第75話、敵も味方も、結局同じところにかえってくる、だなんて
SIDE:潤
そしてそのタイミングで現れたのは命ちゃんと、当の棗ちゃんだった。
「二人とも無事か?」
厳しい表情で駆け寄ってくる命ちゃん。
「うん。なんとかね」
「う、うむ」
深刻なまでに低い命ちゃんの問いかけに、こくこく頷く私たち。
「二人とも独断で行動しただろう。議長がまたかんかんだぞ」
自分はともかく詩奈ちゃんもそうだったのかと、振り向いて見やれば、おんなじ顔をしている詩奈ちゃんがそこにいて。
思わず一緒になって苦笑する。
それが命ちゃんにしてみれば面白くないんだろう。
流石の命ちゃんも少しむっとして。
「あまり心配させるな。特に潤。君が棗の力を使い先行したのは他の【生徒】たちも見ている。魔物を刺激し、戦いのきっかけを作ったと思われてもおかしくないんだぞ」
話題を振られいつもの元気さもなりを潜め、俯く棗ちゃん。
それは、事実は別にあることを気付いた上での命ちゃんの心配の言葉なんだろう。
「ありがとう。心配してくれて。……でもごめん。私は、私が今回の責任を負えるのなら、それでいいと思うから」
同じ委員の長と副として。ルームメイトの友達として。
キクちゃんの苦しみに気付けなかった自分に対する贖罪。
その責任を少しでも背負うことができたらどんなにいいかって、そう思う。
「だったら、ボクにだって責任はあります。責任を負う覚悟はできてますから」
すると、それまで俯いていた顔を上げ、強い意志のこもった瞳で、棗ちゃんが賛同し続く。
そんなわがままで自分勝手な私たちに。
命ちゃんは深い深いため息をついて。
「そうだな。みんなで責任を負うのはいい案かもしれない。だが今は、喜久を止めるのが先か」
結局は呆れ果てた、仕方ないなぁ、といった笑みを見せる命ちゃん。
それにみんなで頷くと、何やら肝心なことを思い出したらしく、はっとなって更に言葉を続ける。
「そうだった。先程、この辺りでも規格外の力を感じたが、どうやら有象無象ではない、四体の魔物たちが現れたらしい。レベルで言えば、少なく見積もってAAクラス。一体で国家危機レベルの奴だ。それにより議長は、各【生徒】の一時撤退の命を下した。最終防衛線……演習場の入り口まで戻り全員で迎え撃つとのお達しだ」
どうやら、それがそもそも命ちゃんたちがここに来た理由らしい。
だが、それは間違った情報であると。
その一人を目の当たりにした私と詩奈ちゃんはすぐに気付いて。
「一時撤退云々はともかくとしても、彼女たちは魔物でもないし、敵でもない。わたしたちの助太刀に参った、妖の人たちじゃ」
「妖の人? 御伽噺の? しかし、仮にそうだとしたって、魔物の仲間ではないのか?」
それこそ御伽噺の紅葉台に伝わる昔語りの通りであるならば、命ちゃんの言う通りであったが。
「それは、彼らの優しい嘘じゃ。自ら悪者役をかって出たにすぎぬ」
その御伽噺に誰よりも詳しく、研究していた詩奈ちゃんの言葉がこそが真実であると私は知っている。
きっとそう言う詩奈ちゃんよりも。
だが、今の今までの通説を覆すのは、命ちゃんにとって難しいことだろう。
納得いっていない様子の命ちゃん。
私はそこで思い立ち、棗ちゃんのほうを見る。
注目されて少し怯む彼女に、私は微笑み浮かべながら言った。
「さっきね。その一人の会ったわ。リオンって子なんだけど、棗ちゃんによろしくって」
「ボクに……妖の人が?」
「うん。棗ちゃんは分からなかったかもしれないけど、ずっと側にいたんじゃないかな。見えなくても、話せなくても、眠ったままのあなたを守るために」
実際に、私はその現場を見たわけじゃない。
でも、カチュを通して彼女たちの存在に気付いていた私は、そのことを確信していた。
それに棗ちゃんはちょっと考え込んで。
「夢の中の、大きなどんちゃん……そっか。そうだよ。とのが助けてくれるって、教えてくれた子だ……」
私とカチュに強いつながりがあったように。
棗ちゃんにも思い当たる節があったらしい。
見えなくても、ちゃんと繋がっている。
私はそれに嬉しい気持ちになりつつも、改めて命ちゃんに視線を向けた。
「命ちゃんも、棗ちゃんを守ってくれてた子って考えれば、信じられるでしょ」
妖の人どうこうではなく。
私たちに敵対する理由などないのだと。
気持ちを込めてそう言うと。
今度は命ちゃんも考え込んでいた。
そう言えばと、何かを思い出すみたいに。
「……そうか。あれは気のせいじゃなかったんだな。それなら一人、会ったことがあるかもしれない。校舎地下でね」
独り言のように呟く命ちゃん。
だけどそれで私もピンと来た。
それは歓迎会の日。
吟也が、命ちゃんのいる地下、ごみ処理施設に向かった日。
助けを求めているとカチュが声をあげたその瞬間。
きっとそれは、命ちゃんと吟也の秘密のことで。
頑なに話そうとしなかった理由が、これでちょっと分かった気がして。
「彼女も今、ここにいるだろうか」
「ええ、きっと」
「そうか。……では、作戦を変更せねばならないな。妖の人たちと協力して魔物を迎え撃つ。そして……喜久を止めるんだ」
明確な方向性を持った、力強い命ちゃんの言葉。
当然、それに対しては。異論など出るはずもなくて……。
※ ※ ※
そうして。
手近な魔物たちを二本の戟で蹴散らしつつ、私と詩奈ちゃんが手始めに向かったのは真希先輩のいる本陣、演習場入り口だった。
それは、まだ入学前である詩奈ちゃんを送り届ける意味合いもあったんだけど。
「真希先輩っ!」
「潤、詩奈っ。あんたたちねえ、あとでお仕置きなんだからね!」
それは素直にうんとは言えない台詞だったけれど。
そこに大きな安堵も含まれていたから。
それを大人しく受け入れなくちゃいけないよね、といった気持ちにはなっていて。
「重々承知しています。それより魔物の発生源を知りたいんです! きっとそこにキクちゃんがいるはずだから!」
それより先にやるべきこと。
私がストレートにそう聞くと、真希先輩は小さく息を吐き、天を仰いだ。
「結果的に、当初の目論見は大外れってことね。紅恩寺クンが首謀者なら、全てが丸く収まったのに」
「そ、それは吟也にひどいですよ」
冗談より、本気成分のほうが強い気がする真希先輩の言葉。
だが、【生徒】を纏める長としては、そんな愚痴のひとつも言いたくなっても仕方がないんじゃないかなってちょっと思う。
結局、守るものも害するものも同じだった、ということになってしまうのだから。
きっと、これで私たちの立場は、更に酷いものになるに違いなくて。
「今、保健委員が彼女の事を探しているわ。でも、彼女を見つけて……それから、どうする気?」
真希先輩の事だから、きっとその答えは自分の中にあるんだろう。
つまり今聞いているのは、私自身の意思なわけで。
「まずは、キクちゃんを止めます。それでキクちゃんを卒業させようというのなら、私も付き合おうかなって思ってます。命ちゃんも棗ちゃんもそれに賛同してくれました」
「あら。思っていた以上の答え。上を脅すってわけね。……いいじゃない。私も乗った」
実に楽しげな、お主もワルよのう、といった風の真希先輩の笑顔。
私もつられて悪い笑顔を見せて。
「紅葉台山最高地点。保健委員たちはその付近にいるわ。どうやらあの子は、隠れる気はないみたい」
議長……作戦司令官専用の連絡機を見やり、静かに真希先輩は言う。
そこは、始まりの場所。
あの時私は、確かにキクちゃんが空を舞うのを見た。
周りを囲まれている以上、逃げるのならば空しかない。
それでも戻ってきたということは、キクちゃんはきっと覚悟をしていたんだろう。
逆に言えば逃げ場のない場所へ虹泉を置いた時点で、気付くべきだったのだが。
「潤さますまぬ。わたしがでしゃばらねば、二度手間にならなかったものを」
「なに言ってんの。そんなこと気にしなくていいの」
それまでじっと、私と真希先輩のやり取りを聞いていた詩奈ちゃん。
落ち込んでいる彼女に大丈夫、問題ないと肩を叩く。
「しかし、ここから頂上へ戻るのは……」
億劫だろうと言いかけて。
それを制したのは真希先輩だった。
「大丈夫。いつものいくわよ、特攻隊長さん?」
「……」
詩奈ちゃんの手前、抑えたけど。
げっ、なんて内心思ったりする私。
まぁ、典型的な近接先陣型だっていうのは承知してるんだけどさ。
どうにも荒っぽすぎるんだよね。そのいつものやつってさ。
私は無言のまま能力を発動。
地面や、周りの木々を糧に創り出したるは土台つきの大筒。
人間大砲といえば聞こえはいい……かどうかは分からないけど、ようは空気砲だ。
真希先輩の何が何でも殴り飛ばす、じゃなかった。
吹き飛ばす力によってなされるもの。
当然、スポンジ玉の代わりに飛ばされるのは私だ。
打ち所が悪いと、吹っ飛んだ先で戦闘不能になりかねない危険な技。
この時ばかりは、丈夫な自分の身体を恨んだりするけど。
「いつもより、派手にいくわよ~」
「……はいっ」
内心ではひぃぃ、と悲鳴。
こういう時に格好つくのは、内心が表に出ない自分の数少ない利点だとは思うけど。
「それじゃ、御武運を」
「潤さま、どうかご無事で!」
リアルに気分は特攻隊。
私は二人の言葉に顔を引きつらせつつ頷いて。
思っていた以上の轟音とともに。
私は再び空へと舞う。
目指すは、何度も参った紅葉台山のてっぺん。
そこには、天へと続く黒雲が渦巻いていて……。
(第76話につづく)
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