10, 勇者は人懐っこい顔
「では、パーティー間連携の編成は決定次第、パーティー単位で登録先へ送ります。他への連絡を希望する場合には、お手数ですがお知らせ願います」
最後の事務連絡を済ませ、お洒落勇者が解散を告げた。
座っていただけなのにやたら疲れた気がする。なぜだろう。
ガタガタと皆が席を立っていく中で、借りていた新聞とペンをソワに返し、机の上を片付ける。大切な機密データは封筒に戻して懐へ。配られたレジュメは、とりあえずちっさく折りたたむ。
隣でティエラがやっぱりレジュメを小さく折りたたみながら、こっちへ話しかけてきた。
「チーム組むために、一応打ち合わせはしてほしいのだけれど?」
ティエラだって仕事が入っているはずだ。予定あわせぐらいしておかなければならない。
というか、本当にチーム組むんだろうか。あの場しのぎの発言だったりしないんだろうか。
表情を読んだのか、ティエラがため息をつく。
「一から十まで一緒に動きなさいとは言わないけれど。お洒落勇者がいるうちは、少なくとも一人で目立つマネはしないほうがいい。極力、問題は起こさないで」
その言い方だと、いつも一人で目立ったり問題起こしたりしてるみたいだ。
「……善処する」
ティエラがなぜかため息をついた。どういう意味だ、それは。
「夜、君の宿屋へ行くから。打ち合わせ、いい?」
「夜って、夕飯?」
微笑んでティエラがうなずいた。
普通、助っ人を頼むときの打ち合わせは、頼む側が持つ。だからつまり、夕飯おごれと言われているわけだ。
「……………………分かった」
心外とはいえ、世話になるには違いない。
なんだか嬉しそうにしているティエラを見ながら、今月の遣り繰り予定に赤ペン修正を入れる。この様子だとティエラは最近ロクな食事をしていないのだろう。ここぞとばかりに飲み食いされそうだ。
むーんと考えこんでいたら、ライツに頭をはたかれた。
「いて。なんだよ」
「なんとなくだよ、なんとなく。さ、流谷に戻るぞ」
「ういっす」
アルティザンの二人は出張先へとんぼ返りするらしい。あーあとか言いながら出て行く。
「わけわからんな」
「それはお前がガキだからだよ。俺らも帰ろーや、リーダー」
帰り際のレイトルにまで、なんかひどいこと言いおかれた。
ここに来ていたのは誰も彼も経歴十年超えの先輩冒険者どもだ。彼らには頭が上がらないし、子供扱いされるのもいつものことではある。
大人ぶれるのは後輩の前ぐらいだが、最近ではその後輩どもにも舐められている気がする。いったいぜんたい何でこんなことになっているのか、分からない。
「……ああ。これが世に言う中間管理職の気苦労……」
「君って激しくいろいろ認識を間違えていると思う」
独り言を聞かれてしまい、ティエラに冷めた瞳で指摘された。そんなこと言われても、なにが違うのか分からない。
「まぁいいや。考えても分からんし、帰る。てか、一緒にこのままうちまで来れば?」
時間としては微妙だがティエラを誘ってみる。しかしティエラは首を横にふった。
「ごめん。この子を点検へ出しに行かないといけないから。後で行く」
足下のハードケースを拾い上げる。確かスナイパーライフルだとか言っていたやつだ。そんな非常識な武器をなぜ持ってきているのか不思議に思ってはいたが、そういうことか。
「なに、それ調子悪いんか?」
「いいえ。ただの手入れの一環」
基本的に銃器は使用制限が厳しい。資格取得も難しい。というか、銃の使用許可には丙種医薬品取扱者資格までもが必要で、考えるまでもなく諦めるレベルである。
そんな銃器を使えるところが、さすがオールラウンダー。でもなぜスナイパーライフル。
いつ使ってるんだろう。
「じゃあ夜に。待ってる」
「ええ」
細身をひるがえして出て行くティエラを見送る。
さて、ただ帰るにはまだ時間が早いが、かといって夜にティエラと会うから遠出はできない。微妙に余った時間をどうするか。
会議室内に冒険者たちはもうほとんど残っていない。撤収となると素早いものだ。のこのこ居残っていると職員に会議室の掃除を手伝わされる。
考えてないでさっさと逃げようと席を立ったら目の前にお洒落勇者がいた。
「うおうっ。……びくったー。なん、なんだよ?」
お洒落勇者の纏う雰囲気が、会議の時とは少し違う。なんというか、気さくな笑みを浮かべている。さっきまではもう少し澄ました顔をしていた。
「宿屋の紹介を頼みたいんだが」
口調もざっくばらんだ。
「なんで俺が。別のやつに頼めよ」
そんな顔をされてもまったく友好的な気分にはなれない。
邪険に追い払おうとするが、お洒落勇者はまったく気にした様子もなく手近な机にもたれかかる。
「そう言うなよ。パンシオン氏の世話になりたいんだ。頼む」
「パンシオン?」
聞き慣れない名前に聞き返すと、お洒落湯者が不思議そうな顔をした。
「レジム・パンシオン。小鞠市では三本の指に入る冒険者世話人で、君も彼の世話になっている、んじゃなかったのか?」
「……あー。宿屋の親父のことか」
お洒落勇者の表情が、ますますいぶかしげになる。
「まさか、自分の世話人の名前、忘れてた?」
「や、そういうわけじゃないけど」
忘れていたのではない、覚えていなかっただけだ。
普段は親父親父呼んでいるし、そもそもレジなんとかというのは、親父があの宿屋を譲り受けるときに便宜的に使いだした名前だとかで、本名ではない。
本名のほうで記憶していたから、そんな変な偽名で言われたって分からない。が、事情がややこしすぎて説明する気にならない。黙っておく。
「はぁ。……そんじゃあま、付いてこいよ。案内する」
冒険者宿というのは満室になっていることのほうが珍しい。たまには宿屋の親父の宿商売を手伝ってやるのもいいだろう。
「助かる」
そう言って、お洒落勇者が仲間を呼ぶ。それぞれ荷物を持って三人がやって来た。
「なーオレ眠いわ。ここんとこ睡眠けずってたからさー」
さっきレジュメを配った男、仮称チャラベストが不機嫌そうに頭をかく。
近くで見ると目の下がクマになっている。ちらりと目が合うと、「アア? なに見てんだよ」とすごまれた。
「それは出発までにデータ分析やっちゃわなかった自分が悪いんじゃん」
もう一人がひょっこりと顔を覗かせる。亜麻色の髪がてんで勝手にはねまくっていて、こちらも色素の薄い瞳がくるりと回る。
人懐っこい笑みをうかべて「はーい」と手を挙げる。つられて片手を挙げると、亜麻色くんがすかさずハイタッチしていった。
お洒落勇者やチャラベストがそれなりにしゃれた格好をしてるのに、こいつは上着が水色のジャージだ。
「で? 宿は決まりそうなのか?」
気持ちの良い低音の声の主は、大柄な男だった。
四人の中でもとりわけ背が高く、角刈りの頭や引き締まった体は冒険者というよりスポーツマンに見える。
体格からしてパーティーの防御の要、ブロッカーだろう。明るいチェックの上着が、微妙に不似合いだ。
「ああ、エメフルーヴに泊めてもらえそうだよ」
エメフルーヴというのが、親父の宿の名前だ。それこそあの親父の顔とは合わない名前だが、それはそれ、これはこれだから仕方ない。
全員準備はいいらしいので、机の上に残っていた文旦を拾い上げる。
四人を引き連れ会議室をあとにし、エレベーターへ向かう。
「お前らって市長に招聘されたんだろ。そういうときって宿ぐらい市が用意するもんだろ?」
エレベーターの下降ボタンを押しながら、少し不思議に思って聞いてみる。
「うん。官舎貸してくれるって言われたのに、この人が断っちゃった」
亜麻色くんが、びしっとお洒落勇者を指さした。
「断った? なんでまた?」
「冒険者宿の方がなにかと便利だからだよ」
冒険者宿というのはなにかと金がかかる。タダで泊まれるなら絶対そっちのほうがいい。
と思うのは貧乏人の思考なのだろう。そしてお洒落勇者は金持ちなのだろう。うらやましい限りだ。せいぜい金を落としていってくれればいい。
やって来たエレベーターに五人で乗り込む。心なしか窮屈で、息苦しくなる。狭いところは大嫌いだ。だから多人数の行動は嫌だ。
「お前ら足は? 俺は原付で来てんだけど」
エレベーターが一階に着き、扉が開いた瞬間に飛び降りた。
「車がある。原付なら荷台に載せられるから、同乗して案内頼む」
スポーツマンが答えた。荷台のある車ということは、トラックかなにかだろうか。
出口へ向けて一歩踏みだしたところで、目敏くセーラばあさんが駆けつけてきた。
来たときと同じようにすぐ後ろをモップで拭きながらくっついてくる。ここまでくると、純粋に賞賛したい気分になってくる。
お洒落勇者たちはセーラばあさんへ不思議そうな視線を送ったが、セーラばあさんのにらみと目が合ってしまい、慌ててそらした。誰も特になにも言わず、見なかったことにするつもりらしい。
仲良く六人でロビー中央の総合案内カウンターを過ぎる。素敵案内嬢のステイジアが気づいて癒し笑顔を見せてくれた。
「お疲れさまでした」
「ステイジアもお疲れ」
その笑顔に惚れそうになりながら手を振り返す。
「お気をつけてお帰り下さい」
ステイジアに見送られながら自動ドアをくぐる。
最後まで根気よくついてきていたセーラばあさんが、またもモップでぐりぐり拭う。そこまで熱心にやられると、期待に応えるために次も盛大に汚してこなければ、と思う。
傾いた午後の日差しに照らされ、外の空気はぬるかった。
お洒落勇者が空を仰ぐ。なぜか他の三人も同じように空を見ている。
なにをしているのかと見ていたら、それに気づいたお洒落勇者がこちらを見て照れたように笑った。
「悪い。こっちは空が広いから、つい」
「はぁ?」
意味が分からない。首をかしげると、亜麻色くんがほらほらと言う。
「高いビルないじゃん。あと、電線もないんだよね」
「電線?」
「そー。あっちは電柱と電線がいっぱいあってさ、空をマス目に区切ってんの。こっちって、あんま電線ないじゃん」
亜麻色くんの言う「あっち」は、保護地帯のことだろう。言われてみれば、そういう風景をテレビで見たことがある。
「そういうことか。ライフラインの類は全部地下にしてあるからな、こっちは」
小鞠市のライフラインは深く埋めた太いパイプの中を通っている。整備に金はかかるが、外に出しておいて襲撃のたびに破損・修復するよりは安いのだろう。
「何度来ても慣れねーんだよな。なんか青い気もすっし」
チャラベストが眩しそうに目をこすっている。空を見てみるがそれほど青くはなく、白けて見える。故郷のほうがもっと抜けるような青だったと思う。
「で、車どこに停めた?」
「奥の方だ」
市役所の駐車場は広い。スポーツマンが角の向こうを指さす。なぜそんな入り口から遠いところに停めたのだろうか。
駐輪場のほうが近いので、先に回収するためそちらへ向かう。お洒落勇者たちも特になにも言わず付いてくるからそれでいいのだろう。
隣に停めたジュンの原付は当然ながらすでになかった。文旦をカゴへ放り込んでロックを解除、スタンドを倒して押し出す。
今度は車へ向かうお洒落勇者たちの後を追う。
そして、角を曲がったらモンスターがいた。
正確には、モンスターという名前の大型ピックアップトラックだ。
有名な高級車メーカーが作っている車で、モンスターといえば値段の見当もつかないレベルのお乗り物だ。
正直なところ、今日一番度肝を抜く出来事でした。
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