03, 最近の電子機器はやわい



 ダメ後輩パーティーたちは、後ろで無駄な相談を続けている。


「次からは早くするとして、今日はともかくなんか仕事探すか。ノルマも経験値も報酬も少し稼がないと、ちょっと低迷してる」

「親父さーん、せんぱーい、なんかいい手ないっすかー?」


 後輩パーティーこいつらは若手の中ではずいぶん頑張っている方だとは思うが、でもノルマにあくせくしているようじゃぁまだまだだ。


「それはあれだよ、俺の経験からすると、そういうときは依頼無しで森行き三時間」

「そんなん行くの先輩だけっす」


 非難囂々だった。


「だいたい依頼がないと報酬ないし。収入にならないでしょう」

「いや、それは大丈夫。やつら意外と金品持ってるから。だいたい俺のサイフより入ってる」


 下手な仕事よりはるかに実入りがいい。特に買い出しに行こうとウキウキしてるヤツが狙い目だ。


「やだ、大丈夫じゃないですよ、先輩」

「物色するには完全ノックアウト取らなきゃっすよ。ムリムリムリ。むしろノックアウト喰らって剥がれるっす」

「その上入院で泥沼赤字確定」

「先輩さんの稼ぎって、もしかしてそれなんですか?」


 ちなみに強奪した金品による所得も自己申告しなければならないということになっている。面倒だが、今まで誤魔化したことはない。冒険者の鑑だろう。


「なにを偉そうに。お前ら冒険者の所得なんて、ほとんど非課税だろうが」


 それから後輩に危ないこと教えるな、と親父に怒られた。そしてマネージングのプロとして真っ当なアドバイスを与える。


「仕事探すなら、市役所にも行ってみろ。ネット上に流れない仕事も結構ある。役所の人間にももっと顔を覚えてもらえ。役所に融通してもらえるようになりゃあ、いろいろ便利だ」


 はーいと全員素直な返事をよこす。親父が視線をこちらへ転じる。


「お前も遊んでないでたまには役所にでも行って仕事をもらえ」


 流れ弾が来た。


「高報酬だの金だのポイントだの、追っかけんのはお前の勝手だが、割に合わなくたって人様の役に立つ仕事もちっとはしろ、冒険者の本義だろ」


 まったくその通りだが、素直な返事をするには、こちらはちょっとひねくれすぎている。親父には背を向け弾を避ける。


「別に遊んでないし」


 今日だって未明から早朝にかけての数時間、森の巡回をしてきているのだ。戻ってきて仮眠してたら市長美人秘書に起こされたけど。


「それに午後の呼び出しがあるから出掛けられずにいるだけだ」


 ついでに思い出したので、ギルド課長にメールを入れておく。どうせ午後は市役所に行かなければならない。一緒にに用事をひとつ済ませられるように連絡しておこう。


 用件だけの短いメールをなんとか打っていると、珍しく眼鏡男子のクレオが寄ってきた。その目がなんか真剣だ。


「先輩、そのスマホ、新しいやつじゃ……?」


 携帯を指さしてくる。メールを送り終えたそれをちょっと持ち上げてみせる。


「え、まじっすか、また替えたんすか?」


 ジューンも寄ってきた。請われるままに携帯を手渡してやる。


「ああ、なんか前のやつが壊れたから」

「またっすか? ほんと先輩は機械と相性悪いっす」


 最近の携帯がやわいのだ。

 機械好きのクレオが口を開けたまま携帯をいじりだす。


「これ、最新機種ですよね、次世代OS搭載型の。端末価格が七万ぐらいする」

「あっ、あの最近CMでやってる? なんかすっごく動きが早いってやつ」


 リピスやアイスもそれなりに興味があるらしい。首を伸ばしてくる。


「さあ? ポイントと交換したやつだから、値段とかよく分かんねーけど。てか、七万もするのか、それが」


 携帯に現金七万円とか想像もできない。買うやつとかいるんだろうか。


「七万もするってんなら、もっと使いやすく作れないのかよ。操作もわけ分からんぞ、それ」


 目のあったリピスがはーと息をつく。


「絶対先輩にはもったいない代物ですよね」

「先輩は、お年寄り向けのお手軽携帯にするべきです」


 クレオの断言。しかし余り気味だったポイントを消費するために、ほぼ選択肢なく店員のお姉さんに押しつけられた機種なのだから、しょうがない。


「それと、どうせそのうち壊すでしょうから、データのバックアップはしっかりとっておいた方がいいですよ、先輩。結構いろいろアドレスとか入っているでしょう?」


 前の携帯のデータサルベージが大変だったため、店員のお姉さんからも同じようなことを言われた。


「一応カードに全部保存するように設定してもらった。けどなんか、クラウド?とかにした方がいいって言われたけど」

「いえ、先輩の場合は機密があるのでクラウドはやめておいたほうがいいです。いざというときに消去しにくいですし。なのでひとまずはメモカでいいと思います。それで定期的に外部メモリにバックアップを移すようにするしかないですね」


 機械関係ではクレオの世話になることが多い。こいつがなにを言ってるのか分からなくても任せっきりでたぶん大丈夫。たぶん。


「……じゃあそれで。あー、それと、なんかついでにメアド変わったんで、よろしく」


 個人的な連絡なら通信アプリでいいのだが、仕事関係は基本メールだ。できればメアドは変えたくなかったのだが、契約の変更がどうのこうのでなんか変えられた。


「はぁ? それ、口じゃなくてメールで教えてくださいよー」

「あー? だってアドレス帳のメアド全部にメールなんかしたら、どんだけ時間かかるか」


 あっちこっちに登録してあったメアドの変更をしただけでうんざりしている。というか、それもまだ全部済んでない。なのにこの上いちいち全員にメールするとか、本当に面倒くさい。


「通知サービス使えば手数料もタダで一瞬ですよ? やっておきます?」


 そんなものあるのか。一つうなずくだけでクレオが素早く操作し始めた。もう全部任せることにして、すっかり冷めたコーヒーの残りを片付ける。


「で。お前は呼び出しがあるのか。ギルドか? ……それとも、か?」


 顔を上げると、親父がわずかに表情を曇らせていた。

 ボス。できれば単語としても聞きたくはない、実質的に市を牛耳る恐い人だ。


「んー。たぶんボスじゃない、とは思う。でも、市長美人秘書からの電話だったからな。よく分からん」


 ギルドの用事ならギルド課員あたりから電話がくるものである。どっちにしろロクな用件であるはずもない。


 親父がさらに首をかしげた。


「『市長美人秘書』? 普通『美人市長秘書』って言わないか?」


「『美人市長秘書』だと、もしかすると市長が美人なのかとか、妙な期待抱くかもだろ。でも『市長美人秘書』ならもう確実に美人なのは秘書って分かる」


「ああ、なるほど」


 納得された。


「先輩、市役所行くんすか? 今から?」


 横で聞いていたらしいジューンが聞いてくる。


「ああ。一時だからなんか食べながらのんびり行くつもりだけどな」


 よっしゃ、とジューンが声を上げる。


「じゃあ、俺らもいっしょに行っていいっすか?」


 さっそくアドバイスを実行に移すつもりらしい。この行動力は大変素晴らしいが、なぜその行動力を早起きに使えないのか。


「そりゃまぁ、行くだけならいいけど。お前ら全員で行くのか?」


 ぞろぞろ後輩を引き連れて行くなんて、考えただけで嫌だった。


「あー、確かにそうっすね。えーと」


 ジューンがメンバーを眺め回したとき、宿屋の扉がカラコロ開いた。アップテンポな曲が流れる。


『――ハイ、ただいまお送りしました曲は、ウィンドブーケのニューアルバムより「デイアンドナイト」でした~。リクしてくれた「ハチモクレン」さん、いっつもリクサンクスで~す。でもたまには自分で買ってくださいねー』


 ホルスターで吊ったスマホからラジオ番組の「ハルバードで一振り」を垂れ流し、のんびり入ってきたのはビュフェルだ。お気楽パーティーのメンバー最年長者で、このパーティーのルーズさの元凶と目される男である。


 ラジオのボリュームを少し下げ、悪びれることのない笑顔で手を挙げる。


「おつかれー」


 一日の初めのあいさつがすでに「おつかれ」だった。しかし誰一人そんなことは気にせず、やはり「おつかれ~」と返している。こうしてパーティーメンバーはどんどん流されていくのであった。


「で、どうする?」


 リーダー・ジューンが話を戻す。なぜか今来たばかりのビュフェルに振るものだから、なんのことやらさっぱりとビュフェルが小首をかしげる。


「二手に分かれれば? 大人数でどやどや行くところでもないし、リーダーともう一人ぐらい行けば十分だと思う」


 相変わらず人の携帯をいじっているクレオが事もなげに言う。ビュフェルに説明をしないところが不親切だと思うのだが、ビュフェルは特に気にもしない。


「それでいーよ、おれはここでラジオ聞いてることにする」


 もうじきビュフェルお気に入りのコーナー「おまかせ冒険譚」が始まる。そのコーナーを聞くまでは冒険中だろうと戦闘中だろうとラジオは切らない強者だ、ビュフェルは。


 しかし、一体なにをしに来たんだお前は、と言いたい。


「じゃあ、僕がリーダーさんと行ってもいいですか?」


 アイスが名乗りを上げると、残りのメンバーがうなずいて同意を示した。


「そんじゃ、俺とアイスが俺の原チャに二ケツで行くってことで」

「こっちは一応ネットでいろいろのぞいてみる」

「わたしはレッタの様子でも見てこよっかな? まだ寝てるのかもしれないし」


 そう、このパーティーにはあともう一人メンバーがるのだ。レッタという娘を含めた六人が後輩パーティーだが、果たして午前中に揃うんだろうか揃わないんだろうな。


 話し合いは終了とばかりに、ビュフェルがラジオのボリュームを上げなおす。


『――では、お待ちかねのこのコーナー』


 DJスズキの声が盛り上がる。『おまかせぼうけんたーん』と気の抜けたコーラスミュージックが入ってコーナーが始まる。


「先輩、メアドの変更通知、データに入ってた全員に送るよう設定しましたけど、敢えて外したい相手とかいました? 元カノとか」


 顔も上げずにクレオが聞いてくる。


「別にいない。いや、元カノがいないんじゃなくて、外す必要のある相手が、いない」


 あえて言い直したが、「元カノもいないだろ」と親父につっこまれる。大きなお世話だ。


『本日のゲスト冒険者たちは、ハイこの方々、パーティー「アゴニー」に来ていただきましたー』


『どーも、アゴニーでーす。いやぁ「ハルバードで一振り」に呼んでもらえてうれしー』


 ラジオから聞いたことのある声が聞こえてくる。はしゃいでいるのか音割れしそうだ。


「うお、今日のゲストはドイらじゃん」


 ドイはパーティーアゴニーのリーダーの名前だ。

「おまかせ冒険譚」はリレー形式で街の冒険者をゲストに呼びトークを繰り広げるというコーナーである。地元FM局の番組がやっている。

 この街を拠点とする冒険者らとは横の繋がりで結構顔見知りなのだから、登場する冒険者も大抵は知り合い。悪くても名前ぐらいは知っているやつだ。


『さて、アゴニーの出演は久しぶりだけど、え、あれからちょっとメンバー変わったんだって?』

『そーなんですよ、前にアタッカーやってくれてたツィクラインが、急に故郷帰るって言って』

『それ、大変だったんじゃない?』


 というか、顔を寄せて熱心に聞き入っているビュフェルだって出演経験がある。そんな身近さが地元FM局の強みだろう。


『って感じで、そりゃ最初は大変でしたよー。でも新メンバーにシリュールが入ってくれて』

『おおおっ、これはこれはまさかの美少女。DJスズキは仕事を忘れてナンパしそうです。え、ファンになってもいいですか?』

『だからこー言っちゃツィクラインには悪いけど。故郷帰ってくれてありがとう、みたいな。郷で奥さんと幸せになれよ、みたいな』

『ぜひシリュールに聞きたい。メアドは――じゃなくて、またなんでアイドルにならずに冒険者になったわけ?』

『あ、はい、ええとそれは』

『おおっとこれまた声がかわいい』


 出演者のコメントをかき消すDJスズキ。


 そもそもこのコーナーの主旨は、政府の公式発表がいまいち信用できないから、敵の情報とか勢力の状況とか冒険者の実情とか、直接冒険者を呼んで聞いてみようという真面目なものだった。

 しかし出演する冒険者が揃いも揃って馬鹿話を面白ろおかしく繰り広げるものだから、主旨を覚えている人間などあまりいない。


 シリュールが、一生懸命冒険者になった抱負を話している。DJスズキがうんうんと馬鹿丁寧に相づちを打っている。と、そこへ入り乱れた電子音が被さった。


『あ、あ、ごめんなさい、オンエア中なのにわたし、ケータイ切っとくの忘れちゃって』


 シリュールが消え入りそうな声を出す。まったく非常識だなと思うが、今聞こえた着信音は一つではない。


『いーよいーよ、情報と通信は冒険者の命綱だもんね~。それにしてもメンバーみんなに一斉着信だなんて、なに、もしかしてなんか緊急事態? いいよいいよ、確認して』


 DJスズキも美少女に甘い。そこは一応注意しとくべきだろう。

 ふと見ると、目の前でリピスたちも携帯を取りだし、操作し始める。ほぼ同時にこちらでもメールの着信があったらしい。珍しい事態だ。


『あー、や、別に緊急事態じゃないです、これ。なんか、メアド変更しました、だって』


 おや?



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