15, 勝負するならじゃんけんとかで



『皆さんはぶっちゃけどのぐらい強いんですか?』


 抽象的アバウトな質問にお洒落勇者たちが絶句する。そりゃどのぐらいすごいと聞かれてこのぐらいすごいとか答えられるようなやつ、なかなかいない。

 なぜそんな質問をする。


『じゃあ、なんか比較対象を。それじゃあ、クマは?』

『…一頭だけなら勝てる、と思います。やったことはないですが』


 クマなめんな。強いぞ。


『さすがだねー。それなら、じゃあ、うちの某勇者候補、ヤツとどっちが強いわけ?』


 急に引き合いに出されて声を上げそうになった。デリケートなこと堂々と聞くな。


『え、いえ、それは……、一対四になりますし』


 虚を突かれようにお洒落勇者が答える。それは一対四だから余裕で勝てるという意味か?


『ああ、うん、じゃあ一対一で。サシで遣り合ったら、ぶっちゃけどっちが勝つと思う?』

『……俺と彼とでですか? うーん、どうでしょう。全然手合わせはしたことない、というか、実は俺、彼が武器を持っている姿すら見たことないんですが』

『え、一回も?』

『ええ、一回も』

『……いくらなんでも大概だなぁ。少しは仕事しろよ』


 女子のすき間を器用について、なんかスズキがこっち見てきた。失礼な。仕事はちゃんとしてる。ちょっとお洒落勇者に邪魔されてるけど。


『まぁあれだ、DJスズキが断言しますよ、サシでやったら勝つのは君、ガーウェイです。賭けてもいい』


 なにを賭けてくれるんだろう。首を賭ければいいのに。賭けろ。


『そんな、分からないですよ』


 微苦笑で上手くさばくお洒落勇者。ヘタなおだてに肯定で答える危険ぐらい十分承知なのだろう。なんとなく露出の多そうなヤツだし。


『ご謙遜を。でもま、冒険者の相手は敵だからね。対人戦なんてナンセンスだよね~。対敵戦闘で強ければいいよね~』


 DJスズキが愉快そうに笑った。女子の人垣で見えないが、人の悪い顔をしてるに違いない。

 

『というわけで、ヴィルトカッツェがどのぐらいすごいか、よーく分かってもらえましたよね、「グミもどき」サン』


 たぶん分からなかったと思う。


 そのときガタバタと尋常じゃない音が響いた。地震みたいな地響きと共に、おばちゃんの集団が見学ブースになだれ込む。


「ほら、早く、終わっちゃうよ、ほら入って」「どれどれどれ? どれがイケメン勇者?」「あれでしょ、あれ。うわー、やだー、ほんとイケメン」「んまー。目の保養だわ、これ」「ちょっと、もっと横に避けなさいよ、見えないでしょ」「やだ、これ惚れちゃうじゃない? あたし惚れちゃう」「奥の色の白い子、かわいー」「あはは、あんた好きそう。わたしは断然右がいい。あれタイプだわ」


 まさに怒濤。すごいパワーだ。圧倒される。

 ぎゅうぎゅうと押し合う大きい尻を唖然と見つめるしかない。


 おばちゃんたちに押された女の子たちが「きゃあ」と悲鳴を上げた。


「ちょ、押さないでください」

「あら、いいでしょ。あんたたちずっとここで見てたんでしょ。ちょっと譲りなさいよ」

「そんな、あたしたちが先にいたんだから」

「あ、ちょっと、転ぶし!」

「少しぐらいいーじゃない」


 なんか騒ぎになりつつある。これは止めに入ったほうがいいのだろうが。なんか恐い。おばちゃんのみならず女子までもが。


「えーと、そのー、すいません、あまり騒がないで。譲り合って見学してください」


 立って行って間に入る。おばちゃんらと女子らの視線が一斉にこちらを向いた。ひぃ。


「この人たちが押すんですけど」「あら、あんたここのスタッフ?」「この人たちのせいでトークも聞こえないし」「マナー悪い人たちには出てってもらってください!!」「ちょっと、イケメン勇者のサイン、もらってきてよ」「詰めてくれないあんたたちが悪いんでしょ。スタッフも譲りあえって言ってるじゃない」


 にじり寄られて胃の腑がきゅーと絞られたようになった。半端ないんですが。


「いや、えっと。とりあえず、見学者多いんで、少しずつ奥へ詰めてください。それから隣の人を押さないように、気をつけて。声も大きいので抑えて。そこ、ガラスは触らないで。ほら、べったり手形つてるじゃん。掃除大変でしょ。え、サイン? それ無理」


 ケチと恨めしげににらまれた。

 でもたとえ美女の依頼でもお洒落勇者にサイン頼むとか絶対イヤだ。


 その後も何かにつけてきゃーきゃーと騒ぐ乙女とご婦人を相手に一騒動だ。なんかスタッフのお兄さんは、もっと楽な仕事だと言ってなかったか。これで無給はない。


 愉快そうなDJスズキの声と涼しげなお洒落勇者(と愉快な仲間たち)の声を聞き流しながら、なぜか増え続けるギャラリーの整理に追われる。

 途中でスタッフが助けに来てくれたが、その顔も呆然としている。


「こんなにブースが盛況になったのは、何年ぶりだろう……?」

「……俺、こういう場面の写真、見たことある。あれだよ、パンダ舎の前」

「ああー」


 お洒落勇者が聞いたら顔をしかめそうな軽口を叩きながら、さすが正規スタッフは見学者の入れ替えをてきぱき行う。


「ただの手伝いだったのに、悪いね。いや、もう上がっていいよ。控え室のほうへ」


 汗をかいたスタッフのおっさんがそう言ってくれた。

 ただのスタッフかと思ったが、よく見たらFMコマリの社長だった。とうとう社長まで動員されて……。


 社長の言葉に甘えて見学ブースを出た。そのまま、いつも控え室と言って通される部屋へ行く。ここで待っていればお洒落勇者たちがそのうち来るだろう。

 壁にあったスイッチをオフに切り替え、部屋に流れていた放送を止める。ソファのヴィルトカッツェの荷物を適当に放り出し、ごろりと横になる。無性に疲れた。


 それにしても、考えてみればすごいお洒落勇者人気だ。なんだってこんなことになっているのだろう。噂まわるの早すぎ。


 その原因の七割はどうせお洒落勇者のルックスだろうが、残り三割は実力と経歴のなせる技だろう。特に四日でダンジョン制覇だなんて、派手な功績だ。


 その実力はすごいと思う。でも、あんなに騒いだりもてはやしたりすることではない。あれは、ただ派手なだけだ。この街を守っているのは皆の地味な努力と毎日の積み重ねだ。

 などと思っているのは、つまりただ単に悔しくて妬ましいからである。そのぐらい自分でも分かっている。別にあんなふうに注目の的になりたいわけではないが、むしろあれはご免こうむるが、でもやっぱり内心穏やかではない。


 こっちは十年近い歳月を経て実力を示し、信用を築き、信頼を勝ち得て、やっとここまで来たのに、横から来てたった数日で全部かっさわれた気分だ。本格的に立場危ういのかもしれない。

 ……ザインに消されるのはこっちか。



***



 いつの間にか寝ていたらしい。


「ボスが来たぞ!!」


 寝耳に水のボスという単語に反応、はね起きた。

 慌てて見上げた顔は、にやにや笑うスズキだった。後ろにいるのは、お洒落勇者とスポーツマンとチャラベスト(今日はベストじゃないけど)と亜麻色くん(今日もゆるジャージ)。


「……なんだよ、うそか」


 せっかく気持ちよく寝ていたのに。もう一度寝転がると、スズキにアゴを掴まれて引き起こされた。


「こらこら、寝るな! 様子見に来てみりゃ、つついても揺すっても起きないってこの子らが困ってっから、だから俺が起こしてやったんだろうが。起きろ!」

「はあ。だからってボスはないだろ。たく、心臓に悪い。寿命縮んだわ。眠いし」


 最悪の寝覚めだった。気分が悪い。背もたれに頭をのっけ、目をつぶればすぐに眠れてしまいそうだ。うっかりすると目蓋が落ちる。


「だから寝るな」


 ぺちぺち叩かれ、目をこする。


「むー」

「まったく。どうせ朝もはよから森を徘徊でもしてたんだろ」

「徘徊言うな。んー」


 立って大きく伸びをする。キャップが落ちたので、拾った。


「これ、ちょうだい」

「ダメ」

「けち」

「パーカーならやる」

「そっちはいらない」


 こんなパーカー、絶対外じゃ着ない。キャップなら少し面白いかなとも思うが。


 なんかスズキの後ろのお洒落勇者と目が合った。「おはよー」と片手をあげたのに、お洒落勇者は返してくれなかった。しかもどことなく恐い顔だ。


「……もしかして、朝は一人で森へ行っていたのか?」

「だったらどうした……じゃなくて、行ってない行ってない」


 どうも脳がまだ居眠り状態らしい。いまさら否定したって誤魔化せるお洒落勇者ではない。朝の秘密の単独行がばれた。


「まったく。あれほど一人では動くなと言ったのに」

「はっ、申し訳ございません」


 めんどくさかったので、殊勝なふりして頭を下げる。


「このようなことがないよう以後誠心誠意気をつけさせていただきますので何卒ご寛恕を」


 お洒落勇者の恐い顔は恐い顔のままだった。それもそうだ。毎日毎日なにか注意されるたびにこのセリフを言ってるのだから。


「……ちょっとふらっと森へ散歩に行っただけだし。ちゃんと無事に戻ったんだから、そんなめくじら立てなくたっていーだろ」


 そっぽ向いて小さく抗議。お洒落勇者がため息ついた。


「無事とか無事じゃないとか、危ないとか危なくないとかいう問題ではなく。公然と命令を無視されては困るんだ」


 メンツ丸潰れ、ということだろう。他の冒険者への示しもつかないし。


 いくら市長の委任があっても、老練な先輩冒険者から見ればお洒落勇者など若造だ。反発を受ける可能性は高いし、一度でも舐められれば誰も従わなくなる。


 だから焦るようにしてダンジョンを攻略して実力を示すなんてこともしたのだろう。


「分かった分かった。次はもっとこっそりやるよ」


 お洒落勇者とは目を合わせず、パーカーを脱いでスズキに返す。


「揚げ足をとるな。そもそも、何度言っても武器携行を守ってないだろう」

「悪かったな。俺が武器持つのは攻勢のときだけなんだよ」


 パーカーを受け取ったスズキが呆れ顔で見てくる。


「さすがに仲良くしろとは言わんけどさー。そんなガキみたいな口喧嘩を外でするなよ、勇者候補サマがたが」


 お洒落勇者は即座に「すいません」と軽く謝った。こっちは無視していたら、スズキに髪をぐしゃぐしゃにされた。


「なにすんだよ」

「あんま人を困らすんじゃないよ」


 なんとかスズキの手から逃れる。


「もう。ぐしゃぐしゃになったじゃん」

「お前の髪型なんて、あってないようなもんだろ。……ま、こいつのワガママは癪にさわるだろーけど、本人なりにワケあってやってるっぽいんで、ちっと長い目で見守ってやって」


 後半はお洒落勇者らに向けて言ったらしい。フォローしてくれたのだろうが、なんだろう、釈然としない。もうちょっと気の利いたことは言えないのか。


 不満の念を込めてスズキをにらむと、満面の笑みを浮かべてアメを差し出してきた。


「ほら、これやるから機嫌治せ」


 そんなもので騙されてなるものかと手を出さずにいると、勝手に口へ突っこまれた。今度はウメ味だった。微妙。


「さてと。いやー、今日はほんとに来てくれてありがとー」

「いえ、こちらこそありがとうございました」


 スズキはさっさとヴィルトカッツェへ向き直る。そのまま出口へと先導していく。最後になったスポーツマンが戸口で足を止め、振り返った。


「大丈夫か?」

「え、なにが?」

「いや、動かないから。いっしょに帰るんだろう?」


 スポーツマンに言われて気がついた。そもそもFMコマリへは、お洒落勇者たちを案内してやるために来たのだ。

 だから無事に着いた時点で帰っても良かったのだが、お洒落勇者のモンスターで来たのだから足がない。どうせ今日は用事もないしと待っていたのだ。


 スポーツマンといっしょに部屋を出る。すでにスズキたちは先を歩いていたが、別に急いで追いかける必要もない。勝手知ったるコマリの中を出口へ向かってのんびり歩く。


「で? どうだったよ、ラジオは」

「最初は緊張でどんなもんかとも思ったが、楽しかったよ。いつもああいう感じなのか?」

「んー、おおむねは。多少ゲストによって雰囲気は変わるけど。スズキは大抵あの調子」


 すれ違うスタッフと挨拶をかわし、関係者出入り口に着く。苦笑いでスズキが立っていた。


「どうした? ……ああ」


 追いつけばすぐに分かることだった。

 出待ちである。

 隣でスポーツマンも驚き混じりの顔で立ち尽くしている。


「まさかうちの局でこんな風景見る日が来るとはねえ」

「そんなしみじみしてる場合か。あーあ、囲まれちゃって、大丈夫か、あれ」

「ああ、たぶん。ガーウェイは慣れてるからなぁ。適当なところで自分で切り上げられるだろ」

「慣れてんのか」


 確かに見てみれば、女の子たちに囲まれてもお洒落勇者は動じるでもなく、適度にサインや握手に応じている。

 逆に女の子たちのほうが出待ちなんてものに慣れていないらしい。なんとなく遠慮がちで、近づけただけで満足という様子だ。これなら大きな騒ぎにはならいだろう。


 スポーツマンが人垣を避けるルートを指さす。


「こっちを通って先に車に戻っていよう」

「いいのか? てか、見つからずに出られるか?」

「平気さ。どうせこっちなんか眼中にない」


 なんか達観してる。



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