんもしかするとやってみればそこそこなんとかなったかもじゃん」

「無理。君の顔なんか見たら、敵なんて逃げて行ってしまって、絶対足止めにはならない。せっかく苦労して集団から引き離した敵に逃げらたのでは、やってられないから」

「んなわけあるかッ」


 苦労しながらタグを敵から引きはがし、ポイントを読み取ったティエラが息をつく。


「こんな面倒な囮猟などしなくても、敵が集まっているところへ君が一人で突っこめば、それで無事解決だったと思う」

「俺に死ねってか!」


 よほど腹に据えかねているのか、なんだかティエラが酷い。ツッコミをさらりと無視し、「だから残る一杯はそちらの取り分でいい」「あ、ああ、ありがとう……」みたいな会話をお洒落勇者と勝手に始めた。


「二人で何してたかはだいたいわかったけどさー。その血はなに?」


 横へやって来た亜麻色くんが、今なお滴るそれを指さす。


「ああ。血の臭いがあれば、ちょっと距離があっても敵引きつけられっから」


 重かった荷物を降ろし、閉じていた袋の口を開いてみせる。


「今晩は狸汁が喰えるぞ」


 喜ぶと思いきや、覗きこんだ亜麻色くんとチャラベストが絶句した。罠で生け捕りにしたやつをさっき絞めて血抜きした、新鮮なものなのに。


「……持ってきたの? 血袋だけで用は足りるのに。肉は捨てなさい」


 ティエラまで怒る。


「えー、やだよ。重いのを苦労して持ってきたんだから」

「そんなものを持ってるから、逃げ足が遅くなって危なくなったんでしょう」


 荷から敵の財布をつまみだし、中を覗いたティエラが顔をしかめる。


「……しけてる。これでは弾代にもならない」

「ん? あー、そいつなら、たぶん」


 ティエラのほうの敵に近づき、全体像をざらっと見渡す。ここかなと見当をつけたところを軽く蹴る。装甲の一部がバカッとダッシュボードみたいに開いた。


「そっちはダミーの財布で、こっちが本命の財布だって」


 立派な鰐皮の財布が出てきた。中身は数枚の万札で、一枚残してごっそり頂戴する。


「うーん、位階のわりには確かにしけてんな。でもあとの二匹も漁れば、弾代薬代払ってもお釣りがくるだろ」


 他の二杯も漁り、ティエラに一旦預ける。

 あとで必要経費を差っ引き、残りを山分けにする。血でダメになった今日の服は、領収書なしでも必要経費にしてもらえるだろうか。


「……そんなとこ開くの、初めて見た……」


 驚いているのか呆れているのか微妙な声でお洒落勇者がつぶやいた。

 こういうギミックを内蔵している敵は珍しいし、いても分かりにくい。案外みんな知らない。


「んで? ソレってどうやって見分けてんだよ、あんたは」

「んー、見分けるっていうか、なんとなく。勘で」

「使えねー」


 チャラベストが吐き捨てる。失礼なやつだ。


「そもそもお前らこそ、こんなところでなにやってんだよ?」


 運悪くこんなところにヴィルトカッツェがいたせいで面倒なことになったのだ。


「俺たちは、明日からリーフィーノダンジョンの攻略に取りかかる予定だから、今日はその下見に行くところ……って、朝話しただろ? 聞いてなかったのか?」


 リィンフィイノダンジョン、街からは少し離れたかなり大きなダンジョンだ。確かにそこへ行くにはこの道を通るのが一番だが。


 朝の出来事を脳内再生してみる。確かに朝飯時にお洒落勇者がやって来て、なにか言っていたような気もする。

 ちょうど半熟目玉焼き(宿屋親父作)の黄身を割る一大プロジェクトの最中で、なんか適当に聞き流し、「そのダンジョンならあの道行くのがいいよ~」的なことを無意識に答えたかも、しれない。


「……聞いていたのなら、こんな面倒な事態は避けられたでしょうに」


 ティエラがこちらにだけ聞こえる声量で言う。


「悪い、全然覚えてなかった。むしろ変なふうに覚えてた」


 ティエラと作戦を立てたとき、この辺りで射撃可能な空間のあるところはどこかという話になって、それならこの道がいいんじゃないかとすぐに思いついたのは、つまり朝話したのがどっかに残っていたからなのだろう。


 嫌でもなんでも人の話はちゃんと聞こうという教訓だ。


 お洒落勇者が見慣れたしかめ面で「それにしても」と切り出す。大抵こういうとき出てくるのは、口うるさい文句や注意である。


「こんな森の奥へそんな軽装で来るなんて、なにを考えてるんだ。どんな敵といつ遭遇するかも分からないのに、不用意だろう。それにせめて、せめて森では武器を持てよ」


 やっと最近は諦めたのか、街ではうるさく言わなくなったお洒落勇者だが、さすがに森だと気になるらしい。久しぶりに武器不携行の注意をされてしまった。


「はぁ? 剣なんて、そんな重いもん持って走り回れるわけないだろ」

「タヌキは持ってきたくせに」


 ティエラがボソリと言う。この人は敵なんだろうか、味方なんだろうか。



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