14, なぜこのラジオが人気なのか?



 待つことおよそ三コール。不機嫌な声でエステティカが出たので名乗ると切られた。


 出る前に送信者名ぐらい見てるんだろうから名前聞いて切るなよ、切るなら出るなよ、と思う。それでもめげずにリダイヤルする。


『だからなに?』


 なんで電話しただけで、こんな嫌そうな声を出されるのだろうか。


「ここ二、三日のポイント変動の記録をメールにいれてくんね?」

『今忙しいんだけど。だいたいそんなサービスねーし』

「そういうなよ」


 電話越しにはっきりとため息が聞こえた。


『ちょい待って』


 受けてくれるのかと思いきや、電話の向こうで「課長ー!!」と怒鳴っている。聞き取れないやりとりが続く。


『はい、もしもし?』


 そしてザイン課長に代わった。エステティカが押しつけたらしい。


『今ラジオ聞くのに忙しいから、用があるなら手短にしてほしいんだけど』

「仕事しろ、仕事」

『仕事ねぇ。ボスも市長もこっちになにも言ってくれないし、やる気出ないんだよね』


 お洒落勇者の招聘とか武器携行命令とか、ギルド課長なのになにも知らされていなかったことが結構ショックだったらしい。


『だいたい勇者候補が二人もいると、周りの市から苦情くるんだよね、なんで二人も抱え込んでるんだ、って。矢面に立たされるこっちの身にもなってほしいよ。……どっちか消えればいいのに……』


 最後にボソリと恐いこと言った。


『それで? なんの用?』

「悪いけど、ここ二、三日のポイント記録をメールでケータイに送ってほしいんだけども」

『ポイント記録? まぁヒマだからそれぐらいいいけど。なに、気になることでもあった?』


 さっきは忙しいとか言っていた気がするが。


「気になることというか、なんか嫌な予感がするもんで、その原因究明中」

『ふうん? ケータイにって、普通にメールで送ればいいんだよね? なに、出先?』

「そう、今ラジオ局」

『うわ、いいなあ。あ、そうだ、かわりにスズキの写真、おれのケータイに送ってよ』


 こっちもすぐ送るからしばらく待っててと言い残し、通話が終了する。なんでスズキの写真なんか欲しいんだろう。待ち受けにでもするのか、いやあり得ない。


 いちおうお礼のかわりに送ってやるかと思い、携帯のカメラ機能を起動し、ガラスの向こうのスズキにむける。

 曲が終わってトークしていたスズキが、目敏く気づいてポーズを決めてきた。器用なおっさんだ。ガラスがちょっと反射したが、思いの外いい写真が撮れてしまった。


 メール作成してザイン課長の携帯へ送る。すると携帯が添付写真を保存しましたなどとぬかす。勝手になぜ。スズキの写真はいらない。急いで削除した。


 課長からの返信を待っていると、ブース入り口に人影が見えた。とうとう見学者かと見ていてみるが、なかなか入ってこない。

 やっと少しのぞいた顔は、若い女の子だった。というか、高校の制服を着ている。なぜ平日の昼間に女子高生がいるのだろう。よく分からないが、目が合ったので「見学どうぞー」と声をかけてみる。

 それをきっかけに、女子高生数人がおしあいへしあいしながら入ってきた。


 いやまさかスズキのファンじゃないよな。……ラジオ好き?


 女子高生で目の保養をしていたら携帯がブルブルした。ザイン課長からのメールだ。

 件名も本文も空っぽで、一番下に添付ファイルだけがついている。開くと色鮮やかな表が現れた。

 ザイン課長はがんばってくれたらしい。五日前からの各日で、敵側と人間側それぞれの新規獲得ポイント数、累計数、増加率などをまとめてくれてある。

 ただ表が大きいから、拡大表示しないと文字が読めないし、拡大すれば半分以上が画面外に出てしまい、いちいちスクロールしないと見られない。


 操作方法もいまいち分からず、適当にいじくってたまたま上手くいくことを願う。四苦八苦してたら携帯がまたブルブルっとした。

 びっくりして取り落としそうになる。見ると、ザイン課長からの着信だった。


 見学者がいるのに電話はまずいだろうと、ブースを出る。扉にもたれ、通話ボタンを押す。


『あ、もしもし、表見てくれた?』

「ああ、見た。というか、見てるとこ。なんだよ、わざわざ届いたか確認か?」

『そうじゃないよ。言われて表作ってみておれも驚いたもんで、つい電話をね』


 驚いたといえば、あの課長がパソコンでこんな表をちゃちゃっと作れてしまうという事実に驚きだ。ちゃんと有能なところもあるんだなーと感心する。


「で、驚いたって、なにが?」

『表見てくれればすぐ分かると思うけど、奪ポイントの伸び率上昇がすごいよ。しかも被奪ポイントも確実に抑えられているし』

「まじ?」

『うん、だから表見てって』


 通話してると見られないのだが。


『この調子が続けば、ほんとに赤字改善するかもね。これってあれだろう、例の勇者候補の敵拠点制圧の影響もあるんだろうけど、それ以上に方針の変更が効いてるんだと思う』


 お洒落勇者の武器携行の義務化は、ギルド課から市内の登録冒険者全員に通達された。そのときいっしょに市冒険者方針の変更も通達されている。


 市で設定する方針というのは目安とか目標みたいなもので、強制力はない。ただ、みんながその方針に従えばそれなりの方向性は出てくるわけで、市の特色にもなる重要な要素だ。

 特に今現在の小鞠市は冒険者の労働環境が良く、そこそこの団結力を有する。


 小鞠市では方針をトップ冒険者、通称ポイントリーダーとギルド課とで決めている。今までの方針は「身命最優先」「ポイント差し出してでも安全を買え」「明るく楽しい範囲で」みたいな感じで、つまり激甚な赤字はこれが原因だ。


 そして、市長から指揮を任されたお洒落勇者が現れ、ポイントリーダーもお洒落勇者になった。同時に方針もお洒落勇者のアグレッシブなものへと変更になったのである。


「なんかもう大攻勢だな。このうえお洒落勇者が攻略続けたら、すごいことになるぞ」


 見学ブースに新しい客が入っていった。あまり見張りの仕事をさぼっていてもいけないだろうと思い、ザイン課長にはもう一度礼を言って電話を切った。


 急いでブースに戻ったが、マナーは守られていて特に問題なかった。それにしても、新しく入った見学者も若い女の子である。雰囲気からすると女子大生だろうか。


 公開スタジオのときいつもこんな素敵ギャラリーいたっけかなと思いつつ、すみのベンチへ座る。女の子たちは楽しそうにガラスの向こうを見ている。なにやら囁きあったり笑いあったり叩きあったり、なんでスズキでそんなテンション高いんだか。


 ついてけないなーと思っていたら、また若い女の子たちが見学にやってきた。とはいえ、誰一人こっちは見てないから関係ない。心なしかガラス向こうのスズキの頬が緩んで見えるのがむかつく。

 しかしそれも、増えてきた女子たちの背中で見えなくなった。


 まぁこっちは好きなだけ尻を観賞できるから、それでよしとしよう。役得。


 ザイン課長の話を確認するため、もう一度表を開く。ポイントだけを見るとまだまだ立派な赤字だ。だが、確かに増加率に変化が現れている。


 人間側が奪ったポイントは日々少しずつ増え、逆に奪られるポイントは少しずつ減る。その数字は小さいが、積み重なればその影響は小さくない。

 というか、ザイン課長もよく気づいたものだ。もしかして、ザイン課長って頭いい?


 この驚き(主にザイン課長の隠された優秀さ)は誰かに伝えたい。真っ先にティエラが思い浮かんだので、ザイン課長のメールをティエラのメアドへ転送するよう設定する。


 空白だった本文にザイン課長の活躍を綴って送った。タッチパネルの面倒くささをすっかり忘れていて四苦八苦した。


 ラジオのほうも、そろそろ後半へ入るようだ。スズキがリクエストメールを読んでいる。いつもの流れだと、ここで曲を流し、その間にゲストがスタジオイン、曲終了後間もなく「冒険譚」のコーナーのはずだ。


 かかった曲は、十年ぐらい前のポップだった。小鞠市に来た頃流行っていて、街でよく流れていたのを思い出す。確か女性ボーカルのバンドだったと思う。


 そして女の子たちの間で歓声が上がった。


 はねたり腕を抱き合ったりと忙しい。彼女らの視線の先にいたのは、お洒落勇者だった。


 まさかまさかのお洒落勇者狙い!?


 なんか唖然とするしかなかった。なんだってこんな一般女子が、冒険者なお洒落勇者の存在を知っているのだろう。やつらが小鞠市へ来てまだ一週間にもならないというのに。


『さて、大変長らくお待たせいたしました。いや、ほんと、今日は待ちわびてる人も多いんじゃないかと思いますよ、このコーナー』


 間抜けなタイトルコールが鳴り響く。聞いた噂では、このコーラスはスタッフが全員でやった力作であるらしい。微妙。


『はい皆さん、先週の放送覚えてますかねー? てか、あれはなかなか忘れられないだろっていう。で、紹介されたのは初登場のこの方がたです。じゃ、紹介はセルフで願いします』


 テンション高いスズキの声がうざったい。それに先週の放送? 悪いが忘れた。


 お洒落勇者たちが一人ずつ自己紹介すると、見学者の女の子たちが歓声と共に拍手する。こっちの音は向こうに全然聞こえないから意味ないのに、と思う。

 ちなみに「こういうのはニガテ」と言っていた亜麻色くんは、ぼそぼそと名前だけ言って黙った。


『というわけで、本日のゲストは、パーティー・ヴィルトカッツェの皆さんです。いや、ほんと、今日は来てくれてサンクーですよ』

『いえ、こちらこそ。お招きいただきありがとうございます』


 折り目正しいお洒落勇者の声が代表で聞こえる。女の子たちに遮られてヤツの顔は見えないが、おおかたあの涼しい顔をしてるんだろう。


『まぁ、招いたのはDJスズキじゃなくって先週のアノ人ですけどねー』

『……なぜに「あの人」? それって』


 スポーツマンらしき声がちっちゃく突っこむ。なにか言いかけるのをDJスズキが止める。


『ストーップ。「アノ人」なんて言い方気になるよねー。でもすいません。実名出すと訴えられそうなんで。そこは伏せ字で』


 先週から妙に名前伏せると思ったら、名誉毀損罪対策だったらしい。でもあれだけ個人特定できる話し方しといて、意味あるんだろうか。今度友達の弁護士にでも聞いてみよう。


『あの人そういうのに詳細うるさいんで、面倒だけどひとつよろしく』


 騒音うるさいのはスズキのほうだ。


『まー、アレのことはおいといて。いやー、昨日からもう街はヴィルトカッツェさんのウワサでもちきりですよー。今日は公開スタジオなんで、見学者さんもたくさん来てくれてますしね。で、みな気になってると思うんで、DJスズキが代表で聞いちゃいます。え、小鞠市に来て数日でダンジョンひとつ制覇したってホントですか?』


 見学ブースの女の子たちが息をのみ、一瞬静かになる。


『ええ、確かにクニジヌイというダンジョンを制圧しました』


 可愛げのないお洒落勇者の返答直後、女の子たちが大きく歓声を上げた。

 これは、なんかイラッとくる。


「すいません、見学はお静かに願いします」


 何食わぬ顔で注意、水を差してやる。ほとんどの女の子たちはばつの悪そうな顔でトーンを落としてくれたが、何人かには睨まれた。ぷち睨み返し。


『おお~、さすがは正統派勇者パーティー。さすがだよね。え、四人はマルブルアカデミー出身なんだって?』

『そうですよ。アカデミーの頃から組んでいたパーティーです』

『わお、エリートだ。しかも、DJスズキが独自に入手した情報によりますと、なんと、首席卒業だったんですよねー』

『……ですけど、なぜ知ってるんですか……?』


 お洒落勇者自身が言ったのでなければ、そんなことを知りえるのはこの街ではレッタぐらいのもので、きっとレッタが情報源だ。というか、主席なのか。どこまですごいんだか。


『ふっふっふ、それは企業秘密です。さて、いろいろ話聞きたいんですが、今日はリスナーからすごい数の質問が届いてるんで、答えてもらっていいですかね?じゃ、まずはこの質問です。ラジオネーム「グミもどき」サンから、「初めまして、こんにちはー。勇者様の活躍聞きました、応援してます。それで質問ですが、皆さんはぶっちゃけどのぐらいすごいんですか?」ということだけど、ぶっちゃけどのぐらい?』



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