第80話、もとの道具がホッチキスな時点で、痛い予感はあって



SIDE:吟也



ガチンっ。

聞こえてくるのは、ホッチキスが何かを留める、そんな音。

続いてせりあがってくる、とんでもない激痛。



「ってええええええっ!!」


我に返ったその瞬間。

すごい頬の痛みに、思わず飛び上がって悲鳴を上げる僕。



「な、な、なんてことをするんや! カチュっ! それはひとに向けちゃいけませんって口酸っぱく言うてたやろがいぃぃっ!」

「……え~と、ホットなキス? ホッチキスなだけに」

「うまいっ! や、の、う、て! うまいことあるかっ! あぁっ!? 血ぃどばどば出とるやないかぁっ!」



必死に頬をこすり、半泣きで声をあげる僕。


……って、あれ?

なんか自分に、いろいろ違和感が。



「ごしゅじん! 記憶がっ、記憶、戻ったん!? ……ど、どうして?」


目の前で、驚きの表情とともに、クリアが涙をぼろぼろとこぼしている。

白銀色の、今にも溶けて消えてしまいそうな、髪を揺らして。



「だ~か~ら~。そんなこともあろうかとー……いや、いっか。戻った理由なんて~。あぁ、でもやっぱりねむい~。うん、なんかいろいろ、どうでもよくなってきたっす……」


カチュがぶつぶつと呟いていたけど。

ほんとに眠くなったのか、ひとあくびして、ポケットの中で丸まってしまう。



「あ、うん。クリアがそんな泣いとったから、忘れとる場合ちゃうやん、思てな」

「ウソばっかやな、ごしゅじんは。しかもごしゅじんの関西弁、おかしいで」

「クリアに言われたないな」


僕はそっとクリアの涙を拭い、そう言って苦笑すると。

泣き笑いの表情で言うに事欠いてそんな言葉を返してくるクリア。


そう、違和感の正体は、そのことだった。

クリアと同じな、ニセっぽい関西弁。

そして、入れ替わるように。

熟した紅に染まる、紅恩寺の一族を表わす赤色の髪。


本当の、本来の僕が戻ってきた、確かな証拠。



それは同時に、クリアが生れ落ちて与えられた使命……

僕がクリアにしたお願いが叶った、ということを意味していて。



「さて。この状況、とっとと片付けんで」


であるからこそ僕は。

話題を変えるように、そう呟く。



「え? ……んと、どうやって?」

「そうやな。まずは、みんなのよく見えるとこ、行こか。クリア、まだ行けるか?」

「何言ってん! 行けるに決まってるやん!」


強がりが、痛かった。

でも、この戦いを終わらせる義務が僕にはある。

だから僕はそれ以上は何も言わず頷いて。


再び空を舞った……。







眼下に、激しさを増した戦場が、はっきりと見える。



潤ちゃんが勇ましい声をあげ、僕の作った槍を掲げ、【魔物】に向かっている。


真っ赤な【本校】制服を着た由宇が美音先輩に背を預け、ともに戦っている。


塩生さんが、なつめちゃんと手を取り合って、強力な【曲法】を用いて敵をなぎ払っている。


モトカが、リオンが、ディアが、ベルが。

それぞれが『つくもん』の枠を外れ、真の姿を取り戻して。

そんな彼女たちをひっそりと援護するように戦っている。



その姿は、美しかった。

だけど、できるのなら見たくない光景。

終わらせたい光景でもある。




「クリア、特等席やで。特等席で僕のものごっついヒーローっぷり、見したるからな」

「……うん」


僕の言葉に、かすかな声でクリアが呟く。


もう、あまり時間がないらしい。

ぬくもりが、弱くなってきている。


僕は意を決して。




「《全言統制(アルミクティ・グロウフィリア)》っ!!」




自らの、【妖の人】としての力を解放した。

この地に棲まう、【妖の人】。

その長となるべき紅恩寺の一族たった一人の、後継者たる力を。



それは、言うなれば巨大な【異世】、だった。

この紅葉台を覆いつくすほどの。


言うなれば、紅恩寺吟也の世界。

紅恩寺吟也の言霊が支配する、絶対領域。



僕は叫んだ。

【魔物】に向かって。



『……この地、我ら妖魔守りし地なり!【魔物】たちよ!即刻退去を命じる!

望むものは主らの故郷へと還す扉、開こう! 望まぬのなら!この地にその存在、すでになきものと思え!』



その声は、あまりなくこの世界に息づくものに届いただろう。

そして、その言葉が終わるとともに世界が鳴動し、その中心に位置する山のてっぺんに光の筋が走った。


それは、【魔物】をあるべき場所へ還す、巨大な【虹泉】。



やがて【魔物】たちは。

天の啓示に従うがごとく。

吸い込まれるように光のその向こうへと、還ってゆく……。




「なんや。きれいな光やなぁ。すごいなぁ、ごしゅじんはさすが……クリアの……」


聞こえてくるのは、クリアのそんな、嬉しそうな声。

だけどその瞬間……。


消えるぬくもり。

僕を包む重力。


そして……。


こと、っと。


頭から滑り落ちて耳にかかる、サングラス。


もう、動かない、サングラス。



「……っ」



僕は、落ちてゆく。

自分を抱くように。

涙の顔を隠すように。


その、抜け殻を抱きながら……。



SIDEOUT



             (第81話につづく)










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