第81話、夢のような邂逅、その時その瞬間がわたしのすべて
SIDE:潤
目が眩むほどの発光が晴れた時。
吟也の異世は、すでになかった。
山じゅうを、闇色に染めた魔物たちとともに。
それは、一方的な終焉。
突如として相手を失った私たちは、ついさっき起こったことが信じられないままに、呆然と立ち尽くして。
(とにかく、吟也を……吟也に会わなきゃ……)
結構危険な形で、翼を失い落ちていった吟也。
それが異世でのことならば言葉通りにはいかないだろうけど。
聞かなきゃいけないことはたくさんある。
私の言いつけを破って何故戦場に来たのか。
妖の人であること、魔物、あるいはデリシアス・ウェイを滅するものであることを何故黙って、一言だって口にしてくれなかったのか。
私はふらふらと、アテもなく吟也のことを探そうとして……。
「潤っ!」
ぐらりと、視界が傾く。
背中から聞こえる、キクちゃんの焦った声。
そういえば、異世で結構な傷を負ったことに気付かされたのはその瞬間。
それは、精神にくるダメージ。
私は、キクちゃんに返事をすることもままならず。
そのまま意識を手放していって……。
「……あれ?」
一体、どれくらいの時が経ったのだろう。
気付けば私は、さっきまでいた場所とは全く違う場所にいた。
そこは、キクちゃんの闇色の異世とは対象的な、真っ白な世界。
その世界が夢幻であったのか、異世だったのか。
今となっては分からない。
だけど、その白の世界に鮮やかに色をつける、一人の人物が私の真正面に存在していて。
「吟也……?」
とっさに口をついて出たのは、愛しい人の名前。
間違えようもないはずなのに疑問符がついて出たのは、目の前にいる吟也の様相が私の知るものと異なっていたからだ。
「おぉ、潤ちゃんやっと気がついてくれたんか」
それは、真紅の……まるで赤い宝石の色合いを見せる、その髪のせいだろう。
だけど吟也は、私の疑問を払拭するかと思いきや、どこかちょっとおかしな関西弁でいっそう私を混乱させる。
「なにその、関西弁?。それにその髪……染めたわけじゃないみたいだけど」
そのせいで、もっと他にいろいろ聞きたいことあったはずなのに、口をついて出たのはそんな言葉だった。
「ああ。中学の頃の癖やなこれは。三年はおるつもりがいろいろあってな、こんな中途半端になってしまったんよ。でもって、髪は……僕もしらんかったんやけど、元々この色やってん。所謂、妖の人の証っちゅーかね」
吟也は、私の不躾な問いにも嫌な顔一つせず、あっさりと妖の人であることを暴露する。
「なんで……妖の人だってこと、話してくれなかったの?」
人に混じり、その正体を悟られぬようにと過ごしていたという妖の人。
紅葉台の過去……伝承では、魔物の出現でその本性が明らかになって魔物と一緒くたにされてしまったから、と言うことは分かっていたけれど。
私が、そんなことくらいでひくような人物だって思われてたのかなって考えたら、悲しくて仕方がなかったからだ。
「あー、その。実はな、自分が人間やないって知ったの、僕もついさっきやねん。なんでも、災厄に罹ったもんに違和感なく自然と近付けるように、自分のこと忘れさせられてたみたいでな」
「……っ」
思い出すのは、そういえばそんな事を言っていた気もするカチュの言葉。
となると、カチュたちつくもんさんたちのことを話さなかったのも、記憶がなかったせいなのだろう。
その事について聞こうかとも思ったけど。
カチュに口止めされていることも思い出し、取り敢えずはだんまりを決め込む。
「でな、今こうしてお邪魔したんは、そのへんのこともひっくるめた、災厄……『デリシアス・ウェイ』のことなんやけど」
軽い雰囲気だったものが、本題に入ったらしく真剣味を帯びた口調になって。
思い出したのは、吟也が『デリシアス・ウェイ』を滅ぼすための刺客だというキクちゃんの言葉。
そして、圧倒的も甚だしい力で、吟也が魔物を無に帰したと言う事実。
「それは……うん。私もお願いしたいことがあったのよ。今その力は私のところにあるから。滅ぼすのなら、私だけにしてくれないかしら?」
今、私が置かれている立場は、十分に分かっている。
逃げるつもりなんて毛頭なかった。
それは、キクちゃんから『デリシアス・ウェイ』の力を受け取った時には既に覚悟をしていたことだったけれど。
「ええと、その、なんていうか……ものごっつ勘違いされてません?」
「……え?」
あっけに取られたようにそう言う吟也に、覚悟もどこへやら、思わず力の抜ける私。
「そもそも僕、災厄を滅しにきたわけやないで? 説明はしづらいんやけど、どちらかといえば受け入れるっちゅーか、仲良くするっちゅーか……」
そして、もごもごと言いよどむその言葉は、ついさっき聞いたばかりのもので。
ついさっきキクちゃんとしたやり取りを思い出し、かっと熱くなる私のすべて。
たぶん、その吟也の髪に負けないくらい私の顔は赤くなっていただろう。
そんな私を見て、私が受け入れるその内容のことについて知っているのを、吟也も気付いたらしい。
ぶんぶんと、慌てるように手を振って。
「そりゃそうだよな、こっ恥ずかしいんはよく分かる。だからその、一応コトが済んだら、すべて忘れてもらうことになっとるから。ついでに、妖の人だってことも、僕がここに来たことも。一石三鳥やな」
発せられたのは、聞き捨てのならない決定的な言葉。
「ちょっと待って、そんなの、そんなのってないよ!」
すべてを忘れる? 吟也のことを?
紅葉台で過ごしたこの大切な思い出を?
っていうか、私がいやだって思ってるの、もしかして?
結構あからさまにアプローチしてきたつもりだったのにっ。
はっきりとケリをつけることを恐れていた自分を棚に上げて、私はそんな吟也に信じられないって、怒りにも似た感情を抱いたけれど。
「だろうな。我ながらずっこいことしてるっちゅーのは理解してるつもりや。でもな、そう言う罪悪感に苦しむのも僕だけやから。潤ちゃんはすべてを忘れて、まっとうに生きてくれたらええ」
「……っ」
言いえて妙な何たる罪(どんかん)。
私は勢い余って、ふざけないでって詰め寄ろうとして。
気がつけば、二人の距離は絶妙になって。
「それじゃ、失礼して」
「な、なななっ、ちょ、ちょっとまっ……!」
私は、そんな理不尽な怒りを吐き出す間もなく。
再び意識を失うこととなる。
その直前で起こった、私にとってこの世で最高の一瞬。
そう、それは刹那とも言える一瞬だ。
何故ならば、それはあまりに凶悪すぎて。
私の惰弱な精神などでは、耐えられるはずのものではなかったからだ。
(第82話につづく)
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