11, 別にマウントの取り合いとかでは、ない



「原付、貸しな」


 スポーツマンが手際よく原付を荷台へ上げる。荷台には他に小型コンテナが載っていた。こいつらの荷物だろう。

 原付をベルトで固定したスポーツマンが、荷台の上からキーをお洒落勇者に投げて寄こす。


「五人じゃちょい狭いだろ? 俺は荷台に乗るから、運転頼んだ」

「あ、じゃーおれもおれも。荷台がいい」


 亜麻色くんが荷台へよじ登っていく。

 すでにコンテナと原付が載っているのに、そこへ二人も乗りこんだらむしろ狭いだろう。スポーツマンが「え?」という顔をしたが、亜麻色くんはご機嫌でコンテナの上へ陣取る。

 高いところが好きなのか?


「あっそ。そんじゃオレは後部座席で一人寝っから」


 チャラベストがかったるそうに後部座席の扉を開ける。

 じゃあ、とこちらを向いたお洒落勇者の目の前に手をだした。お洒落勇者が寄り目になる。変な顔。


「?」

「ん、カギ」

「カギ?」

「道がややこしいから、口で説明するより俺が運転したほうが早い。カギ貸して」

「ああ、運転してくれるのか? そっか、それじゃあ頼む」


 ン千万円級の車のキーを手に入れた。

 普段は宿屋の親父の安いボロトラックとかレンタカーとかしか運転する機会がない。ちょっと転がしてみたかったのだ。


 車体は傷やへこみがあったり泥をかぶっていたりと、あまり大切にされている様子はない。高い位置にある運転席の扉を開き、革張りシートへ乗り込む。適度なクッション性にほどよい包み感がある。

 車の座席にはもったいないだろう、これは。


 重厚感と信頼性を感じる厚いフロントパネル。一枚うん百万とかの強化ガラス。オフロードのくせして異様に高いアメニティ。精緻な温度調節機能を備えたエアコンに多彩なオーディオ類にとオプションもばっちりだった。


「……これ、どんだけ金かかってるんだよ」


 スタートキーをプッシュしてエンジンをかける。心地よい重低音が響いた。


「え? 覚えてないな」


 パワーウィンドウで窓を全開にし、ひじをついたお洒落勇者が適当な返答をする。さては自分で払っていないな。


 モンスターを市役所から出し、広めの道を選んで宿屋へ向かう。

 造りが頑丈なためか、アクセルやハンドルが少し重たい。大きいものを動かす快感はあるが、それ以外は安い車の運転とさほど違いはなかった。考えてみれば当たり前か。


 お洒落勇者は窓を開けて流れる風景に目をやっている。その横顔はなにを考えているのかよく分からない。

 とりあえずまぁなんていうか、むかつくほど男前なツラだ。


 外から亜麻色くんらしい歌声が聞こえてくる。


「……パーティー組んで長いのか?」


 外の景色を見ていたお洒落勇者がこちらを向く。


「俺たち? 正式に登録したのは三年前だけど、冒険者資格取った頃からよく組んではいたから、だいたい五年かな」


 お洒落勇者は屈託なく、ほのかに人の良い笑みで答えた。


 ということは、お洒落勇者は冒険者になっておおよそ五年、ということか。

 たった五年程度で勇者候補になっているというのは、はっきりいって驚異的だ。素直にそう言うと、お洒落勇者は苦笑した。


「資格取る前、アカデミー生の頃の下積みがあるから、純粋に五年ってわけじゃあない。だいたい自分だって勇者候補だろ? 言っておくけど、歳は俺のほうが上だからな」

「冒険者で重要なのは、年齢じゃなくて経歴だって。俺はもう八、九年は冒険者やってるし。てか、なんでお前は俺の歳まで知ってるんだよ」


 こっちはいまだにこいつの名前も覚えていないのに。

 しかしお洒落勇者は笑って答えない。話をそらす。


「あれ、でも。その歳で冒険者歴八年って、おかしいだろ? 中学生ぐらいで冒険者になってないか?」

「ああ、うん、中学いってないし」

「はあ!? いいのかそれは?」


 あれ。むちゃくちゃ驚かれた。


「いいも悪いも、ちゃんと義務教育修了認定はもらってるよ」

「義務教育修了認定? 中学行かずに義務教育修了? なんだそれは」

「辺境法であるんだよ、そういうのが。確か『就学が困難と認められる指定地域の小学校』で『最低600日の出席を満たし、かつ責任的指導教諭がその学力を認める児童』は『義務教育を修了したものと認定する』とかなんとか」


 お洒落勇者が唖然としていた。

 アカデミーという学問の最高峰を出た人間にはショックが大きかったらしい。


「そんなめちゃくちゃな法律が許されるのか。義務教育っていうのは子供の権利だろ。君はそれでいいのか?」


 えらく真面目に怒っている。


「って言われてもな。現実問題、近くに中学自体がなかったし、権利だから村出て進学しろって言われても困る、ってか無理だし。どっか出て仕事するっていうなら学歴ないと不利なのかもしれんけど、だいたいみんな村で家業継ぐだけだからな」


 そう言ってもお洒落勇者の顔は晴れず、貧困の連鎖がどうのと言っている。

 こいつの言いたいことも分からないではないが、現実問題はそんなに甘くはない。だから良いか悪いかで問われるのなら、こう答えるしかない。


「まぁいいんだよ。勉強なんてその気になれば学校でなくたってできるんだから」


 本を読むことが苦でさえなければ、大抵のことはなんとかなる。読書の習慣を叩き込んでくれた先生に感謝だ。


 卒業のときに先生からは、お前たちはほんと手のかからない生徒だったと言ってもらっている。もっともその後、そもそも学校に来やしないんだからな、とげんこつを落とされたが。

 親友と遊びまわるのが忙しくて学校を無視していたら、十二の冬に一日一回でいいから顔出せ、でないと出席足りないぞと脅されて、仕方ないから毎日卵を二、三個持っていって先生に贈与して、やっと卒業させてもらったのだ。

 先生は一人でぶつぶつ「これはワイロですか、いいえワイロではありません」とか言っていた。変な人だった。元気にしているだろうか。


「あー、あれか」


 後ろで寝ていると思っていたチャラベストが、むくりと起き上がって前席シートにアゴを乗せてきた。


「あんた辺境育ちだから、それだから『向こうの言葉』がしゃべれんだな。話には聞いたことあっけど、マジでしゃべる人間見たのは初めてだぜ」

「へ、あ、おう」


 そういえば、こいつらにも敵語話すところを聞かれのだった。気味悪がられて忌避されるのがいつものパターンなので、そうなる前に話を変えることにする。


「で。えーと。お前らは、みんな保護地帯生まれの保護地帯育ち、なのか?」


 お洒落勇者は敵語についてはなにも言わずにうなずいた。


「そう。俺たち四人は首都生まれだ」

「へー。えーと。確かマルブルアカデミーって首都にあるんだったよな? 同級生?」


 マルブルは私立トップクラスのアカデミーだ。だいたいそういうのは首都にあるものだろう。首都とか見たこともないけど。


「いや。ヴィルトカッツェうちのパーティーは皆マルブル修了生ではあるが。同期というわけじゃない。今回の四人なら、リュウが一期下だ」

「……へー」


 リュウってどいつだ。さっぱり分からん。


 お洒落勇者との会話は、盛り上がるでもなく険悪になるでもなく、かろうじて気まずくはならない。なんとなくお互い探り合うように会話が進む。


 そのうち、なんでこんな気にくわないヤツを案内しているのかと、自分の正気を疑いたくなってきた。早いところ宿屋の親父に押しつけよう。


 ***


「ただいまー」

「いらっしゃ……なんだ、お前か」


 カウンターの親父が、一瞥だけですぐに顔を下へ向けた。どうも帳面をつけているらしい。


「あ、先輩。お疲れっす」


 やつらの特等席である丸テーブルに陣取って、ジュンたちも代わり映えしない顔を見せた。

 午前と違うのは、とうとうフルメンバーが揃ったことくらいか。


 後輩の他にも客はちらほら入っているが、夕方前の微妙な時間帯だからまだ少ない。


「結局今日はここでだらだらしてたのか、お前ら」


 少し呆れて言うと、リピスがむくれた。テーブルの上に広げた紙を叩いて示す。


「違いますよー。ちゃんと仕事の相談してるんです」


 それから一緒に入ってきたお洒落勇者たちの方へ視線をやり、目を丸くした。かっこいいお洒落勇者にちょっとばかり頬を緩める。


「えー、どなたですか、先輩」


 声のトーンもちょっと高い。ほんと分かりやすい娘だ。

 このパーティーにはもう一人女子がいるわけだが、そのレッタのほうは良くも悪くも人間には興味のない娘なので、特に反応なし。


「先輩が人を連れてくるなんて珍しい。またどういう風の吹きまわしですか」


 クレオが冷めた口調で小馬鹿にしたようなことを言う。

 ただ、クレオもジュンもお洒落勇者たちが冒険者であることを見て取り、気にはなっているようだ。


 お洒落勇者もこっちを見てくる。たぶん紹介しろということだろう。


「こいつらは俺の後輩……つまりこの宿屋を拠点にしてるパーティーで、レインフィールド」


 レインフィールドと聞き、お洒落勇者が「ああ」と声を上げた。驚いたことに知っているらしい。

 小鞠市に登録している冒険者パーティーの数は多い。いったい小鞠市の情報をどれだけ把握しているものか、空恐ろしいやつだ。


「君たちが。小鞠市冒険者の若手では一番の成長株だと聞いていたから、レインフィールドとは一度会ってみたかったんだ。よろしく」


 お洒落勇者ににこやかに言われ、ジュンたちが照れている。

 確かにこいつらが成長株だということは否定しないが、なぜそんなことを知っているのだろう。


 レインフィールドの成長が早いと言っても、身近で見ていなければ気づかない。こいつらが頭角を現すとしても、それは先のことだ。


 よっぽどデータ分析をしてきている。眠そうなチャラベストが、さっさと一人で手近な席に座り、テーブルの上へくちょりと潰れた。


「そんで結局だれサン?」


 一人だけ照れるでもなく、ビュフェルがいつもどおりの口調で聞いてくる。こいつが照れていないのは暢気だからではなく、これで意外と不遜なやつだからだ。


「ああ、ごめん。俺たちは、小鞠市へ応援で来たパーティー、ヴィルトカッツェ。俺がリーダーのガーウェイ・エグザグラムだ、よろしく。それから」


 お洒落勇者が横のスポーツマンを指す。


「これが防御の要ブロッカーのソトア・トロシア。その横が攻撃の主力アタッカー救急救命士セーバーのリュウ・ジェイド」


 スポーツマンと隣の亜麻色くんがどーもーと手を振る。

 お洒落勇者が残る一人を捜し、テーブルに潰れているのを見つけて苦笑した。


「で、あそこのあれが、探索先導者サーチャーのデルディーアだ。少しばかり疲れているものだから、失礼は許してくれ」


 冒険者なんて基本的に粗野なやつらばっかである。ジュンたちもあの程度の態度で失礼だとは思っていない。

 逆にお洒落勇者の上品なあいさつに恐縮しきりになっている。


「ああ、そうだ。レッタ」


 ふと思いつき、朝はいなかった少女に呼びかける。

 赤みのボブカットヘアーを揺らしてレッタが振り向く。夜になるといきいきする娘で、すっぴんながら愛嬌のある顔かたちなのだが、いかんせん苦手意識があるので目が合うとちょっと腰が引ける。


「なんですか、先輩?」


 レッタが柔らかい声で答える。外見は本当に良い娘なのだが、定期的にエサを与えておかないと厄介だ。


「こいつら、マルブルの出だって」


 くいっとお洒落勇者たちを指す。面々が「あのマルブル!?」と驚く。


「え、ほんとですか?」


 予想どおり、レッタは驚きではなく興味を示した。

 食いつかれたお洒落勇者は、状況が分からず戸惑った顔をしている。うん、面白い。


「マルブルだったら、じゃあ、トリアジレイ先生、知ってる?」

「トリアジレイ先生……あの敵研究の権威のトリアジレイ教授のこと? 確かに、相対関係学の授業に来て下さっていて、ずいぶんとお世話になったけど」

「ほんとー!?」


 レッタのテンションが上がり、お洒落勇者はなお不思議そうな顔である。とはいえ、レッタはばかな子ではなく、すぐにちゃんと説明を始めた。


「あ、えっと、私はルクーブアカデミーで相対関係学を専攻してて、トリアジレイ先生に師事してるの。こんなところで先生の教え子に会えるなんてすっごい偶然」

 」

 お洒落勇者たちが驚いた顔をする。

 ルクーブアカデミーは国立のアカデミーで、この国最高の学術機関である。ルクーブとマルブルは国立と私立の違いもあるため一概には言えないが、難関という意味ではルクーブのほうが上だと言われている。


 レッタはそこで相対関係学の研究、要は敵の研究をしている現役アカデミー生なのだ。

 実地調査のためにやって来て冒険に同行し、それが高じて冒険者になったという変わり種でもある。ときどきアカデミーへ帰ることはあるが、一年のほとんどをこちらで過ごしている。


 研究には一直線で、朝に起きてこないのも夜中過ぎまで調査結果をまとめたりレポート書いたり論文読みこんだりしているせいだ。

 そんな娘なので、向こうの言葉が分かりかつ個体識別ができると知られて以来、容赦なく研究に付きあわされている。というか、研究対象にされているフシがある。


 一晩中敵の名前の発音をやらされたときには、もう本当に地獄だった。


 そんなわけで、我が後輩パーティーは高卒×2・高校中退・中卒・現役アカデミー生・そもそも戸籍も持たない無就学者の計六人からなっている。


 誰が誰かはご想像にお任せしよう。



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