02, 後輩が集合!しそうでしない



「おはようございまーす」


 元気の良い女の子の声が背を打つ。


 扉の鐘をカラコロ鳴らしてリピスという子が店へやってきた。

 カウンター席から振り向くとちょうど目が合う。リピスは笑顔で近寄ってきた。


「おはよーございます、先輩」

「おう。はよー」


 リピスはこの食堂でホールのアルバイトをしている。ただし、この店が酒場化する夜の忙しい時間帯だけだ。


 まだ若くて可愛い少女なリピスだが、しかし立派な冒険者だ。朝昼でこの店に顔を出すときは、大抵そちらの用である。彼女はパーティーに参加していて、そのパーティーがここの親父の世話を受けている。


 今日もどうせパーティーセッションかなにかあるのだろう。


「なにか良い仕事あります? 先輩」

「いや、全く。あ、でもお前らレベルならちょっとあったかも」

「ですかー。後でチェックしてみます。って、なに見てるかと思ったら、先輩、プロ野球じゃないですか」


 リピスがスマホ画面を覗き込んでくる。ちょうどニュースサイトでプロ野球を見ているところだった。

 贔屓ひいきのチーム竜の咆哮軍ドラグン・ヴィラーレは現在五位。良くも悪くもない戦績にどう応援したものか微妙に迷う。


「うちの大河の流れ軍デゼジャールは絶好調ですよ」


 リピス贔屓のチームは開幕数ゲーム後から単独首位を独走中である。

 こっちがヴィラーレファンと知って自慢してくる。普段は先輩先輩と慕ってくるクセに、こと野球に関しては容赦がない。


「デゼジャールは、母体企業がじゃんじゃん金ばらまいて有力選手かっさらってんだ、当たり前だろ。むしろそんな一人勝ちして何が楽しいんだか分からん」


 悔し紛れに嫌みを言うと、リピスがぷうと頬を膨らませた。


「没個性なヴィラーレよりはましですよーだ」


 まぁ、その通りだ。


 一度厨房へ引っ込んでいた宿屋の親父がカウンターへ出てきた。リピスに気づき、軽く手をあげた。


「おう、リピス」

「親父さん、おはよーございます」


 リピスはぴょこりと頭を下げる。ついでに視線をコーヒーカップへ走らせてきた。


「……インスタントだった」


 小声で教えてやると、軽く頷きリピスは紅茶を頼んだ。


「ところでリピス、他の連中は?」


 カウンター下からアイスティーの紙パックを取り出しながら、親父が他のパーティーメンバーの所在を尋ねる。

 どうやら今日の親父は本気でやる気がないらしい。いくらなんでも紙パックのアイスティーをレンジでチンして紅茶とか称するのはいかがなものか。

 リピスは壁掛け時計で時間を確認した。


「んー、まだ来てないですね。集合は九時なんで、そのうち来るとは思いますけど」


 時間はとうに十時をまわっている。最初に現れたリピスがすでに一時間越えの遅刻とは、ルーズなパーティーだ。


「それで大丈夫か、お前ら」

「大丈夫ですよー。ちゃんと仕事できてますもん」


 リピスはこともなげに言う。


 彼女の所属するパーティーは陽気で愉快なやつが多いし、とても仲が良い。しかしメンバー六人は、年齢も出自も育ちもバラバラだ。よくまとまってるものだと思う。


「ほんとよくパーティーとか組んでるよな」


 感心して言うと、リピスは可愛く首をかしげてみせた。


「むしろ先輩こそ、どうしてパーティー組まないんですか? パーティーの方が安全だし、仕事もいろいろできるじゃないですか」


 パーティーを組んでいない単独冒険者は、とても珍しい。俺はその珍しい単独行動者ソロだった。


「って言われてもな。冒険者になってから今まで正規のパーティー組んだことないし。俺にとってはソロが普通なんだけど」


「仕方ないんだ、リピス。こいつは口が悪くて協調性がないからパーティー組めなかったんだ」と親父が横から勝手なことを言う。


「大きなお世話だよ。でか、一人で困ったことはないんだから、いいだろ」


 単独行動ソロで報酬を総取りしている現状、パーティーを組んでも報酬の頭割りをするだけになってしまう。あり得ない!


「バカみたいに強いからな、お前。最近じゃ敵から避けられてるだろ。『やべー、あいつ来た』『隠れろ!』みたいな」


 さすがにそんな事実はない。

 だが、未だかつて倒されたことがない、無敗無傷のIDコード、敵には冒険者証タグに指一本触れさせたことがないというのが、吹聴こそしていないが密かな自慢だ。


「さっすが勇者さま~」


 リピスがぱちぱちと拍手してくれた。リピスのころころ変わる表情は、ほんと可愛い。


「リピス、あまりコイツをおだてるな。だいたいまだ勇者じゃない、候補だ候補」


 親父がいらないことを言う。まぁ確かに、今の称号はまだ勇者の前段階、「勇者」だ。でも十分すごいというのに。


「あー、でも。勇者として認められるには強いパーティー組んでないとダメって聞いたことありますけど、あれってホントなんですかね?」


 リピスが親父に尋ねる。確かにそういう話を聞いたことはある。


「別に絶対条件じゃあないけどな。傾向としては、パーティーとして強いヤツの方が任命される可能性が高いらしい」


 さすが冒険者の経営管理マネージングのプロだけあって、親父がさらりと答えた。

 リピスが「勇者ご一行様ってやつですねー」とわけの分からない合いの手を入れる。


「ここもそろそろじゃあなく、を出したいんだがなぁ」


 宿屋の親父がわざとらしくこちらを見て、溜息をついた。なんともむかつく。


「俺の目標は勇者じゃねーから。むしろ英雄狙いだから」


 フンと鼻をならすと、リピスがわぁっと声を上げた。


「さすが先輩、目標が高いです、素敵です」


 英雄とは、一握りの勇者の中でも特に功績を残したものに与えられる称号だ。もちろん容易ではないが、勇者以上の魅力がある。


「そう、英雄になれば終身ボーナス年金受給資格がつくっ。冒険者年金だけじゃあ絶対老後は喰っていけない、かといって付加年金に入る余裕はない。つまり終身ボーナス必須」


 冒険者は分類こそ公務員だが、あくまで準公務員。その給与体系も年金・健康保険制度も一般公務員とは別扱いで冷遇されているのが実情だ。


「わー、さすが先輩。ってゆーか、やっぱり先輩」


 リピスのテンションとトーンがなぜか落ちた。


「ああ、そうだ。勇者ご一行といえば、まぁ、噂なんだが」


 なにやら親父が言いかける。が、「別に言わなくていいか」と止めてしまう。


「なんだよ、気になるな」

「事実ならその内分かるだろ」


 話すつもりはないらしく、仕込み用のトレイを持って厨房へ消えていった。



 ***



 カラコロと宿屋の扉の鐘が鳴って男二人組が姿を現した。


「おっはよございまっす」


 遅刻したくせにやたら元気なこの男が、リピスのとこのパーティーリーダーのジュンだ。


「おう、はよ、ジュン」

「だーかーらー、ジュンじゃなくてジューンっすよ、先輩」


 ……やたら騒がしくてうるさいこの男が、パーティーリーダーのだ。

 どっちだってそう変わらないと思うのだが。


「おはようございます」

「はよー」


 ジューンと連れ立ってきたのがメンバーの三人目、眼鏡男子のクレオである。


 かわいげのない澄まし顔で挨拶なんぞしているが、こいつも二時間の遅刻なのだ。もう少し申し訳なさそうな顔とかできないんだろうか。できないんだろうな。


 リピスたちのパーティーメンバーは六人なのであと三人いるわけだが。今のところ姿を現す気配はない。


「てか、先輩! 聞きました!?」


 ジューンが小うるさい声を上げて寄って来る。


「聞いたって、なにをだよ?」


 敵の出現情報を表示していたスマホから仕方なく顔を上げる。


「襲撃! それも大規模襲撃っすよ!」

「はぁ!?」


 驚いて腰を浮かせかけるが、ジューンがすぐに「違うっす、うちじゃないっす」と手をばたばた振った。


 紛らわしいな、まったく。もっとも、街が襲われていて気づかないわけがないのだ。勘違いに気づけという話でもある。


 それでも襲撃という単語にはそれだけの威力があった。


 ちなみに余談だが、今この宿屋にいる冒険者は誰一人として武装していない。

 敵襲撃の可能性はあるため、街中でも冒険者の武装は認められている。しかし、この街で得物片手に歩く冒険者を見かけることは少ない。携行するときも専用の携帯袋やケースに入れていることが多いだろう。


 それというのも、ここ半年ばかりの戦況が市街地自体への襲撃を水際で食い止められているからだ。冒険者の面目躍如、というところか。


「で、どこの話だ?」

「笠月っす。すっげー大変なことになってるってのがSNSに」

「リアルタイムか!?」


 すごい時代になったなーと思いつつ、自分ではどうしたら見れるのか分からない。ジューンが突き付けてくるスマホを覗く。

 壊される街の写真と悲鳴のようなコメントが次々に現れ流れていく。情報は断片的だが、確かにこれは相当悲惨なことになっていそうだ。


「……あっちの戦況が良くないってのは噂で聞いてたけど」


 一緒に覗き込んだリピスとクレオも一様に顔をしかめる。


「うわあ、これひどいー。ちょっとまずいですよね」

「全然冒険者が対応できてないっぽくないですか」


 とはいえ、ここから何かしてあげられることはない。せいぜい自分たちの住む街を守ることしかできない。

 窓の外に見える、比較的平穏なここ小鞠市の街並みに目を遣る。


 これが今の俺たちの手の届く範囲。


 ずっと見ていても仕方ないし、リピスたち後輩をテーブルの方へ追い払う。


「おはようございます」


 ちょうどそのとき扉が開いて、やっとまたパーティーメンバーが一人現れる。


「おはよー、アイス」

「よー、アイス」


 メンバーとあいさつを交わし、それから少年はこちらへも頭を下げる。丁寧なやつだ。


「おはようございます、先輩さん」

「ん、はよ。……早くないけど」


 アイスは後輩パーティーの最年少かつ最新メンバーである。この間中学を卒業して冒険者になったばかりだ。

 とはいえ、アイスとの付き合いは比較的長い。こいつがこの街へ来たときからなのでもう七年ほどになる。


 あのちっさかったアイスが冒険者。というのが未だに信じられない。もっとも、しっかりしたやつなので、よっぽどジューンやクレオなんかより安心して見ていられるが。


「そうですね。でも、時間通りに来てもだれも来ないですから、うちのパーティー」

「まぁ、そうだろうけど。それでいいのか、お前」

「はい、みんな仕事はきっちりしてくれるので大丈夫です」


 少年は超爽やかな笑顔で言い切る。

 アイスは厳しく躾けられているので、言葉遣いも丁寧で礼儀正しい。でもそののせいか、案外シビアなところがある。この少年を見た目で舐めてはいけない。痛い目をみる。


「ならいいけど。一応パーティーに紹介したの俺だから」


 せっかく更生したアイスが後輩パーティーに毒されて堕落したりしたら申し訳が立たないのだ。


「お気遣いありがとうございます」


 まぁこのアイスに限って大丈夫か。


「お、アイス来たのか」

「親父さん、おはようございます」


 厨房からカウンターへ出てきた宿屋の親父にアイスが丁寧に挨拶する。

 やっぱりアイスが冒険者というのはもったいない。ちゃんと高校へ行って就職すればいいのにと思う。でも言えばアイスはきっと怒るので、言わない。


「親父さーん! 今日はうちに依頼来てないんすよね」


 後ろの席からジューンが声を飛ばす。


「おう、今日はない」

「そうそう毎日はないよなぁ、やっぱ」

「ネットで探す? 先輩がさっき覗いててそこそこって言ってたよ?」


 それは二時間も前の話だ。だいたいめぼしい仕事は更新と同時に消える。そう指摘すると、メンバー全員がああとうな垂れた。


「やっぱ集合八時にしないとダメだろ、俺ら」

「そだね」


 集合時間だけ早くしたって無意味だろう。と思ったが、それは指摘するのを止めた。たぶん無駄だから。



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