16, 燻煙式殺虫剤でも敵は燻しだせるが



「また来てくれよ。じゃ、気をつけて」

「誰が来るか」

「えと、今日はどうもでした」


 見送りのスズキに背をむけて駐車場へ向かう。そこへ「あの!」と言うかわいい声がかけられた。

 スポーツマンと二人で「ええ!?」と振り返る。声の主は、期待を裏切らない女の子複数だった。


「あの、ヴィルトカッツェの方、ですよね。すみません、サインください!」


 勇気を振り絞ってという感じで一人が言い、みんなでペンや色紙を差し出す。もちろんその視線は、がっちりスポーツマンだけを見ている。


「え、俺の? あ、ああ、いいけど」


 動揺しつつも応じるスポーツマン。女の子の一人がちらっとこっちを見たが「ん、違う」と迅速かつ的確かつ適切に判断された。


 少し照れながらサインするスポーツマンとかわいく握手を求めてる女の子の傍にぼけっと突っ立っているのも馬鹿らしい。何食わぬ顔で一人歩き出す。


 うん、誰も呼び止めてこない。当たり前なのだが、なんか微妙に悔しいというか、寂しいというか。別に女の子に囲まれて「きゃーきゃー」言われたいわけではないが。

 いやでも、一生で一回ぐらいならそんな経験もしてみたいような。うらやましくなくもない。


 車へ戻ると、モンスターにもたれて亜麻色くんが待っていた。


「あれ、お前は捕まらなかったのか?」

「うん。おれ逃げるの得意だし」


 不敵な笑みを浮かべている。こいつはこいつでよく分からないやつだ。


 来るときに運転し、そのまま預かっていたカギで車のロックを開く。どうせ帰りも自分が運転だろうと運転席に乗り込んだ。

 亜麻色くんが助手席に座る。来るときもそうだったが、今日は荷台に乗らないらしい。


「だって雨降りそうじゃん。おれは雨嫌いじゃないけど、濡れるとみんながうるさいからさ」

「そういうことか。でもこの雲行きなら今日はもう降らんと思うけど」


 フロントガラス越しに空を見上げる。確かに雲は厚いが、流れも早い。


「そう? 天気予報は昼から雨って言ってたよ?」

「うん、でも朝イチで降ったから、その予報もう外れてるし」


 今朝がた森へ行ったものの、完全に空振ったうえ雨に降られて散々だった。


「そーいやあ降ってたね、朝。そっか。でもいーよ、今日は助ッ席の気分だから」


 鼻歌交じりでフロントパネルにぺったりくっついている。この亜麻色くんが助手席を占領した場合、後部座席に残り三人が詰め込まれることになる。

 もっとも、このモンスターは容量たっぷりだから、それほど可哀相なことにはならないだろうが。


 お洒落勇者たちは、まだ戻ってくる気配がない。亜麻色くんに「なぁ」と声をかける。


「ちょい聞くけど。お前らのダンジョン制圧って、どういうカタチで決着つけた?」


 一口に制圧と言っても、その方法はさまざまにある。そして方法によって、それが及ぼす影響も違ってくるはずだ。


「ん、気になる?」


 亜麻色くんは、口をすぼめてこちらを見遣る。仕方なくうなずく。


「おう、気になる気になる。だから早く教えろ」

「だったらガーウェイに聞いて」

「なんでだよ、やだよ、めんどくさい」


 なぜか亜麻色くんが外を向いてため息をつく。


「っていう反応だよねー、やっぱ。まぁなに、二人のすれ違いっぷりって見てると面白いっから、おれはいいけどね」


 なんだそれは。つまりお洒落勇者と仲良くしろと言うことか。いや、ニュアンスはなんか少し違うような気もする。


「なにが言いたいんだよ?」

「もっともっと面白くなってほしいなーってこと。邪険にされてしょげてるガーウェイとか、めったに見られないし。それだけでもついてきたかいあったーって」

「……あいつ、しょげてんの?」

「しょげしょげだよ、しょげしょげ」

「それは、確かに、ちょっと面白いな」

「で、なんだっけ? 決着のカタチ? このあいだは『追い出し』でやったよ」

「追い出しか」


 ダンジョンから敵を追い出し、一時的にでも封鎖する、という方法だ。


「ダンジョンマスターは?」

「DMも無事追い出し。戦闘になったけど、向こうが負け認めて」

「……あそこのDMは確かギスフィウィキャ」


 強敵で、それを追い出したというのは賞賛に値する。口には出さないが。


 ところで、その追い出された数多の敵さんとDMさんとはどこへ行ったのか。


「ただねー、おれもちょっと聞きたいんだけどさー」


 考え込もうとしたところを、こちらも少し考え顔で亜麻色くんがつついてくる。


「あ? なに?」

「ダンジョン攻め、思ってたより抵抗がなかったというか、簡単だったっていうか。もうちょっと手こずると思ってたからさ、なんか、気持ち悪くって」


 攻略が簡単だったとか、聞きようによっては大変な嫌みだ。ただ、亜麻色くんがめずらしく顔を曇らせながら言うと、不思議と神経に障らない。


「そんで、もしかして、ここいらの敵って、若干弱め?」

「……それって、ヴィルトカッツェ全員の感想?」

「ううん。おれの個人的感想。パーティーとしては、予定どおりの攻略ができた、ぐらいの感じかな。意外とおれって悲観主義かも」


 意味不明なまでに陽気なくせして悲観主義もないだろう。そう言ってやると、「じゃあ客観的」ときた。そんなことはどうでもいい。


 向こうからお洒落勇者たち三人がこちらへ戻ってくるのが見えた。この話題はやつらが戻ってくる前に適当に打ち切っておくほうがいいだろう。


「うん、まぁ、でもお前の感覚は結構正しい。小鞠市の敵さんは骨抜きにしてあるから」

「ふうん? 骨抜き? どうやって?」


 亜麻色くんが訝しげに問い返すのと、お洒落勇者が後部ドアを開けるのとが同時だった。


「ごめん、お待たせ」

「おう、待ちくたびれたぞ」


 ごめんごめんと悪びれたふうもなく、後ろへ乗り込む。


「なんだ、リュウが前に乗るのか」


 のぞきこんだスポーツマンが、少し不満げに言って後に続く。


「いいからもっとつめて乗れよ」


 苛立たしげなチャラベストの声がして、反対から乗り込んだ。それを確認してからエンジンを始動する。


「で、宿まで戻ればいいんだろ?」


 駐車場から表の通りへ車を出す。なぜか悲しいことに、宿とFMコマリの最短ルートは熟知している。考えずに運転したって宿へは帰れる。


「ああ、さっき三人で話してたんだが、もう昼だし、どこかで食べてかないか? 午前中付きあわせてしまったお詫びに奢るから」

「奢ってくれんの? まぁそれなら行ってもいいけど」


 あの宿屋へ戻っても、まともな昼食が出てくる保証はない。こいつらといっしょに食事をするのはあまり気が進まないが、奢りなら行かないでもない。


「それで、どこ行けばいいんだよ?」


 とりあえずで車を走らせる。目的地をはっきりさせてもらわないと困る。


「どこへと言われても、市内は詳しくないからな」


 来てからこっち、その大半をダンジョン攻略に費やしていた連中だった。


「じゃあ、なに食べたいか言えよ」

「チヂミ!!」「カツ丼。あるいは牛丼」「なんでもいい。強いて言うなら寿司?」「あー、シシカバブ」


 宿に帰りたくなった。


「なんだよ、それ。もう少し統一感のある意見は言えないのかよ」


 特にシシカバブとか言ったやつ。


「ガーウェイはなんでもいいんでしょ。チヂミにしなよ」「なんでもいいとは言ったけど、いちおう遠慮しただけだ。チヂミの気分じゃない。というか、リュウこそチヂミなんて、店を選ぶもの言うなよ」「言ったらすっげ喰いたくなってきた、シシカバブ」「お前なぁ。なんでシシカバブなんだ。……俺はできればどっしり米が食べたいんだが」「『できれば』ってことは、できなきゃ他でいいってことじゃん?」「揚げ足とるな」「ちっとでも譲れば喰えなくなる、シビアな世界なんだっつーの」「寿司なら米だろう?」「丼と寿司じゃ、米の量が全然違うだろうが。物足りないわ」


 こいつら実は仲悪いんじゃなかろうか。自分の食べたいものを暗に明に主張して譲ろうとしない。とうとうこっちに水を向けてきた。


「やっぱ店選ぶ人間が決めるべきじゃん」

「そうだな、何が食べたい?」

「シシカバブシシカバブシシカバブシシカバブ」

「米か粉もんか肉か魚か!?」


 痛いほどの視線を受けながら、今なにが一番食べたいか、ちょっと考える。


「ラーメン食いたい」

「……見事にかすりもしてないな……」


 四人ともラーメンはなしだったらしい。ため息つかれた。


 好き勝手言うやつらは無視して、車をパーキングメーターにつける。ここらは中心街の一角だが、パーキングエリアはがら空きで止め放題だ。


「ほら、降りろ」

「この辺りの店へ入るのか?」

「何屋がある?」

「ラーメン屋とか連れてったら、しばくぞ」

「いい加減腹も空いたし、混んでるところは嫌だな」


 四人は点在する飯屋に視線をやっている。この辺りは、個人経営の比較的こぢんまりとした飯屋が多い。どうがんばっても全員の希望を叶えられるような店はない。


「もっと他にないのかよ」

「なんでここに車止めちゃったの?」

「まぁ、どこからともなくいい匂いは漂ってるが」

「いっそばらばらに好きなものを食べろってことか?」

「あーもーガタガタうるさいな。だから集団行動はヤなんだよ。とりあえず黙ってついてこい」


 パーキングの手続きをし、モンスターに施錠して歩き出す。

 多少ぶつぶつ言うものの、四人は後をついてくる。ただ一人だけ集団行動の心得について語り出してうっとうしい。


 すぐに道を折れ、裏路地へ入る。もともと人が通ることを想定した道ではなく、区画整理の際にうっかりできてしまった隙間である。


「こんなとこ、通っていいのか?」

「狭っ!」

「これはもはや道でもなんでもないだろ」

「路地裏って落ち着くぜ。この風情が堪らねー」


 一人反応がおかしいやつがいたが、無視。それほど進むまでもなく、向こうの通りの喧噪が聞こえてくる。まぶしい光の中へでると、ひしめくように出店や屋台の並ぶ光景が広がった。


「おお!」「すげ……」「へぇ」「やたーい」


 賑わう屋台通りに目を輝かせる四人へ向き直る。


「というわけで、各自食べたいものを探してこい。あと注意がいっこ。ここは別に歩行者天国じゃない。車とかときどき通るから、気をつけろ」

「すごい屋台だな。いや、でも、ホコ天じゃないって、車道にテーブルが並んでるんだが」


 お洒落勇者の指摘するとおり、車道にばっちりテーブルやらパラソルやらが並べられている。車道で屋台を広げているところだってある。


「それでも車両通行止めにはなってないから。ほら、ちゃんと車一台が通れるくらいの道は空けてあるだろ」


 そんなことをしても、もちろんこれは道交法違反だ。ちゃんと行政で歩行者天国にすればいいのだが、それはそれで制限だかなんだかの面倒があるらしく、黙認ということになっている。


 みんな屋台通りになっていることは知っているから、滅多に車は通らない。バイクなどの二輪車両も、この道ではエンジンをかけずにのんびり歩んでいる。


「……信じられないな」

「あー、でも、こっちってなんか車少ないよね。不便じゃん?」

「そりゃあれば便利だとは思うよ。でも車って高いし、維持費がバカになんないから。割にあわないだろ。街中移動するだけなら、路電とかバイクで十分だ」

「でも生活水準からすると、もう少し車の所有率が高くてよさそうだけどな」


 お洒落勇者がそんなことを言っても、こいつの金銭感覚はあまり信用できない。しかし、他の三人も同様に納得のいっていない、不思議そうな顔をしている。


 そういえば、こいつら四人は全員保護地帯の人間だった。


「あー、だから。車の維持費って、お前らなに思い浮かべる?」

「手近なとこならばガソリンとか洗車とかオイル交換とか」

「なんか六ヶ月毎ぐらいに点検のお知らせとかくるよね。無視しちゃうけどさ」

「車検代に車税、あと保険代とかだな。一年で考えれば、維持費はかなりかかるが」

「改造とかカラー変えっと金かかるけど、維持費とはちょっとちげーか」


 おおよそ真っ当な返答だ。でも、折衝地帯における維持費最大項目が抜けている。



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