04, 今日も街は平穏無事
『あー、や、別に緊急事態じゃないです、これ。なんか、メアド変更しました、だって』
『えー? って、DJスズキのケータイも同時にバイブしたみたい。スタッフが持ってきてくれましたが、おおっと、やっぱり同一人物からメアド変更のお知らせ来てマース。まったくお騒がせな人だね、誰とは言わないけど。今頃街中で鳴ってるんじゃねー?』
うははははーとラジオから馬鹿笑いが響く。
「って、犯人俺のメアドかー」
真犯人のクレオは涼しい顔で人の携帯をいじくっている。視線に気づき、顔を上げた。
「ああ、先輩、ショートカットメニューの設定しときます? 前みたいに」
脱力。
「……頼む」
『はーい、リスナーの皆さん、メアド上書きにお忙しいかと思いますがー、こっちアゴニーのトークもプリーズリッスンですよー』
『そーそー。このお騒がせな人、といえばなんですけど。ちょっとした話があるんですよー』
『おっ、DJスズキ、ものすごっくそれ聞きたい。なになになに?』
「って、おいこらちょっと待てー」
「先輩、ラジオに向かって叫んでも、向こうにゃ聞こえないっすよ」
「ラジオ聞こえないから静かにしててよ、もう」
ラジオの向こうでは無情にもドイの話が続く。
『やー、ついこの間、パーティーで森行ったんですよ。そこでちょーっとしくじって、敵さん相手にピンチですよ。ノルマの関係で、ちょっとムリしたんで』
『おーう、冒険スリリーング。いやいやいや、でも気をつけてくださいねー、冒険者の皆さん。特にアゴニー。シリュールちゃんに危ないことさせちゃダメだよー』
この間、森、ピンチ。めちゃくちゃ思い当たる節がある。
「あれか、あのときの話か。いやマジで勘弁……」
「先輩、電話電話」
見かねたリピスがこっちを向いてテーブルをパンパン叩く。番組出演中の誰かの携帯を鳴らして話の腰を折れ、ということらしい。
急いで尻ポケットへ手をやるが、携帯はない。クレオ、と気づき慌てて顔を向けると、冷めた顔でこっちを見ていたクレオが、ぷいと背を向けやがった。おおい。
『やっぱヤバかったなーって、パーティー全員で腹くくったんだけど、めっちゃいいタイミングで間一髪ヘルプに来てくれたんですよ、その、例のお騒がせの人が』
『えー、そんなタイミング良く? マジで?』
『マジです。それがほどほど良くあることで。なんでって、例の人が無意味に森を徘徊してるから』
人の庭、いや森で無謀なポイント稼ぎをして大騒ぎしておいて、気づくなという方が無理だ。しかも徘徊て。間に合うように駆けつけるために、こっちがどれだけ苦労したと思っているか。
『例の人が突然現れたから、びっくりした向こうさんは不利だって逃げ出して』
『顔パス、まさかの顔パス。さすが某勇者(仮)。敵が顔見ただけでハダシで逃げ出すとか、どんだけだ~』
「イヤイヤイヤイヤ。ちゃんと戦ったから。そこ割愛すんな。顔パスとか、ありえんから」
「だからそこで言ってても無駄っす、先輩」
『いや、でも、敵が逃げてくれたから、こっちは九死に一生みたいな、マジでみんなでほっとして一件落着とか思ったんですけど。終わった気分のこっちをよそに、その某勇者(仮)が「逃げんなーっ」ってめっちゃ怒鳴って、逃げてく敵の背中に向かってケータイぶん投げて、敵の後頭部にバーンと直撃』
わーい、ナイスコントロール。
『よろめいたところを追撃して、敵さんノックアウトですよ。でも、ノックアウトしたのに、ケータイ壊れててポイントの読み取りができない……』
ラジオの向こうが一瞬沈黙する。
携帯電話は、とても投げやすい重さとサイズだと思う。
そして爆笑がとどろいた。
『は、いや、だって、ケータイ、投げるとか、フツー、いや、はは、しかも、で、ノック、アウト、ふは』
息苦しそうなDJスズキの声が、切れぎれにはさまる。笑い転げるヤツのアホ面が目に浮かぶ。
「くぅ、思わずケータイ投げただけの話で笑いすぎだ」
「前の携帯が壊れたの、機械との相性以前の問題でしたね、先輩」
そして周囲から冷たい視線を感じる。
『あー、笑った、腹筋がイタい。DJスズキは仕事忘れて笑っちゃいましたー。リスナーの皆さんすいません。あ、あと、ケータイは精密器機なんで、皆さんはくれぐれもマネしないよーに願いまーす。パーティーアゴニーも、せっかく来てくれたのに時間が、ほぼ某勇者(仮)の話で過ぎちゃった。アゴニーのみんな、ごめん』
いえー、楽しかったですー、と恩知らずなパーティーのメンバーが口々に答える。
『じゃあ、アゴニーのみんなに明日のゲスト冒険者をご指名してもらいましょう。誰を紹介してくれるかな?』
いやな予感がする。
『うーんと。せっかくなんで、某勇者さまに電話してみよーかと思います』
『お、空気読むねー。じゃあ代表して、リーダーのケータイで』
空気読む前にこっちの気持ちを汲むべきだろう、こいつらは。
『この機械をケータイとつなげて、では、お願いします』
ラジオからプルルループルルルルーという呼び出し音が流れる。いやでもまだ名前は出ていないのだ、非常によく似た間抜けをしたそっくりさん、という可能性もある。
などということもなく、聞き覚えのありまくるチャルメラが高らかに鳴った。
「出るなーっ」
クレオに向かって叫ぶが、まったく動じた様子のないクレオはなんの滞りもない動作で通話ボタンをスライドし、間髪入れずこちらへ向かって軽く放ってきた。
おいおい、クレオも投げてるじゃん、誰が取るか、いや7万。
ばっちり受けとった携帯から、『お、出た』という無責任な声がする。
「………………はーい、こちら人騒がせな某勇者(仮)ですが?」
精一杯の嫌みのつもりで名乗ってみたが、笑い声が響いた。うけたらしい。
『あー、こちらはFMコマリの「ハルバードで一振り」DJスズキともーします。ご存じおまかせ冒険譚のコーナーですが、本日のゲストのパーティーアゴニーからご指名がありましたよー。って、聞いててくれたみたいだから説明はいらないよねぇ、人騒がせな某勇者さま(仮)、ははは。どうせヒマだから来るでしょ?』
「誰が行くか」
『ハイ、喜んで来てくれるそーです』
一方的に通話が切れて、ラジオからDJスズキのめちゃくちゃ陽気な声が聞こえてきた。
『ということで、次のゲストは、誰とは言わないけど人騒がせな某勇者(仮)です、お楽しみに。まぁあれですね、某勇者(仮)さまなら、ちゃんと明日来てくれると思うけど、DJスズキが一応一言いっておきます。
……人気コーナーに穴あけやがったらタダじゃおかねーからな……。
さて、「ハルバードで一振り」では、リスナーの皆さんからのアゴニーへのおたより・質問・応援メッセージ、お待ちしてます』
まさかの脅しだった。こっちの予定を確認もしないで、ものすごく勝手だ。……いつものことで、すでに諦めもついているが。
***
昨日の雨がうそのように今日の空は晴れ渡っている。天気予報が言うには、週末までこの天気が続くらしい。
「おう、お待たせ」
納屋から原付を押し出して、庭のジューンとアイスに合流する。
ジューンは原付のサドルを開けてアイスのための予備ヘルメットを取り出していた。
折衝地帯では自動車よりも原付が市民の生活の足だから、法律で二人乗りも認められている。三人乗りでもだいたいはお目こぼししてもらえる。四人はさすがに捕まる。
カゴに入れていたハーフメットをかぶり、原付に乗ってエンジン始動。
最近どうもエンジンの調子があまり良くない。時折エンジン音が不安定になる。一月ほど前うっかり原付で敵に向かって突撃体当たりしてからだ。
「そんじゃ、先行きまっす」
「おう」
後ろにアイスを乗せたジューンバイクを先頭に走り出した。
折衝地帯というのは、つまり人類と敵が住んでいて襲撃したりされたりが許可されている地域のことで、国土のほとんどはこの折衝地帯である。
そういった地域の街は、どこもゆったりとした区画で基本的にまっすぐな道はなく、知らなければ袋小路へ入りこんでしまうような街並みが続く。
地図で見ればさほど離れていないところでも、やたらな迂回が必要だったりする。
もちろんそれは、都市計画が失敗したためではない。
土地が広いのは、折衝地帯で地価が安い上に固定資産税も低いからだ。道が複雑なのも襲撃に備えた迷路化である。
これだけ回り道が多いと、どのルートが一番早いかなど分からない。勘で適当に走る。この街で生まれ育ったジューンが最も土地勘を持っているから、ほぼおまかせだ。
「先輩、蛇道を通って行くっすよ」
ジューンが振り向いて声を上げた。道を左折し、細い裏道へ入る。両側が高い石積みの塀で、下もアスファルトではなく丸石を敷いた道だ。土地の人間はこの通りを蛇道と呼ぶ。でもなぜそう呼ぶのか、誰も知らない。
なめらかな丸石の上は、まだ昨日の雨が乾いておらず少しタイヤが滑る。でこぼこに揺さぶられ、アイスの体ががくがくと跳ねている。原付で走るにはむかない道だった。
二匹の子猫が原付に驚いて走っていくのを見送り、やっと蛇道を抜ける。
広い道に出て、路面電車の線路をのんびり越える。角の大きい果物屋の親父がこちらに気づき、笑顔で大振りなグレープフルーツを投げつけてきた。シュート。前カゴへ絶妙に飛び込む。
「もってけ!」
「いや、食べ物投げんなっ」
「お前もな」
通り過ぎ際に、にやりと妙なポーズで指さしてきた。どうやらラジオを聞いたようだ。「俺が投げたのは食べ物じゃない」と言ってやろうかと思ったが、すでに後方になってしまったので、片手を振ってグレープフルーツの礼だけ伝えた。
前を行く原付からアイスがこちら振り向いた。笑顔がのぞく。
「先輩さんって人気者ですねー」
いやいやいや。
幾つかの角やカーブを経て、商店の多く並んだ通りへ出る。人の賑わいが増え、車の往来も多少はある、車線の引かれた道である。別に急ぐ道行きでもなく、とろとろと走ることにする。
遠く右手には大きなドーム状の建物も見える。白屋根が陽光に輝くご立派な市営球場だ。
中のグラウンドは両翼100m、天然芝、液晶大画面を備えるという豪華なものだが、実際に野球の試合で使われることはあまりない。折衝地帯特別交付金によるハコモノというやつである。
ジューンが手をひらひらさせて、なにか合図を送ってきた。道にせり出すようにして立つ屋台の前で原付を止める。ゆるゆると追いついて後ろで止まると、どうやら昼飯に軽食を買うつもりのようだった。
「おっちゃん、カルビ二つ」
「おう、まいど」
屋台のおっちゃんが、鉄板の上で焼いていたライスバンズにタレをからめた豚バラと菜っ葉をサンドする。紙でくるみ、手早く二つジューンへ渡す。
「はい、760円ね」
小銭入れを引っ張り出し、ひいふうみいと数えてぴったり払ったらしい。原付に乗ったままずるずると前方へ移動。片方をアイスへ渡し、二人でおいしそうに食べ始める。
「……いやまぁどっかでなんか食べるとは言ったけどもさ」
もう少し相談とかあってもよくないか。別に文句はないけど。
「兄さんは何にする?」
たすき屋ライスバーガー。脱サラしたおっちゃんが始めた個人屋台で神出鬼没、行き合ったときが食べ時だ。メニューのつもりか屋根から下がった札に「ぶた」「とり」「さかな」と書いてある。
初めて見るとなんのこっちゃと思うが、つまり「カルビ」「唐揚げ」「白身フライ」であり、だったらそう書けばいいのに一向に改善されない。
「白身フライ一つ、ソースがちで」
タルタルソースをたっぷりのせたフライをはさんでもらう。
「はいお待ち。380円ね」
サイフを引っ張り出して小銭を確認する。百円玉を四枚出そうと思ったところで、五十円玉が五枚も入ったいることに気づいた。十円玉も三枚ぐらいは余裕でありそうで、数え始める。
「兄さん、さっきのラジオ、あんただろ?」
「ぐふっ」
にっこり顔のおっちゃんにぐっさりやられた。見ると屋台の内側に小型のラジオがくくりつけられている。DJスズキの番組は終わり、お昼のニュースが小さな音で流れていた。
震える手で小銭をぴったり支払う。
「まいど」
「……なんで分かった?」
ライスバーガーを受けとりながら尋ねると、おっちゃんは「は?」という顔をした。
「この街の勇者候補なんか、あんただけだろ」
それはそうだが。そうした情報は公表されるが宣伝するわけでもないし、知れ渡るほど顔を出した覚えはない。
「マチモンの情報力をなめんな」
おっちゃんがすっごい陽気にウィンクしてきた。
「応援してるからよ、次はスズキをへこましてやれよ」
適当に手を振っておっちゃんの声援に応えつつ、原付を前の二人に近づける。
ジューンもアイスも、熱々のカルビバーガーにかぶりついている。
「あれ、先輩はカルビじゃないんすか?」
「白身フライだけど」
バーガーにかぶりつくと、たっぷりのタルタルソースがじゅわりと出てきた。
「えー、たすき屋はカルビっすよ。なぁアイス」
「カルビですよ」
やわらかく油を吸った白身魚だってうまいのに。分かってない。
ライスバーガーは腹にたまるところが最高にいい。それはいいんだけれども。
……なんだか妙に視線を感じるような。
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