第74話、超ド級のたらしだから、刺されたくらいじゃくじけない


SIDE:潤


私が気を失っていたことに気付いたのは、目が覚めてからだった。

どうやら、私はキクちゃんの力の暴発に圧されるようにして木々に叩きつけられたらしい。


背中の痛みよりも、その瞬間発せられたキクちゃんの言葉が痛かった。

痛いのは、ぎしぎしと軋む心。


それはきっと、『デリシアス・ウェイ』ではなく。

キクちゃんの言葉を、後悔と謝罪の嘆きを、そのまま受け入れられない自分の勝手さ故だったんだろう。


逆に、それを鵜呑みにしていたのならば、私は壊れていたに違いない。

キクちゃんの都合の悪い言葉を信じようとしなかったのは、もはや本能に近かった。


自分を保つためには、何もかも投げ出して逃げるのが一番だったんだろうけど。

それが何よりもかっこ悪くて情けないことだと分かっていたから。

私はふらふらと起き上がる。



「探さなきゃ……」


キクちゃんを。あるいは吟也を。同じように吹き飛ばされた詩奈ちゃんを。

幸いにも、しなくてはいけないことはたくさんある。

その行動が、自身に破滅を導くかもしれないって分かっていても、足は止まらなかった。



「……っ」


果たして、私はどのくらい気絶していたのだろうか。

それほど長い時間ではなかったはずだけど、既に状況は一変していた。


怒号に雄叫び、悲鳴に断末魔。

既に魔物と【生徒】たちの戦いは始まってしまったらしい。

私たちにとってみればただの害でしかない、結局は何の意味もなさない、自分で自分を食らいあうような、戦いが。



そんな事を考えていると、数体の魔物たちが私の存在に気付いた。

樹木にうつろな目鼻がついた魔物が二体。

そしてもう一体は、犬の顔を持つ獣人。

その手には黒光りする剣が握られている。


最初に見たものとは全く違う、むき出しの敵意、殺意。

それが、キクちゃんのものであると知ってしまった私は、とっさに動けない。

その隙をついて、樹木の魔物の枝が伸び、私を捕らえた。


「……っ」


初めは左足、次いでもう一体が繰り出す腕先の枝が、私の右肩を捕まえる。

私はまたしても、森の木々に叩きつけられる格好になって。

その縛めを縫うようにやってきたのは獣人の魔物。


私が我に返ったのは。

その黒い刃が光り、いよいよ自分の命すら危うくなってきたその瞬間で……。



「【物質命題】っ!」


いつの間にか宝物をなくしてしまったことに気付いたのと。

そう叫ぶのはほぼ同時。


私の目の前には、宝物とは色違いの戟。

犬の獣人の刃を受ける形で、それを前に突き出して……曲法の力込め、なぎ払う。

その、私の倍はあろうかという戟を。



異世を纏うことで、あらゆるものを変化させる私の曲法。

変化……付加する力は、質量無視、殲滅強化。

それは、力込めた文言を口にせずとも可能な、私の一番得意な戦い方だった。


魔物と戦うときはできるだけ時間が掛からないように、一息で。

たぶんそれが私の心に楽で、合っていたんだと思う。


勝負は、刹那に決まっていた。

私の頼りない腕は、それに軋むことなく縛めを引きちぎり、やすやすと目前の魔物を両断……叩き潰し、切り分けていく。


更に、それだけじゃ飽き足らず、周りの木々すらなぎ倒す。

気がつけば、環境破壊も甚だしいほどに、視界が広がって。

一斉にこちらを認識する、大小種類様々な無数の魔物たち。



「……いたっ」


だが、そんなことはもうお構いなしだった。

私の、通常より冴えている視界が捉えたのは、吟也からもらった戟を持ち、逃げ惑う詩奈ちゃんの姿。


あの時私が落としたのをわざわざ拾ってくれていたのか。

私は感謝の気持ちとともに、彼女を助けるためにそちらへ向かおうとして。



「……っ」


その行く手を阻むは、数十体は超える魔物たち。

大型のものや、空飛ぶものまで集まってきて、とたんに視界を塞がれる。



「どきなさいっ!」


私は叫び、再び戟を構える。

それに対して返ってきたのは、詩奈ちゃんの悲鳴だった。


私は慌てて、半ば強引にその群れを突破しようとする。

その先に僅かに見えるは、鷹らしき魔物に追い詰められる、詩奈ちゃんの姿。


今から武器を遠距離のものに変えて、果たして間に合うか。

そんな事を考えている間にも、闇色をしたグリズリーの爪が、ワイズの鎌が。

私を打ちのめさんと迫っていて……。



捨てたのは自分だった。

私はすぐさま戟を消し、クロスボウを作り出す。

迫る刃や爪を、他人事のように脇に置き、ゆっくり照準を定めて。



「【楔刻(シード・スクイーズ)】っ!」



だけど私の目前で。

少女の叫ぶ声と、大地割れるような衝撃があったのはその瞬間。


大地に穿たれるは、大木をゆうに超える鋼鉄の円柱。

今まさに一撃を加えようとしていた魔物たちも、周りに迫っていた魔物たちも、一様に原型を留めぬほどに押し潰され、闇を撒き消えてゆく。


私がはっと顔をあげれば、詩奈ちゃんを襲おうとした魔物も同じ目に遭っていた。

そのお互いの間にゆっくりと降り立つのは、袴姿の少女。

その白く美しい顔の半分を、般若の面で隠した……いや、もしかしたらそのものかもしれない、明らかに人ではない気配を放つ存在。


何も知らなければ、それこそ上位の新手かとも思ったかもしれないけれど。

前髪が銀、それ以外は翠緑に染められた、独特の髪色とその服装には、見覚えがあった。


私たちが無事であることを確認し、しかし何も語らずにそこから立ち去ろうとする少女。

そのつれなさに、私は慌てて声をかける。



「待って! あなたはカチュのお友達のつくもんさんでしょうっ!」

「……む? おお、なんだ。よくよく見れば潤どのではないか。確かにそうだが、何故そのことを?」


駄目元のつもりで声をかけたんだけど、思ったより気さくに言葉を返してくれてちょっとほっとする。

ただ、やっぱり私がその姿が見えていたことは知らなかったらしい。


「ふふ。何故って、これで会うのは二度目だもの。いくら大きさが違ったって、さすがに分かるわ」


それは、吟也の家へ行った時だ。

まともに話す機会が今が初めてだっていうのが、何だかちょっと不思議な感覚で。



「潤さま、そのものは……」


そこに、おそるおそる、私の元へと駆け寄ってきている詩奈ちゃん。

目の前の少女が、私たちとはまた異なる意味合いで、正しくは人ではないことを、彼女も感じ取っているのだろう。


私は、怯える彼女にありがとうを言って吟也からの宝物を受け取った後、それに答える。


「詩奈ちゃんの会いたがっていた妖の人……でいいのかな? 少なくとも敵じゃないから、安心して」

「ふむ。そこまでご存知か。……あ、いや。自己紹介が遅れ申した。とのに付き従うつくもんが一人、リオンと申す。此度は魔物退治のため、助太刀つかまつった」


リオン、と名乗った少女が驚いたのは敵ではない、というところだろう。

過去の話……伝承や御伽噺を信じるならば、今と同じように人々を助けに来た妖の人たちは、その見た目とかから魔物と同じものと判断されていたはずだからだ。


「ありがとう。リオンさん。そのついでってわけじゃないんだけど、吟也は……」


無事なのか、大丈夫なのか。

続く言葉は最悪を想像してしまって言葉にならない。

それは、彼女が吟也の名を耳にしたとたん、顔を顰めつつ俯いたせいもあったんだけど……。



「っ、そうか。まだカチュどのが。今の今まで気付かぬとは……」


意を決して顔を上げ、何かを言おうとしてはっとなり、何やらぶつぶつ言って考え込む。

それにカチュが関係しているようだったけど。

やがてどこか吹っ切れたように顔を上げ、彼女は再度口を開く。


「心配無用、でござるよ。とのはその、女性にだらしないというか、節操のないところがござりまして、言わば人傷沙汰はいつものことなのです。故に、たとえ刃でその胸を貫かれようとも、成仏するようなタマではござらぬ。何故ならとのは、この世のどんな妖の人よりも、女性の味方でありますから」

「……それで死んじゃったら、傷つくのはその人だから?」

「流石、潤どの。とののことをよく分かっていらっしゃる」


例え自分が全面的に悪くて殺されるような目にあっても、その仕打ちが女性なら、吟也は死なない。

後悔して、苦しんで傷つくのは誰か分かっているから。

それは、とても穿ったたとえではあるけど、きっと吟也を表すには相応しい言葉なんだろう。


そんなやりとりをしていると。

吟也のもしものことを考え、おかしくなりそうだった自分が馬鹿らしく思えてくる。



「それじゃあ、吟也は……」

「死の淵からでも、必ずや舞い戻ってくることでしょう。今最も傷つき、悲しみに暮れる少女のその涙を止めるために」


それはリオン自身が、自分に言い聞かせ信じようとしているかのような言葉だった。

その半分だけ覗く瞳が滲んでいるのは気のせいなんかじゃない。

私もそれにつられるように視界が霞みかけて……でもそれを慌てて拭う。



「リオンめは、それまでのお役目を全うせねばなりませぬ。しからば」


きっと間違いなく、ライバルがもう一人。

私がそれを確信していると、再び慌しくなるその場。

円柱の攻撃に引かれるように集まってきた魔物たちと、他の【生徒】の気配。


「なつめどのにリオンが宜しくと言っていたとお伝えくだされ。……ではご免っ!」


やってくる人物が誰であるのか。

私のように彼女たちの存在を認識し、受け入れてくれるものなどそういないということを、彼女は分かっていたのかもしれない。

リオンは一つ頭を下げると、円柱の雨を降らせながら上空へと消えてゆく……。



             (第75話につづく)






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