12, けっこう剣って重いし



 お洒落勇者たちの宿を確認するため、話の盛り上がりはじめた丸テーブルを離れる。

 カウンターへ行って親父に声をかけた。


「おい、親父。聞こえてただろ? あいつら、親父の世話になりたいってよ」


 声をかけるとやっと親父が顔を上げ、お洒落勇者たちを確認する。


「……もしや噂の勇者ご一行アレか?」


 トーンを落とした声で親父が言う。こちらも声を抑え、万が一にもお洒落勇者たちに聞かれないよう話す。


「おう、噂の勇者ご一行様ソレだ。ってか、情報つかんでたなら言っておいてくれよ」

「話せるほど確かな話じゃなかった。それにしても、勇者候補パーティーを呼ばなきゃならなんほど、今の戦況は切迫してないだろうに」

「戦況というよりは、赤字の多さがネックになって呼んだらしい。たぶん、市長の独断だろうと思う、けど――」


 戦況と一言でいっても、その捉え方は広い。

 例えば冒険者なら、強力な敵が多く負傷者が増えた場合を戦況悪化と捉える。

 一般市民なら襲撃が多くなって生活が多大に脅かされたときが戦況悪化だし、ボスなどは経済や市民生活の状況をトータルに見て戦況を判断するだろう。

 そして、赤字が多くなって困るのは、それが成績に直結する市長である。


「――けど、独断つっても止めなかったんなら、ボスも招聘を認めたんだろうけど」

「……まぁ、勇者候補を応援に呼んだからって、傷つくのはお前のプライドぐらいのもんだからな。問題ないと思って黙認したんだろ、どうせ」


 ボスの考えそうなことだ。


「いや、でも、なんとなく、それだけじゃ済まない気がする」


 親父がどういうことだと聞いてくるが、なんとなくはなんとなくだ。嫌な予感がするとしか言いようがない。首をひねると親父がため息をついた。


「プライドを逆なでされて気が立ってるんだろう、お前は。いちおう俺も気をつけてはおくが。お前はお前で言動に気をつけてろ。ほんとお前は市長と相性悪いからな、あんま楯突いてると話がこじれるぞ」

「だってあの市長、こっち睨んでくんだもん」


 お前はガキか、と言って親父は帳面へ向いてしまう。


「あ、それで、宿のほうは貸していいのか?」

「空きならある。金を払ってくれる客なら歓迎だ。世話もこっちにいる間だけなら見てやらんでもない」


 なんだか偉そうな物言いだが、敏腕マネージャーとはこういうものである。親父にうなずいてから、お洒落勇者に来いと合図を送る。

 ジュンたちと楽しげに話していたお洒落勇者は、すぐに気づいて寄ってきた。


 ひとまずパーティーリーダーのお洒落勇者を親父に引き合わせる。


「初めまして。応援で来たヴィルトカッツェのリーダーでガーウェイ・エグザグラムです。お世話になります」

「ああ、俺がこの宿屋の経営者兼冒険者の登録マネージャーをしている、……レジム・パンシオンだ」


 名前を言う前に間があった。さてはこの親父、自分の名前を忘れていたな。


 親父のレジなんとかとかいう名前は、親父がこの宿屋を譲り受けるときに便宜上受け継いだ名前だとかで、要は偽名である。このおっさんも叩けば埃ぐらい出てくるワケありだ。


 普段はみんな親父親父呼んでいるし、本人も書類程度にしか使うことがないらしく、すっかり忘れ去られつつあるのだった。

 まぁこの親父の本名とか身の上とか、なんでもいい。


「依頼どおり宿と世話は引き受けるが。長くなりそうか?」

「いえ、それほど滞在するつもりはありません。長くても一月を目途にしようと思っています」


 ダンジョン攻略を宣言しておきながら長期滞在するつもりがないとはすごい話だ。

 さすが勇者(候補)様である。

 詳しい話を聞き始めた親父も「噂以上だな」と舌を巻く。


 ……なんか面白くないな。


 別にこの二人のやりとりを聞いている必要はない。昼間もらったブンタンを持って勝手に厨房へ入り込む。


 厨房ではキッチン担当バイトくんが夜のための仕込みに取り組んでいた。そして嫌そうな顔でこっちをにらむ。


「勝手に厨房入ってくんなっつってんだろ」

「これ、切ってほしいんだけど」


 バイトくんは手の中のブンタンを認め、包丁で調理台の上を示す。たぶん置いておけということだろう。あとで切ってくれるらしい。


「おー、サンキュー。あ、そうだ。お礼にこれやる」


 バイトくんにポケットから取りだした包み紙を差し出す。切ったタマネギをザルにあけたバイトくんは、不審そうな顔で受け取る。包みを開いてさらに怪訝な顔になる。


「なんだ、これは?」

「見ての通り、『たすき屋』のおっちゃん特製タルタルソース」


 小指の先で舐めたバイトくんは、眉根を寄せて味を吟味し始めた。「やっぱりうまいな」とつぶやいたので、思いの外プレゼントを喜んでくれたらしい。よかった。


 それからいったん自分の部屋へ戻る。

 懐の白い封筒を机の引き出しの奥へとりあえず仕舞った。中身の例のデータは本来機密であり、持っていてはまずいものである。用が済んだら早々に処分しなくてはいけない。


 ついでのようにお洒落勇者が武器の携行を義務化したことを思い出した。


 面倒だなと思いながら武器ロッカーのカギを開ける。一番手前にぶら下がっているのが現在愛用している剣だ。


 剣のスタンダードサイズであるD等級規格からはわずかにはみ出たE等級。大抵の冒険者にはなんでそんな微妙なもの使ってるんだと呆れられる。でも初めて握ったときから妙にしっくりきてしまったのだから仕方がない。

 ちなみにこの剣を打ったおっさんが付けた銘は「忍耐ゲドルト」で、特徴はとにかく頑丈なことである。


 ゲドルトを見ていてもなんだか気分が乗ってこない。

 こんな重いものを持ち歩けとか無茶だ。


 お洒落勇者の命令など無視でいいか。よし、無視しよう。

 そのままロッカーを閉じた。


 ***


 部屋での用を済ませてから、本を一冊持ってまた食堂へ下りた。

 夜はティエラとの打ち合わせの約束だ。本はティエラが来るまでの時間を潰すためである。


 そろそろ仕事帰りの客が入り始める。ここは冒険者宿だが、酒食目当ての一般客が意外とやって来る。キッチンバイトくんの腕がいいからだ。


 ウェイトレスになったリピスが客の間を動き回っている。

 ジュンがこっちに気づいて手を振ってきた。ジョッキを呷る仕草をする。さっそくお洒落勇者たちと飲み会をするらしい。


 適当に手を振って参加を拒否し、カウンターへ一人で座る。

 なにかにつけて飲み会をするジュンらにそうそう付きあってはいられない。


 誘いを蹴るのはいつものことなので、ジュンもそれ以上言ってはこない。本に挟んだしおりを開いたところでリピスが水を持ってきた。


「先輩、なにか食べます?」

「いや、ティエラと食べる約束だから、来てから頼む」

「ティエラさんが来るんですかー? めずらしいですよね」


 なにやらにやにや笑うリピスに釘をさす。


「仕事だよ、仕事。打ち合わせ」

「え、先輩、ティエラさんとお仕事するんですか!? 超めずらしいですねー」


 大きなお世話だ。だいたい不本意である。不機嫌に元凶のお洒落勇者の方にらむと、うっかり目が合ってしまった。というか、なぜこっちを見ていた。


 露骨に視線をそらしたのに、お洒落勇者が席を立ってこっちへ来る。あっちとこっちを交互に見やったリピスは「あっと、仕事仕事ー」とか言って行ってしまった。


 ジョッキ片手にやって来たお洒落勇者は、断りもせず勝手に隣のスツールへ座る。無視して手元の本へ視線を落とすと、お洒落勇者ものぞきこんできた。


「それはなにを読んでるんだ?」


 こんな露骨に拒絶してるというのに、なんだってこんなニコニコ話しかけて来るんだろうか、こいつは。

 うっとうしく思うものの、このうえ黙殺できるほど神経は図太くない。せめてもの抵抗に、口では答えず黙って中表紙を見せた。


 お洒落勇者は『超入門! 租税法~脱税手口を斬る~完全版』という文字を目で追い、口を開き、閉じた。反応に困っている。


「……、……。……租税法に、興味があるのか?」


 やっとひねり出した言葉がそれだった。もうちょっと気の利いたこと言えないのかと酷評しつつ、もう一段突き放す。


「いや、別に」


 お洒落勇者が名状しがたい顔になる。それが面白くて溜飲が下がった。というか、逆にかわいそうになってきた。


「こういう法律とか読むのが好きなだけだよ」

「めずらしい、趣味だな」


 お洒落勇者は言葉を選んでそう言った。


「変だと思うなら、はっきりそー言えよ」

「思ってない、思ってない」


 驚いた顔でお洒落勇者は慌てて首を振る。その反応、絶対思ってただろう。


 まぁ確かに法令集なんか読んでいればなにが面白いのかとはよく聞かれる。でも読んでみると結構面白いと思う。むかし法律や裁判のことが分からなくて困った経験があるから尚更そう思う。


 そう言えば、とお洒落勇者は急いで話題を変えにかかった。


「ここのクルネイド市長は法務官僚の出だったな」


 振るにしたってもう少しマシな話題はなかったのか。よりにもよって市長の話とは。果てしなくどうしようもなく止めどなく興味ない。

 それでも全力を尽くしてなんとか相づちをうった。


「へー、あの市長、クルネイドって名前だったんかー」

「死ぬほど興味なさそうだな。というか、名前も知らなかったのか。ああ、そもそも君は世話人の名前すら知らなかったな」


 さらに言わせてもらえば、そう言っているお洒落勇者の名前も知らない。


 ごそごそと携帯を取りだして、お洒落勇者の眼前に突きつける。


「お前の番号、教えろよ」


 お洒落勇者は嬉しそうな顔で自分の携帯を引っ張り出した。なぜ嬉しそうなのかは分からない。ただ、もしかしたらこいつに連絡する必要のあることがあるかもしれないし、登録しておけばいつでも名前を確認できる。


 昼間にクレオが設定してくれた無線通信とやらを起動する。無線でと頼むと、お洒落勇者は手早く送信してくれた。タッチパネル操作に手こずりながら登録していると、お洒落勇者がなぜか携帯を手に待っている。


「ん? なに?」

「なにって、そっちの番号は教えてくれないのか!?」

「番号教えろとは言ったけど、交換しようとは言ってない」


 苦虫を噛み潰したような顔になった。ちょっと呆れの混じった声を出す。


「意外と性格が悪いな。で、真面目な話、万が一のときのために番号を教えてくれ」


 しぶしぶ自番を呼び出し、送信する。お洒落勇者はてちてちと素早い指の動きで登録した。


「それにしても、あの市長が法務官僚出ねー。あんな悪代官みたいな顔して、悪い冗談だな」

「悪代官ってのは少し言いすぎだろう。あんな顔でも法務省でキャリアを積んでいて、将来の法相とまで言われたことのある人なんだから」


 確かに悪代官は言いすぎだったかもしれない。あの市長の場合、もう少し小物だ。


「お前、詳しいな。で、なんで未来の法務省大臣さまがこんな田舎へ飛ばされたんだよ?」

「なぜだろうな。いや、俺も詳しいわけじゃないんだ。さっきの話は親のコネの関係でたまたま知っていただけだから」

「ふうん」


 残念だ。なにか市長の弱みを握れるかと思ったのに。


「だから、今回のこの仕事も市長から親のコネで依頼された多少煩わしい厄介な仕事で、そんな仕事にメンバーを付きあわせるのは悪いと思っていたけど」


 携帯をしまいながら言葉を切り、お洒落勇者はにこりと笑った。


「意外と楽しい仕事になりそうで、よかったよ」


 いったいどういう意味だ。



 ***



 うるさいお洒落勇者を適当にあしらって、本を読みつつ待つこと1時間強。ティエラがやっと姿を現した。


 ブルーの外套を脱ぎ、さっきお洒落勇者が座ったのと同じ席へ着く。例のハードケースは持っておらず、ローバックに短い剣を差している。武器携行命令を守っていて偉い。


 すらりとのびた足を組むとスツールに素晴らしく栄える。が、あまりじろじろ見ていると変質者っぽい。頑張って視線を剥がした。


「お待たせ」

「うん、いや、待ってない」


 定番の嘘をつきながら、しおりを挟んで本を閉じる。


「なにを読んでいたの?」


 これまたお洒落勇者と同じことを聞いてくる。やはり同じように中表紙を見せると、ティエラの首が傾いだ。ふわりとした髪が顔にこぼれる。


「今度は脱税でもするつもり?」

「しねーよ。しかも『今度は』って、前にもなんかしたみたいな言い方すな」



 さて。これからしばらくはティエラと仕事だ。



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