08, 素手とケータイならまだ素手のほうがまし
「市長より指揮を任せられました、ガーウェイ・エグザグラムです」
別に悔しくともなんともないが良い声してるな、こいつ。
「小鞠市の状況に関して分析してきました。資料にまとめてあります。デルディーア」
仲間の一人に呼びかける。応じたのは、なんだか少しチャラい感じのやつだった。
お洒落勇者に比べて細い身体を、シルバーグレイのベストできゅっと締めている。頭は不揃いな長髪で、左側だけアップにして上で留めている。おもしろい男だ。
チャラベストが、キャリーケースから紙束を取り出し、机三列に振り分ける。
それぞれ自分の分を取って後ろにまわすというアレだ。小学校のとき以来だ。
レジュメが回ってきた。前の席のレイトルがこっちを向いたついでになにかアイコンタクトしてきた。
なにを伝えたいのか分からない。
とりあえずティエラと二人分取って、残りを後ろのライツにまわす。一応アイコンタクトも送った。
ライツが軽く頷く。
なにが伝わったのかは分からない。
お洒落勇者は、レジュメが行きわたったことを確認し、話し出す。
「まずグラフ1を見てください。先週までに奪われたポイントをまとめたものです。ご覧の通り、奪われたポイントの八割方が、冒険者の敗北によって奪われています。他市の冒険者の失点割合は、多いところでも六割強、だいたいの市においては五割です」
カラフルな円グラフが並んでいる。
小鞠市市民の失点、小鞠市冒険者の失点、旅行者等非市民の失点、他市所属冒険者(出張組)の失点、その他の失点、と意外と細かく分けてある。そして小鞠市の円だけが、やたら赤い。
もちろん赤は、小鞠市冒険者を指す色だ。
市の状況ぐらい把握している。おおよそのところでこんなものだろうとは思っていたが、グラフで見せられるとインパクトがある。
今まで面倒そうにダレていた皆も、グラフを食い入るようににらんでいる。
この分析の出し方は、つまり小鞠市冒険者は軟弱だと言われているに等しいのである。
「これはあまりに多すぎます。しかし逆に言えば、冒険者の失点を減少させるだけで、市の失点もまた大幅に減少させることができます」
単純に考えれば、確かにそうなのだが。
お洒落勇者は表情を真面目に引き締め、あくまで丁寧な口調で続ける。
「冒険者の失点を減らすために、敢えて苦言を呈させていただきます。
小鞠市へ来てまず感じたことですが、冒険者全般に緊張感が欠如しています。緊張感なく冒険に出て戦闘になる、あるいは襲撃を受ければ、当然敗北率は高まる。非常に危険な状態です」
緊張感がないと言われ、さすがに全員ぴくりと肩がはねる。
最初にキレたのは、前に座ったブルーナップのレグルスだった。ガンと机を叩いて身を起こし、お洒落勇者に詰め寄る。
「おい、黙って聞いてりゃ緊張感がないだとォ」
お洒落とはいえさすがに冒険者だ、どろどろ姿の巨漢レグルスにびびることなく、お洒落勇者は怒声を正面から受け止める。
「それでは聞きますが、これだけの冒険者が集まりながら武器携行者がほとんどいないというのは、どういうことですか」
レグルスが一瞬詰まる。
明らかに戦闘帰りのブルーナップ二人でさえ、武器は持ってきていない。おおかた仲間に預けてきたのだろう。レグルスの横のエルンストも立ちあがる。
「いや、つってもさあ、ここ最近この街まで敵は来てねえんだもんよ」
「最近は襲撃がないから街は安全だろう、ですか? それは、楽観的な推測に過ぎません。敵の襲撃がいついかなる状況で行われるか分からないということは、皆さんはよくご存じでしょう。もし今襲撃されたらどうするんですか。たとえ仕事中であろうとなかろうと、街にいようといまいと、冒険者は冒険者です。市民を守るのが務めです。最低限の武器さえ持たずに、どうやって市民を守るんですか」
正論だった。皆がお洒落勇者の視線から顔をそらす。うっかり顔を伏せ損ね、お洒落勇者とまともに目が合う。問責するような瞳にじっと見据えられ、思わず口が滑った。
「す、素手で」
滑らせてから、しまったと思う。茶化すつもりはなかった。お洒落勇者の顔が険しくなる。
「真面目な話をしているつもりだったのですが?」
「すいません」
素直に謝ったら、なぜか周りから「えー」という声が上がった。
「こいつなら素手でいける」「マジだよ、マジ」「むしろ素手でいく」「ふざけてねーよな、本気で言ったんだよな」「徒手空拳」「素手で勝てる」「ホンネってやつ」「素手、素手」「もちろん素手で」「武器とか、いらねえ」「あるいはケータイ投げる」「断然大丈夫だ、素手で」
真顔でケータイとか言ってるのは誰だ。それよりなにより、お洒落勇者が救いようのないバカ共を見たとでも言いたげな呆れ顔をしている。
こういうところがまた、緊張感の欠如に見えるのだろう。
この陽気で暢気でとにかく明るく悲壮感とか微塵もないところが小鞠市冒険者の特徴で、短所であり長所である。
「いやいやいや、冗談だから。ほんの軽口だから。素手とか無理だから。だから、その信じらんないって顔をやめろ」
えーとかあーとかいうブーイングを振り払う。なんでこんな騒ぎになっているんだろう。今日は静かに目立たないはずだったのに。
「えーと。ほんとごめん。茶化すつもりはなかった、悪かった」
再度の謝罪を受けて、さすがにお洒落勇者も表情を戻す。しかし眉のあたりに苦みがわずかに残っている。ついで、ため息をついた。
「……ともかく。市内では最低限の武装を義務とします。以後、武器携行をお願いします」
義務、と来た。このお洒落勇者には市長からの指揮委任があるのだろう。それならば強制力のある命令ということになる。
こちらを向いたティエラが、顔をしかめている。こっちも似たり寄ったりの顔になっているだろう。
街中では武器を持ちたくない。襲撃時のリスクは全員承知している。それでも武器携行を避けているのだ。
それを危機意識の欠如として挙げられ、義務化されるのは
武器を持った人間は、一般市民にとって脅威だ。冒険者が常に武器を持ち歩けば刺激となって、街全体にピリピリとした空気が流れる。
確かにある程度の緊張感は必要だろう。しかし、必要以上の緊張は街に萎縮と閉塞をもたらし、市民生活を圧迫する。
お洒落勇者は、市民を守るのが務めだと言った。市民だけではなく、生活まで守ってこそ冒険者だ。そのために身を張って街への襲撃を食い止めているのだ。
それに、街中で武器を持つとバカな勘違いをおこすバカな冒険者がたいてい出てくる。武器を持っていると自分が強いだとか偉いだとか、簡単に錯覚する。
そういうバカなやつが市民に対してでかい顔をしたり脅したりなんてことはざらにあるのである。
小鞠市では、新人冒険者の街中での武装は許さない。たとえ熟練冒険者でもよほどの必要がなければ武装はしない。暗黙の了解である。
こんな折衝地帯特有の機微、保護地帯出身者には理解できないだろう。
保護地帯。条約で敵が立ち入ることがないと定められた安全地域だ。政治・文化・経済の中枢を保護するために首都をはじめとする一部都市だけが指定されている。
それらの都市だけが、敵に脅かされることのない生活が保障される。
大複合企業の御曹司で有名アカデミー出のお洒落勇者は、間違いなく保護地帯生まれの保護地帯育ちだろう。
反論してもどうせ無駄、ということで、小鞠市冒険者一同は嫌そうな顔をしつつも無言を貫いているのだった。
会議室内の反応をどう思っているのか、お洒落勇者の表情からは窺えない。
「次に、敗北と失点のリスクを下げるため、パーティー間の組織的な連携を行います。図の3を見て下さい。仕事であれ冒険であれパーティーが単独で行動せず、他パーティーとの相互支援することによってリスクが減ることは、水岩市での実地試験でも実証されています」
水岩市は、小鞠市と同じ河陽州に属する市で、何年か前まで戦況悪化に苦しんでいた。あの頃は、小鞠市からも応援に行ったパーティーがあったはずだ。
今では随分良くなったようだが、試験的な方法で改善努力をしたらしい。
「人数とリスクの関連を示したのがグラフ6です。失点だけでなく負傷や死亡のリスクのことも考えると、四人以下の少人数パーティーでは連携が必須です。特に単独行動者は、失点・負傷・死亡いずれのリスクも断トツになっています」
パーティーを組んで団体行動する方が安全だ、というのはよく知られた事実だ。でもこうして数字で見せられたのは初めてだった。
「そこで、赤点改善プロジェクトの期間は少人数での行動、特に単独行動は禁止とします」
「はあっ!?」
抑える間もなく素っ頓狂な声が出てしまった。お洒落勇者がこちらを見る。
「どうかしましたか?」
「どうかもそうかも。単独行動禁止って、それはまじで勘弁してくれ」
お洒落勇者が、端整な顔をわずかに傾げる。口元がほのかに笑んだようで、見つめてくる瞳になぜだか気圧される。息詰まる。
「ああ、そういえば、貴方はソロ冒険者でしたね」
さらりといわれた言葉に背筋がぞくりとする。個人情報を把握されている。
「ソロは非常に危険です。一応勇者候補生なんですから、面倒でも街のためを考えてプロジェクト中の単独行動は控えて下さい」
「単独行動は控えてって、誰と行動しろっていうんだよ!?」
「人数や戦力の少ないパーティーに加わるなりして下さい」
簡単に言ってくれる。
隣でティエラがため息をつく。見ると、腕組んで面倒くさそうに目を閉じている。またため息。そして目を開け、ちらりとこちらを見る。
そこで見られていたことに気づき、不快そうに表情を動かした。
ぷいと前を向き、なぜか手を挙げる。それを認めたお洒落勇者が、発言を促す。
「それならば私が組む。どちらにしろ私も誰かと組まなければ仕事にはならないし。二人でも単独よりはマシでしょう」
はっきり言った。有無を言わせないという口調で、お洒落勇者をまっすぐ見据える。
「って、ちょい待て。俺の意志は? 俺の意志は無視?」
「なに? 私では不足?」
ティエラの声は不機嫌そうだった。急いで首を横にふる。不足なわけない。組むとしたら、これ以上望むべくもない相手ではある。
「それなら君も少しは我慢して」
ティエラの有無を言わせないという口調に、不承不承肯く。お洒落勇者もまあいいだろうという感じでうなずき、了承を示した。
「最低限彼女とのバディは崩さず、単独で行動しないように。いいですね」
目を見て念押ししてきた。煩いことこの上ない。
小姑みたいだ。
「さて、水岩市で行われたパーティー間連携の詳細方法を、参考として次ページに掲載しました。今ここでは説明しませんので、各自確認しておいて下さい」
そっとレジュメをめくってみる。なにかびっしりと書かれていた。見なかったことにする。
「実際に連携をするにあたっては、人数・実力・諸事情などを考慮した上での組織編成が必要になるので、すぐに行うというわけにはいきません。ただ、連携の際には皆さんのパーティーが中心となって編成することになりますので、ご協力お願いします」
お洒落勇者はてきぱきと話を進めていく。かなり手慣れた様子だ。
おそらく、小鞠市以前にも戦況悪化地域への応援経験があるのだろう。
しかし、お洒落勇者がこれまでに提示したプロジェクト内容は、どれも微妙に地味である。
確かに冒険者を引き締めることとか、失点を減らすこととか、パーティー間の連携を密にすることとか、それなりに赤点を改善する効果はあるのだろう。
でも、どれも長期間行われてこそ意味のあるのもではないか。
まさかお洒落勇者は長い時間ここに居座るつもりだろうか。そうすると、長い時間武器携行を強制されたり、単独行動を禁止されたり、こうるさいことを言われたりするのか。
それは、すごい迷惑だ。
真面目に引っ越しを検討し出したとき、お洒落勇者が言った。
「また、我がパーティー・ヴィルトカッツェが積極的ダンジョン攻勢を行います」
積極的ダンジョン攻勢。
その言葉に会議室はざわりと揺れた。
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