09, だいたいDMは変態(偏見)
「以上が小鞠市の全冒険者を対象とした赤点改善作戦です。また、それとは別作戦として、我がパーティー・ヴィルトカッツェが積極的ダンジョン攻勢を行います。それにともない、個別に支援依頼をすることがあるかもしれません。その折にはご協力よろしくお願いします」
お洒落勇者は、さらりと言った。
ダンジョンとは、そのものずばり折衝地帯における敵拠点で前線基地である。まぁ、ぶっちゃけ敵さんのマンションだ。
そのダンジョンを潰せば敵さんの棲息数が減るわけで、確かに状況改善にはなる。
しかし、敵が密集していて地の利も向こうにあるダンジョンの制覇は難しい。奥に行けばいくほど敵の位階は高くなるし、ダンジョンボスだとか牢番長だとかエリアマネージャーだとか四天王だとか、危険で変なやつがくつろいでいる。
熟練冒険者がダンジョンへ稼ぎに行くことがないでもないが、それでも低層を荒らす程度しかしない。
「ダンジョン攻略たぁ、でかくでたな。さすが勇者候補は言うこと違うよなぁ」
後ろでライツがにやにや笑いながら言う。嫌みだ。
「真面目な話、本気でダンジョン攻めするのか? 相当リスク高いだろ?」
前の席のレイトルが、片手を軽くあげて聞いた。室内中の視線を受けて、お洒落勇者は気負ったふうもなく頷いた。
「言ったとおり、本気です。そのために来ましたから」
平然とそう言った。
実力者どもが「おおー」と声を上げる。それは面白がっているようでもあり、期待しているようでもあり、また若造がなにを言うとやっかむようでもある。
「もちろん容易なことではありませんし、危険でもあります。それでも今の危機的な赤字を挽回するためならば、払う価値のあるリスクでしょう」
お洒落勇者は一度言葉を切り、ぐるりと室内の面々を見まわした。
「奪われたポイントに対して支払われるのは、国民の血税です。そう考えれば、ポイントを容易に奪われるわけにはいきません。冒険者が己の保身を考えるばかりにリスクを避けてポイントを奪い返せない、さらには安易な降伏でポイントを奪われることなど、許されることではありません。命を賭けてポイントを取り返すこと、それが冒険者の仕事です」
真剣な顔でお洒落勇者はそう言い切った。
確かにお洒落勇者が言うことは正しい。
大半の人は苦しい生活のなかで身を搾るようにして税金を払っている。でも、冒険者に命を賭けろなどと言うのは間違っている、と思う。
ポイントと命、どちらが大事なのか。お金と命、どちらが大事なのか、ということ。
お洒落勇者が小鞠市の冒険者に命を賭けろと言うのなら、小鞠市の勇者候補という責任ある立場としては言わなければならないことがある。
お洒落勇者を見据えて席を立つ。椅子が音をたて、会議室中の視線が集まった。
「そうかもしれないけど、ここではなによりじん――」
ぱ~ぷ~という気の抜けた変な音が言葉に割り込んだ。なんなんだよと思っている間も、ぱ~ぷ~ぱ~ぷ~鳴っている。……豆腐屋の、ラッパ?
ティエラの手がすそを軽く引っ張り、机の上の携帯を指さす。
「君のケータイ」
やっと思い出す。豆腐屋のラッパは電話着信、ラーメン屋のラッパはメール受信だった。
「いや、なんか、ごめん」
呆気にとられているお洒落勇者や出席者どもに謝り、慌てて着席する。ものすごく間が悪くてばつが悪い。
「ハルバード」のスタッフからだろうか。会議中だし切ろうと携帯を取り上げる。
画面に表示されている送信者は、しかし二十桁の英数字だった。
二十桁の英数字は、敵のIDだ。
思い直して、通話ボタンを押す。『おせー』という大音声が耳を貫いた。
「うるさい。誰?」
ごちゃっとした発音の塊が返ってくる。
文字にするとズシムズゥジャリョといったところか。同時にヤツの三角錐の親玉みたいな顔を思い出して、不快な気分になった。
ズシムズゥジャリョが
『出るのが遅い。切ろうかと思った。せっかく電話してやったのに(意訳)』
上から目線な物言いがちょっと頭にきた。こちらも向こうの言葉で不機嫌に応える。
「何の用だ? わざわざ電話に出てやったのに、つまらない文句言うだけなら切る」
『切るな。今どっかの冒険者と遣り合ってたんだけどな。少しばかり手がすべった。ってか、こいつらが弱すぎた。ってか、ともかく虫の息でこいつら今にも死にそうなんで、一応報せておいてやろうと思った。だから切るな(拙訳)』
緊急事態だ。携帯を持つ手に力が入る。
「それ、どこだ?」
『あん? どこって、森だよ。燕みたいな遺跡の近く。西側(超訳)』
燕みたいな遺跡。カンクェスタ遺跡のことか。
「瀕死になってるやつ、誰だか分かるか?」
『知らねえ。有象無象の見分けなんかつかねえし(ニュアンス)』
よほどのことがないと敵は人間の顔を覚えはしない。それは人側も同じで、敵の個体識別はよほど慣れていないと難しい。
アリの顔を見分けるようなものだ。
「分かった。ともかく連絡くれたのは助かった」
やり過ぎた敵にお礼とか言いたくないが、瀕死の重傷者を放置されるよりはマシだ。
ズシムズゥジャリョが電話口で笑う。が、どこか乾いた変な声だった。
『は、はは。ちゃんと報せてやったから。お礼参りはいらないぜ(巧訳)』
そういう意図の電話か。これで無事に冒険者の命が助かれば見逃してやらないでもない。
ズシムズゥジャリョとの通話を切り、顔を上げて会議室内をぐるりと見まわし、声を張る。
「誰か今日森に出てるパーティー知ってるやついないか?」
反応がなかった。
あれ、と思う。
反応がないと言うより、皆度肝を抜かれたという顔でこっちをまじまじ見てくる。
ティエラが、少し戸惑ったふうに言う。
「今の、向こうの言葉だったけれど」
「おおうっ!?」
顔から汗が噴きだした。敵と向こうの言葉でしゃべっていて、そのまま言語を戻し忘れて叫んでしまった。失態だ。急いで言い直す。
「……誰か森に行ってるやつ、いねえ? カンクェスタ遺跡の西あたりで瀕死の救助要請入ったんだけど」
レイヴァーが「うちのパーティーが出ているはずだ」と言い、電話をかけ始めた。他にも何人か、心当たりにかけてくれている。
後ろでソワが119番に連絡し、森の入り口まで救急車を呼ぶ。誰かが運よく近場にいてくれればいいのだが。
袖で顔の汗をぬぐう。ライツがぱんぱんと背中を叩いてくる。
振り返れば呆れ顔で苦笑いしている。
「お前が向こうの言葉しゃべれんのは知ってっけど、やっぱ目の前でしゃべられっとビビるわ」
「……わりぃ」
人間には、敵の言語は難解で習得困難である。
その最大の理由は、音が異常に多いことだろう。一応すべて人間の可聴音ではある。しかし人間の言語とは比較にならないほど広音域を使い、多彩な発音を用いる。
聞き取ろうにも、とても耳がついていかない。聞き取れなければ発音もできない。耳も脳も柔らかい乳幼児期から密接に聞いていなければ、習得はほぼ不可能だ。
音の問題の他にも、文字がないことや言語研究が進んでいないこと、教えられる人間がほとんどいないこと、敵が人間の言葉を話すため習得の必要がないことと、習得を阻む問題は山のようにある。
というわけで、一般に敵の言葉がしゃべれる人間など滅多にいないのだが。
超ど田舎で生まれ育ったから、敵との接触はめちゃくちゃ濃厚だった。子供のころの遊びは敵との取っ組みあいだった。やつらときたら一般人の子供相手でも全然容赦がなくて、いつもぺしゃんこにされていたけど。遊んでいたと言うよりは、遊ばれていた。
そんなわけで、故郷ではみんな敵の言葉が話せた。話せないほうが珍しいぐらいだ。
だからこっちへ出てきても人類一般が敵の言葉を話せないだなんてまったく思わず、普通に使ってしまったほどだ。
当然ものすごい白い目で見られる羽目になり、いまだにトラウマになっている。それ以来あまり人前では使わない。
ただ、敵の言葉が話せると冒険者としては実は結構便利だ。
敵の言葉で話すほうが、敵は饒舌になる。なにより言葉が話せると分かると、敵の見る目が変わる。
超ど田舎生まれの効用としては、敵の個体識別がしっかりできるというのと、敵の動きを知り尽くしているというのもある。いずれも大変役立ってくれる。
「待機組にも連絡して、幾つか向かわせた」
アヴニールのプラッツが言った。
待機組というのは敵の街への襲撃に備えて見張り&待機する任についている当番者だ。すぐ動けるようにしているのが仕事だから急行してはくれるだろうが、いかんせん距離がある。それなら自分で行くほうが早い気がする。
腰を浮かせかけたところで肩をがっと掴まれた。見ると、ライツに抑えられていた。
「こーら。落ち着け。飛び出すな。心配なのは分かるが、お前が出てくとこじゃない。ここは他のヤツに任せろ」
肩を掴む手に力が加わる。それに押されて、すとんと腰を落とした。
「や、でも」
「でもじゃねぇ。なんでもかんでも一人でやろうとすな。お前の悪い癖だ」
肩を掴んだまま、説教くさい口調でライツが言う。
「よし、マルミットが近い。すぐに探しに行くってよ」
通話口を抑えて、オルキアというやつが声を上げた。確かマルミットは中堅パーティーでそれなりに経験も積んでいる。
「ほらな、マルミットに任せろ」
うなずくと、やっとライツが手を離した。
一人で何でもやろうとするな、などと言われてしまった。頬杖をついて文旦をつつく。
何気なく前を見たら、お洒落勇者がこちらを見ていた。目が合う。
「ところで、さきほどなにか言いかけませんでしたか?」
「さっき?」
そう言われて、電話の前の出来事を思い出す。
「あ、ああ。いや、あれは、別にいい」
手をぱたぱた振って誤魔化す。邪魔が入ったせいでなんだか話す気力が失せた。だいたい瀕死の重傷者を出したばっかりで、偉そうなことを言えない。
お洒落勇者は怪訝そうな顔だが、それ以上は追及してこなかった。
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