勇者登場

06, 市冒険者の顔ぶれ



 手の中ですっかりぬくくなったグレープフルーツを転がし、第五会議室の後ろ扉を開ける。

 まだ少し早いし誰もいないだろうと思っていたら、予想に反してすでに数人がいた。そしてその全員が冒険者だった。


 ということは、この会議室に見合う程度のが招集された、ということだろう。ふうん?


 当然のように皆顔見知りで、軽く手を挙げ挨拶しておく。

 何人かはグレープフルーツへ視線をやったものの、特に突っこんでくることもせず、挨拶を返される。


 そこそこ広い会議室に、長テーブルがきれいに並んでいた。教室を彷彿とさせる光景だ。

 どこへ座るか迷う。

 二人組の冒険者で、窓際の真ん中より後ろ寄りのいい席に陣取っているやつらがいた。彼らの前の席を取り、便乗する。


「帰ってたんだな。いつ頃戻ったんだよ?」


 後ろを向いて話しかける。二人はパーティー・アルティザンのリーダーとメンバーだ。

 アルティザンは、やはり小鞠市の有力パーティーの一つで、ここのところ市内の別の街へ応援に行っていた。


 リーダーのライツが苦笑した。


「そうじゃねえんだよ。オレらだけ招集のせいで戻ってきたんだ」

「え、まじか。呼び戻されたのか」

「むっちゃ迷惑だろ。しかもリーダーとサブとで来いとか言うんだぜ? さすがにそれはできねえから、向こうはグラントに任せてソワと来た」


 グラントがアルティザンのサブリーダーの名前で、ソワが一緒にいるメンバーの名前である。目が合うと、ソワが「どうも」と手を振った。


「行ってたのって流谷るや地区のほうだっけか? あっちはどうよ?」

「仕事は警護の応援ってことになってっけど、不景気でしょうがない」


 そう言って、ライツとソワが笑う。この場合冒険者の言う不景気はイコール平穏であって、一般的に言う不景気とは意味が違う。結構なことだ。


「それよりはなんかあったのか? 呼び戻しとかされたの、初めてだぜ」


 聞かれても首をかしげるしかない。


「いや、別に俺はなにも聞いてない」


 会議室内をざっと見まわす。

 前の出入り口近くの席に陣取って文庫本を開いている巨漢は、パーティー・アンベシルの代表レイヴァーだ。少し前に足の骨を折って入院・療養していたが、復帰したらしい。

 読書の邪魔をしても悪いので、声をかけるのはやめる。


 後ろのすみのほうにパーティー・アヴニールの二人、プラッツとザフロがいる。ちょうどザフロが顔を上げた。

 なにか聞いていないか尋ねると、ザフロはプラッツと顔を見合わせて、それから首をふった。


「別段なんも聞いてないがね。てか、あんたが知らんことを俺らが知るかい」


 まぁそうだと思った、とは言わずにおいた。


 他の面子へも視線を転じるが、だいたいみんな市下の別の町を拠点にしている冒険者で、目があった瞬間に首をふられた。


 そこで気づいた。招集のため、別の町からわざわざ出てきた連中に限って早く着いてしまったらしい。


「それにしても、みんなよく来られたな。急な招集だったのに」


 市長美人秘書から電話が来たのは今朝の九時。それから仕事を放棄して中央まで出てくるのは結構大変だったはずだ。


 しかしライツは、なにを言っているんだという顔をする。


「急ってほどじゃないだろ。だいたい一週間前だったし。にしたって迷惑だけどよ」


 もしかしてこれは市長美人秘書にやられたか。ギルド課で受けとった出頭命令書を取り出し確認してみる。

 命令発行日は確かに一週間ほど前の日付になっていた。


「悪い、ライツ。命令書、ちょっと見せて」


 怪訝な顔のライツから受けとってみれば、そもそも一番上の明朝体が「招集要請書」になっている。こっちのは「出頭命令書」なのに。


 いっしょにのぞいたライツが、その事実に気づいて同情一杯の視線を投げかけてくる。

 命令は要請よりも強制力があり、相当な理由なく無視すれば処分が下されるわけで、そんなものを当日に知らせてくるとか嫌がらせも甚だしい。


 なにこの扱いの差は。


「嫌われるようなことした覚えないのに。ああ、この間お茶に誘ったのが悪かったか」


 即行で断られたし。


「そんなことしたのか、おまえ。そりゃあアプロンシェ嬢怒るわ」

「……俺、今日は目立たないで静かにしてることにする」

「おう。できるもんならやってみろ」


 なんだか馬鹿にされた。

 不機嫌にライツから顔を背ける。ちょうどソワの鞄に突っこまれた新聞が目についた。


「ちょいソワ、新聞貸して。それ読んで大人しくしとく」

「これですか。どうぞ。それにしても、活字が読めるだなんて、意外だなあ」


 スタンドで買ったのだろう、丸まった新聞を差し出しながらソワがにやにやする。このやろうと思うが、言い返せば小人しくなる。強いて無視して新聞を開く。


 政治面は相変わらずつまらない。政府間協議が開幕だとか、ギスタナ紛争の激化だとか、第五次戦争が調停を受け停戦だとか、見出しを見るだけでお腹が一杯になる。


 経済面はもう言語が違うと思う。


 つらつら眺めていた社会面の、ひときわ大きな記事に目がとまった。「歴史認識問題で発禁処分」という見出しと並んだその本のタイトルは、覚えのあるものだ。


 以前に人から頂いたもので、今も本棚に入れてある。くれた人曰く、歴史を勉強するならこれが一番とか。頑張って苦手な歴史を中世の頭ぐらいまでは読んだ。


 興味をひかれて小さな文字を追う。問題になったのは、本の「敵の発生については謎が多く、彼らがいつどこから来たのかは知られていない」という表現らしい。


 流通差し止めを求めた敵の主張は、彼らは人類よりはるかに先んじて地球に棲息していたのであり、「発生」「来た」等の表現は不適切というものだ。

 しかし、著者及び里海出版社は改訂を拒否、逆に差し止め撤回を求めて提訴。 その結果、提訴が棄却された上に発禁処分が下されたという。


 本の関係者各位にはご愁傷様と言うしかない。政府は発禁処分を下す代価として、敵になにを要求したのだろうか。裏取引は彼らの十八番だ。


「……流通なくなったら、値上がるかな」


 受験生に人気の参考書らしいし。ほとぼりが冷めた頃にその手の古本屋へ売れば、小遣い程度にはなるかもしれない。

 まあ、恩人からもらった本なので売り払うつもりはないが。


 ちなみに敵発生に関しては諸説ある。

 外宇宙から飛来したとか異次元から漏出したとか古代文明が封印した化け物が放たれたとか地球が人類を滅ぼすために生み出した天敵だとか、基本全く根拠はない。

 個人的に気に入っているのはバクテリア説。


 会議室にぼちぼち冒険者が集まり始めた。

 後ろや隅の席から埋まりだす。顔見知りどもに目をつけられて話しかけられるのも面倒で、立てぎみに広げた新聞の陰に隠れる。


 毒汚水流出事件、被害者遺族が法廷で怒りの叫び、原因及び責任所在不明のまま賠償金支払い命令下る。字面を目で追いながら溜息が出てきた。全くろくな記事がない。


 会議室はもう半分以上埋まっている。どいつもこいつも市下の主立った冒険者だ。つまり名前も実力も知られた冒険者、あるいはパーティーの代表である。


 新聞の陰にいるというのに、うっかり目が合うと声を掛けられる。ときにはにやにやと笑われたり、嫌みなやつだと物を投げる仕草をされたりする。なんで知ってる。

 そこで妙に反応すれば、またどうせ面倒なことになる。いずれにも適当に手を振り返すという低温な対応をしておく。


 皆さんはつまらなそうだったが、どう考えても楽しませてやる義理はない。


 懐から白い封筒を取り出した。ギルド課長から受けとった例の物ブツだ。入っていた一枚の印刷紙を引っ張りだす。


「ソワ、ペン貸して」


 後ろに手だけを出して要求する。


「まったく、傍若無人なんだから」


 後ろから溜息が聞こえた。続いて手にボールペンが渡る。


 開いた紙には、数字と文字が表形式で並んでいる。左から十五桁の数字、日時、死傷程度、そして英数字混じりの二十桁になっている。


 この一、二ヶ月に死亡あるいは重傷を負った冒険者とそれに関与した敵のデータで、本来は非公開情報の類である。違犯は承知の流出だ。

 ただ、冒険者にしろ敵にしろIDまでしか割れていない。これだけではあまり意味がない。


 スマホを引っ張りだして電話帳を開く。

 フォルダの一つを選び出し一覧表示にする。氏名の代わりに二十桁の英数字、つまりは敵のID番号が並ぶ。

 画面をスライドさせ、機密情報と合致するIDを探す。電話帳の機能で英数字を昇順に並べることが出来るため、さほどの苦労もなく一つ目を見つけた。


 画面への軽いタッチングで詳細情報が呼び出される。敵の個体名から携帯の番号、メールアドレス、それから位階、居住ダンジョンと部屋番号まで、分かる限りのデータがつっこんである。

 その中からケー番と名前だけを借りたペンでメモっておく。


 この詳細情報は、全て敵から直接蒐集した。

 倒した敵のサイフを物色するついでに、IDやら携帯やらを漁って情報も剥ぐという地道な努力を続けてきた結果である。


 左手で携帯画面を操りながら右手でペンを握り二つ目を探す。こういうときはタッチパネル操作が便利だ。


「ねえ、隣いい?」


 声は聞こえていたが、自分に向けられた言葉だと理解するのに時間がかかった。

 顔を上げると、野郎ばかりの会議室の中で唯一の救いみたいなうら若き女性が立っていた。


 彼女はティエラ・アイビス・アルエットという。軽いウェーブの髪にどこか異国風の顔立ちだが、落ち着いた雰囲気漂う綺麗どころだ。


 癒しな感じのその顔をうっかり見つめていたせいで、無言で時間が過ぎる。


「……隣いいって聞いたのだけれど?」


 再度言われてしまった。


「ああ、うん、いいけど。でもまたなんで俺の隣?」


 彼女は目立つ。

 ただでさえ女性冒険者は珍しいのに、容姿端麗かつ実力者。こんな天然記念物みたいな人が隣に座ると、あちらこちらから嫉妬やら羨望やらが飛んできて突き刺さる。


「あまり前に座りたくはないから。それに他の人は大抵二人組で来るでしょう? 一人だとあぶれるし」


 ティエラがイスにすとんと掛ける。手荷物のハードケースを足下へ置いた。


「迷惑だった?」

「いや。ただ今日の俺は静かに目立たない予定なんで、そこんとこよろしく」


 視線を携帯画面へと戻す。


 二つ目のIDは、少し見つけ出すのに手こずった。

 開いた情報を確認すると、メモ欄に*マークが二つ並んでいる。それはこいつが過去に二度おり、今回で三度目だということを意味していた。

 こいつは要注意だ。


「なにをしているの?」


 ティエラが、頬杖をつきながらこちらを見ていた。とっさに紙を引き寄せ新聞をずらし、彼女の視界から隠す。


「別に」


 ティエラは隠された紙を敢えて見ようとはせず、青い瞳をこちらへ向けてきた。


 しばらく見つめ合う。


「怖い顔をしてる。危ないことはしない方が良いと思う」


 いつも通りの落ち着いた声で言われた。


「だから別に危ないことなんかしてないって」


 適当に笑ってかわしにかかるが、ティエラはどうだかという顔で前を向いてしまった。


「危険なことするときは、ちゃんと私を呼んで」

「ん、気が向いたら、な」


 なにをしているか、どうも感付かれているらしい。


 ティエラもまた、パーティーに属していない冒険者である。しかし単独行動者ソロというわけではない。


 彼女の生業は、助力者アシストだ。


 事故怪我病気諸事情でパーティーメンバーが急に欠けるというのは、よくあることだ。

 基本的にそれはパーティー内で解決すべき問題だが、どうしようもなく危険が高まる場合とか仕事自体が不可能になる場合もある。あるいはパーティーのメンバーだけでは、仕事に必要な能力・技能・条件に不安が残る場合もあるだろう。


 そんなときパーティーへ臨時参入して補助をするのが助力者アシストである。とはいえ、それは想像ほど簡単なことではない。


 彼女は、オールラウンダーの称号所持者だ。


 オールラウンダーは勇者よりも遙かにレアな称号で、取得は非常に難しい。そもそもその条件さえ明らかではない。

 ただオールラウンダーであるティエラが、並でない技量の持ち主なことは確かだ。どうやったらその若さでオールラウンダーなどという物凄い称号を得られるのだろうか。激しく謎だ。


 残念ながら経歴などの詳しい話を聞いたことはない。わずかに外国出身だと聞いた程度である。こちらでの生活は長く、言葉も堪能で国籍も移しているらしいが。


 ちなみにティエラは、称号持ちであることをおおっぴらにしていない。前に仕事で無理矢理組まされたときにたまたま知ってしまっただけだ。


 称号のことを差し引いても、ティエラは尊敬と信頼に値する冒険者である。

 優秀な冒険者を一人挙げろと言われれば、躊躇なくティエラを挙げる。たぶん、市内の冒険者の半分は同じ答えを返すのではないか。


「その文旦、どうしたの?」

「は、ブンタン?」



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